2月15日、文部科学省は2020年に自殺で亡くなった小学生、中学生、高校生が479人にのぼり、前の年の339人から大幅に増え過去最多となったことを明らかにしました。また、警察庁と厚生労働省によると、2020年に自殺で亡くなった人数は暫定で2万1077人に上り、リーマンショック直後の2009年以来11年ぶりに増加に転じています。長期に及ぶコロナ禍で、これ以上自殺に追い込まれる方を増やさないためにどんな手立てが必要となってくるのか。自殺対策に取り組む、NPO法人ライフリンク代表、清水康之さんに伺いました。
―昨年の7月までは、自殺で亡くなった方の人数は例年を大きく下回っていました。
特に4月や5月は、前年の同月と比べると大幅に減っています。
例えば大きな災害の後には、「この危機を、力を合わせて乗り越えていこう」という機運が高まることなどから、自殺者数が減少することが日本でも過去に見られましたし、世界的にも同じようなことが起きています。
新型コロナウイルス感染症の拡大というのは、ある意味、「社会的な災害」とも言えると思います。昨年3月末には、著名なコメディアンの方が亡くなったことなどもあって、感染への恐怖感が急激に高まりました。だからこそ、「自分の身を守ろう」という意識が広がったり、「ステイホームして協力し合おう」という連帯感が生まれたりしたことも、その時期の自殺者数を減少させた要因になっていると考えています。
―ところが、昨年の夏以降、自ら命を絶って亡くなられる方がまた増え始め、前年比を上回るようになりました。
昨年7月以降の下半期だけで見ると、前年と比較して約18%自殺が増えている状況です。特に7月と10月に増えているのですが、このいずれも著名人の自殺とその報道も影響していることが、データの分析からも明らかになっています。
ただ、そうした報道がなければ自殺が増えなかったかというと、決してそうではありません。新型コロナウイルスの影響が長期化し、とりわけ社会的に弱い立場に置かれがちな女性や子どもたちが、玉突き的に様々な悩み、課題を抱えこんだり抱えこまされたりして、結果としてもう生きられない、死ぬしかないという状況に追い詰められていったのではないかと考えています。
小中高生世代については、前年比を大きく上回って過去最多、約4割増えています。女性についても下半期だけを見れば、同じく約4割増えている状況です。
―子どもたちの自殺が急増した背景には、具体的にどんな問題があるのでしょうか。
家で過ごす時間が増え、家族との関係が良くない場合は虐待が始まったり、あるいは虐待が悪化したりということが考えられます。例えば、家庭にいる保護者が失業して家に留まっていると、そのストレスが、家庭内で弱い立場にある子どもたちにぶつけられてしまうことがあります。
学校が再開しても、大人からぶつけられたストレスをため込んだ子どもたちが、今度はクラスの中で、さらに弱い立場の子どもたちへとそのはけ口を求めてしまうこともあるかもしれません。
つまり、ストレスの濃度がどんどん濃縮されていくような現象が起きてしまっているのではないかと思います。
ただ、感染拡大前から、日本の児童生徒の自殺は非常に深刻な状況が続いていたことにも、私たちはしっかり目を向けなければならないと思います。
―子どもたちに対してはどのようなサポートが望ましいのでしょうか。
ひとつは、自殺対策基本法の中にも盛り込まれている施策として、SOSの出し方に関する教育を広げていくことです。命や暮らしの危機に直面したときに、誰に、どうやって助けを求めればいいか、子どもたち一人ひとりにしっかり伝えていくことが重要です。
家庭の保護者や学校の先生にも相談できない時、第三の助けを求める先が必要となります。抽象的に「助けを求めていいんだよ」と言うではなくて、「いざとなったら私のところに相談に来て」と伝えられる、保健師などの地域の専門家の存在が重要となります。
また、IT技術が進む中、東京大学の研究チームが、学校で自殺のリスクを評価できるRAMPS(ランプス https://ramps.co.jp/ )というツールを開発しています。タブレットを使ってアンケートに答える形で、自分の気持ちを打ち明けることができる仕組みになっています。新潟県では、全県的に高校での導入が進み、長野県でも来年度からの導入が予定されています。
そして、精神疾患に関する教育が2022年度から高校で始まることになっていますが、これを義務教育から始めるべきだと考えています。と言うのも、精神疾患を発症するのは、平均すると14歳の頃だといわれています。そのため、高校生になる前、中学校や小学校高学年頃から、精神疾患は誰がかかってもおかしくない身近な病気だということや、どう対処していけばいいのかを教えていくことで、発症を早めに発見することにつながりますし、偏見も解けるのではないかと思います。
―女性の自殺増加については、背景としてどういったことが考えられるのでしょうか。
自殺の原因・動機は決して単純化できないため、どういった要因がどう連鎖して、「自殺の危機経路」を形成しているのかを見ていく必要があると思います。「自殺の危機経路」とは、人が自殺に至るまでに追い込まれていくプロセスのことです。
その手がかりとなるデータとしては、同居人がいる女性、あるいは無職の女性の自殺が増加していることが明らかになっています。
寄せられている相談の中には、失業によって家庭で過ごす時間が増え、配偶者からの暴力がひどくなった、あるいは家族の介護をひとりで担わなければならなくなった、という声がありました。また、ひとり親家庭で子どもを養っていかなければいければならない中、非正規雇用の雇い止めにあってしまった、けれどもコロナ禍で周囲を頼ることができず、生きることに限界を感じている、というケースもありました。
こうして問題が複合化するプロセスに着目して、今まさに分析を進めているところです。
―「東日本大震災から10年」という報道が増え、その影響を受ける方もいるのではないでしょうか。
自殺は平均すると四つの要因、悩みや課題が連鎖する中で起きるということが、私たちが行った自殺実態調査で明らかになっています。ただ、要因が連鎖したとしても、そうした状況にある人を支える十分な社会のセーフティーネットがあれば、自殺に追い込まれずに済むはずです。
3月に震災報道が増えると、いわゆる「命日反応」で、自分の家族を亡くしたことを思い出してしまったり、思い出す中で自分自身のことを責めてしまったりということが考えられます。
さらには年度末決算期であり、生活に様々な変化が起きる時期なので、例年3月は自殺が増える傾向にあります。季節の変わり目でもあって、体がそれに順応しようとする中で、心が不安定になりやすいということもあります。
こうして多くの人が悩みや課題を抱えているからこそ、自分が弱音を吐くことで、他の人も弱音を吐きやすくなるんだという、「お互い様」の意識で、早めに相談してみることも大切なのではないかと思います。
―ライフリンクの呼びかけで、全国のNPO法人が連携し、2月6日から「#いのちSOS」という緊急電話相談が始まりました。
私たちはこれまでも自殺防止の電話相談をやってきたのですが、社会の自殺リスクの高まりに対応できるだけの、さらに強固な受け皿を作る必要がありました。「#いのちSOS」では、これまでの電話相談のあり方を一新して、IT技術も取り入れ、相談員の方たちが自宅で相談対応できるような体制を組んでいます。
ただし、相談員が孤立した状態で相談を受けてしまうと、相談員自身がリスクに晒されることにもなります。そこで、自宅にいながら、より専門性の高いスーパーバイザーやコーディネーターによる見守りを受けることができ、警察や法律の専門家など、必要な支援につなげられるような連携も可能なシステムを作りました。これによって、事務所に来なければならないというという制約から解放され、結果としてより多くの相談員が、全国で相談を受けられる状況になってきています。
―長引くコロナ禍で、今後どのような支援を続けていく必要があるのでしょうか。
一発逆転ホームランを狙わない、ということだと思います。この問題に効く奇跡的な万能薬があるわけではないので、その時その時に起きている現象をひとつひとつ正確に捉え、そうしたひとつひとつに対する適切な処方箋で確実に応じていくような、粘り強く、息の長い取り組みが必要だと思います。
▼チャットでの相談:「生きづらびっと」
https://yorisoi-chat.jp/▼電話での相談:#いのちSOSの緊急電話相談
(毎日正午から午後10時まで。4月以降は24時間)
0120-061-338 (フリーダイヤル「思い支える」)※電話が繋がりにくい場合などは、下記から相談窓口等を検索できます。
http://shienjoho.go.jp/ (厚生労働省「支援情報検索サイト」)
(2021.3/聞き手 安田菜津紀)
※この記事はJ-WAVE「JAM THE WORLD」2021年3月3日放送「UP CLOSE」のコーナーを元にしています。
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