出入国在留管理庁(以下、入管)が無料配布しているアプリに、今改めて批判の声があがっている。外国人の「在留カード」や「特別永住者証明書」が偽造されたものなのかどうかを、ICチップを読み取って確認するもので、昨年12月から入管の公式ページで一般に公開しているほか、Twitterなどでも広報されている。誰でも入手可能な状態になっていることから、不必要な監視を煽り、差別や分断につながるものとして、支援者や弁護士などから相次いで懸念が表明されている。
2012年に外国人登録制度が廃止され、新たな在留管理制度が導入されてから、それまでの外国人登録証明書が「在留カード」や「特別永住者証明書」に代わった。在留カードは中長期在留者(特別永住者と在留資格「外交」と「公用」を除く、3か月を超える在留期間をもつ外国人)に交付されるもので、携帯していなかった場合は20万円以下の罰金の対象となり、提示に応じなかった場合は1年以下の懲役または20万円以下の罰金に処せられることもある。2020年の時点でのカード保持者は約258万人とされる。
6月15日に開催された「難民問題に関する議員懇談会」(難民懇)で、野党議員らのヒアリングに応じた入管の情報システム管理室長、西山良氏によると、アプリは開発費のみで8,400万円、統計のとれていないWindows版を除き、5月末時点で4万件ほどのダウンロードがあったという。開発の背景として、相次ぐ偽造の摘発(2018年は620件)があるとされるが、アプリによって偽造摘発につながったケースがあったかどうかは把握できていないという。
企画の過程で、いじめや嫌がらせなどにつながったり、あるいは差別を繰り返す人間の手に渡ったりするリスクを議論された形跡はないという。また今後、雇用主のみの使用に絞ったり、アプリそのものを取り下げたりすることは考えていないとした。
西山氏は「そもそも読み取りにはご本人の“同意”が必要となるはずだ」と強調していたが、それは実態に即した言葉だろうか。
移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)の副代表理事、鈴木江理子さんは、力関係などを無視した“同意”のあり方に疑問を呈する。「友人や同僚であったとしても、必ずしも力関係が対等でなければ、“ちょっと見せろよ”と言われたら、たとえ不本意でも見せざるをえないですし、それは子どものいじめの構造にも言えることです。パワーバランスによって断れない場面もあるでしょう」。
そもそも、在留カードの提示を求める場面が、至る所に浸透し、習慣化してしまっていることにも危機感を抱くという。「携帯電話を買うとき、レンタルショップや病院を利用しようとするとき、身分の確認であれば保険証や運転免許証でも済むはずなのに、必要のないはずの“在留カードの提示”が当たり前のように求められてしまっています。サービスを受けるためであれば、不必要であっても断りづらいですよね」。
アプリ自体についても、「なぜこうしたものを導入したのかということは強く抗議したい」と語る。「外国籍の同僚は、アプリによってこんなにも簡単に照会ができてしまうことに不安を覚えています。“外国人が偽造カードを持っているかもしれない”という不信感から生み出されたものといえますし、そうした不信感が煽られれば、結果的に市民が管理監視への参加を促進されてしまい、対立や分断が生じたり、日常生活での偏見も助長されてしまいます」。
こうしたアプリが、どういった属性の、誰の手に渡っているのかを把握する術は入管側にはないという。「そもそも、外国人だけが偽造するかのような前提になってしまっていますよね。“やましいことがないなら見せるべき”という態度を、なぜ外国人であればとってもいいことになってしまうのでしょうか。知らない人に“免許証を見せて”と言われたら、私は見せたいとは思いません」。
今、長引くコロナ禍によって、脆弱な立場にある外国籍者や、多くの非正規滞在者がさらに追い込まれた生活を強いられている実態と、移住連も向き合っている。「これだけの予算をこのアプリにかけるのであれば、そういった人たちの実態を把握し、有効な情報を多言語で提供するなど、直接的な支援につなげることはできなかったのでしょうか」。
また、このアプリの前提にある在留カードの携帯、提示義務など、在留管理制度の根本を問わなければならないことも強調する。
「外国人にだけ常時、在留カードを携帯させ、提示させる義務がある時点で、私たちは差別的なことだと思ってきました。日本国籍者は、財布を忘れて身分証を持っていない、ということで処罰されることはないですよね。
この新たな在留管理制度の導入は、“点の管理”から“線の管理”への強化でした。それ以前は更新や変更の際といった、“点”でしかチェックをしていなかったのですが、今はその点と点との間に、どこにいてどんな仕事をしているのかということなど、全て管理できるようになっています。
管理・監視というものは基本的に、“好ましくない人間を排除していく”という思考につながっているものだと思います。この在留管理制度の在り方から私たちは、そうした根本の問題を問うべきだと思っています」
そもそも入管は、2004年2月から、公式ページ上で“不法滞在”と思われる外国人に関する電話・オンラインでの情報提供を、匿名でも可能な形で呼びかけている。
「こうして顔を見ることもなく、声を交わすこともなく、郵便などに比べて手軽な方法で、一方的に通報をできるようになってしまったわけですよね。誰が“非正規滞在”かなんて見た目では分からないはずで、“それらしく見える人”が通報の対象になってしまいます」
この「情報提供制度」については、2005年に日弁連も、「“密告”を事実上推奨している」「人種差別撤廃条約に抵触する」などの理由で、中止を求めている。
本件システムは、一般市民をして、外国人等に対し、その者が不法滞在者ではないかという注意を向けさせ、これらの者に対する社会の監視を強める効果を有するのみならず、これらの者が刑法犯やその温床になっている集団に属する者ではないかという偏見や差別を助長させるものであり、多民族・多文化の共生する社会への歩みにも逆行するものであるといわざるを得ない。当連合会は、本件システムの弊害の広範性・重大性に鑑み、これを中止するべきであると考える。
また、国連特別報告者、ドゥ・ドゥ・ディエン氏による2006年1月24日付の報告書でも、下記のような指摘がなされている。
法務省入国管理局のウェブサイト上において導入された、不法滞在者の疑いがある者の情報を匿名で通報するよう市民に要請する制度は、人種主義、人種差別および外国人嫌悪を煽動するものである。この制度は、本質的に外国人を犯罪者扱いする発想に基づくものであり、外国人への疑念と拒絶の風潮を助長する。従って、この通報制度は遅滞なく廃止されなければならない。
こうした再三の勧告や指摘が届くことはなく、さらに手軽なアプリの開発にまで至ってしまった。国内外からの指摘を無視し続ける姿勢は、ある意味で「一貫」してしまっている。昨年、国連人権理事会の「恣意的拘禁作業部会」が、司法の介在や期間の上限なく施設に収容ができる入管の実態を、「国際法違反」と指摘したが、こうした国際法違反の状態を改善するどころか、さらに入管の権限を強める入管法政府案が、今年、審議入りするという事態へと至ってしまった(改正案は5月19日に今国会での成立を見送り)。
外国人の人権問題に取り組んできた児玉晃一弁護士は、入管法の異常さについて、「不法就労」をさせた側にも、「不法就労助長罪」が適用されることを挙げる。
「この法律では“知らないことを理由として、処罰を免れることはできない”と規定されています。つまり知らずに雇っていても、処罰の対象になるということです。ただ、刑事事件の立証責任は基本的に検察官の側があり、過失の場合ですら処罰するのは例外的なものです。故意がなければ処罰できないというのは、刑法の大原則なんですよね。“知らなくても処罰する”というのは、その原則から外れています。
そもそもこの法制度自体がおかしなものです。アプリに関しても、雇用する人間が特別にダウンロードできるのであればまだ分からなくはないのでが、広く一般に公開されるのであれば、悪用する人間は当然出てくるでしょう」
入管側の姿勢は、そもそもの「出発点」が違うのだと、児玉さんは厳しく指摘する。
「人権、プライバシー権というのは在留資格などと関係なく、誰しもにあるものですよね。しかし入管はそうした前提から出発していない。入管側の姿勢はあくまで、“外国人を管理するにはどのような手法が適当か”、というところから始まっているのです。本来であれば人種差別を撤廃するのは国の責任なのですが、むしろ差別を助長してしまっているのが現状ですよね」
このアプリに限らず、“外国人は何をするか分からない、だから監視をしていい”、という姿勢が、至る所で見受けられるという。例えば、仮放免(※)の間、入管職員が自宅を訪れるなど動静監視を行う場合もあるが、この動静監視について児玉さんが情報開示請求をしたところ、資料はほぼ黒塗りだった。
(※)仮放免
在留資格がないなどの事情を抱える外国人を、入管施設に収容するのではなく、外での生活を認めたもの。
「実はこうした動静監視について、法律上の明確な根拠がないんですよね。よく入管側は“日本は法治国家だ、だから外国人は国へ帰れ”と主張しますが、これのどこが法治国家なのかと思います」
日本に難民として逃れてくる人々の出身国は、過度な監視社会であることも少なくない。「海外の独裁的な国の中には、政府の手先として、市民に反政府活動を監視させ、有利な情報には報酬があったりします。政府ができない監視を市民に肩代わりさせる、ということですよね。そして分断を煽る。国家だけが悪いのではない、という巧妙なやり方ですよね」。それと類似の手法が、日本にも導入されてしまっていることに、児玉さんは警鐘を鳴らす。
この記事を読んで下さっている方々にも想像してほしい。自分の身分証明書を突然、「偽造かどうか確かめさせろ」と不必要に求められ続ける日常を。まるで、「おまえは信用できないよそ者だ」と言われ続けているように感じるのではないだろうか。
そんな社会に、果たして私たちは身を置きたいだろうか。今回問題視されているアプリは、外国人を「人権を持ったひとりの尊厳ある人間」としてではなく、あくまでも「管理・監視の対象」として見る入管の姿勢が具現化した一例だろう。その根本である「在留管理」のあり方、考え方そのものを、抜本的に変えていくときではないだろうか。
(2021.6.17 / 写真・文 安田菜津紀)
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