早稲田大学構内でのイスラエル大使館共催イベントで、なぜムスリム学生に対し荷物検査や警察への通報がなされたのか
2023年11月28日、早稲田大学構内で「イスラエル情勢の現状~日イ・ビジネスのインプリケーション」という催しが開催された。当該イベントは早稲田大学総合研究機構イノベーション・ファイナンス国際研究所が主催し、ミリオン・ステップス株式会社、そして駐日イスラエル大使館経済部が共催として名を連ねていた。サイトを見ると、イスラエルのビジネスやスタートアップをテーマにした内容となっている。
サイト上では事前申込「必須」とは書かれておらず、早稲田大学の学生であるAさんと、友人Bさんは当日受付での参加を試みた。2人はともに外国にルーツを持つ日本育ちのムスリム(イスラム教徒)学生で、イベント内容に興味を持っていた。
Aさんより少し早く受付に行ったBさんは、参加を認められたが、会場に入る際に荷物検査が実施された。一方、少し遅れて受付に行ったAさんは、「事前申し込みをしていない別の友人(Bさん)も参加が認められている」等を受付で伝え、交渉するも、参加は認められなかったため、大学を離れた。その際に、Aさんが暴れたり、無理に中に入ろうとして接触した事実はないが、イスラエル大使館セキュリティ担当者による個人攻撃ととれる発言や、「警察を呼ぶぞ」などの発言を受けたとAさんは記憶している。
Bさんとの処遇の違いにAさんは疑問を持ったが、さらに異様な対応はこの後だった。セキュリティ担当によって警察が会場に呼ばれ、イベントに参加していたBさんに対し、Aさんのプライベートに関わることなどの聞き取りを始めたのだ。
知らせを受けたAさんが慌てて大学に戻ると、複数人の警官に囲まれた。その後、大学関係者がその場に到着するも、敷地外で聴取は継続された。その際、イスラエル大使館のセキュリティ担当者からは、「暴れた」など、事実無根の事柄を一方的に言われたとAさんはいう(受付担当者は、Aさんが暴言を吐いたり暴力を振るうなどといった行動を一切とっていないことを警察に伝えている)。
一連の対応を思い返し、やはり納得ができなかったAさんは、大学側に何度もかけ合った。12月22日、まず自身の所属学部に電話で相談をしたものの、「メールで送るように」と指示され、その通りメールを送信するも、「お送りいただきましたイベントについては、(Aさん所属の)学部では詳細は分かりかねますので、その旨ご理解いただけますと幸いです」と「門前払い」状態だった。再度対応を促すも、回答は変わらなかった。年が明け、1月12日に大学側から「面談をしたい」と連絡を受け、実現したのは1月24日のことだった。
その際、大学関係者からは、「ご存じの通り情勢的にも色々緊張が高まっている」等の発言があったことを筆者も確認している。
Aさんは「大学というアカデミックな場で、学費を払っている学生が、こういう形で学問の場から排除されてしまったことが疑問です。こうしたことが大学構内で起きてしまったことを知ってほしい」と語る。
3月に再度、大学関係者との面談があり、改めて事実確認の場があったものの、Aさんは「大学で同じことを繰り返してほしくないという思いから、文書や公の場での謝罪を求めたい」という。
AさんとBさんへの受付対応が分かれたことについて、大学側は筆者に対してこう説明した。
「(最初の受付があった)1階が授業に向かうためにエレベーターを使う学生で混雑し、受付が機能していない状況だった。このため、当該学生(Bさん)は1階受付のチェックを受けることなく8階に行き、会場内にいた友人が主催者と共にその場に来て当該学生を紹介したことから、主催者の判断により入場が認められた」
「入場が認められなかった学生(Aさん)が到着した時間には混雑がおさまり、1 階の受付が機能していた」
また、主催者側はイスラエル大使館の判断で荷物検査が行われることを事前に承知しておらず、Bさんの荷物が検査されたことを認識したのはイベント終了後だったという。通常、高度なセキュリティが求められる講演者などが登壇するイベントで荷物検査が行われる場合は事前周知するといい、「主催者が把握していない状況で荷物検査が実施されたことについて、大学としては痛恨の極み」とした。
荷物検査はすべての参加者に実施されたものではない。なぜBさんに対してそれがなされたのか、判断基準については、4月1日時点でも「主催者も本学も把握しておりません」という。
イスラエル大使館セキュリティ担当により警察への通報がなされたことについては、「大学としては、警察を呼ぶという行為は過剰な反応であった」としている。
ただ、一連の大使館の「独自判断」について、大学としては「遺憾の意」を伝え、「とりたてて提言や抗議は行っていない」とした。
加えて、主催者側はAさんの継続聴取について「本人も『今でもいい、後でもいい』と発言したとのことで、敷地外に移動したうえでの警察による聴取となった」としているが、Aさんは望んで聴取を受けたわけではなく、「後日にしてしまうと大事になるかもしれない」という懸念から、不本意ながら聴取を継続したと語っている。
「“主催側の対応のまずさ”に論点がずらされていますが、起きたことは明らかに差別事件であり、人権侵害でしょう。イスラエル大使館側のそうした対応を許してしまった責任は重いですし、大学の自治という観点からも問題です」と、早稲田大学教育・総合科学学術院教授(取材当時)野中章弘さんはこう指摘する。
「早稲田大学は“ダイバーシティ&インクルージョン”を掲げる大学として、第三者調査とその調査内容の公表、公式的な謝罪と責任者の処分を行うべきです。“痛恨の極み”で済ませてはならないでしょう」
野中さんが語った「大学の自治」には、どのような「情勢」にも左右されることなく、学生の学ぶ権利や安全が確保されることも含まれていると筆者は認識している。「ダイバーシティ」を単に「聞こえのいいスローガン」で終わらせないためにも、本来の大学のあり方と、差別問題の本質に向き合う必要があるのではないだろうか。
(2024.4.2 / 安田菜津紀)
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