新型コロナウイルスの影響が広がる最中、今後の見通しが立たず、多くの人にとって不安が尽きない状況が続いています。「助けて」といえない、「不安だ」と口にする場がない、こうしたストレスが重なり、今後懸念されるのが「心の健康」の問題です。精神科医でミュージシャンの星野概念さんと共に『自由というサプリ 続・ラブという薬』を刊行したばかりのいとうせいこうさんに、この危機とどう向き合えばいいのか、そして今取り組んでいるの配信型音楽フェス「MUSIC DON’T LOCKDOWN」についても伺いました。
不安なときこそ、自分にこもってみる
安田:前回J-WAVE「JAM THE WORLD」にご出演頂いたのは、星野概念さんとの対談『ラブという薬』を刊行された時でした。『自由というサプリ 続・ラブという薬』も刊行となったばかりです。今、新型コロナウイルスの感染拡大で、不安やストレスをいつも以上に感じているという方が多いのではないかと思います。せいこうさん自身はどうでしょうか?
いとう:僕は小説の書き下ろしがちょうど先日終わったばかりなのですが、目の前にやることがあるからなんとかなってるんだなあ、ということがよく分かりますよね。僕も鬱病とかパニック障害の経験もあって精神科医の星野くんとの本を作ったんですけど、今みたいに先が見えない、不安であるっていう時には、心の病が忍び込みやすいですよね。なのでそんな時は、思いっきり自分にこもっちゃう方がいいんだなと思ってます。
安田:一つのことに集中する、ということですよね。ただ一方で、今後の仕事をどうしようとか、助成金をどうやって申請しようとか、集中力を分散しなきゃいけない、むしろやるべきことが山積みだからこそ途方にくれているという方もいらっしゃると思います。
いとう:「巣ごもり」は人にうつさない、それからうつされないためのものなので、当然これは補償というものがなければならないと思います。そこに至るまでの時間ももちろん大変だろうと思うけれど、それ以外の時間が無意味に不安になってくるということが一番怖い。
PTSDによくありがちなことなんだけれど、今自分がどういう状態にあるのかという認知が、ゴールがないと歪んできちゃうんですよね。これが一生続くんじゃないかなとか、例えばこれが1年続くと自分はもうおしまいなんだってなってくる。「今の現実」っていうものと「自分が思っていること」がずれているときは、常に更新していくことが必要じゃないですか。その一つが多分、「自分の中にこもる」ということなんだと思います。
安田:自分の心に合った、内へのこもり方を見つけてみる、ということですね。
いとう:そうなんですよね、なぜなら今までの歴史を見ても、疫病というものはワクチンが開発されたり、必ず落ち着く時が来る。だからこそ今の状況の中で、最善の自分っていうものを作るためにはどうしたらいいだろうかって考えるんです。例えば、たまたま感染拡大が起こる前に始めてたことなんですけど、僕はお風呂に入る前に必ず30分、石牟礼道子さんの本を読もうって決めてるんです。石牟礼さんはもうお亡くなりになりましたが、水俣病の問題を追っていた素晴らしい作家で、全集が15巻ぐらい出てるんですね。そうすると実はその30分っていうものは、何もコロナと関係ないように見えて、政治と病気の問題とか、公害や自分たち市民の問題とか、あるいはそれを乗り越えていく人の強さとか弱さとか、逆に遠回りして自分に効いてくるということがわかって、それがすごく自分にとって大きなことだと思っていますね。
安田:大事な蓄積の時間ですね。例えば家にゆっくりいることができない人たちも、家の環境を少し変えてみる、というやり方はできますよね。私は最近、家の中で豆苗を育て始めたんですよね。
いとう:ああ、いいですね。
安田:家の中に緑があるというだけでもほっとするのですが、試しにこれをTwitterに投稿してみたんですよね。そしたら、「私も豆苗育ててます!」っていう豆苗フレンズが思いの外増えて、「おいしい食べ方を教えてあげます!」ってアイディアまで頂きました。家にいられる人はうまくこもり方を見つけて、外出せざるを得ない人も、自宅をどうやって、なるべくストレスのない自分なりの空間にしていけるか、ということが大切ですよね。
いとう:そうですね。部屋をどうするかっていう問題は実はとても大きくて、散らかってるときって自分もあたふたしてるんですよね。「箱庭療法」っていうのがありますけど、箱庭を自分で作っていくうちに、その箱庭がだんだん変化していって、最終的にそれが整っていくっていう、ユング派のやり方です。それ、僕は部屋にも当てはまるなあと思っているんですよね。今僕は、キラキラしている灯りをネットで買って、1日に必ず一曲乗りのいい曲をかけて部屋をディスコにして踊ってますよ。
安田:なるほど。平坦になりがちな家での時間に、アップダウンをつけてみる、抑揚をつけてみる、ということですね…!
文学の「遅い言葉」に触れてみる
いとう:このコロナの後、社会をどうしたらいいのか、政治をどうしたらいいのか、自分たちをどうしたらいいのか、ものすごくいろんなことに対して、世界中で思想が出てくると思うんですね。自分たちもそれに対してどういう風にアクセルを吹かせるのか。そう考えると少し遠くが、ビジョンが見えてくるんじゃないかと思います。
安田:そのビジョンを見出すためには、コミュニケーションの積み重ねが欠かせないと思うのですが、リスナーさんからこんなメッセージも来ています。「SNSが一概に悪いとは思わないのですが、相手と面と向かって言えないダイレクトな表現が多く、長く見続けていると気持ちが滅入ることが多くなりました。心の健康を保つためにはSNSと程よい距離を保つことを心がけています」ということです。言葉が先鋭化していくのは、それだけ不安を口に出せる場が限られているからではないかと思います。SNSとの付き合い方についてはいかがですか?
いとう:SNSもいい場合はあるんですけど、こういう時だから自分がよくわかっている人、あるいは意見が違っても相手の人となりを知っている人と深く話すっていうことがすごく大事だなと思っていて。自分や社会のためには必要かもしれないけれど、広く浅くSNSで情報をとってると、やっぱり傷つくんですよ。だから素の自分を揺るがせないようなコミュニケーションって、僕はすごく大事だなと思ってます。
安田:例えば顔と名前がわかる、私とあなたっていう関係性を、オンラインのツールを使って深めていくということですよね。SNSでは「前向きに!」とか「乗り越えよう!」という声も大きく響きます。もちろん大切な言葉だとは思うのですが、誰かに強いるものではないし、むしろその言葉がしんどい、という人もいるのではと思います。
いとう:そうですね。こういう時こそ精神科の出番だ、とも思います。僕も今、星野君のところに1ヶ月に1回通ってるんですけど、最近電話診察が始まりましたね。電話で診察して薬を自分の家の近くの調剤薬局に取りに行くというような、オンラインだからこそできることが始まっているような気がしています。不安な時は先生や友達との何気ない会話が必要だし、それからもう一つは、文学の出番だと思ってるんです。
今すごく売れていますけれど、スペイン風邪より少し前に流行ったペストのことが書いてあるカミュの小説。ものすごく深く人間同士の感情とか信仰を揺るがす問題を、一人の作家がきちんと命かけて書いたもの。その言葉って、今の話じゃないのにやっぱり伝わってくる。SNSと違って文学の言葉って遅いんですけど、遅いなりに自分のベッドになってくれることがある。なので、人と人とが話している言葉だけではなくて、文学者が書いたことのある、あるいはもう死んでしまった人たちの、死者の言葉みたいなものと触れ合うことが、自分の言葉の体系を変えてくれるような気がしてます。
海外のアーティストともつながった「MUSIC DON’T LOCKDOWN」
安田:もう一つ、心の健康を保つ上で、私にとっても欠かせないのが音楽です。J-WAVEでも大好きなアーティスト、ライブハウスを応援したいという思いから #音楽を止めるな というプロジェクトを展開しています。いとうせいこうさんが今取り組んでいる配信型音楽フェス「MUSIC DON’T LOCKDOWN」についても伺えますか?
いとう:一番はじめに思いついたのは、3月に小池都知事が会見してロックダウンを宣言するんじゃないかっていわれてたとき。このままもしロックダウンしてもしなくても、それに近い状態になると、人の気持ちがものすごく変わってきちゃうな、と。音楽どころじゃなくなってくるし、どうにかしなきゃいけないと思ったときに、社会が閉鎖しなきゃいけない時はあっても心の中の音楽はロックダウンしないというフェスをやらなきゃダメだと思いついたんです。仲間の2、3人に言ってみたら、瞬く間に色んな人たちが手伝ってくれるようになって。ここでは誰がどういうメディアを使って配信をしても構わないし、配信ごとに投げ銭などでみんながお金を少しでも稼いでくれたらいいと思っています。その代わり僕らはリンクを貼って、一つのフェスと見なすということですね。中央集権型じゃなくて自立分散型だって言ってるんですけれどね。
そういう形のフェスを土日にやってきていています。音楽だけではなくて、例えば政治学者の中島岳志君の連続講座があったり、落語家さんが毎週人情話を一時間ぐらいやってくれたり。
安田:ここまで幅を広くしたっていうのには何か理由があったんでしょうか?
いとう:なんだか集まってきちゃったんですよね、みんな(笑)。で、僕としては、「それもいい!それもいい!それも欲しい!」ボディワークを実際にする人も出てきたし、今はヨガの人たちからも声をかけられていて、「それやりましょう!」と。つまりもう一つのテレビを作っているような気持ちです。
「17 Live」っていうメディアから声がかかって、4月26日(土)27(日)はグランドフェスと銘打った配信をしました。台湾やタイ、シンガポールから参加してくれたアーティストがいたり、日本からはZeebraやm-floの☆Taku Takahashiくん、たくさんの人たちが集まってきてくれて、なんだかすごいことになっちゃったんだけど、それは全部手弁当なんですよね。
安田:海外のアーティストと繋げられるっていうのもライブ配信の強みですね。
いとう:そう。そしてもう一つは、僕らが面と向かっているコロナの問題は、僕たちの国の問題だけじゃないということですよね。だから、自分たちが何か楽しいことをしてみんなを明るくしたい。それでお金が生まれればなおいいし、というふうに思ってくれている、ということですね。
安田:なるほど、カルチャーが危機にさらされているという共通認識というのが海外でもあるということですね。
「自立分散型」だからできること
安田:ただ日本の状況を見ると、いきなりカルチャーが危機に陥ったというよりも元々文化を支える仕組みが弱くて、それが露呈した面もあるのではないでしょうか。補償無しの自粛に、3月から音楽関係者の方々は苦しんできました。
いとう:いやもう、ドイツの首相たちの言っている文化に対する尊敬の念とか、ああいうのを見ていると本当に羨ましいなと思います。
安田:人って、家と水と食料だけあれば体は生きられるけれど、心はどうだろう、と思うんです。やっぱり人間らしく生きられるっていう根底に、カルチャーが必要とされてきたわけですよね。
いとう:たとえばこのライブ配信フェスもそうだけど、結局言葉はわからなくてもお互いに音楽をやることで通じ合うところがあるわけじゃないですか。あるいは文学も、翻訳されたから僕らに届いていて、何十万人という人に何十年も読まれたり。こういったことを土台にして人間というものはつながらないと、それこそ虚しくなって心が空っぽになっちゃって、折れちゃう、と思います。
安田:例えば福岡市では独自の補償政策の中で、ライブハウスや劇場が無観客で映像配信するためにかかる経費を、50万を上限に支援すると発表しましたね。こういう自治体レベルのものもあれば、市民の間でも色んな動きがあります。公的支援を求めている「 #Save Our Space」、toeが呼びかけたライブハウス支援のための「MUSIC UNITES AGAINST COVID-19」。
いとう:今そうやって地方の行政が力を持って、彼らの判断で自分たちの土地にいる住民とつながろうとしてくれてるじゃないですか。やっぱり中央集権というものが、もうこの21世紀に向かないなというのがはっきりわかってきたんじゃないのかと思っていて。昨日も世田谷区長の保坂展人さんとリモートで話してたんですけど、彼らはより市民に近いというか。それは音楽をやる人たちも同じで、お客さんのことを知っている。チケットをもぎっている人は、どういう人が来てそれを楽しんでいるかの顔も見ている。そういう人たちがつながっていくことで、このフェスの根幹でもある自立分散型の社会になっていくんだな、という感じがすごくありますよね。
安田:確かに。例えば中央政府の動きなんかを見ていると、生活実感とどんどん離れてしまっているというところはありますよね。
いとう:ありますねえ。見に来てないなっていうね。そして情報収集力もかなり欠けてるなっていうっていうのが正直なところで。そういう中で、じゃあ自分たちの街でやっちゃおう、自分たちの村でやっちゃおう、という動きが生まれてきている。で、そういう村単位とか町単位とか区単位の突き上げに、中央がかなり弱いように思います。だからみんなが大変な時に、やれてるところと、やれてないところの差がすごく出てきちゃってるなっていうのが実感ですね。
安田:そこから突き上げられてきた市民の生活実感が少しずつ中央に反映されているというところもあるので、この循環は循環で作っていきたい気がしますよね。
いとう:そうですよね。もちろん発言していかなければならない。で、常に発言することはすごく大変だから、さっき言った非言語的なスペースを自分の中にどれだけ持つか。つまりそれは豆苗を育てることとか。僕もこの頃5日に一回は、花屋に行って花束を買っていますね。
安田:生き物とか緑とかがこんなに愛おしいものなのかとひしひしと実感しますよね。
いとう:それから、例えば1年先とか2年先とかから振り返って今を見るっていう視点を、自分の中に持つっていうことが一番大事だと思います。どうしても今のことしか考えられない状況じゃないですか。僕もそうなりがちなんですけど。もし今このライブハウスを手放してしまったら、私たちの1年後から始まる生活はどうなるだろう。もしこの花屋さんがなくなってしまったら、その後の自分たちの心はどうなるだろう。そういうときこそ、どうなりたいかっていうビジョンを、みんなで、市民で持とうよって呼びかけたいと思います。
(2020.5.8/聞き手 安田菜津紀)
(インタビュー書き起こし 落葉えりか)
※この記事はJ-WAVE「JAM THE WORLD」2020年4月22日放送「UP CLOSE」のコーナーを元にしています。
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