10月9日、シリア北部、主にクルド人が暮らす地域へ、トルコ軍が攻撃を開始。すでに民間人の死傷者が報告されています。これまで米国はIS掃討作戦の中で、シリア北部のクルド人部隊との連携を続け、トルコ側はクルド勢力の拡大を懸念し猛反発してきました。
実はトルコのこうした軍事作戦は初めてのことではありません。昨年1月、クルド支配下に置かれた街の中でも、飛び地のように北西部に位置しているアフリンに向け、トルコとその支援を受けた民兵組織が侵攻。3月には街の中心地が包囲、制圧されました。
アフリン制圧のニュースが伝わってきたとき、私は北東部中心地、アムダ郊外の村を取材していました。人々の間にも、重い沈黙の時が流れていました。一人の男性がふと私を真っすぐ見据え、こう語りました。
「欧米諸国も、日本も、今アフリンで起きていることに殆ど沈黙したままです」。慎重に言葉を選びながら、彼は続けた。「今すぐお金や軍事的な支援が欲しいと訴えているのではありません。ただ、子どもたちをも巻き込む殺りくに声を上げ、言葉によってこの地を支えることすらできないというのでしょうか。もしかすると何かしらの意思を表明することで、自身がテロの標的になることを避けたいのかもしれません。ただ広島、長崎で街を破壊し尽くされ、子どもたちまでもが犠牲になった歴史を経ている日本の人々であれば、これがいかに痛ましいことなのかが分かるはずです」。
シリア国内ではトルコによる侵攻に留まらず、政権やそれを支援する国々による、イドリブ県への熾烈な攻撃も続いています。そして今回の事態は、更に人々を窮地へと追いやるものになるでしょう。国際NGO15団体が出した声明*では、トルコ国境から5キロ以内の地だけでも45万人の人々が暮らしており(そのうちの9万人はこれまでの戦争による国内避難民)、彼らの日常は支援も届かない悲惨な状況になるであろうと警鐘を鳴らしています。
彼らはどこに逃げればいいというのでしょうか。恐らく壁に阻まれた国境を越え、自らに攻撃をしかけてきたトルコ側へと逃れていくのは困難でしょう。東に位置するイラク側の北部地域でも、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が把握できているだけで、既に20万人を超えるシリアの人々が避難生活を続けています。新たに多くの難民が逃れてくることで、イラク側での混乱も予想されています。
シリア北部、トルコと隣接する街コバニに暮らす友人に、「出来ることなら逃げて」と連絡をすると、彼女からこう返事がきました。「逃げるって、どこへ?」と。「安全な場所なんて存在しない。だから私はどこへも逃げない」。
人々に襲いかかる危機に、米軍が積極的に動こうとする兆しはありません。むしろ元々駐留していた拠点から足早に去っていった様子が現地からも報告されています。「米軍はいつもそうだ。クルド人を利用するだけ利用して、危険が迫ればあっという間に手を引いていく」という、隣国イラクに暮らすクルド人の知人の言葉がずっと頭を離れずにいます。彼らは国を持てずにいる最大の民族として、歴史上何度も同じような苦難に翻弄され続けてきたのです。
コバニに暮らす別の友人からは、「戦争は人生で最も醜いもの」と怒りの滲んだメッセージが届きました。もちろん、シリアのクルド人部隊による圧制や暴力も報告されており、どちらかが正義の軍隊であるなどと言うつもりはありません。ただここで改めて向き合いたいのは、戦禍に翻弄され、日常を破壊され続けるのは、本来争いとは全く関係のないはずの市井の人々だということです。こうして理不尽な形で故郷を追われる人々を新たに生み出すことを、私たちは望みません。
(2019.10.11/写真・文 安田菜津紀)
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