
「日本から来たのか? 地震があって大変な国だよな。まあ、といってもこの国にも“ジプシー”がいて大変だが……」
2022年5月、私はウクライナから避難した人々を取材するため、隣国ハンガリーで取材をしていた。空港から首都ブダペストの街中に向かうタクシーの中で、運転手は特に悪びれる様子もなく、ロマの人々に対する蔑称を連呼し続けた。
「ほら、あのタクシーアプリの運転手なんてジプシーばっかりだ。気を付けろよ」
これは彼個人だけの問題ではなかった。
「ウクライナの人々と、これまでの中東からの移民・難民はもちろん違いますよ」
ブダペスト市内で面会した男性は、難民支援の在り方について問われ、こう答えた。私はてっきり、置かれた境遇の格差について話題にしているのだと思い、「人種や民族の間に不合理な違いを作り出して、命の線引きをしてはならない」といった趣旨のことを続けるのだと思っていた。なぜなら彼が、人道支援関係者だったからだ。ところが――。
「ハンガリーではオルバーン・ヴィクトル首相が、中東からの難民を受け入れたくないと訴えて、うまく支持を獲得してきました。政治家として手腕があると思いますよ。受け入れても治安が悪くなるし、違う文化圏から来ている人たちなのに、こっちの文化を受け入れようともしないでしょう」
その後、残念ながらここに書くこともはばかられるような差別発言が続いていった。私が中東取材を続けていること、現地にたくさんの友人がいることを伝えても、その論調は変わらず、彼は話し続けた。
ただ、その語りのほとんどが、「ドイツなどでは治安が悪くなったらしい」「シリア難民はその国の文化を受け入れないらしい」という、ファクトに基づかない伝聞であり、直接そうした人々と語り合った様子はなかった。
その日は一晩中、「人道」とはそもそも何なのかと考え込んでしまった。
実はその前に訪れていたポーランドでも、「命の線引き」を目の当たりにしたことがあった。ウクライナから避難する人々には素早く支援体制を整えたポーランドだったが、ベラルーシを経由して、ポーランドへと国境を越えてこようとする中東出身者らに対しては門戸を閉ざし、多くの人々が極寒の森をさまようことになった。
こうして人間らしい生活や安全を求め、実際に国境越えを試みた人々を取材したことがある。イラクから渡航し越境を試みた青年は、国境地帯で両国の警備隊から暴行を受け追い返されたと言い、「私たちはまるで、国と国との間にあるサッカーボールのようです……」と肩を落とした。
シリアからEU圏内を目指そうとした男性は、「私たちのことを、未開の地から来た人間、あるいは動物だとでも思っているのでしょうか。私たちの国で戦争が起きることは、私たちの力ではどうにもならないことです」とうなだれた。
シリアで出会った別の男性は、真っすぐに私にこう語った。
「私たちの置かれた状況は、なぜウクライナほどの関心を集めないのでしょうか? 信じる宗教が違うからでしょうか? 私たちの目の色がヨーロッパの人々のそれとは違うからなのでしょうか?」
誤解のないよう慎重に記すが、ハンガリーの人々が差別的である、という雑なくくりで論じたいのではない。多様なバックグラウンドを有する者同士が交わる社会で起きることを「綺麗事」だけで語ることもできない。ただ、人道支援に携わる人物がオルバーン首相の名を挙げていたように、「為政者が植えつける差別」というものには、根深いものがあるのではないか。
オルバーン首相は「移民は欧州に問題と危険を持ち込む。阻止すべきだ」とテレビ番組で公言し、国境にフェンスを敷いた。その一方で人手不足から外国人労働者を必要としており、国内の外国人比率は上昇し続けている。しかし帰国を前提とした「ゲストワーカー」制度で許可されるのは最大3年の滞在であり、家族帯同は認められない。
「国の役に立つ」人だけ受け入れようと、外国人を「生活者」ではなく「経済の部品」のように論じ、政治家が「不安」を煽る「有効なカード」として利用したりする点は、日本で起きていることと類似しているように思う。
オルバーン氏の矛先は難民だけに向けられたものではない。2021年に制定された「児童保護法」では、子どもが目にする可能性のある場所での同性愛の描写や推進を禁止している。
今月12日の総選挙では、新興野党「ティサ」が圧勝した。当初オルバーン首相が選挙結果を認めないのではとの懸念の声もあったが、彼は敗北を認め、16年ぶりの政権交代となった。ハンガリー取材中に運転をしてくれていた若い学生が、初対面の我々をやや警戒しながらも、オルバーン政権の汚職や経済政策への不満を口にしていたことを思い出す。
日本ではこの政権交代を画期的なことととらえる声もあがる。ただ、新指導者となるティサのマジャル・ペーテル氏はかつて、オルバーン氏率いる与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」に長らく属していた。EUに親和的な姿勢は示しているものの、「リベラル派」というよりも、むしろある種のナショナリズムに訴えてきた点にも注意が必要だ。新政権になり、マイノリティが抱く不安や恐怖が即払拭されるわけではないだろう。
今後ハンガリー社会がどう変わっていくのか、その「学び」は日本社会に反映できるものなのか。
日本で吹き荒れる排外主義的主張の中に、「欧州の失敗から学べ」という決まり文句があるが、そこには犯罪や「事件」に関する無根拠、あるいは背景事情を踏まえない、単純化した言説が多分に含まれていることがある。かつ、本当に「学ぶ」のであれば、「だから排除しろ」と安易に結びつけるのではなく、「共生のために足りなかったものは何か」「政治が不安を煽ることがどのようなヘイトクライムにつながりかねないのか」という点を、掘り下げていく必要があるだろう。
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フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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