「いつも会っているあなた」だから安心できる 新型コロナウイルスのリスクと向き合う、訪問看護の現場から
tag#医療・ケア
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、逼迫する医療現場の状況が度々メディアを通して伝えられてきました。一方、在宅でケアを受ける方々や、患者さんたちと向き合う訪問看護の現場では、何が起きてきたのでしょうか。ウィル訪問看護ステーション江戸川の訪問看護師、太田奈津さんに伺いました。
―新型コロナウイルスの感染が拡大する中、どのように対策を強化していったのでしょうか?
私たちの看護ステーションでは、2月中頃から対策について話し合うようになっていましたが、日本ではまだそこまで強い危機感がない頃でした。感染予防にはCDC(米国疾病予防管理センター)のガイドラインを参考にすることが多いのですが、病院向けに作られたものが殆どで、在宅でのケアや訪問看護については、既存のガイドラインが乏しい状態でした。私は以前病院に勤めていた時、感染予防のリンクナース(病棟の現場でスタッフに教える代表の看護師)を務めていたのですが、やはり手術後の感染症対策や免疫系の病気のある方への、「院内での対策」が中心でした。患者さんの自宅という個別性の高い空間で、どのような対策が必要なのか、まずはガイドラインを自分たちで作る、というところから始めました。
全国にある他の看護ステーションとも連携しながら、ガウンの着方、手袋の着脱のし方など、基本の再確認に加え、信憑性のある情報を精査してそれを肉付けしていくような形でガイドラインの作成を進めました。今はそれをオープンにして、他の訪問看護に携わる方々に見て頂けるようにしています。( COVID-19在宅医療・介護現場支援プロジェクト「訪問看護事業所向け対応ガイド」)
―現場で変化を感じたのはいつ頃からでしょうか?
4月に入ってから、病院の退院調整をする方や、地域の保健士さんやクリニックから、毎日のように新規の依頼が入るようになりました。普段ですと新規のご依頼は月10件ほどです。ちょうどこの頃から、病院で病床数を絞り始めていたり、大規模な病院が外来を制限して、通院できない方々が往診に切り替えなければならなかったりしたようです。
―病院内での物資不足が深刻との報道が度々ありましたが、訪問看護の現場ではどのように対処していたのでしょうか?
病院は大量発注などができる取引ルートがありますが、私たち訪問看護ステーションはこうした「医療機関」ではないので、一般の方々と同じような方法で、地道に買い集めるしかありませんでした。アルコールジェルやマスクなど手分けして集めましたが、値段もあがっていたため、経費は度外視で手に入れました。他にも、100円ショップのレインコートをガウン替わりにしたり、クリアファイルをフェイスシールドに作り替えたり、手に入るもので応用をきかせるしかない状況でした。
―利用者さんたちからはどんな声がありましたか?
私たちの訪問看護を利用している方々の中には、障害があったり、病気のお子さんもいるのですが、理学療法士によるリハビリを、状況が落ち着くまでキャンセルしたいというご希望もありました。逆に学校休校によって他のきょうだいたちが家にいて、家族だけではケアに手が回らないと、ニーズが高まるご家庭もありました。
精神科の訪問看護を受けている方々は不安定になる方も多く、感染の状況が深刻なときは、夜中の緊急のお電話が増えました。これまで利用者さんたちには、できるだけ外に出てコミュニケーションをとってみましょうということを勧めてきたのですが、デイサービスが一度閉鎖になってしまうと、家に引きこもりがちな傾向が強くなってしまい、再開したとしても、また一歩外へ踏み出すことが難しいケースがあります。
また、感染を恐れて訪問を控えてほしいという方もいらっしゃいました。ただ、精神科の訪問看護は利用者さんとの距離感を大切にしています。言葉以外の表情や、家の中の生活状況を見れてこそ分かることがあるんです。
―利用者さんが減ると、経営にも影響があるのではないでしょうか?
利用者さんの訪問看護がお休みになると、確かに会社の経営にも影響してきます。ただ、4月下旬に制度が変わり、月に一回は対面で会うという条件で、電話での「訪問」を算定できることになりました。恐い、不安だ、という声はたくさんありましたが、電話などでもフォローを重ねることで落ち着いてきた面があります。
孤立感のあるときは、どうしても不安が増長してしまいます。そうすると安心するまでに時間がかかるんです。緊急事態宣言が解除になっても、新型コロナウイルス関連のニュースは続きますし、その中で「デマ」を信じてしまうケースもあります。こうした時は私たちだけではなく、保健士さんや民生委員さん、地域のつながりの中で情報共有することで、「いつも会っているあなたが言うなら」と、疑わしい情報にも落ち着いて向き合えるのではないかと思います。
―一方、現場と向き合う看護師さんたちのケアも必要ではないでしょうか?
まず大事にしていたのは、スタッフの誰が現場に行くのか、ということですね。例えば基礎疾患や免疫疾患があったり、妊娠中、あるいは同居家族がいたりするスタッフは、感染リスクの高い現場を避けよう、ということになりました。ただ、単身者は限られているので、最終的にはチーム分けをすることになりました。例えばAチームのメンバーが感染対応を14日間行ったら、14日間お休みをしてもらう、そして次はBチームが対応する、という形です。また、対策としては事務所に寄らず、家から直行直帰を基本として、書類整理など、事務所ではなくてもできることは在宅で行うよう切り替えていきました。こうした状況では、いつものように他の看護師たちとステーションで会うことができないので、どうしても孤独なりがちです。幸い私たちの看護ステーションには、精神科の患者さんに対応するスタッフへの指導ができる看護師がいるので、彼女にメンタルフォローをお願いし、週一回面談してもらうようにしていました。簡易的なうつ病チェックや終わった後の評価をする他、決められた面談以外でも、話したいときはいつでも話せるような体制を整えていきました。
―実際に現場では、どのように感染リスクと向き合ってきたのでしょうか?
訪問看護の中では、気管切開している方の吸引など、エアロゾル(気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子)を伴うケアがとても多いんです。そうしたケアにはゴーグルとマスク、フェイスシールドをするようにしましたが、却って利用者さんが怯えてしまったケースもありました。その後コミュニケーションを重ねて、なぜこういった装備が必要なのか、ご理解を頂きました。他にも、ご飯を食べる練習や、言語聴覚士による言葉の訓練を縮小させてもらうこともありました。
また、ご自身の入院していた病棟が、新型コロナウイルス対策の病棟になってしまった、という方が退院してきたケースがありました。検査は陰性でしたが、濃厚接触者として対応しました。ガン末期の一人暮らしの方で、まずは清潔な区域とウイルスによって汚染されている可能性のある区域を分ける「ゾーニング」をしようと、万全のセットを持ってご自宅に伺ったのですが、家が1Kであることが分かり、玄関をどう利用するかなど試行錯誤を重ねました。
病状の進行が早い方だったので、その間誰にも会えないというのは辛いですよね。なので、息子さんがその方に会いに行くときは、私たちが同行し、防護服を着たりして対応しましょう、ということになりました。
その方が亡くなられた後、息子さんは「この状況下で病院に入院したままだったら、面会が厳しく制限され、親子で一度も顔を合わせることができなかったかもしれません」とおっしゃっていました。こうした状況の中ですが、利用者さんの日常に合わせて、いつものケアをできる限り継続していく必要性を強く感じました。
(聞き手:安田菜津紀/2020年5月)
あわせて読みたい
■ 連載「誰も取り残さないために」
・ 第一回 難民支援協会 石川えりさん
命を守ることに分断はない ―日本に逃れてきた難民が直面する新型コロナウイルスの危機
・ 第二回 つくろい東京ファンド 稲葉剛さん
住まいは権利、まず安心できる「ホーム」を
・ 第三回 国境なき子どもたち 松永晴子さん
感染の危機が迫っても、「帰る場所」がない人々がいる - 隣国に避難するシリアの子どもたちは今
・ 第四回 テラ・ルネッサンス 小川真吾さん
支援を必要とする人がいる限り、僕らは現場を離れない ―ウガンダで直面する紛争や格差、そして新型コロナウイルス感染拡大
Dialogue for Peopleの取材や情報発信などの活動は、皆さまからのご寄付によって成り立っています。取材先の方々の「声」を伝えることを通じ、よりよい未来に向けて、共に歩むメディアを目指して。ご支援・ご協力をよろしくお願いします。