「記憶の中の娘は7歳のまま」―福島県大熊町、木村汐凪さんの誕生日に奏でた曲と思い

2025年8月25日、福島県大熊町で生まれ育った、木村汐凪(ゆうな)さんの22回目の誕生日だ。東日本大震災の津波で行方不明となったとき、汐凪さんは7歳、小学1年生だった。

津波で流された自宅裏の丘には、立入に制限のある帰還困難区域で「汐凪さんがひとりで寂しくないように」と地蔵が建てられている。(安田菜津紀撮影)
父の紀夫さんの「自ら捜し続けたい」という願いを阻んだのは、原発事故だった。環境省に依頼し、ようやく重機での捜索を開始すると、泥だらけのマフラーとともに、汐凪さんの小さな首の骨が見つかった。震災から6年が経とうとしていた頃だった。
2022年1月には、沖縄で戦没者遺骨収集を続ける具志堅隆松さんが捜索に加わり、大腿骨が発見された。周辺では今も、汐凪さんを探す作業が続けられている。

汐凪さんの遺骨の一部が見つかった現場。(安田菜津紀撮影)
汐凪さんの誕生日に合わせ自宅跡地でライブをしようと、父の紀夫さんが声をかけ、今年で3回目の開催となった。地元住民や移住してきた若者たち、木村さんの捜索活動に携わってきたボランティアら約20人が集い、汐凪さんが好きだった曲、大熊町の情景や汐凪さんの生前の姿を思わせるような曲を、紀夫さんたちが奏でていく。

波の音と鳥のさえずりと共に音色が響いた。(安田菜津紀撮影)
上空からは絶えず、空間線量を図るヘリの羽音が辺りの空気を振るわせていた。
汐凪さんと同い年の参加者の姿もあったが、「正直、実感がわかない。記憶の中の汐凪は7歳のまま」と紀夫さんは言う。
それでも汐凪さんの誕生日をきっかけに、人の輪が広がる実感を得たという紀夫さんは、「できればここにコミュニティを作りたい。(中間貯蔵施設の期限である)2045年以降、外から“便利なもの”が入ってこなくても、そこにいれば生きていけるということを学べる学校を、世代を超えて参加できる形で作っていきたい」とビジョンを語る。

長女の舞雪さんの手作りケーキにろうそくが灯された。(安田菜津紀撮影)
大熊町は今年に入り、帰還困難区域内の施設6つを「震災遺構」として遺すことを検討している。そのうちのひとつは汐凪さんの通っていた熊町小学校だ。教室内には当時の児童らの学用品が残り、震災前の日常を物語っている。そして突如避難を余儀なくされた街に残された、原子力災害を伝える重要な場所でもある。

原発事故後そのままの姿で残っている熊町小学校。中央、水色の本が載っている机が汐凪さんの使っていた机。(2019年、佐藤慧撮影)
2024年2月、当時の在校生らが私物持ち出しなどのために校内を訪れた際には、教育委員長(当時)が福島民報の取材に「在校生の思いを大切にし、複合災害の風化を防ぐための貴重な資料として施設の活用法を探る」と答えている。
同月時点の大熊町文化財保存活用地域計画の素案でも、「震災の歴史から震災の教訓を世界へ伝える取組の不足」を課題として挙げた上で、「復興の過程の中で消えてしまう可能性のある震災遺構(熊町小学校等)に対して、町民の意向も考慮しながら慎重に活用していく事が求められている」としている。
今後は入札で選ばれた東京に本社を置く民間業者が立案する保存活用案を、秋ごろから町民や専門家らによる協議会で議論しはじめる予定だ。
誰の目線で、どのように合意形成をはかっていくのか、という課題に加え、残したその場所で何をするのか、何ができるのか――。それを深めるには、多様な声を持ち寄る場そのものが必要だ。住民らと思いや意見を交わせる機会を築こうと、紀夫さんが代表を務める大熊未来塾ではワークショップを続けている(文末情報参照)。
次回は9月6日、佐藤敏郎さん(大川伝承の会)をゲストに迎える予定だ。
大熊未来塾
のこされた学校から「記憶」をたどる~遺構と地域の未来を語り合う場 第2回
(話題提供と総括のみ、オンラインでの視聴も可能)

「汐凪がここに人を呼んでくれているように感じる」と語る木村紀夫さん(左)。(安田菜津紀撮影)

木村さんの自宅跡周辺は「中間貯蔵施設」となっており、貯蔵されている汚染土壌などは2045年までに県外で最終処分されることになっているが、目途はたっていない。(安田菜津紀撮影)
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フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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『遺骨と祈り』安田菜津紀・著
(産業編集センター)1,760円(税込)死者をないがしろにする社会が、生きた人間の尊厳を守れるのか?安田菜津紀が、福島、沖縄、パレスチナを訪れ、不条理を強いられ生きる人々の姿を追った、6年間の行動と思考の記録。今起きている民族浄化と人間の尊厳を踏みにじるあらゆることに、抗う意思を込めた一冊です。
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