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【エッセイ】「差別している側も被害者だ」という声に

「差別している側も、デマなどの被害者ではないか」――。あるとき、講義の出席者からそんな質問を受けたことがあった。日本の難民認定の低さ、制度の不備により無国籍状態で生きる子ども、在日コリアンに対するヘイトデモや脅迫の年賀状など、国内で取材してきたことを伝えた後のことだった。

私はその疑問をすべて否定したいとは思わない。「差別している側」と一言で表現しても、様々なグラデーションが存在している。各地で行われているヘイトデモに参加はしないまでも、デマなどに触れ、“何となく”偏見や差別的な“イメージ”を持ってしまっている場合もあるだろう。私の身近な人が露骨な差別的表現を用いて驚いたこともある。(その人は、なぜそう思うのか?、と話し合うなか、その人は少しずつ考えを変えていった)

かく言う私の中にも、何かしらの差別心はきっとある。けれどもそれに日頃は気づけない。なぜなら差別は不平等の問題であり、「踏んでいる側」はその痛みを感じずに生きられるからだ。自分たちの「踏んでいる足」に気づく契機や、はたと何かに気づいたときに「ファクト」に触れることができる機会を作ることも、発信の軸のひとつだと思っている。

しかし不平等の問題であるが故に、「差別している側“も”被害者だ」とならしてしまう表現は、本質をぼやかしてしまうのではないか。

「対話が大事」というメッセージが様々なところで掲げられ、私たちの団体名にもその言葉を冠している。しかし「差別して何が悪い」と開き直り、「死ね、殺せ」「出て行け」と連呼するデモ集団との「対話」の術を、私はいまだ見出すことができていない。

差別を、ある種の「エンターテイメント」のように消費する人々がこの社会に現われてしまう現状を前に、すでに被害を受けている人たちをどのようにケアしていくか、そして今後の被害を防いだり、拡大させたりしないための防波堤になる仕組みを、どのように作り上げていくかが、何よりも先決だと思う。つまり、「個々人の“良心”で何とかしよう」ではなく、構造的暴力をどのように解体していくか、だ。外国人人権法連絡会が、すでにモデル案を公表している「人種差別撤廃法」や、「政府から独立した人権救済機関」などがこれにあたる。

加えて差別の問題は、単なる「デマ」の問題に矮小化できない。例えば今各地で、イスラム教のモスクを標的にしたデモや、「建設反対運動」が起きている。中にはムスリムがあたかも「女性の脅威」であるかのような言動も見受けられる。欧州では同様の主張が「フェモナショナリズム」とも呼ばれ、「女性の権利擁護」「女性の安全」の名のもと、排外主義を正当化しようとする動きがあった。

これは単に「デマ」の問題だろうか。たとえばフランスや米国などにおいて、他の世界宗教の聖職者による、長年かつ被害者が多数に及ぶ性加害が過去、指摘され、調査されたこともある。徹底した再発防止策は不可欠だろう。しかしこの深刻な事案の加害を全体化し、その宗教施設を「街から出て行け」という働きかけは、モスクに対する「デモ」のようには起きていないし、起きるべきではないだろう。

差別の問題は「デマ」だけに留まらず、「ファースト」「セカンド」と命に序列をつけ、特定の集団を見下す暴力性を内包している。すでにそこにある多様性にまで、「認めてやるかどうか」をジャッジする横暴なふるまいに直結する。

もうひとつ、「差別している側も被害者」という言説が、調査やエビデンスに基づいたものなのか――ということにも注意が必要だ。たとえば参政党が票を伸ばしてきた背景を、「生きづらさ」「生活の苦しさ」と結びつける報道に触れることがある。

しかし社会調査支援機構「チキラボ」の調査からも、学歴や婚姻状況において、参政党に投票した層の傾向と、東京都の有権者全体の傾向とに大きな違いはなく、世帯年収についても広い層にわたることが示されている。

他にも、「ネトウヨ」と呼ばれる人々や排外主義的な言説を投稿する人物が、社会的、経済的地位が低いわけではない、とする先行研究もある。

参考:『ネット右翼とは何か』(青弓社 2019年)
第一章「ネット右翼とは誰か――ネット右翼の規定要因 永吉希久子

これまでメディアは、公的機関は、社会は、十分に「差別を差別として」毅然と指摘してきただろうか。それこそが、今改めて向き合いたい「問い」ではないだろうか。

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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