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2020.5.25

兄へ もう、死ぬために働くのはやめよう

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2020.5.25

Essay #Yasuda


 
 
兄さんへ

あなたの誕生日に、二度目の手紙を書きます。「国籍と遺書、兄への手紙」を書いてから、あなたの同級生だった人が連絡をくれました。そして初めて、知ったことがありました。

前の手紙に書いた通り、私とあなたは母親が違うし、私があとから家族に加わったことで、あなたに迷惑をかけているんじゃないかって、子どもながらに思ったこともあった。でも、兄さんはそんな態度、みじんもとらなかったよね。小学校の時、運動会に来てくれたこと、とても嬉しかった。あの時応援してくれた記憶は、一生の宝物。

もしもあなたや父さんの死を経験していなかったら、私は「家族ってなんだろう」と深く考えることも、その答えを求めて16歳のときにカンボジアに行くこともなかったと思う。カンボジアに渡航しなければ、今の仕事には就いていないと思う。つまり、今の私の全てが違っていたと思う。でも、兄さんが亡くなった、「その経験のお陰で」とは絶対に言いたくないと思ってる。それは、あなたが死なずに済んだはずの、背後にある社会の問題を覆い隠してしまうことになるから。

あなたは高校生の時から一人暮らしだったけれど、その後、父さんとと母さんが離婚し、父さんがこの世を去り、どんどんあなたとの縁が薄れていくような気がして、心細かった。

あなたが最期どんな風に亡くなったのか、なんとなくは聴いていた。でも、亡くなるまでに、何カ月も休みなし、働き詰めの過労があったなんて、知らなかった。居酒屋の店長さんだったもんね。代わりがいなくても、責任感の強い兄さんはきっと、お店を回さなきゃって頑張り過ぎてたんだよね。

今でも覚えてる。私が中学3年生の冬だったと思う。亡くなる前の最後の電話、受話器越しに、変な感じがした。心ここにあらずで、誰に向かって話しているのかよく分からない感じだった。でも「忙しいのかな」くらいに思って、私電話切っちゃったよね。まさか、命を奪われるまで追い詰められていたなんて、知らなかった。「大丈夫?」とか、「何か困ってない?」とか、そのもう一言が、なんで言えなかったんだろう。

私はあの時中学生だったし、あなたが働きづめで亡くなったことを知ったとしても、自分なりに受け止めようとしたと思う。でも、きっと真相を知ったら深く傷つくだろうって、皆気を遣ってくれて、言わなかったんだよね。あなたの周りの人だから、愛が深いほど悲しみも深いことを、よく知っている人たちだったんだと思う。

高橋まつりさんが追い詰められて亡くなったときも、「あってはならないことだ」って憤った。長時間労働が横行する、と懸念されていた「高度プロフェッショナル制度」が、不適切なデータを根拠にしためちゃくちゃな国会審議で通りそうになったときも、私なりに、声をあげたつもりだった。「おかしい」って。でも全部全部、あなたのことだったんだよね。そしてこのままだと、知らない誰かに明日また、起きてしまうことかもしれないんだよね。

でも、あなたが亡くなった後、あなたを最期まで見送ったのも、悲しみをこらえて会社側とやりとりを続けて労災を認定させたのも、あなたのパートナーさんだったんだよね。言葉を尽くせないくらい、感謝してる。そして私は、助けることも、力になることもできなくて、ごめんね。

きっと今でもたくさんの人が、この「ごめんね」を日々感じながら生きているんだと思う。一人の人の命が奪われるって、こういうことなんだよね。「どうして支えになれなかったんだろう」「もっとできることがあったんじゃないか」、そんな感情を背負ってしまうから、声をあげることを躊躇してしまうんだと思う。

でも、どうしてこんなにも、声をあげられないんだろう。

ネット上で「過労死や過労自殺は自己責任」という言葉が物議をかもしたことがあった。心がずきずきと痛んだ。きっとこの言葉は、声をあげたくてもあげられない人の言葉を、もっと強く封じてしまうと思った。

過労死や自殺は “自己責任”なんて安易な言葉で切り捨てられるようなものではないはず。それしか選択肢がなくなるまで、追い込まれてしまった状態だと思う。

兄さんが亡くなってから、社会はどう変わってきただろう、と何度も考えた。相変わらず、過労で亡くなる人たちのニュースは続いている。亡くならないまでも、体や心を壊されてしまう人たちがたくさんいる。

父さん、兄さんが亡くなってから、母さんは朝の新聞配達と、スーパーのパートを掛け持ったりしながら、私たちを育ててくれた。朝、母さんが新聞配達から帰ってきて自転車を止める音で目が覚めた。でもある時、体調を崩してしまった。親があんなに働き詰めにならなければならないことを、美談にしたくないと思う。

新型コロナウイルスの感染が拡大して、今たくさんのお店が苦しんでる。飲食店をやっていた父さんも兄さんも、生きていたらきっと対応に追われて、大変な思いをしていたと思う。でも、公的な支援はゆっくりゆっくりとしか進まない。働く人を守る仕組みは、まだまだ足りないんだということが改めて突きつけられてしまったと思う。

働くことは、命を奪うためではないはずだよね。もっといえば、働くことは、生きるための条件ではないよね。働けない状態になったときにも、安心できる居場所がある社会を作っていかなければいけないよね。

時々、思う。なんで、あんなに優しかった兄さんが死んで、私が生きてるんだろうって。でも、これからの私の生き方次第で、誰かの「後悔」をなくすことができるかもしれない。こんなことは、終わりにしなければならないから。せめて、教訓にしなければ、と今は思う。

私たちはチェスの駒ではないよね。経済を回すための歯車でもないよね。血の通った人間の話を、これからもっと、していかなければいけないのだと思う。

最後に。私がとても支えられている言葉を。自殺対策に携わる人が、ポスターに使った言葉。「弱かったのは、個人でなく、社会の支えでした」。

この言葉をもっと届けたいから、私は生きるね。
これからも、あなたの妹として。

誕生日、おめでとう。
2020年5月25日
 
 


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