
「ここで進められているのは、明らかな民族浄化です」――東エルサレムのシルワン地区ブスタンに暮らすファクリ・アブディアブさんは、粉々にされた自宅を前にこう語った。
1967年のイスラエルによる占領以後、パレスチナ人の建築物は「違法」と見なされるようになった。許可のない修復や増築には法外な罰金が科される。その「許可申請」自体に多額の支払いが求められ、しかもほとんどが却下される。
ファクリさんの家は2024年、エルサレム行政によってブルドーザーで破壊された。市当局はこの一帯を、「三千年前にこの地にいた」とされる「ダビデ王の伝説」を引き合いに観光地に作り替えるとして、次々に住居を取り壊してきた。
瓦礫と化した家の前でファクリさんが実態を語る間、飼い猫のジュジュは片時もその足元を離れようとはしなかった。人間の尊厳がこれだけ踏みにじられる場所で、共に生きる動物たちが安全なはずはない。ジュジュもファクリさんたちと一緒に、敷地内の小さなプレハブでの生活を余儀なくされていた。

ファクリさんの足元に寄り添うジュジュ。(安田菜津紀撮影)
2024年から、長年パレスチナに通う写真家の高橋美香さんと共に、「パレスチナの猫」写真展を、各地での協力を頂きながら開催してきた。
東エルサレムを含めたヨルダン川西岸地区では、イスラエル兵や入植者たちの暴力によって人々の日常が脅かされてきた。暴力の形は「襲撃」だけに限らない。検問所は開いているのか、どの道が通れるのか、すべてはその日、その時間次第だ。移動という人権の根底に関わるものが不条理に制限されれば、暮らしはじわじわとすり潰されていく。
その中で人々が保とうとする「いとなみ」と、住民たちが肌身で感じざるを得ない脅威をどのように伝えられるだろうか――。そう考えを巡らせていたとき、人の生活とともにある猫たちの姿が目にとまった。

背後に見えるのはイスラム教の聖地のひとつ「岩のドーム」。(安田菜津紀撮影)
今度は「パレスチナ“の”猫」ではなく、「パレスチナ“と”猫」写真展が、D4P代表の佐藤慧も加わり、2025年10月、東京・世田谷のキャッツミャウブックスから新たに始まる。“と”にしたのは、これまでの展示で頂いた感想を踏まえ、猫たちの姿だけではなく、そのまなざしから、よりその地での息遣いが伝わればという願いがあるからだ。
パレスチナの取材報告をする度に、「身近な人にどう伝えればいいのか」と、真摯に悩む声に触れてきた。「パレスチナと猫」写真展が、知り、触れ、そして「語る」ことのひとつのきっかけになればと思う。

写真展開催の受付は準備中です。準備が整い次第ご案内を掲載いたします。
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フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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