不可解な「訂正」、立法事実はどこへ? 柳瀬参与員の「1年半で対面500件」難民審査、法務大臣発言は「可能」から「不可能」に
長年、入管や難民審査の問題を見てきた人々でさえ、連日「驚愕」するような事実が、入管法政府案の審議を通して明らかになってきている。5月25日、参院法務委員会で、難民審査参与員の柳瀬房子氏の、2年分の審査件数が明らかとなった。
2021年:全件6741件のうち1378件(勤務日数34日)
2022年:全件4740件のうち1231件(勤務日数32日)
※勤務日数のうち一日は、審査をしない協議会
難民審査参与員は、法務大臣に指名され、入管の難民認定審査(一次審査)で不認定とされ、不服を申し立てた外国人の審査(二次審査)を担っている。
参与員が111名いるにも関わらず、柳瀬氏は2022年、全件の4分の1以上を担当している。極端な偏りも問題だが、「丁寧な審査」とは言えない件数がここで露わになった。
単純計算した場合、柳瀬氏は参与員として1日あたり40件もの難民審査をしていたことになり、たとえ1日の勤務時間(一期日)が8時間だったとしても、1件あたり「約12分」だ。だが、国会質疑などからも、参与員の勤務時間は4時間ほどだということが明らかになってきている。そうなると計算上、平均すれば一件わずか「6分」ということになる。
これだけでも驚きだが、他にも「不可解」な発言がある。
「1年半で500件対面審査」、当初は「可能」と大臣
【対面審査に関する柳瀬氏の発言】
(1)2019年11月 対面審査1500人(収容・送還に関する専門部会)
(2)2021年4月 対面審査2000人(衆院法務委員会)
=1年半で対面審査500人増…?
「収容・送還に関する専門部会」で柳瀬氏は委員を務めたが、この専門部会の提言が法案の基となっている。また、柳瀬氏は2021年4月の衆院法務委員会で、「難民をほとんど見つけることができない」と発言しており、これも今年の入管庁の資料に引用され、入管法政府案の「根拠」とされてきた。ただ、そこで柳瀬氏が主張した件数を踏まえると、1年半で対面審査が500人分も増えたことになる。
5月30日、この「1年半で500件の対面審査」について問われた齋藤健法務大臣は、下記のように記者に答えている。
参与員としての事件処理数をそのとき、その都度お話になっているんだろうと思いますが、我々の審査の仕方は、事前に書類を送って見て頂くということをやっており、それを含めて処理数ということでありますので、一般論として申し上げれば、1年6ヵ月で500件の対面審査を行うということは「可能」だと思っています。
この返答がまず、衝撃だった。
仮に年間の勤務数が上記通り34日程度だったと仮定すると、2019年11月から2021年4月までの1年半、対面審査だけで1日あたり10件をこなすことになる。勤務時間4時間だったとすると、1件あたり20分強、通訳の時間を除けば、約10分ほどとなる可能性もあり、しかもこの時間内に他の参与員との「評議」まで行わなければならない。
柳瀬氏の主張してきた件数、大臣自ら「不可能」と
ところが同日夜、法務省から「“可能”ではなく、“不可能”の言い間違いだった」と訂正の連絡があった。
動画にも残っているが、文脈をもう一度、見てみてほしい。「事前に書類を送っている」と、1年半500件の対面審査が「可能」である理由を説きながら、「本当は“不可能”と言いたかった」という“訂正”が果たしてまかり通るだろうか。
通常、入管の難民審査では、記憶違いなどであったとしても、発言の変遷は厳しく指摘される。一方、「大臣であれば無理のある訂正でも押し通せる」というのは、筋が通らないだろう。
上記は2023年5月16日~30日までの法務大臣会見にて、柳瀬難民審査参与員の問題に言及した部分である。この変遷を見れば、「言い間違い」というのがどれだけ無理のあることかわかるだろう。
ここで重要なのは、これまで擁護していたはずの、柳瀬氏が主張してきた審査件数を法務省自ら「不可能」と否定したことだ。つまり、「立法事実」が破綻したことに等しい。
現在審議中の入管法政府案では、審査で2度「不認定」となった申請者が、以後、強制送還の対象になり得てしまう内容が盛り込まれている。その法案内容の「根拠」となってきたのが、柳瀬氏の審査についての過去の発言だった。
専門部会での発言、衆院法務委員会での質疑、どちらも法案の根幹に関わるものだが、その内実が、「不可能」な件数を「可能」なように発言し、それを法務省・入管が追認してきた、ということであれば、法案としての体を、もはや成していないだろう。
重要なのは「保護されるべき人が保護されていない」現状
この日の夜、都内で現役参与員らが登壇する会見が開かれた。全国難民弁護団連絡会議代表の渡邉彰悟弁護士は、「1年半で500件の対面審査は到底不可能。(柳瀬氏が)事実と違うことを喋り、その内容を法案を推進する側が使っていた、ということだと思いますし、怒りを禁じえません」と語った。
先述の通り、柳瀬氏は「難民をほとんど見つけることができない」と主張してきたが、同じく難民審査参与員を務める小川玲子さんはこう指摘する。
「(二次審査にも)難民の方々はいらっしゃるんです。保護されるべき人が保護されていないと私は思っていますし、誰をどのように保護する仕組みを作るのかを議論するべきであって、送還の話が先に出てくるのは順番が違うのではないでしょうか」
齋藤法務大臣は「立法事実は柳瀬氏の発言だけではない」としているが、ここで重要なのは、小川さんが指摘するように、「保護すべき者が保護される」制度になっているか否かだろう。
ちなみに審査件数について、これまで入管庁は、「集計していない」ことを理由に、飽くまでも柳瀬氏の「記憶に基づいた発言を重く受け止める」の一点張りだった。齋藤法務大臣も、柳瀬氏の「NPOの経験」「長年の参与員としての経験」を引き合いに出し、その発言の正当性を強調してきた。要は、「裏はとってないが信じろ」と繰り返してきたのだ。
しかし「信じろ」と言われたものが「不可能」と否定された今、その信憑性はどこにあるというのだろうか。
「まともな法治国家」であれば、現状のままでの審議は不可能なはずだ。時間をかけてでも、具体的な集計を共有し、徹底的に検証することが先決ではないだろうか。
(2023.5.31 / 写真・文 安田菜津紀)
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