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来日14年で得た難民認定―本来あるべき「スタンダード」とは

記者会見で発言するAさん。(安田菜津紀撮影)

2度の難民申請で不認定となっていたカメルーン出身の男性Aさんが、不認定処分取り消しなどを求めた裁判で、4月15日、東京高裁は一審に続き、男性を難民と認める判決を言い渡した。国が上告を断念し、判決は確定。Aさんは代理人である駒井知会弁護士とともに5月2日、都内で会見を開いた。来日してからすでに、14年以上の歳月が経過していた。

カメルーンではフランス語圏に置かれた政府に対し、英語圏の分離独立を求める運動が続いている。英語圏の市民への差別に疑問を感じたAさんは、英語圏の自由、自立を求める政治団体「南カメルーン国民会議」(SCNC)に所属していたが、2004~11年にかけて4度逮捕され、うち3回は激しい拷問、暴行を受けている。「政治集会に参加していたり、デモに加わったりという活動での不当逮捕が日常的に起きている中で、Aさんもその犠牲者の一人です」と駒井弁護士も語る。

2012年2月に来日し、その2日後には難民申請をしていた。顔にも拷問の傷が残り、状況を説明すれば適切に認定されると当初は信じていた。しかし審査の過程では度々、「証拠」の提出が求められた。

「とにかく命を守ることが優先だったので、出国の際、書類などは何も持ち出すことはできませんでした。自宅の持ち物も警察に押収されていたため、親族が証拠になるものを集めてくれました」とAさんは振り返る。

「アメリカやカナダなどに避難した友人たちはすでに難民認定を受けており、彼らの書類も証拠として提出しましたが、それでも“不十分だ”というのです」

2度の不認定の後には、就労も不許可とされ、仕事も住まいも失うことになる。「日本の入管はとても残酷です」とAさん。

「知り合いの家に滞在させてもらったり、アメリカにいる友人たちが支援を送ってくれたりもしましたが、長期に渡れば彼らも疲れてしまいます」

Aさんは2023年4月、3度目の難民申請をした上、9月に訴訟を提起。この高裁判決について、「失望と希望を抱いた」という。「失望というのは、あまりにも時間がかかったということです。希望というのは、この勝訴は私だけのためではなく、同じような立場に置かれている人たちのためのものだと考えているからです」。

奪われた年月はあまりに長い。「失望」の訴えを、入管は重く受け止める必要があるだろう。一方、この判決の「希望」がどのようなものなのか、さらに詳しく見ていきたい。

高裁判決は、男性の陳述、供述について《具体的かつ詳細で、若干の変遷があるものの核心部分・大筋において一貫している》と判断。政治団体への加入時期などの供述に変遷があった点についても、《時の経過による記憶の減退の影響もあって不正確な供述をしたとしても不自然ではない》とし、国際NGOの報告書などの裏付けから、《男性の供述の核心部分は基本的に信用できる》と結論づけた。

「何度もインタビューをする中で、枝葉部分が少しでも違っていたら、“この人は難民ではない”という国際水準からかけ離れた判断がこれまでなされていました。本来であればこれ(高裁判断)がスタンダードになるべきです」と駒井弁護士は指摘する。

さらに判決は《SCNCの末端構成員に過ぎない男性について、政府当局から拷問を伴う身体拘束、その他の人権の重大な侵害の危険があることは否定できない》とした。

入管の審査は、「迫害」の定義を狭く解釈した上、「個別把握説」を当てはめてきたとされる。政府などから「個人的」に把握され、狙われていなければ難民ではない、という日本独自の解釈だ。「リーダーだけが迫害のターゲットになるわけではない、ということは、他のケースでもスタンダードにすべきです」と駒井弁護士も語る。

判決の意義を語る駒井弁護士。(安田菜津紀撮影)

また注目すべきは、AさんのSCNCの会員証などが《偽装の疑いがあることは否定できない》としながらも、核心部分が一貫しているとして、《供述の信用性を揺るがすとは言えない》とした点だ。

先述の通りAさんの提出した証拠は、カメルーンに残っていた親族などに収集してもらったものであり、彼自身が持ち出したものではない。そもそもこれまで、迫害の恐れがある人々に対する「証拠」のハードルが高く課されてきた経緯がある。

「証拠になりえるものを提出しないと命が守られないからこそ出したわけで、それを本物だと立証できなければ偽物の難民だ、というのは論理の飛躍があります。本来、難民該当性の判断とは切り離して考えるのが国際基準であり、それを東京地裁、高裁が認めた意味は大きい」と駒井弁護士は評価する。

2024年6月の法改定では、Aさんのように2度、難民不認定になれば、3度目の難民申請中であっても強制送還の対象になるとされた。「この裁判を起こさなければ強制送還されていた可能性があり、法改悪の犠牲者になるところでした」。

難民申請者の送還がすでに相次いでいることについて、Aさんも、「申請者の心を折るようなもので、日本に難民が存在してほしくないのでしょう。日本が人権を尊重する国家なら、保護する必要があるはずです」と強く訴えた。

「日々のニュースで、政治家たちが外国人を責めているのを知っています。彼らは票を得たいのかもしれませんが、迫害を逃れてきた人々のことをしっかり見てほしい」

Aさんが故郷を離れて以後、カメルーンでは分離独立を巡って武力衝突が激化し、今も帰郷できる状況には程遠い。

「ひとつの声が遠くまで届くかもしれない」――Aさんはそう言い、他の難民申請者の助けになりたいと語った。

この「ひとつの声」に、入管、政府が応答し、難民条約加盟国としての責任を果たせるかが問われている。

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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