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じっくり読みたい、「人権」について改めて考える書籍5選

2022年、今年はどんな1年になるのでしょうか。 様々な社会問題の背景について考えていくと、そうした問題の解決や、よりよい共生社会を築いていくためには、「人権」という概念について学ぶこと、そして立ち止まらずアップデートをし続けることが不可欠であることに気づきます。幅広い分野に及ぶ「人権」について、様々な視点から触れられる5冊(1冊は前後編)の書籍をご紹介します。

            

● エッセイ

『海をあげる』(筑摩書房)
  著:上間陽子

何気ない日々に忍び込み、食い込み、そして浸食してくる、沖縄への差別。隣り合う基地と、それを語れないほど切実な営みの中にある人々――上間さんが一つひとつ紡ぐ言葉の繊細さ、柔らかさ、鋭さに、ぐいぐいと引き込まれていく。その言葉は、暗闇の中でなお輝く、尊厳の光のようだった。

1995年、沖縄で小学校4年生だった女の子が4人の米兵に拉致され、強姦される事件が起きた。その後、県内では8万5,000人の人々が抗議集会に集った。当時、東京の大学院に在籍していた上間さんに、指導教員の一人がこう語ったという。

「すごいね、沖縄。抗議集会に行けばよかった」
「怒りのパワーを感じにその会場にいたかった」

引き裂かれるような思いでいる沖縄の人々と、その言葉は遠く離れていた。沖縄に基地を押し付けているのは誰か、この事件の「加害者」は誰なのか。上間さんはこう綴っている。

「沖縄の怒りに癒され、自分の生活圏を見かえすことなく言葉を発すること自体が、日本と沖縄の関係を表していると、私は彼に言うべきだった」

一度、上間さんの中で「沈んだ」その言葉が、本の中で、私たちの前に浮かび上がる。この本が本屋大賞の「ノンフィクション本大賞」を受賞した時、上間さんはスピーチでこう語っていた。

「この賞が発表されて、明日から、Yahooのコメント欄は荒れるでしょう」「日本中を覆う、匿名性を担保にした悪意の言葉が、どれほど人を奈落の底に突き落とすのか、Yahooの関係者、偉い方々に考えて頂けたら」「私たちが見たかったのは、本当に、こういう社会なのでしょうか」

Yahoo!の意思決定に関わる立場の人々に、この言葉が届いているだろうか。

● ヴィジュアル・ブック

『人種差別をしない・させないための20のレッスン アンチレイシストになろう!』(DU BOOKS)
  著:ティファニー・ジュエル

※本書籍は2022年1月14日発売予定です。

レイシズムとは何か? その構造的な問題の歴史は? それを止めるためにとれる行動とは何か?を、身近な例に引き寄せ、立ち止まって考えるためのページも設けながら、丁寧に紐解いていった一冊。

一人の人間の中にも、「支配的」なマジョリティ性と、抑圧されている面が混在している。著者の父は黒人、母は白人、自身はバイレイシャルだという。そんな彼女の呼びかけの中でとりわけ印象に残ったのが、「あなたの特権を使おう」というメッセージだった。

「私が支配的文化に距離が近いアイデンティティを持っているということは、私にそれ自体を無効にするパワーがあるということです」

差別の問題は、支配的に抑圧する「マジョリティ」の問題だ。だからこそ、そうした特権に自覚的であることは、変化をもたらすために大切な視点となるだろう。「自分は救世主である、またはこれを慈善事業だと思い込むといった罠に陥らないように」という前置きも重要だ。

(※本書の末尾に、安田が解説を書かせていただきました。)

● 単行本

『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)
  著:松岡宗嗣

「アウティング」という言葉を聞いたことがあるだろうか? その本義は「本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露すること」だ。厚労省委託調査に基づく本書の記載によると、性的マイノリティの知人がいないというシスジェンダー・異性愛者のうち、「アウティングという言葉も意味も知っている」という割合は6.7%に過ぎず、「言葉は知っているが意味は知らない」という人を含めても15.7%と、依然としてその認知度は低い。

「アウティング」という言葉を「単に自分の秘密を他者に伝えること全般」を指す言葉として使用する向きもあるが、本義に立ち返って見た場合、本人の生活や命に直結する重大な事態を引き起こすことにもなりかねない行為であるということは、「一橋大学アウティング事件」などの経緯からも明らかだろう。

 なぜアウティングが起きるのか? それは社会の至る所でシスジェンダー・異性愛が前提とされ、そうでない人々がいないことにされているからだろう。
 なぜアウティングが「問題」になるのか? それはこの社会に性的マイノリティに対する差別や偏見が根強く残っており、「いないこと」にされている当事者の性のあり方が暴露されることで、不利益につながる可能性があるからだろう。

(本書より引用)

本書を読み進めていくうちに、アウティングの問題の根幹は、社会に根強く残る差別意識や、そうした人々を排除しがちな社会構造であり、誰しもに関係のある問題であることに気づかされる。社会の「普通」にあてはまらない人々を排除するという意識・構造は、性のあり方に関するものだけではなく、様々に異なるルーツやバックグラウンドを持つ人々や、マイノリティとされる「属性」を持つ人々に対する差別の問題と深く結びついている。

アウティングとは何かという基本的な知識から、法制度の変遷や「プライバシー」という言葉の意味、これまで声を上げ続けてきた人々の歴史の積み重ねなど、広く「人権」にかかわる問題の根っこを再考させてくれる本。こうした良書が教育の現場や職場などでも広がっていくことで、社会の意識のアップデートに繋がっていくのではないか。

● 小説

『乳房のくにで』(双葉社)
  著:深沢潮

実家にも頼れず、職もなく、生活に困窮していた福美は、ありあまるほど自分の乳房から出続ける母乳を持て余していた。ある時、「母乳」で育てることこそあるべき子育てだと信じて疑わない重鎮政治家の妻の指名で、その孫の「乳母」となる。孫の母は、かつて自分を虐げた同級生だったが、その家では「無駄に頭のいい嫁は困る」「仕事をやめなさい」と虐げられる側になっていた。

あえて極端に書いてある政治家やその家族にも、どこか既視感がある。彼らが放つ女性蔑視の言葉も、それに抗わない息子も、それを内面化して生きなければならなかった女性たちの姿も。子どもを産んでこそ価値があると見なされ、母乳や体を子育てに捧げ、家につながれることこそ「嫁」の役割であると勝手な定義に押し込められる――そこから少しでもはみ出れば、人間扱いさえされない環境は、まさにモノ扱いだった。

けれども彼女たちは、黙ることを止めた。服従を拒みはじめた。ざらついた現実を残しながらも、最後はパワーに満ち溢れた読後感がある。

● 歴史

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(上下巻)』(河出書房新社)
  著:ユヴァル・ノア・ハラリ

言わずと知れた歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏のベストセラーだが、ホモ・サピエンスの歴史を丹念にたどっていく中で、人権に関する重要な視点も提起されることになる。

第6章「神話による社会の拡大」では、「想像上の秩序」こそが何億もの人間が共存する社会を支える土台となっているという論が展開されていく。見知らぬ人どうしが協力し合い、社会を成り立たせていくためには、「共通の神話」が必要だった。その有名な例のひとつとしてあげられるのが、紀元前1776年頃に制定されたハンムラビ法典で、もうひとつが、1776年に書かれたアメリカ合衆国の独立宣言だ。

どちらも、そこに定められた“原理”に即して行動することで、数えきれないほどの人々が、「公正で繁栄する社会で安全かつ平和に暮らせること」を約束している。ただし、当然ながら両者には多くの違いがある。ハンムラビ法典では、人を2つの性と3つの階級(上層自由人・一般自由人・奴隷)に分け、方や独立宣言では「万人の平等」を説いている。こうした宣言、世界観の樹立が社会の混乱を防ぎ、破滅的な衝突を防ぐ機能を果たしていくわけだが、もちろんそうした世界観は「完全」なものではない。「万人の平等」を謳った独立宣言でさえ、黒人やアメリカ先住民、女性の権利を意味していなかった。

1948年、「世界人権宣言」という、基本的人権のリストであり、国際的な人権保障にとっての最重要文書が国連で採択された。その後、「社会権規約」「自由権規約」「人種差別撤廃条約」や「女性差別撤廃条約」など、いくつもの人権条約が採択され、多くの国々で批准されてきた。これらはどこかに正解のあるものではなく、現在進行形で発展し続けているものだ。果たして今後世界はどのような「秩序」を作り上げていくのか。ジェンダーや出自、肌の色による差別など、過去に作られた「想像上の秩序」を乗り越えていくために――これまでの人類の足跡を辿る冒険へといざなってくれる大著。

(2022.1.11 / 佐藤慧・安田菜津紀)


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