「仲間ではない人は死んでいい、がまかり通ってはいけない」―入管法は今、どう変えられようとしているのか
入管法が今、大きく変えられようとしている。
2021年2月19日に閣議決定され、国会に提出された「出入国管理及び難民認定法及び日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する法律案」は、すでに人道上、多くの問題点が指摘されている。
この法案では、国外退去の命令に従わない場合、1年間の懲役または20万円以下の罰金となる可能性がある。ただそもそも、退去強制令書が出された人々の9割以上は、送還に応じている。それでも帰国をできない人々は、「命の危険がある」「家族が日本にいる」「生活の基盤の全てが日本にある」など、帰れない事情を抱える人たちなのだ。
加えて問題視されているのは、法務省が難民と認めない決定を2回下せば、以降は強制送還が可能になってしまう仕組みだ。つまり、何らかの事情を抱え3回以上難民申請をしている外国人が、迫害の恐れのある国に帰されてしまう可能性があるということだ。
4月7日、この法案の廃案を求め、弁護士、支援団体、難民申請をしている当事者、賛同する著名人らが記者会見を開き、人道上の問題を改めて訴えた。
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続く“難民鎖国”状態
外国人の長期収容問題などに取り組んできた駒井知会弁護士は、そもそも日本の難民認定率があまりに低すぎることを指摘する。昨年認定されたのは47人、その前年2019年は44人で、難民認定率はわずか0.4%という“難民鎖国”状態が続いている。
「日本に来た難民の人たち、一人ひとりに本来夢がありました。サッカー選手になりたかった人、学校の先生になりたかった人、祖国を人権の守られる国にしたいと願っていた人……既に祖国で十分すぎるほど傷つき、多くを失った人たちを、日本では殆ど誰も難民として認めていません」
さらに、本来であれば守られるべき人々が、入管施設での「上限のない収容」に苦しめられる姿も目の当たりにしてきたという。
「大切な人生と夢、祖国を捨てて、彼らは日本にやってきました。家族を残酷な形で失い、心に傷を負った人もいます。拷問による傷が体にまだ残っている人たちもいます。そんな極限まで追い込み、彼らに“自分が人間だったこと”を忘れさせようとしているのでしょうか。誰かの人権が守られていない社会は、実は誰も人間扱いされていない社会です」
こうした実感から、改めてこの法案に危機感を抱いているという。「今も地獄を見ている難民の人たち、本来救われるはずなのに救われていない人々が、この法案でさらに苦しむことが目に見えています。廃案の先に全く違った改革をしなければ、誰も救われません」と語る。指宿昭一弁護士も「今の制度は難民認定制度ではなく、難民不認定制度だ」と指摘した。
難民申請当事者の声
この日は3人の難民申請者が会場で声をあげた。
ナイジェリア出身のエリザベスさんは、FGM(女性性器切除)の危険などから故郷を逃れ、すでに日本で25年以上暮らしている。自らも「仮放免」という不安定な立場でありながら、収容者との面会を続け、彼らを励まし続けている。冒頭では自身のことではなく、収容されている人々の体調不良や経済的な窮状を訴えた。
「仮放免の人は何もできない。仕事できない。自由に移動もできない。難民の人たちにも家族や子どもたちがいることを忘れないで下さい。本当に本当に、心が痛い」
法案に対しては、「今日苦しい思いをしているのは難民の人たちかもしれませんが、明日は日本の人たちだって苦しい目にあうかもしれないんです。今日のことだけを考えてやり方を考えないでほしい」と語った。
トルコ国籍のクルド人であるデニズさんは、迫害を逃れ 、2007年に来日した。これまで複数回難民申請をしており、現在も申請中だ。2019年、収容されていた東日本入国管理センターの職員から激しい暴行を受けたことで、現在、国家賠償訴訟を起こしている。解放された今もPTSDに苦しみ、この会見の前日に退院したばかりだ。
仮放免の立場では、就労は認められず、健康保険にも入ることができないことから、高額の医療費がのしかかる。体調が万全になったことで退院したのではなく、入院し続けるのが資金的に厳しかったことを明かした。
2020 年、国連人権理事会の「恣意的拘禁作業部会」が、デニズさん他 1名の申立を受け、日本の入管当局の対応を「国際人権規約に反する」とした見解をまとめたが、政府は状況を改善することなく、この見解に背を向け続けている。
「日本ではクルド人は難民として認められていませんが、アメリカやドイツ、イギリスなど海外では、多くの人たちが認められています。私たちは人間です。日本の政府は、国連の言うことをしっかり聞いてほしい」
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)による2018年の統計によると、世界でのトルコ国籍者の難民認定率は45.6%に及ぶものの、日本で認定されたケースは「ゼロ」だ。クルド難民弁護団事務局長の大橋毅弁護士は、「埼玉では2,000人以上のクルド人がコミュニティを作っていて、複数回難民申請をしている人たちもいます。法律が変われば、彼らはトルコに次いで、埼玉という故郷を失うことになるでしょう」と語った。
2005年、UNHCRにより「マンデート難民」(UNHCRの権限による難民認定)とされたトルコ出身クルド人たちが、日本から強制送還されている。「法務省は政策として難民認定数を減らしているんです。国際基準も無視するし、裁判で勝訴した難民申請者さえ、判決後にもう一度不認定にしたことが5件ありました。そうした司法や国際的な意見を無視してでも、自分たちの意見を通そうとしているんです。法務省に全て任せていては変わらないんです」。
ミャンマー出身のカチン族であるラパイさんの父親は、反政府武装組織であるKIA(カチン独立軍)の将校だ。ラパイさんは12年前に日本に逃れ、現在3度目の難民申請中だ。ミャンマーでは2月に起きたクーデター以降、軍による市民の殺害が相次いでいるが、カチン族に対する迫害はそれ以前から報告されてきた。
「日本から送り返されれば、ミャンマーに帰って死んでしまうことになります。本当に命が危ないから難民申請しているのであって、日本に遊びにきたのではありません。それでも受け入れられないから、何回も申請するしかないんです。私たちは人間ですよ。命の心配をしないで暮らしたいだけなんです」
ビルマ人難民申請弁護団代表の渡邉彰悟弁護士は、アウンサンスーチー氏率いるNLD(国民民主連盟)政権下でも続いてきた国軍による少数民族への弾圧を、入管側が見ていないと指摘する。「こうした事情を抱えた人たちが難民認定されないのは異常な事態だと思います。ここ3年ほどで、ミャンマー出身の難民申請者は2000人ほどいましたが、認定を受けた人はゼロでした。難民の適正な認定が行われない中で、送還を先行させようというのは明らかに前提が間違っていると思います」。
入管施設で今、何が起きているのか
今年3月6日、名古屋出入国在留管理局の施設に収容されていたスリランカ人の女性(33)が亡くなったことが報じられた。支援団体は、女性が歩けないほど衰弱し、嘔吐してしまうため、面会中もバケツを持っていたと指摘している。
2007年以降、入管施設では17人の方が亡くなり、そのうちの5人は自殺だった。指宿弁護士は、「その責任を入管は一切とっていません。収容をするからには、命を守る義務があります。それができないならすぐ外に出すべきなんです」と指摘する。
「名古屋入管で亡くなったスリランカ人の女性は、1月後半から食事がとれなくなり、20キロ以上体重が落ちてしまっていました。点滴をして下さいと本人も支援者も訴え続けましたが、入管はそれをせずに死なせてしまった。この責任を全くとることなく、入管側の権限を強化する改悪などありえないはずです」
名古屋入管側は、死因が特定される前から、中日新聞(3月10日掲載)の取材に対し「適切に対応していた」とコメントしており、現在行われている調査も、飽くまで内部調査だ。
入管側は今回の法案について、「長期収容問題を解決するため」という目的を掲げ、これまでの「仮放免」にかわる「監理措置」という制度が打ち出されている。民間人の「監理人」を入管が選定し、その「監理人」が、収容から解放された「被監理者」を監督する仕組みだ。つまり、「監理人」がいない限りは収容から解放されないということでもある。仮に「監理人」が見つかったとしても、解放するかどうかは司法判断を経ず、入管の裁量に任されている。そして「監理人」は「被監理者」の状況の届け出を怠った場合、過料が課されることにもなっており、結局は入管の権限を強めることが指摘されている。
▶︎参考記事:
入管法は今、どう変えられようとしているのか?大橋毅弁護士に聞く、問題のポイントとあるべき姿 (2021.3.22/安田菜津紀)
指宿弁護士は、「帰るに帰れない事情を抱えた人には在留特別許可を出すべきだし、以前まではある程度出されていました。それを出さなくなったことにより、長期収容となる状況を、国が自ら作り出しているんです」と矛盾を突く。
高橋済弁護士は、無期限収容や相次ぐ死亡事件について、「特に前の政権からは、何も声をあげられない人には何をしてもいいかのような政策が続いてきています。その究極の形が今回の法案です」と訴えた。「EU加盟国を見ていくと、収容が行政判断だったとしても、一定の段階で裁判所が判断が入ります」と、身体を拘束する判断に司法が介在しない問題を改めて指摘した。
難民申請者を送還できるようにすることについても、「送還後に亡くなってしまって、後から“やっぱり難民だったんだね”となっても取り返しがつかない。難民申請中に送還してはならないという制度は、それを防ぐためにあるんです。送還を可能にしてしまえば、難民条約から事実上離脱しているようなものです」と語った。
支援の現場に届いた声
NPO法人POSSE、外国人労働サポートセンターの岩橋誠さんは、現場で支援を続ける中で、クルド人たちの置かれる厳しい状況を目の当たりにしてきたという。
「昨年の新型コロナウイルス蔓延から、難民申請中の人、仮放免中の人たちからも多くの相談がありました。埼玉県川口市を中心にクルド人の人たちが多く暮らしていることから、昨年11月に他団体と連携して駅前での相談会を開いたところ、各家庭の平均所持金は1万5千円しかありませんでした。健康保健も入れず、仕事もできないのにどうやって生活したらいいのかという声が寄せられています」
現在POSSEでは【難民を「犯罪者」にする「入管法改定案」の廃案を求めます!】というオンライン署名活動を実施しており、4月12日時点で4万筆近くが集まっている。
人権感覚が強く問われている
今回の会見の呼びかけ人のひとりである、お笑い芸人の“せやろがいおじさん”こと榎森耕助さんは、この問題に詳しい弁護士との対話を重ねてきた。YouTubeにアップした動画、『史上最悪の改正!人を人として扱わない「入管法の改正」について』は大きな反響を呼んだ。この会見の前日には、駒井弁護士とともに茨城県牛久市にある東日本入国管理センターを訪れ、4人の被収容者と面会したという
「そのうちの1人は母国で銃撃を受け、生々しい傷跡が残っているのを見せて下さいました。そんな状況でも難民として認められないんです」
男性は、「母国から逃れてきた人を収容して送り返すのは虐待だ」と話していたという。「まさにそうだと僕も思っています。日本人だから助けるのか、外国人だから助けないのか、人権感覚が強く問われているのではないかと思います」。
面会したもう一人の男性は、祖国で仲間が虐殺され、命からがら日本に逃れてきたものの、すでに2年2ヵ月にわたり収容されていた。この改定案について尋ねると、「(状況が)よくなるんでしょう」と認識していたという。しかし、3回目以降の難民申請者が強制的に送還されてしまう可能性があることを伝えると、「みるみる表情がなくなり、目から光が失われていった」という。外に出ることができたら「ジャーナリストになりたい」と語ったときだけ、一瞬笑顔を見せた。
「法が改悪されるのか、それともここで止められるのかは、この絶望に染まる表情を多くの人に広げるのか、それとも外に出て希望に向かって笑顔を取り戻せるのか、その帰路になっていると思います」
彼が部屋に戻っていくとき、榎森さんはアクリル板越しに“こぶし”を突き合わせて別れたという。「絶望に向かうか希望に向かうか、我々の発信次第で変わっていく、という大きなものを託されたと思っています。今日、集まった皆さんにも、このこぶしの意味を託したいと思います」。
賛同人である小島慶子さんは、恣意的な命の線引きが一度まかり通れば、同じことが繰り返され、いつ誰にそれが及ぶか分からない、という危機感を抱いていると語った。
「私は友人に難民や在留資格を失った人はいませんでした。でも、これは“いじめ”だと思ったんです。仲間ではない人は死んでいい、ということがまかり通ってはいけないですよね。国が法律を使って、仲間じゃない人は死んでもいいという仕組みを作っているとしたら、そんな国で安心して暮らせるでしょうか。誰が仲間か、国の裁量一つで決まるんです。人の命には同じ価値があります。死んでいい人はいないんです」。
根深い偏見とどう向き合うか
一方、日本の難民認定制度の問題には、「労働目的で制度を“濫用”している人が多いのではないか」という声がついてまわる。こうした“濫用”が多いから認定に時間がかかる、というのが国側の言い分でもあった。ただそれは、技能実習生制度などを含め、日本で働きたい人々の受け皿となる制度が十分に整っていないことの表れでもある。難民申請制度に頼り、働く資格を得ようとする人々が一定数いたことは事実だが、2018年1月15日以降は運用が変わり、難民申請をしても労働許可を得ることが難しくなった。そこから労働目的での申請は大幅に減少しているとされている。
高橋弁護士は「客観的な事実として、今は労働目的での難民申請が殆どないにも関わらず、そのイメージは根強く残っています。加えて重要なのは、もし仮に労働目的の申請者がいたとしても、今日ここにいる皆さんが認定されない理由にはならないはずなんです。時間がかかっても難民認定されるならまだ分かりますが、そうではない。その矛盾は、入管側が一番よく分かっているはずです」と語る。
渡邉弁護士も「難民申請をしている人たちの中には、商才のある人だっている。そうした人たちをもって、稼働目的だから難民ではないということはおかしいということを、前提として考えておくべき」とした。
次世代にどのような社会を手渡して行きたいか
ネット上では、在留資格がないことを責め立てる声も少なくはない。名古屋入管で亡くなったスリランカ人女性も、オーバーステイ状態だった。大橋弁護士は「彼女は元々留学生です。なのにあんな悲惨な死に方をしなければならないんです。オーバーステイの人たちは犯罪者ではないんです(※)。刑務所から来た人が収容所に入っているんじゃないんです。貧困状態に陥ったり、仕事を失ったり、それだけで在留資格を失ってしまうことがあるんです」と実態を語った。
(※)在留資格を失った人々の一部が受ける国外退去処分は、交通違反などと同様の「行政処分」であり、刑事罰ではない。
会場からは、なぜこうした問題に社会的関心が広がっていかないのかという質問が出た。大橋弁護士は、多くのクルド人たちが、自分たちのように避難生活を送る九州や福島の被災地の人々の元に赴き、ボランティア活動を行ってきたことを挙げ、「逆に日本の人たちが、入管などで何が起きているのを知れば、心が動く人たちはもっといるはずです」と投げかける。
POSSEでは、インスタグラムやTwitterなど、SNSを通して問題の発信を続けており、若い世代自らプラカードを作って投稿すると、大きな反響があるという。岩橋さんは。「POSSEも高校生、大学生のボランティアたちが参加していますが、学校のクラスに貧困や在留資格の問題に直面している同級生がいる、という人もいます。若い人たちは差別を問題に感じている人たちが多い」と感じてきたという。
この法案の問題を考えることは、次世代にどのような社会を手渡していきたいか、その根本を問うことでもあるのではないだろうか。審議入りを前に、実態を知らせる声の輪をどれほど広げられるかが、今後を大きく左右するはずだ。
●オンライン署名:難民を「犯罪者」にする「入管法改定案」の廃案を求めます!
●デニズさんの支援を呼び掛けている「クルド難民デニズさんとあゆむ会 Walk with Kurdish Refugee Deniz」
https://twitter.com/walkwithDeniz
(2021.4.12 /安田菜津紀)
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