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2022.12.19

「名取洋之助写真賞歴代受賞者」紹介展示辞退について

2022.12.19

お知らせ #人権 #女性・ジェンダー #安田菜津紀

12月に入り、日本写真家協会から弊会宛に一通の封書が届きました。

12月5日付となっているその書面には、2022年第17回名取洋之助写真賞が「該当者なし」で、奨励賞のみ決定したこと、1・2月に行われる受賞作品展を、「賞をアピールする良い機会」ととらえ、歴代受賞者の作品と受賞当時の顔写真、プロフィールも同時に掲載する予定であることが記されていました。私はこれを辞退する意を日本写真家協会側に伝えました。その意を尊重して下さった関係者の皆様に感謝申し上げます。

私は10年前、2012年第八回名取洋之助写真賞を、ウガンダのエイズ孤児たちを取材した写真で受賞しています。写真を始めたばかりのころ、「この賞は登竜門だから、受賞できたら道が拓ける」と多くの方に勧められました。

雑誌社が潤沢に取材費などを出せる時代ではない中で、実際には受賞しただけで「道が拓ける」わけではありませんが、大学を卒業して間もない私にとって、一つの契機になったことは間違いありません。背中を押して下さった方々、その時に世話になった関係者の皆さんには感謝の気持ちを抱きつつ、私には改めて、言葉にしなければならないことがあります。

この賞の名である名取洋之助は、1930年代にルポルタージュ・フォトの手法をドイツから日本へ持ち込むなど、写真史における様々な「実績」が知られる人物です。一方、戦中は軍部と結びつき、プロパガンダの担い手になっていった批判からも逃れられません。名取が創刊した、海外向けに「日本文化の宣伝」をする雑誌は、「大東亜共栄圏」という巨大な文脈を喧伝する一翼を担っていたことも指摘されてきました。

「そういう時代だった。個人では抗えない」という声もあるでしょう。だとすれば戦後、そうした「加担」をどのように総括するかが重要なはずです。それがただ、有耶無耶になったままに賞が設定され、私がそれを考慮しないままに応募したことは、無自覚だったとしか言いようがありません。

もちろん、それらを踏まえた上で、自らの意志で応募し、受賞した人たちのことを一概に否定するものではありません。ただ私自身は、これらの歴史的経緯についての自覚の欠如について、現代の戦争を取材する者として、そして一人の人間として、顧みたいと思っています。

ただ、今回の辞退の最大の理由は、広河隆一による性暴力、ハラスメントに対する、日本写真家協会の態度にあります。

私が受賞した後、名取洋之助賞の審査員が変わり、そのうちの一人が、広河隆一(元日本写真家協会会員)でした。2019年1月24日に、日本写真家協会は下記のような短い文章を公式サイトに掲載しています。

『週刊文春』2019年1月3日・10日 新春特別号(2018年12月26日発売)に端を発する一連の女性問題に関して、広河隆一会員から、協会に迷惑をかけたと退会届が提出され、1月業務執行理事会はこれを受理した。

当協会は、広河氏の一連の行動は到底看過できる問題ではなく、2015年度より5年間の予定でお願いしていた名取洋之助写真賞審査員について、2019年度は解任した。

第一にこれは性暴力の問題であり、「女性問題」という記載には違和感があります。「到底見過ごせる問題ではない」という意思表示は重要ですが、どこか「他人事」のようにも感じられます。

賞の審査員はどうしても「選ぶ側」として、ある種の権力性を持ちます。彼の立場にこうした「権威」を与えてきた側として、もう一歩踏み込んだ対応はあったはずです。その後、新たに選出された審査員が全員男性であることからも、問題の本質と協会が向き合っているとは言い難い状況でしょう。

この名取洋之助写真賞に限らず、表現の現場調査団が公開した「表現の現場ジェンダーバランス白書2022」でも、キャリアを形成する上で重要となる賞での、審査員らのジェンダーバランスの不均衡、権力勾配の構造的な問題が浮き彫りになっている他、広河元会員の問題が報じられた後も、そのバランスに大きな変化が見られないことも指摘されています。

「表現の現場ジェンダーバランス白書2022」

2022年5月、東京新聞の夕刊に「広河隆一の名を欠いた報道写真史はどうだろう」等と書かれたコラムが掲載され、驚いたことがあります。この性暴力やハラスメントで夢を断たれた人たちが、作ることができたかもしれない「報道写真史」には思いが至らないのだろうか、と。実際にこの問題が発覚してから、「この賞で広河隆一が審査員だったから応募をためらった」という声を聴いたことがありました。

この12月に日本写真家協会から届いた書類は、「足をお運び頂けると幸いに存じます」と、すでにこちらが展示に同意したことが前提の文章が記載されていました。ただ、これらの問題を重く受け止めるのであれば、丁寧な意思確認は不可欠だったでしょう。

重要なのはこの場でいかにこの賞を「アピール」するかではなく、若手が安心して応募できる環境づくりをし、いかなる性暴力やハラスメントにも毅然と向き合う意思を示すことではないでしょうか。次世代の夢が、これ以上、踏みにじられることがないことを願います。

私たちは今、「D4Pメディア発信者集中講座」を続けています。写真に限らず、文章や動画、ポッドキャストなど、個人が発信できるツールは多角化していますが、ツールの工夫以前に大切なこととして、報道が差別に加担していないか、性暴力被害など、繊細な問題を抱える当事者に取材者がどのように向き合うべきなのか、などを分かち合っていきます。主催の立場ではありますが、参加して下さる方々の視点から、多くを学んできました。

この場で大事にしているのは、参加者が自身の意見を持ち寄る場の「セイフティー」です。安全な場で、安心して声を届けられる機会を、今後、私たちも築いていきたいと思います。

(2022.12.19/文 安田菜津紀)


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