無関心を関心に—境界線を越えた平和な世界を目指すNPOメディア

Articles記事

中村哲さん銃撃から半年 加藤登紀子さんが語る平和や農業への思い

2019年12月4日、長年アフガニスタンで活動を続けてきた中村哲さんが、同行した運転手1人と警察官4人と共に銃撃され犠牲となってから半年が経ちます。20年近く親交のある加藤登紀子さんに、中村哲さんの活動をどのように見つめてきたのか、そして二人が大切にされてきた農業への思いについても伺いました。

―中村哲さんの銃撃から半年が経ちます。お二人が大事にしてこられたのは「平和」だけではなく、「農業」が命を支える、という視点でもあったのではないでしょうか。

娘のYaeたちは今、夫・藤本敏夫が立ち上げた鴨川自然大国を引き継いで、農場の中に住んでいます。ステイホームの「ホーム」が、彼女たちにとっては農場自体なわけなので、土の上で生活をして、そこで出来上がった野菜やご飯を食べている、季節も素晴らしい季節です。東京のマンションやアパートの中でステイホームして、家族以外と誰も会わないという生活をしているのとはずいぶん違います。

夫は、「この不安な時代に、土の上に暮らしていていけば食べるものが自給でき、どこかエネルギーが断ち切られても、山には燃料がいっぱいある、火を起こせる。そういう場所を僕は子どもたちのために残したかった」と話していました。

―中村哲さんとはどのような出会いだったのでしょうか?

哲さんとお会いしたのは2002年の1月でした。2001年に9.11(アメリカ同時多発テロ)が起こって、その後アメリカがアフガニスタンを爆撃しましたよね。その時に哲さんが、「絶対にやめてくれ」「今本当に悲惨な干ばつが起こっていて、ただでさえ食べられなくなっている人がいっぱいいるっていうところに、爆撃をするのはとんでもないことだ」と、空爆にNOを突きつけた。それを聞いて、私はすぐに哲さんの応援を始めたんです。

哲さんと出会った年は、夫・藤本敏夫がこの世を去る年でもありました。2002年の7月31日に、彼は他界しました。世界中で不安なことが起きていて、このままで人々は生きていけないという危機感から、彼は農業の問題に取り組んだり、鴨川に農場を作ったり、約20年、力を注いできました。命を支える農業というところで、中村哲さんの姿勢とも重なるところがありました。「砂漠を緑に変えることができれば、人は戦争しなくなるんだよ、戦わなくて済むようになるんだ。だからテロに対してテロで立ち向かうのではなくて、抜本的に人々の命を助けるっていう方向でしか解決しないんだ」という哲さんを応援しつつ、私は藤本敏夫が遺した農場をなんとかして受け継ごうとしてきたわけですね。

―こうしたご活動を振り返っても、今の新型コロナウイルスとの向き合い方を考えても、豊かさとは何かだったり、生活の在り方そのものが根本的問われていますね。

わたしたちは、このコロナ後、どういう社会を作っていくのかを考えた方がいいのではないかと思っています。都会に密集して生活をして、常に進んでいかなければならないという経済の中で、畑なんかやっている暇はない、日本人はもっと生産性の高い経済に邁進して、食料は外から取ればいいんだ、ということが続いてきたわけですよね。生産性の低い、というより経済性の低い、農業というものを抜本的に捨てて、そして経済性の高いものだけでやっていこうとしたわけです。

これから人口が減少する見込みとはいえ、1億人以上が暮らしている国で、農業人口はごくわずかです。だから今、逆立ちしてふらふらしているかのような、色んな意味で非常に脆弱な状態ですよね。農業は命を支えるベースであり、あらゆる生活の原点です。農業があるから人はそこで身体を癒せる、心を育てられる。自然というものの中で人間が、命として生きていくという原点をちゃんと把握できるんです。

中村哲さんも、アフガニスタンで灌漑の水路を実現して、砂漠を緑に変えることができたわけですよね。もちろんそれで、この地に存在するすべての問題を解決することできないでしょう。けれども、ひとつの大事な方向性を示したということは受け止めていかなければいけないと思います。今この地球の上で生きていく中で、土の上に命として生きているというベースを守る、ということだと思います。

―「土の上で生きる」という原点を、中村哲さんの活動に見出せますね。日本にも持ち帰るべきメッセージがたくさんあったと思います。

アフガニスタンといえば「文明の十字路」と呼ばれていましたし、農業の中心地としての歴史もあるわけですよね。だからこそ気候変動や戦争が重なった砂漠化の現状を、哲さんは訴えていました。「これは危機なのだ。人類の危機ですよ」って。それから考えて、日本の今の現状をみたときに、緑あふれる水が十分あって、土があって、緑があるという、こんなに自然環境に恵まれた国は世界で珍しいと思います。ところが国土の大半を占めている森林を、日本は捨てているも同然です。何の利益も生まない、つまり生産性ゼロであるというというふうに見ている。過疎地では、先祖が築いてきた棚田だとか、農地とかが、耕されないまま放置されてしまっているところもたくさんあります。

鴨川の美しい山里には広大な森があります。そんな大自然の中は、可能性に満ちているような感じがするんですよね。若い人たちの間でこの数年、特に東日本大震災以降、自分の生活を自分で手作りをしたい、自分の作ったもので自分の命を支えたいという思いはすごく膨らみましたね。田舎に引っ越したい若者もすごく増えたと思います。

鴨川自然大国(撮影 森日出夫)

―今はウイルスとの「戦い」が強調されていますが、私たちの社会が目指すべき姿勢についてはどのように考えているでしょうか?

人類はこれまでも、ウイルスとの戦いに勝とうとしてきました。つまり制圧しようとしてきたんだと思います。新型コロナウイルスにも同じような向き合い方をしています。今までの戦争に対する論議もそうですけど、制圧すれば勝利する、つまり勝利することによって守るんだという発想に立っています。ただ、勘違いしてはいけないのは、「制圧しきる」ということは、多分無いということです。

ずっと過去から、勝利すれば、問題は全部解決するというような意味で戦争が繰り返されてきたわけですよね。それでも戦争は、何ひとつ解決しなかったんです。命を犠牲にしても。新型コロナウイルスも、ワクチンができれば制圧できるとか、戦わなくちゃいけない、戦える手段は必要だ、そういうふうに人間は考えていくと思います。新型コロナウイルスのワクチンが開発されたとしても、次の「悪者」が生まれてくる可能性がある。やはり、思いがけない、この小さなウイルスという存在が、人間がここまで築いてきたある種の文明のかたち、ライフスタイルみたいなものに対して、大きな疑問を突きつけているのだと思います。ウイルスは台風でもない、地震でもない、けれど、今の文明の自然との向き合い方を、根本から問うものなのではないでしょうか。

(聞き手:安田菜津紀 / 2020年5月)
(書き起こし協力:水野愛子)

加藤登紀子さんインタビュー映像


あわせて読みたい

■ 連載「誰も取り残さないために」

「同調圧力」が強まる社会の中でも、 映画は人生を豊かにしてくれる [2020.5.20/安田菜津紀]

心の中の音楽はロックダウンしない ーいとうせいこうさんインタビュー [2020.5.8/安田菜津紀]

後藤正文さんインタビュー 『今という現在地から見る過去、未来』前編[2020.5.4/安田菜津紀、佐藤慧]

「ヒーロー」の出現を待望しないこと」 [2020.12.4/安田菜津紀]

Dialogue for Peopleの取材や情報発信などの活動は、皆さまからのご寄付によって成り立っています。取材先の方々の「声」を伝えることを通じ、よりよい未来に向けて、共に歩むメディアを目指して。ご支援・ご協力をよろしくお願いします。

この記事をシェアする