
本記事は宮崎園子さんによる寄稿記事です。
広島原爆の日の8月6日、広島市が挙行する平和記念式典。その中で市長が世界に向けて発信するメッセージは「平和宣言」と言われる。4期目の松井一實市長は今年、自身16回目となる平和宣言を、各国代表や被爆者、遺族ら5万人の来場者の前で行なった。出だしはこうだった。
「被爆から81年が経過した今、私たちが暮らすこの地球上では、核を脅しの道具に使った軍事侵攻や国際法をないがしろにする大国の横暴な振る舞いが繰り返されています」
Contents 目次
なぜその表現? 作成プロセスがまるで見えない
その時々の世界情勢に言及しつつ、被爆地の願いを発信してきた平和宣言。2023年以降はほぼ毎年「ロシアによるウクライナ侵攻」との表現で、他国の罪のない人々の生命や日常生活が危険に晒される実態を憂慮してきた。2026年は、アメリカによるベネズエラへの軍事作戦で幕を開け、その翌月のアメリカ・イスラエルによるイランへの先制攻撃以降、半年以上が過ぎてもイラン周辺の緊張状態は続いているが、なぜ今年の平和宣言では、軍事作戦や先制攻撃の主体、つまりアメリカやイスラエルを、ロシアのように名指しないのか。
平和宣言の骨子を明らかにした7月31日の会見で、その点について記者から問われた市長の回答は歯切れの悪いものだった。「私が言わなくても皆さんご存じだと思うので」。ちなみに、日本政府に対して非核三原則堅持を求める文言も存在しなかった。
アメリカ政府や日本政府に対する忖度なのだろうか。どのようなプロセスを経て、今年の平和宣言は作成されたのだろうか。
平和宣言は市を代表して市長が読み上げるものだ。にもかかわらず、その作成プロセスは市民に詳らかにされない。作成にあたって広島市長が市民から意見を幅広く聴くために設置する「平和宣言懇談会」は非公開で行われ、市が委嘱した有識者や被爆者らメンバーには、守秘義務遵守の誓約書署名が課されているからだ。

2026年8月6日、広島市の平和記念式典の壇上で平和宣言を読み上げる松井一實市長。(筆者撮影)
「発言が公になると混乱生じるおそれ」?!
目の前に、厚さ5センチほどに及ぶ書類の束がある。
筆者が、7月6日付で広島市に対して情報開示請求をした、今年分から遡って過去5年分の平和宣言懇談会関連資料だ。15日間の開示決定期間延長を受け、8月4日付で開示された。名簿や座席表、過去の平和宣言などの資料は全部分開示されたものの、書類の束のおよそ半分ほどは、全体的に、または部分的に、黒塗りされている。「時代背景を踏まえた事項」や「被爆の実相」「核兵器廃絶に向けた訴え」など項目ごとにまとめた構成案は項目以外すべて黒塗り。前回開催時のメンバーの発言をまとめた資料もほぼ全面黒塗りだった。
つまり、情報公開請求というプロセスを経ても、前述したような、今年の平和宣言に対する疑問はまったく晴れなかった。
この部分の非開示理由について、決定通知書にはこうあった。「発表前の平和宣言についての出席者の発言内容を公にすれば、それが拡散され、不当に混乱を生じさせるおそれがある」。つまり開示決定日である8月4日時点ではそれは明らかにできない、というのだ。

「時代背景を踏まえた事項」と記された平和宣言の検討資料。発言者の名前のみならず、発言内容も一部黒塗りで非開示処理されている。(筆者撮影)
自由にモノが言いにくい「平和都市」
「不当に混乱を生じさせる」とは解せないが、なるほど、それでは過去分についてはどうだろうか。
書類の束をめくってみると、その年の宣言の構成案についてはほぼ真っ黒。毎年引用してきた、公募で寄せられた被爆者の体験談も全面的に真っ黒だった。今年分は全面黒塗りだった懇談会でのメンバーの発言は、ごく短い概略のみが記され、発言主は黒塗りされていた。
この理由についての説明はこうだ。「広島市長が行う平和宣言は、様々な情報を収集して構想を練り、懇談会等での検討や担当部局との協議の上、作成している。懇談会では、各出席者から、懇談会を非公開で行うことを前提として、自由かつ率直な意見をいただいており、発言者名を公にすれば、各出席者の個人の権利利益を害するおそれがあるとともに、今後懇談会への出席を依頼した際に承諾が得られない」
「国際平和文化都市」を標榜する広島市が、平和への切実な願いと決意を世界に発信する宣言。その議論が、公開前提だと自由かつ率直な意見が出せないというのだ。
広島はそんなにも息苦しい、モノが言いにくいまちなのだろうか。
懇談会メンバーを務めたことがある人に取材を試みたが、「職務上知り得た秘密を漏らさないという誓約書に署名した。どの範囲でなら話していいのかわからないから応じられない」と返ってきた。筆者は、懇談会の内容ではなく、そのあり方への意見を求めただけなのだが。

筆者の情報開示請求に対する決定書のうち、推敲過程や出席者の発言などを非開示とした理由を広島市が説明した部分。(筆者撮影)
傍聴席設置、会議録ネット公開の長崎市
広島市のこうした閉鎖的な姿勢を、より引き立たせていることがある。もう一つの被爆地、長崎の存在だ。
8月9日の長崎原爆の日にも、長崎市長による平和宣言が市主催の平和祈念式典で発出される。この作成プロセスは、広島のそれとは見事に対照的なのだ。
長崎市は1974年、市民の多様な視点や意見をとりいれた平和宣言づくりのために「起草委員会」を設置。学識経験者や被爆者、平和活動関係者など15人程度を市が委嘱し、文案について意見を述べる。起草委員会が市の附属機関に位置付けられた2015年以降は、10人程度の傍聴席も設けて全面的に議論を公開。会議録は市のホームページに詳しく載せている。
例えば、2023年。G7サミット(主要7カ国首脳会議)が広島市で開催され、「防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべき」などといった文言で核抑止を肯定する内容の共同声明が「G7首脳広島ビジョン」として発出され、被爆地には落胆や批判の声が上がった。その直後にあった第1回起草委員会の記録は、A4にして24ページも及び、こんな記述がある(要旨)。
鈴木史朗市長「核軍縮に焦点を当てた初の首脳文書『G7首脳広島ビジョン』が発出されたことは、大きな意義があった」
委員「広島サミットでの落胆もあいまってですね、どこか平和の思いに対するカロリーが落ちている実感もございます」
委員「前向きに進んだ部分と、しっかりと被爆地から批判する部分ですね、両方盛り込んだ形で、G7についても触れればいいのではないか」
こうした議論を経て起草された平和宣言はこんな内容だった。
「『G7首脳広島ビジョン』では『核戦争に勝者はいない。決して戦ってはならない』ということが再確認されました。 しかし、この広島ビジョンは、核兵器を持つことで自国の安全を守るという『核抑止』を前提としています」「核抑止に依存していては、核兵器のない世界を実現することはできません。私たちの安全を本当に守るためには、地球上から核兵器をなくすしかないのです」

2026年8月9日、長崎市の平和祈念式典の壇上で平和宣言を読み上げる鈴木史朗市長。(筆者撮影)
プロセスの公開と保存「未来の人々のため」
「自由と民主主義で情報公開は大前提ですよね。だから公開することで自由に議論できないというのは権力者の言い訳でしかない。誰もが発言には責任を持つべきではないですか」
直近2年間、長崎の起草委員を務めてきた一般社団法人「Peace Education Lab Nagasaki」代表理事の林田光弘さん(34)は言う。「そもそも情報公開されて困ることを言うのは、平和宣言という場において適切ではないですよね」。
長崎市はこの夏、起草委員会の会議録について、これまで10年間だった保存期間を変更し、永久保存とする決定をした。市平和推進課によると、2014年以前の会議録は破棄されており、市議が6月の市議会一般質問で保存期間について問うたことを受け、市が市民に意見を聞いた結果、保存を求める声が多かったという。このため「重要性に鑑みて」、会議録を「歴史公文書」として永久保存する方針に改めた。
林田さんは続ける。
「平和宣言は、長崎と広島の市民だけでなく、世界にとっても大事なメッセージ。その時期その時代の背景を反映していて、数百年後の人が見ても、時代の流れみたいなものが読み解ける。どんなプロセスでその文章に決まったのかを知ることや検証することは、未来の人たちがよりよく生きるためにも必要なこと」
広島市は逆に、永久保存だった平和宣言関連資料の保存期間を昨年、30年に短縮した。行政文書保存に関する全庁的な運用変更という。市平和推進課の松田慎也課長は「平和宣言をどのように起草するかはまさに市長の仕事。透明性が足りないという受け止めはあるかもしれないが、長崎とはそもそも作り方が違うし、今のやり方を変更する予定はない」としている。

2026年8月9日、長崎市の平和祈念式典の参列者席。(筆者撮影)
【プロフィール】 宮崎園子(みやざき そのこ)
1977年、広島県生まれ。高校卒業までを香港、アメリカ、東京などで過ごす。慶應義塾大法学部卒業後、金融機関勤務を経て2002年朝日新聞社入社。神戸総局、広島総局、大阪本社社会部、生活文化部で、警察・司法、災害、原爆・戦争、社会福祉などを担当。2021年に退社後は広島を拠点に取材・執筆活動を続けている。著書に『「個」のひろしま 被爆者 岡田恵美子の生涯』(西日本出版社、2022年第28回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞)、『爆心を見つめて 広島の88歳医師、隠れた真相を追う』(共著/朝日新聞出版)、『「平和都市」ヒロシマのまがりかど 広島市平和推進基本条例の制定過程を検証する』(共著/西日本出版社)など。JB Pressにてコラム「どーしょーるん」連載中。Yahoo!ニュースエキスパートオーサー。
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