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インタビュー

2024.4.12

原発避難者の権利の侵害、「司法が歯止めになっていない」(井戸謙一弁護士インタビュー)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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2024.4.12

インタビュー #田中えり #福島 #人権 #東北

福島県が、原発避難者に対して住居の明け渡しなどを求めて訴えた「追い出し裁判」が新たな局面を迎えています。この避難者は、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故後、避難先として提供された都内の国家公務員宿舎(東雲しののめ住宅)に身を寄せましたが、2017年3月末に住宅の無償供与が打ち切りとなりました。避難先での生活再建がままならない中、2020年3月、福島県が訴えを起こしました。

裁判は一審、二審とも避難者側が敗訴。最高裁での審理が始まるのを前に、福島県は3月上旬、住居の明け渡しの強制執行に動きだしました。避難者側は執行の停止を申し立てましたが、仙台高等裁判所は同月25日付でこれを却下しました。元裁判官で、原発訴訟に精力的に取り組む井戸謙一弁護士は、今回の強制執行を巡る動きについて「(判決)確定まで執行は待たせるべきだというのが普通の感覚」と語ります。「国策に対してあまりに無力」という最近の司法の振る舞いや、本来の司法の役割についても話を伺いました。

※井戸弁護士へのインタビューは2024年3月30日に行いました。避難者側はその後、執行停止を再度申し立てましたが却下され、4月8日に立ち退きの強制執行が行われました。

「追い出し裁判」について、これまでの経過など詳細はこちらの記事にまとめています。

井戸謙一弁護士(本人提供)。

 
――今回、福島県が住宅明け渡しの強制執行を申し立てたことについて、どうお考えですか。

私は自分が裁判官だったこともあると思いますが、一審で福島地裁が「仮執行宣言」を判決につけたことが問題点と考えます。本来、判決は確定して初めて強制執行できる。でも、判決の確定を待っていては権利者の権利を保全できないという事情がある場合、仮に執行を認められます。それが仮執行宣言です。ほとんどの裁判で判決に仮執行宣言が付くのは、金銭請求だからです。例えば、不動産の名義を変えてしまう、預金を払い戻してしまうなど、財産隠しという執行妨害が行われることが多いからです。

ただ、今回のような家の明け渡しの裁判の場合、裁判官は普通、仮執行宣言をつけません。なぜかと言うと、家の明け渡しでは執行妨害が起こるのはレアケースだからです。被告がそこに住んでいる限りは、将来的に判決が確定した後に執行できます。控訴する、不服を申し立てるということは、判決がひっくり返る可能性がありますし、住居から強制的に追い出すというのは、被告側にとって大変な負担ともなります。

県は、一審が終わって被告側が仙台高裁に控訴した段階でも仮執行しようと思えばできたわけです。ですが、さすがにその段階ではしなかった。その後控訴審でも福島県が勝ちました。仙台高裁の判決は単に控訴を棄却するという主文で、仮執行宣言を含めて一審判決がそのまま残っていました。そして被告側が最高裁に上告しました。最高裁の判断は昔は時間がかかりましたが、最近は半年か長くて一年ほどとそんなにかかりません。

執行できるならすべきだという圧力がどこかからあったのかもしれませんし、あるいは福島県自身が「待てない」と判断をしたのかもしれませんし、内実は分かりませんが、福島県は判決の確定前に仮執行の申し立てをしたというわけです。

 
――仙台高裁は判決の中で「仮執行宣言」を削除しようと思えばできたのでしょうか。

しようと思えばできましたが、一審判決がそれをつけていて、控訴理由に理由がないと判断して棄却した時に、「仮執行宣言だけは取り消す」というのは、自分の判断に自信がないと受け止められかねません。人道的に、慎重に取り消すということはし得たと思いますが、裁判官の心理としてはなかなかそこまではしにくいかもしれないですね。

 

――強制執行に対して、避難者側は停止の申し立てを行いましたが、仙台高裁はこれを却下しました。執行停止の申し立てが却下されることはよくあることなのでしょうか。

普通、裁判所は仮執行の停止については認めます。仮執行の停止の申し立てをさせるとき、担保を積ませ、今回で言えば福島県が損害を受けた場合、将来的にその担保から損害を補填するわけです。例えば、最高裁の判決が半年後に出るとして、執行が半年遅れても、最終的に福島県が裁判で勝てば、その半年分の損害はその担保から回収できるので、執行が遅れることによる福島県の損害はありません。

一審福島地裁の判決文。仮執行に関する記述がある。(田中えり撮影)

 
――では今回、仮執行停止の申し立てが却下された要因は何だと考えられますか。

法律上は仮執行の停止を認める要件があります。ひとつは、上告したことによって結論(判決)がひっくり返る可能性があること。もうひとつは仮執行したら大変な損害を被ること。今回の決定の書面を見ましたが、その要件の疎明(証明と同じ意味)がされていないという一言で却下されています。

疎明が足りる、足りないは裁判官の判断ですから、足りないと思うこともあるでしょう。ただ、裁判所は疎明が足りないと思ったら、こういう資料を追加してほしい、と言って、代理人弁護士が資料を追加します。それを何の連絡もなくいきなり却下するというのは、やはり非常に冷たい目線を感じます。この事件は、この段階で強制的に家から追い出すのではなく、(判決)確定まで執行は待たせるべきだというのが普通の感覚だと思います。

 

――避難者側からすると、「冷たい目線」は裁判での審理にも言えることで、特に二審仙台高裁は即日結審となり、十分な審理が行われたとは言い難い状況があります。

被告(避難者)の人たちが全く理由もなくごねて、明け渡しを遅らせているような、そんな目で見ている印象があります。一審の福島地裁の審理も非常に冷たく、高裁も一回結審で非常に冷淡です。

今回の事件は、普通の家屋の借主が家賃を払わないで居座り続けているということではなく、(原発事故という)事情があったわけです。しかも、国際人権法、国内避難民にかかる指導原則など、裁判所としても検討しなければいけない事情がたくさんあり、国際的にも注目されているにも関わらず、福島地裁も仙台高裁も、ただ家賃を払わないで居座っている賃借人に対する事件であるかのような取り扱いです。被告の事情、国際人権法への認識のなさが、福島地裁の「仮執行宣言」をつけた判決や、仙台高裁が連絡もしないで執行停止を却下したというところに現れている気がします。

外務省による「国内避難に関する指導原則(仮訳)」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000536758.pdfを基に作成。

 
――その「冷淡さ」の背景には何があるのでしょうか。

福島に戻ればいいのにごねている、という見方をしているのだと思います。区域外避難というのはそもそも避難する必要がなかったんだ、と。国は、年間20mSV以下の地域では放射能による健康被害の恐れはないと言っていて、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)という国際機関もそう言っている。だから「戻ればいい」、「そもそも避難する必要すらなかった」、と。「避難指示が出た以外のところでは多くの人がそれまでと同じような生活を営んでいるのに一部の人間だけが避難した」、「必要もないのに避難して、もう帰ればいいのに帰らないと言っている」という見方だと思います。

国も福島県もこの間、被ばくを恐れるということ自体が理由のない考え方であるとしてきており、それが裁判官の中にもそれなりに浸透して、帰らないのは「わがまま」だと見られています。そういう感覚がベースにあるから、こういう冷淡な取り扱いができるのではないかと思います。

オンラインでインタビューに応じる井戸謙一弁護士。

 

――国や自治体が「人権侵害」につながる行いをしたとき、司法がそれを救済しなければいけないはずです。

今の司法は、例えば同性婚の問題など、それなりに動くところはありますが、強固な国策に対してはあまりに無力という感じがします。沖縄の問題、原発、被ばくの問題……。国の言うがままの判断しかしないというのが顕著です。いくら強固な国策であっても、少数者の人権が侵害されるのであればそれを救済するのが司法の役割なのですが。非常に残念なことです。

 
――井戸弁護士は区域外避難者が福島県を訴えた「住まいの権利裁判」(※)の弁護団でもあります。人権の視点から考えると、追い出し裁判や住まいの権利裁判からはどのような問題点が見えてきますか。

国際人権に関する認識は日本の法律家はなかなか低く、裁判官も低いのですが、最近は徐々に国際人権法を適用した判決が目立つようになってきました。「国内避難民の指導原則」や社会権規約による居住の権利などを私自身勉強していくと、まさにこの「追い出し裁判」や「住まいの権利裁判」に当てはまる論理だと感じます。

避難者の居住の権利は国際人権法上、厚く保護されているのに、その権利を無視して侵害しようとしている。それに対して、司法がまったく歯止めになっていません。なげかわしい状況だと思います。

国際人権法自体は日本の法律上憲法に次ぐ効力があります。当然、裁判規範になるわけですから、それをきちんと主張すれば十分勝てる裁判のはずなんです。

(※)「住まいの権利裁判」
2022年3月11日、東雲住宅や埼玉県内の国家公務員宿舎に入居する避難指示区域外からの避難者11人が住宅からの追い出しを求められたのは違法として退去無効などを求めて提訴した。現在、東京地裁に係属中。

結局、福島事故の影響を可能な限り小さく見せたいわけです。これは日本政府だけでなく、原子力を使っていこうという国際的な勢力を含めて。福島の原発事故では4基であれだけの重大なトラブルが生じて、十数万人が避難しましたが、住民の健康被害については、甲状腺がんも含めて「なかった」ということにされています。原発を続けていく上で、事故を起こしませんということはもう言えないけれど、仮に事故を起こしても(その被害は)大したことはない、とは言えるわけですね。「脱CO2のためにも非常に有用な発電方法だから、やはり原発は続けていかなければならない」と。原発を使い続けていくための大きなテコなんですよね。

健康被害は「ない」ということを信用して生活している人もたくさんいるけれど、信用できない人もたくさんいます。信用できない人は結局、周りから白い目で見られ、「風評加害者」だと言われ、非常に生きづらい生活をしています。いじめなどいろいろな人権侵害も発生しています。

実は甲状腺がんも370人(※)いますし、それ以外でも若くしてガンになる人、亡くなる人が多いという話はありますが、そうした断片的な話では全く証明にならないので国や行政を動かすことはできません。でも、そのような不安の中で生活している人はたくさんいます。全く行政に顧みられていないですよね。

(※)原発事故後から続けられている福島県の「県民健康調査」によると、原発事故当時福島県内に居住していた18歳以下の子どもの甲状腺がんは370人。原発事故による被ばくとの関連は認められていない。
https://www.ourplanet-tv.org/48188/

 

――先ほどおっしゃったような「福島に戻ればいい」といった声について、避難者の置かれた状況や事情が知られていない側面もあると感じます。そして裁判所の判断も世論に影響していると思いますが、この点どうお感じになりますか。

今の社会は、圧倒的にそういう声が多いと感じます。甲状腺がんについても「あんなものは過剰診断(手術など治療の必要がないがんまで見つけてしまうこと)で被ばくのせいではない」という意見が圧倒的に強い。だからこそ、被ばくに対して心配する人は、風評被害を招く加害者だという見方が非常に強いです。このような考え方がなぜ社会に広く浸透するのか、なかなか理解できないところではあります。

結局、被ばくが安全であれば、避難する理由、避難を続ける理由もないという反応になっていきます。その中でも、司法の判断が世論に与える影響は大きいものです。私は甲状腺がん裁判もやっていますが、甲状腺がんの原因が被ばくであるという判断が出れば、「じゃあ、健康被害は甲状腺がんだけなのか」とさらに進展していきますし、“被ばく安全神話”に風穴を開ける大きな力になると思って取り組んでいます。

 

【プロフィール】
井戸謙一(いど・けんいち)

1954年大阪府生まれ。東京大学教育学部卒。1979年に神戸地裁で裁判官としてのキャリアをスタート。2006年、金沢地裁総括判事のとき裁判長として北陸電力志賀原発2号機の運転差し止めの判決を言い渡した。2011年3月に退官後、滋賀弁護士会に入会。滋賀県彦根市に事務所を構える。現在、関西電力美浜原発など4つの差し止め訴訟、「311子ども甲状腺がん裁判」https://www.311support.net/ 、「子ども脱被ばく裁判」 https://kodomodatsuhibaku.blogspot.comなど多くの原発訴訟に関わる。

(2024.4.12 /  田中えり)

 
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2024.4.12

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