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2020.7.16

【取材レポート】「私たちはここにいる!」―PALESTINIAN LIVES MATTER―(パレスチナ)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2020.7.16

Report #Sato #Palestine

PALESTINIAN LIVES MATTER

ジョージ・フロイド氏がミネアポリスの警察官に殺害された事件を受けて、「BLACK LIVES MATTER」という言葉が国際社会の注目を浴びている。数々の公民権運動を経て来たアメリカでも、構造的な差別が根深く残っていることを世界に知らしめた。しかしその理不尽な殺人から数日後の5月30日、イスラエルはエルサレムにて、イスラエルの軍人によりパレスチナ人のエヤッド・ハラック氏(32)が銃殺された事件については、どれだけの人が知っているだろう。

その日の朝エヤッド氏は、いつものようにエルサレム旧市街にある学校に通うため、城壁に囲まれた旧市街へと出入りする7つの門のうちのひとつ、「ライオン門」を通行しようとしていた。エヤッド氏の家族によると、彼は自閉症の人のための特別支援学校に通っており、調理補助の仕事に就くことを目標にしていたという。

ゲートを監視していたイスラエル兵は、彼が手を入れていたポケットの中にピストルを持っていると疑い、その場で止まるようにと声をあげた。その声に驚いたエヤッド氏は、その場から走って逃げだしてしまう。彼に付き添っていた世話人の女性は、彼が障がいを持ち、何を言われたかわかっていないこと、武器は持っていないことをヘブライ語で伝えたが、軍人は彼の後を追い、袋小路となっていたゴミ捨て場でエヤッド氏に発砲。至近距離から6~7発のライフル弾に身を貫かれ、エヤッド氏は絶命した。彼の遺体からは、もちろん武器は見つかっていない。
 

入り組んだ路地の続くエルサレム旧市街。

その後イスラエル当局は「エヤッド氏はおもちゃのピストルを携帯していた」「彼は反政府勢力の一員だった」と根拠のない証言(※1)を公表し、エヤッド氏の自宅を強襲。軍人たちが家宅捜索をしている間、エヤッド氏の姉妹は警棒で殴られるなどの暴行を受けたという。

6月2日には、この理不尽な暴力に反発する市民がエルサレムの聖墳墓教会に集い、ジョージ・フロイド氏と、エヤッド・ハラック氏両名の死に対する抗議活動を行った。そこでは、「BLACK LIVES MATTER」と共に、「PALESTINIAN LIVES MATTER」という言葉が掲げられていた。ジョージ・フロイド氏が「黒人」であることを理由に殺されたように、エヤッド・ハラック氏は「パレスチナ人」であるという、ただそれだけの理由で命を奪われたのだ。
 
 

壁に描かれた叫び

エルサレムの聖墳墓教会は、キリスト教の信徒にとって最も重要ともいえる聖地のひとつだが、「ベツレヘム」にある聖誕(降誕)教会もそれに比類する歴史を持つ建造物だ。この教会はキリストが生まれたとされる洞窟の上に築かれたもので、コロナ禍以前には、世界中から訪問客が絶えない名所のひとつだった。しかし僕がこの街を訪れたときに衝撃を受けたのは、この街の宗教的な雰囲気以上に、「壁」に描かれた力強い絵や言葉の数々だ。

延々と続く壁には政治的なメッセージや皮肉を込めた絵や言葉が並んでいる。

圧倒的な軍事力、政治力を行使し、明らかな国際法違反による占領、隔離政策を行うイスラエル。それに対するパレスチナ人の反発はもちろん強い。しかし声を上げデモを行う人々に向けられるのは、催涙弾や、ときに実弾であり、とても対話が成り立つ状況ではない。そんな状況に生きる人々が、自分たちを断絶する分離壁をキャンパスに、世界から無視され続けてきた「声」を刻み込んできたのだ。延々と続く「壁」に描き殴られている言葉やイラストに触れていると、「私たちはここにいる!」という、この現実を外から眺めているだけの、僕やその他多くの人々に対する怒りのメッセージのようにも思えてくる。
 
 

犠牲の上に築かれた摩天楼

以前こちらの記事(【現地の声】パレスチナに生まれて ―ふたつの支配という日常―)を執筆して頂いたサマさん(仮名)に話を聞いた。サマさんはガザ地区で生まれ育った。戦争が始まり、電気も水もない中、空爆に怯えながら暮らしていた。それはまるで「監獄」のようだったという。戦争が落ち着き、サマさん一家はヨルダン川西岸地区へと移り住んだ。しかしそこでの生活で見たものは、数えきれないほどの、イスラエルによる検問と差別だった。加えて、保守的な地域の中では、女性が活発に行動したり、結婚もせずに仕事をしたりすることに対して厳しい視線が向けられた。結局ここも、「監獄」に変わりはない。徐々にそう思うようになっていったという。

そんなサマさんだが、積極的に国際NGOの活動などに参加しており、昨年エルサレムで開催された、とある会議に出席することになった。西岸地区に住む住民がエルサレムへ行くのは簡単なことではない。よっぽど重要な仕事や用件、もしくは今回のサマさんのように、NGOなどの組織からの働きかけがなければ、許可を得ることができないのだ。

その許可にしても、サマさんが得られたのはわずか1日だけのものだ。宿泊は認められていない。西岸地区に日帰りしなければならないのだ。しかしそこでサマさんは思い切った行動に出る。どうしても自分でイスラエル側を見てみたい。日帰りの予定を急遽変更し、会議の翌日、イスラエルの事実上の首都(※2)であるテルアビブへと向かった。
 

高層建築の工事が続くテルアビブ。

高層ビルの立ち並ぶテルアビブは、西岸地区とは完全に違う国のようだ。サマさんは驚いた。「イスラエルの建国から百年も経っていないというのに、まるでヨーロッパのような文明を築いている。どれだけ多くの資本が流れ込んでくるのだろう」。そう思うと同時に、言いようもない不快な感情が込み上げてきた。「この街は私たちの犠牲の上に築かれているんだ。そしてそのせいで今も私たちは、数々の苦難を強いられている」。

サマさんは普段、地元ではスカーフを被っているが、イスラエルではその長い髪をほどき、「外国人のように」振る舞っていた。もしパレスチナ人だとばれたら、警察に尋問され、すでに滞在期限が切れていることを厳しく咎められるだろう。幸いサマさんは、国際NGOでの活動の繋がりもあり、イスラエル人の友人がいた。その友人と一緒に街を歩いていると、傍目からは観光案内をしてもらっている外国人のようにしか見えない。

その友人と腰を下ろしおしゃべりをしているときだった。アラビア語の勉強をしているという友人のために、少しの間サマさんもアラビア語で会話をしていた。すると側に座っていた男性が、サマさんの友人に向かって、イスラエルの公用語であるヘブライ語(※3)で何かを怒鳴りはじめた。何を言っているのか、サマさんには理解できなかったが、困惑する友人の様子から、自分に対する暴言を吐かれているのだと気づいた。「差別主義者よ。この場から離れた方がいいわ」という友人に腕を引かれその場を後にしたが、サマさんの心臓は恐怖により激しく脈を打っていた。

「壁」の向こう側の人々と良き隣人となるにはどうすればいいのだろう。その問いにサマさんはこう答える。「とても難しいことだと思う。イスラエルにも、平和を願う人や、そのための活動を行っている人々がいることは知っているわ。残念ながら、たいした影響力は持っていないけれど。外国の人々にしたって、誰であれパレスチナの現状を知った人であれば、イスラエルを擁護する人はほとんどいない。日本の友人たちのようにね。でも、残念ながら、イスラエルの政治が変わらなければ、パレスチナの現状も変わらないと思う」。
 
 

〇〇人という理由の差別

「天井の無い監獄」とも揶揄されるガザ地区に暮らすアマルさんにも話を伺ってみた。日頃から窒息しそうな環境で暮らしている彼女には、ジョージ・フロイドさんの事件はどう映ったのだろうか。

「ジョージ・フロイドさんの事件を耳にして、アメリカだけではなく、世界中で人種差別に苦しむ人々の叫び声が聞こえてくるようでした。なにしろ私たちもまた、パレスチナ人として生まれたというだけで、暴力、不正、迫害や占領など、様々な理不尽な目にあってきていますから。これは別にイスラエルだけの問題ではありません。私たちのパスポートを理由に、入国を制限している国も多くあります。なぜビザを与えてくれないのでしょうか?それは私個人の問題ではなく、パレスチナ人という理由で差別を受けているからです」

今年5月、混迷を極めた選挙を経て成立したイスラエルの連立政権にて、5回目の首相を務めるネタニヤフ首相は、アメリカのトランプ大統領が1月に発表した「新中東和平案」に沿ってパレスチナ地区の一部「併合」を推し進めることを公約としている。それに対し国際社会は、国際法上は「占領」にあたる「併合」に対し強く反対する声明を発表している。

「アメリカでもまだ人種差別を克服できていませんが、この事件に対する関心が、こうした理不尽な差別による暴力を少しでも解決していけることを願っています」

構造的に組み込まれている差別は、無意識のうちに僕たちの内面にも刷り込まれてしまう。いや、無意識的な差別が構造として立ち現れてくるのかもしれない。おそらくそのどちらもが作用しているのだろう。その負のスパイラルは際限なく人類を分断し、大なり小なり終わらない衝突を引き起こす。そのループから抜け出すには、「〇〇人や〇〇主義者、性別や社会的地位などの違いは、人間の本質的な価値を決定するものではない」という、至極当然なことを改めて考え直すことが必要だと思う。
 

匿名のストリートアーティスト、バンクシーがベツレヘムに残した鳩は平和の象徴であるオリーブの葉を加えながら、銃口を向けられ防弾チョッキを着ている。

往々にして人は、自分とは違う「境界線の向こう側」に未知の恐怖を抱いてしまう。けれどそこは同時に、未知の希望や喜びの源泉でもあるということを忘れないでいたい。世界各地の紛争、差別といった社会問題の取材をしていると、ときに人間という生き物は未来永劫「分断」を越えることができないのではないかという思いに囚われそうになることがある。しかしその度に、人生の中で頂いてきたかけがえのないご縁を思い出す。抑圧に負けず、未来をより良いものにしようと生きるサマさんやアマルさんの存在が、文字を打つ指に力を与えてくれている。敵意による概念の形成は無限に個を分割していくが、共感から生まれる概念は、あらゆる境界線を溶かす可能性も持っている。そんな可能性を持ち寄ることで、少しずつでも、みなが心地よく暮らせる社会を築いていきたい。
 

『Justice for Eyad』
「BLACK LIVES MATTER」はひとりひとりが声をあげることの重要性を社会に示している。The Palestine Institute for Public Diplomacyは国際刑事裁判所によるエヤッド・ハラック氏の事件の調査を求める署名を集めている。興味のある方は下記をご参照下さい。

▶︎ The Palestine Institute for Public Diplomacy『Justice for Eyad』

(写真・文 佐藤慧/2020年7月)

 

(※1)根拠のない証言
事件前後のエヤッド氏の姿は動画に記録されており、武器はおろかおもちゃのピストルも所持していないことが確認されている。

(※2)イスラエルの事実上の首都
イスラエルはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であるエルサレムを首都と宣言しているが、国際社会の多くはこれを承認しておらず、テルアビブを事実上の首都として扱っている。パレスチナ自治政府は東エルサレムをパレスチナ国の首都としているが、1967年6月の第三次中東戦争以降、その土地はイスラエルに実効支配されている。2018年5月、アメリカのトランプ政権はアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムへと移転、エルサレムを首都と「公式に」認めた。アメリカの「新中東和平案」を後ろ盾に、イスラエル政権はパレスチナ地区の併合(占領)を強行する姿勢を見せている。

(※3)イスラエルの公用語であるヘブライ語
ヘブライ語は古代パレスチナ地域に暮らしていた人々が使用していたとされる言語。西暦200年頃には話者がいなくなり、主に典礼言語や詩的創作言語としてのみ受け継がれてきた。しかしそれから1800年の時を経て、イスラエル建国へと続くシオニズム運動の最中、エリエゼル・ベン・イェフダーの手により「現代ヘブライ語」として編みなおされ、「イスラエルのユダヤ人」というナショナリティを支える礎のひとつとなった。イスラエルには約17.5%のアラブ系住民もいるため、アラビア語も公用語の位置を占めていたが、2017年5月7日、ネタニヤフ政権はアラビア語を公用語から外す閣議決定を行い、アラブ系住民の反発を招いた。2018年7月19日にはイスラエル国会が「ユダヤ民族国家法案」を可決、ヘブライ語のみを公用語として規定、ヨルダン川西岸地区への入植活動(占領)を推し進める方針を明確にした。
 
 


 
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2020.7.16

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