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「観光を通してパレスチナ問題を伝えたい」ツアーガイド・ホステル経営者 サラ・アブ・ラバンさんインタビュー / D4Pメディア発信者集中講座2022課題作品 小泉秋乃

サラ・アブ・ラバンさん(本人提供)。

パレスチナ南部の町、ベツレヘム。イスラエルによって建設された分離壁は、占領に抵抗するグラフィティアートで埋め尽くされている。

壁の前で話をしている男性は、ツアーガイド兼ホステル経営者のサラ・アブ・ラバンさん。パレスチナ難民3世として、世界中から訪れる観光客にパレスチナの現状を伝えている。

サラさんとの出会いは2019年の夏。筆者がパレスチナを訪れた際、サラさんの経営するホステルで出会った。それから3年が経った2022年、今回は、「観光を通して政治意識を高める」という仕事に対する思い、そしてパレスチナの現状や未来について、リモートでお話を伺った。
 

パレスチナ難民として

───サラさんはパレスチナ難民3世とのことですが、その背景について教えていただけますか。

1948年のイスラエル建国時、パレスチナ人が暮らす村が破壊されて約75万人(※)の難民が発生しました。私の祖父母もまた、当時暮らしていた村を追われ、ベツレヘム近郊の難民キャンプに身を寄せました。

その後、何度か元の村に戻ろうと試みたようですが、イスラエル軍が発砲し帰還を阻んだそうです。また、私の母方の家族は1948年、1967年の二度、難民になっています。

パレスチナ問題が解決するまでは、1948年に難民となった人々の子孫も難民とされています。その中には、難民キャンプで生まれた子どもたちも沢山いるんです。

(※) UNRWA- united nations relief and works agency for palestine refugees in the near east

 

ツアーで伝える「占領」

───ベツレヘム周辺でツアーガイドをされているそうですね。

2015年より7年間、「オルタナティブツアー」と称して、文化的、政治的、歴史的な視点からツアーを行っています。従来のツアーもできますが、あまり知られていないような情報や、当事者である私だからこそ語れる生身の経験を伝えたいと思っています。

───従来のツアーとオルタナティブツアーは、どう違うのでしょうか。

イエス・キリストが誕生したとされているベツレヘムは、特にキリスト教徒にとって重要な聖地であり、観光客の多くはキリスト教徒の巡礼者です。そのため、宗教に関連するツアーが一般的です。

一方で、オルタナティブツアーでは「占領」に焦点を当てています。パレスチナの人々の生活や、現在直面している困難についてお話しし、分離壁やバンクシーなどのグラフィティアート、難民キャンプなどへご案内します。

ただ、そういった暗い側面だけではなく、砂漠や山へお連れしてパレスチナの美しさも同時にお伝えしていますよ。
 

ベツレヘムの分離壁(筆者撮影)。

───オルタナティブツアーを始めた背景を教えてください。

私は旅をすることが好きなんです。しかし、パレスチナ人は行動を制限されているため、海外旅行をすることがとても難しい。それなら世界中からパレスチナを訪れる観光客をもてなす側の仕事をしようと、ツアーを始めました。

ベツレヘムではポーランド語の需要が高かったこともあり、まず言語を学ぼうとポーランドに渡りました。しかし、そこで感じたのは、パレスチナや中東全体に関する情報が明らかに不足していることでした。ただガイドをするのではなく、パレスチナに来る人々の政治意識を高めるようなツアーをしたい。そう思ったのがこのオルタナティブツアーの始まりです。

しかし、大多数の観光客はキリスト教徒の巡礼者です。彼らは宗教的な目的でベツレヘムを訪れるため、オルタナティブツアーに興味を持つ人はあまりいませんでした。

巡礼者向けのツアーも行いながら地道に知名度を上げたことで、その努力が実り、本当に伝えたいことを伝えられるようになりました。

 

ホステルという「居場所」

───また、サラさんにはホステル(簡易宿泊所)経営者という側面もありますよね。

はい。ベツレヘムの中心街にあるBunksurfing Hostel(バンクサーフィンホステル)を経営しています。最初は資金が十分になかったため、実家のガレージで、たった1つのベッドから経営を始めました。周りからは「知らない人と同じ部屋で寝るなんて理解できない」と言われましたが、予算を抑えて旅をしたいバックパッカーなどから人気を集め、今ではベツレヘムの中心街に場所を移して経営しています。

───私も2019年に宿泊しましたが、アットホームで居心地のいい空間でした。ホステルの屋上で、世界中から集まったゲストたちと、パレスチナについて語り明かした夜は忘れられません。

何度も戻ってきてくれる人もいるんですよ。私のホステルのゲストの中でもともとパレスチナ問題に興味がある人というのは、大体30~40%くらいです。ただ、だからこそ私は彼らにパレスチナの現状を伝えたいと思っています。ホステルの壁にパレスチナに関するポストカードや写真をたくさん貼って、ゲストと話をするようにしています。ツアーもホステル経営も同じ目的を持って行っているんです。
 

アットホームで居心地のいいBunksurfing Hostelの屋上からの景色。町にはアザーン(礼拝への呼びかけ)が響く(筆者撮影)。

土地を求めて戦うのではなく、共に守る

───サラさんは主に海外からの観光客向けにビジネスをされていたと思いますが、パンデミック後、仕事に変化はありましたか。

パンデミックの中、パレスチナでは多くの人が職を失いました。観光客向けのレストランやホステルも閉鎖に追い込まれました 。私のホステルは、現在も存続している数少ない宿泊施設の1つです。

2022年現在の観光客の数は、私の感覚では多くてもパンデミック前の20~30%というところでしょうか。まだ状況は厳しいですが、少しずつ増加傾向にあるので、フルタイムで観光の仕事ができる日も近いと感じています。

───3年前にお会いした際、サラさんは「パレスチナの状況は今後10年でさらに悪くなるだろう」と仰っていました。2022年現在も同じように感じていますか。

はい。今でもゲストに同じ話をしています。実際にパレスチナの状況は悪化し続けているからです。例えば、イスラエルのパレスチナ人に対する武力行使は年々酷くなっており、エルサレムのモスクへの襲撃も起こっています。それ以外にもイスラエル側に収監されているパレスチナ人に対する扱いや、ガザ地区への攻撃など問題を挙げればきりがありません。そして何より、現在も1948年に定められたイスラエルの国境を超えた入植、パレスチナ人の強制退去が進んでいます。毎年たくさんのパレスチナの村や家が破壊され続けています。

───サラさんの考えるパレスチナ問題の解決とは、なんでしょうか。

まず、解決するにはパレスチナ、イスラエル双方からの勇気、そして許しが必要です。もう土地を求めて戦うのではなく、共に守ろうとするべき時がきています。だからこそ、私個人の考えですが、「パレスチナ」「イスラエル」という2つの国では解決にならないと思っています。民主主義で世俗主義の1つの国にパレスチナ人とイスラエル人が共に暮らし、誰もが平等な権利を持つことが必要です。もちろん、そのような国ができたところで、これまでの問題が魔法のように解決するとは思ってはいません。しかし、1つの国になることから全てが始まると思っています。

また、イスラエル側にも占領に反対している友人がいます。解決方法に関してはそれぞれ異なる意見を持っていますが、占領に反対という立場は同じくしています。まだイスラエルの中では少数派ですが、これからそのような人が増えていくことを願っています。

 

この世界で、中立でいることはできない

───最後に、日本で生活する人々に向けてメッセージをお願いします。

どんなに小さくても、1人ひとりの声に意味があります。人々が社会問題について話し、少しずつ注目を集めれば、わたしたちの声が届くようになります。そして、社会について考えることが日常になれば、自分の国の利益だけではなく、他国の問題についても気にかける人々が増えていきます。私は、パレスチナのことを最優先で考えてほしいとは思っていません。しかし、私は世界中の人に、「自分の利益だけを考えないで」と伝えたい。自分が関わっていないように思える問題があっても、まず学び、意見を持つようにしてください。この世界で、中立でいることはできません。中立でいるということは、つまり強い立場の側につくということです。もしパレスチナとイスラエルに興味がなくても、世界で起きている他の問題にぜひ目を向けてみてください。そして、世界をより良い方向に変える1人になってください。

[施設情報]
Bunksurfing Hostel & Alternative Tour
住所 59 Jamal Abdul Naser street, Bethlehem, Palestine
Instagram @bunksurfinghostelandtour
Facebook https://www.facebook.com/Bunksurfing/

 

「観光を通してパレスチナ問題を伝えたい」ツアーガイド・ホステル経営者 サラ・アブ・ラバンさんインタビュー

2019年の初夏。大学休学中に訪れたパレスチナで、サラさんと出会った。笑顔が素敵で、話し上手。パレスチナ問題を世界中の人に伝えたいという情熱を持つ彼に心を動かされ、1週間の予定だった滞在を約90日まで伸ばした。彼の経営するホステルの屋上で、夜遅くまで宿泊者たちと熱い議論を交わした。手作りのマクルーバを囲み、人生について考えた。「日本で暮らす人々に、パレスチナのことを伝えてほしい」。頭の片隅にあった彼の言葉を、少しではあるが、3年越しに実現できることを嬉しく思っている。
 

    ▶︎形式:文章と写真。ウェブメディアでの掲載を想定。
    ▶︎対象:Z〜ミレニアル世代。特に社会問題に関心を持ち取り組みやすい高校生〜大学生が主な対象。
    ▶︎制作:小泉秋乃


    こちらは、D4Pメディア発信者集中講座2022の参加者課題作品です。全国各地から参加した若者世代(18~25歳)に講座の締めくくりとして、自身の気になるテーマについて、それを他者に伝える作品を提出していただきました。
     

 
 

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