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「破綻」した難民審査参与員制度、統計なく「立法事実」化

入管法改定案の審議が続いている。これまでも人道上の問題が多々指摘をされてきているが、その中でも争点となっているのが「送還停止効」に「例外」を設けることだ。

難民申請中は送還されない現行制度を「改定」し、審査で2度、「不認定」となった申請者については、3度目の申請をしても、強制送還の対象にしようというのだ。日本の難民認定率は極めて低く、何度も申請を繰り返さなければならないのが現状であるにも関わらず、だ。

この「送還停止効の例外」は、何を根拠に法案に盛り込まれたのだろうか。

入管庁が公表している「現行入管法の課題」(2023年2月)という資料では、難民審査参与員の柳瀬房子氏の発言が引用されている。

《入管として見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」「難民の認定率が低いというのは、分母である申請者の中に難民がほとんどいないということを、皆様、是非御理解ください。》

(――2021年4月、衆議院法務委員会参考人質疑での柳瀬氏の答弁)

2年間で2000件に関わった、と柳瀬氏本人が回答

難民審査参与員は法務大臣に指名される。入管の難民認定審査で不認定とされ、不服を申し立てた外国人の審査を担い、最終決裁者である法務大臣に意見を述べるのが役割のひとつだ。その立場からの発言が、「難民認定制度の濫用」という入管の主張の根拠、つまりこの入管法政府案の「立法事実」のひとつとされているのだ。

ところが、この「難民がほとんどいない」という審査数の「分母」に疑問を持たざるを得ない事実が発覚した。柳瀬氏は4月13日、朝日新聞の取材に対し、「難民認定すべきだとの意見書が出せたのは約4000件のうち6件にとどまる」と発言している。

2021年4月の参考人質疑では、それまでに担当した件数は「2000件以上」と発言している。つまり、2021年から今年までの2年ほどで、さらに約2000件をも審査をしたことになる。

この件について柳瀬氏に直接問い合わせたところ、このわずか2年間で自身が関わったケースが2000件近くあることを認めた。

難民審査参与員は通常、3人ずつの班に分かれて審査をするが、その「常設班」に加え、早期処理のための「臨時班」が存在することが国会答弁や入管内の資料からも明らかになっている。この「臨時班」に属しているかどうかについて、柳瀬氏は「回答できない」とした。

いずれにせよ、あまりに異様な数ではないだろうか。1年間の平日は約240日であり、柳瀬氏の場合、毎日審査をしたとしても、1日4件は処理する必要がある。ただ、参与員は「非常勤」だ。時には辞書ほどの厚みになる申請者の原資料にあたりながら、2年間で2000件(年1000件ということになる)を丁寧に処理することは、物理的に不可能と言えるだろう。

西山温子弁護士が、参与員の対面審査のために準備した難民申請者の資料一式。12センチほどの厚みだが、これよりさらに分厚いケースもある。(西山温子弁護士提供)

思考停止しなければ処理できない件数

これをさらに裏付ける調査が公表された。

全国難民弁護団連絡会議(全難連)は、日弁連の推薦に基づいて難民審査参与員に任命され、2019年度以降2023年4月までの期間が任期に含まれている参与員にアンケート調査を行い、5月15日、その結果を会見で公表した。今回の調査に協力したのはあくまで「日弁連の推薦に基き難民審査参与員に任命された人々」という限られた例になるが、重大な指摘が浮かび上がってきた。

アンケートによると、「常設班」に属している回答者の年間平均審査件数は36.3件(柳瀬氏はその27倍以上ということになる)、対面審査(口頭意見陳述)の実施率は65.9%だった。

5月15日に参議院議員会館で行われた記者会見。

対面審査は、一度の期日で2件の実施が限界である上、常設班は通常、月2回の招集だ。つまり、年間50件程度の対面審査が上限と思われる。それに基づいて考え、柳瀬氏が年間1000件審査をした場合、約950件は対面審査をしなかった(対面審査の実施率は5%以下)ことが疑われる。

今回の調査では審査請求1件あたりに要する平均時間(記録検討時間、口頭審理立会時間、評議時間、意見書起案時間等を含む)についてもアンケートを行っている。全件の平均所要時間の平均は、5.9時間だった。

仮に1件の時間を3時間としても、柳瀬氏が年間1000件審査すれば、3000時間が必要となり、過労死ライン越え、フルタイム稼働が計算上必要となると会見資料は指摘する。

自由筆記では、柳瀬氏の件数につき、「適正な審査」に疑問を投げかける声が多く寄せられ、1000件という数字自体を「信じられない」とするものもあった

《柳瀬氏説明から導かれる年間1000件の処理について寄せられた意見》

・正常な業務としてはありえない
・記録を精査しているのか甚だ疑問である
・書面審理ばかりをしていたとしてもあり得ない件数である
・フルタイム勤務で、個別事情を考慮せずに思考停止すれば物理的に可能かもしれないが、適切な審査ができるとは考えられない

入管庁によると、2022年、この二次審査による処理数は4740人だ。もし柳瀬氏が年間1000件を担当したならば、彼女(の班)のみで、5分の1以上を処理していたことになる。2022年8月1日の時点で、参与員は118名いたにも関わらず、だ。

それは本当に「慎重・丁寧な審査」だったのか?

ここまでが2021年4月から2023年までの「2年間、2000件問題」だ。ここからはそれ以前の、2005年5月~2021年4月までの数値を分析していきたい。

4月25日、齋藤健法務大臣は、入管庁の資料に引用されているのは、2021年4月の参考人質疑の言葉であり、その際、柳瀬氏が「2000人に会った」と《述べている》ことを根拠に、「すべて対面審査まで実施した、いわゆる慎重な審査を行った案件を前提として答弁されたもの」としている。

2021年4月以降の2年間の2000件審査に関しては大臣から言及はなかったが、2005年5月から2021年4月までの16年間においては、「対面審査で2000人審査」した、それが「立法事実」なのだと明言しているのだ。

柳瀬難民審査参与員の主張する数字の推移。

しかし同日、衆議院法務委員会の質疑では、西山卓爾入国在留管理庁次長が、柳瀬氏の対応案件数の多さについて、「特定の難民審査参与員の年間処理件数は集計していないので当方は把握していない」と述べている。集計・把握していないにも関わらず、柳瀬氏が2005年~2021年4月までに担当した2000件が「すべて対面審査まで実施した慎重な調査」となぜ言い切れるのだろうか。

5月12日の会見で齋藤法務大臣は、「統計はとっているものではない」「その審査件数を私が特定をしたということではない」とした。つまり、すべてが対面審査による「慎重な審査」だったのか、「根拠」として出されているのは今のところ「柳瀬氏がそう言った」ということのみだ。

仮に、参与員制度が始まった2005年5月から2021年4月までの16年間弱で、すべて対面審査まで行ったとしても、年間130件近い対面審査をこなすことになる。なお、2019年10月、「収容・送還に関する専門部会」第1回会合会議録に、委員として柳瀬氏の発言が記載されている。

「1000人以上のお話を聞かせていただいた」「それ以外に3000人近く書面審査」「4000人以上の運命を決めた」――つまり、対面審査に加え、数千件の書面審査まで担当してきた(※)というのだ。

仮に対面審査のみに絞ったとしても、2019年から2021年4月までのわずか1年半に、さらに1000人だ。これを年平均で考えると670件近くになる。

(※)ちなみに翌月に行なわれた第2回の会議録では、「私は約4000件の審査請求に対する裁決に関与してきました。そのうち約1500件では直接審尋を行い,あとの2500件程度は書面審査を行いました」としており、同じ「4000件」の内訳についての発言がぶれていることも指摘する必要がある。

なお、入管法改定案は、「収容・送還に関する専門部会」の提言を元にしている。

口頭意見陳述の様子(高橋済弁護士作成)。

この点について柳瀬氏に再度問い合わせたものの、期限までに回答は得られなかった。

先述の通り、アンケートに答えた参与員の年間平均審査件数は36.3件(対面審査の実施率65.9%)だ。柳瀬氏はその18倍以上の670件(対面審査実施率100%)をこなし、それ以上の数の書類審査まで行ってきたことになる。

D4Pが直接取材した難民審査参与員の中には、2年間で担当した件数がゼロというケースもあった。審査案件の割り振りに、そもそも非常に極端な偏りがあるのだ。しかしその人選の理由は明示されない。完全にブラックボックスの中で、集計すらされずに進められていく。

こうして柳瀬氏自身が審査した「分母」について、詳細な説明や検証がなされないままに、自身を「参与員代表」のように語ることも、入管側が「参与員代表」のように扱い、資料に引用し、法律の「根拠」とすることも不適切ではないだろうか。齋藤法務大臣は「(柳瀬氏の)ご発言は我が国の難民認定の現状を的確に表している」としたが、そう言い切るのはあまりに無理がある。

また、齋藤法務大臣は柳瀬氏について、「難民を支援するNPO団体の設立に関わり、その運営も務め、豊富な経験に照らしても、難民をほとんど見つけることができない」とし、NPOの経験を引き合いにその正当性を主張している。柳瀬氏自身も専門部会で「私は『難民を助ける会』の人間」「『難民を助ける会』の柳瀬が、実際に会ってインタビューした結果が」と強調している。柳瀬氏が現在「名誉会長」を務める「難民を助ける会」は、公式サイトに「難民審査参与員としての柳瀬個人の見解であり、当会を代表するものではありません」というコメントを掲載している。

なお、下記該当の議事録を見ると柳瀬氏の肩書きは(特定非営利活動法人難民を助ける会会長)と書かれている。

海外支援を中心としたNPOの知見と、日本の難民審査を適切に行うための知識や能力は別物だ。難民審査参与員には、定期的な「適性審査」や振り返りの機会もなければ、審査のための適切な研修さえない。2005年から今に至るまで、何ら検証されずひとりの参与員が審査に携われること自体が異常ではないか。

(追記:2023年5月19日)
2023年5月18日、柳瀬難民審査員が名誉会長を務める「難民を助ける会」より、先日のコメントに続き声明が公表された。要点を下記にまとめます。

・参与員としての柳瀬氏の活動は「難民を助ける会」とは一切関係なく、柳瀬氏が個人の資格で行っているもの。関連した発言も「難民を助ける会」の活動ではなく、ひとえに難民参与員としての審査経験に基づくもの。

・「難民を助ける会」は「難民支援」活動には関与しているものの、「難民認定」作業には一切関与しておらず、責任をもって発言するだけの専門的知見を有していない。

・「難民を助ける会」は2022年のウクライナ危機以降、来日難民・避難民への緊急一時金支給などの支援を行っているが、難民認定作業には関与しておらず、その点については経験に基づく知見がない。

上記「難民を助ける会」のコメントに基づくと、《同会の設立・運営に携わってきた柳瀬氏の知見や経験を根拠として「難民審査参与員」として適切である》という齋藤大臣の主張は正当性のないものだと言える。前述の通り、難民審査参与員は法務大臣が指名する。もちろん、法務大臣は適宜代替わりをするが、人の命を左右する制度の不備には真っ先から声をあげなければならないだろう。真摯な調査、制度の適正化と入管の抱える問題の根本に切り込んでいく必要がある。

性暴力被害者に「美人だったから?」と発言

こうして参与員を研修もなく現場に放り出し、不透明な状態での審査を続けてきたことにより、過去多数の「不適切発言」が報告(下記文書参照)されてきた。

全難連作成の資料によると2017 年、性被害も経験したアフリカ出身の女性に対し、参与員の男性が「大佐があなただけを捕まえたということは、あなたが女性で美人だったからというそれ以外には何らの理由はない、ということですね」と発言。また、この男性参与員の口調は、「~だよな?」「~んだな?」というものも多かったというが、調書では、「~ですね」と丁寧な口調に書き改められていたという。

これはあくまで一例でしかなく、資料には目を疑うような発言がずらりと並ぶ。驚くべきことに、申請者の陳述中、参与員全員が寝ていたケースもあったという。

ただ、代理人がついていないケースでは、そもそも問題行為の発覚自体が難しいだろう。仮に、申請者自身の性被害や性的指向などを揶揄したり踏みにじるような発言が参与員からあったとしても、自身の被害を公にして被害を訴え出ることは非常に困難なはずだ。

ところが、こうした問題発言をした参与員の「プライバシー」は守られる。審査は匿名であり、対面審査まで実施されても、参与員は名乗らない。

国会答弁などによると、2010年以降、国が裁判に敗訴後、難民認定を受けたケースは23件あるという。今年、レズビアンであることで迫害を受けたウガンダ人女性が、やはり裁判で勝訴した後に認定されたが、彼女のケースは参与員による対面審査も行われていない。

膨大な数をこなす参与員からしたらその中の1件かもしれないが、申請者からすれば命のかかった大事な審査である。1件の見落としもあってはならないはずであり、「保護されるべき人は保護している」という国の言い分はすでに崩れている。この参与員制度そのものが「破綻している」と高橋弁護士も指摘する。

繰り返しになるが、こうした「ブラックボックス」状態の制度の元、異様な数の審査をこなしていた参与員の発言だけが切り出され、統計を確認することもなく「立法事実」とされる――。こんなにも杜撰な「土台」を元に、人の生き死にまで左右する法案を進めることは許されない。すでに国際基準に則った野党案が参院で同時に審議されている。当然のことではあるが、「事実と根拠に基づいた議論」に立ち戻る必要があるはずだ。

5月7日に杉並区で行われた入管法改悪反対デモの様子。

(2023.5.15 / 写真・文 安田菜津紀、佐藤慧)

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