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広島平和式典、イスラエル参加はなぜ問題か?―「全ての国を招待すべき」の落とし穴

「このような悲劇が二度と繰り返されることがないよう祈ります」

2021年8月6日、広島市で行われた平和式典に駐日イスラエル大使が参加し、イスラエル大使館の公式Twitter(現X)は、このようなメッセージを投稿した。その前年も、さらに前の年にも、ほぼ同様の文言が発信されている。

そして今、イスラエルは、ガザでの凄惨な虐殺を続けている。

イスラエル駐日代表は2009年から広島市の平和式典に参加し、今年も出席の意向だ。ネット上ではXを中心に、招待を取り消すよう「ランチタイム・ツイデモ」が連日行われている。他方、パレスチナ暫定自治政府の駐日代表部には、今年も招待状が送られていない。

長崎市は、8月9日に行われる平和祈念式典について、イスラエル駐日大使への招待状送付を「保留」としている。一方、これまでと同様、パレスチナ代表部には招待状を送るとした。

広島市の対応はなぜ問題か。中東地域研究を専門とする広島市立大学の田浪亜央江准教授に聞いた。

広島市内で取材に応じてくれた田浪さん。(安田菜津紀撮影)



現状を容認していると伝わる危険性

――ガザでの虐殺は今も続いています。

イスラエル政府によってアルジャジーラ(カタール・ドーハを本拠地とする衛星テレビ局)が撤退させられてから、情報量が格段に落ちていますが、ガザでは今も毎日のように学校が攻撃されています。それでも大きなニュースで報道されなくなっているため、あたかも攻撃が減っているようなイメージが作られていてしまっています。

餓死など環境要因による死者も増えていく中でも、日本での関心が露骨に減ってるように見えます。

ヨルダン川西岸地区・ラマッラーの中心街に掲げられた、ガザで犠牲になった子どもたちの写真。(安田菜津紀撮影)



――広島市は「現在起きている武力衝突により、多くの人々の命と日常が奪われている」「極めて遺憾」「一刻も早く停戦し、対話により問題解決することを願っている」などの文言を沿え、イスラエル駐日大使に平和式典の招待状を送ったとされています。

ただ普通に招待を送る以上に酷い対応だと思いました。あえて「この状況を分かっています、だけど招待します」というのは、現状を容認していると伝わるのではないでしょうか。



――広島市はウクライナへの軍事侵攻が始まった2022年から、ロシアとベラルーシの招待を見送っており、イスラエルを招待するのは「ダブルスタンダード」である、という観点からの批判もあります。

私自身は、「ダブルスタンダードだから反対」ではなく、仮にロシアが招待されていようが、全く別個の次元でイスラエルを招待すべきではないと主張したいですし、それはもっと前から言うべきことだったかもしれません。

たとえばパレスチナ社会はBDS運動(イスラエルに対するボイコット・資本引揚げ・制裁を求めるキャンペーン)を、20年前から世界に呼びかけてきています。

2024年7月7日に行われた「広島パレスチナ連帯デモ行進」。(安田菜津紀撮影)



問われるべきは植民地主義の問題

――そうした民族浄化に抗う連帯に、広島市の態度は反する、という声がある一方、「すべての国を分け隔てなく招待するべき」という主張もあります。

全ての国を招待するとしてきた、広島市の高邁な「普遍的平和主義」に落とし穴があるように思います。

まず式典への招待が、主権国家の枠組みになっていて、パレスチナは呼ばれていません。「全ての」ということに全く普遍性がありません。

「普遍的な理念を伝える」ことが「国の代表にヒロシマのメッセージを伝える」になってしまうと、逆に思考停止に陥ってしまうのではないかと思います。

よく言われるのが、「広島市の平和行政は加害の歴史に触れない」ということですが、その指摘だけでは不十分であると思います。広島だけの問題ではありませんが、もっと根本的な問題として、「反戦平和主義思想」の中に、植民地主義の問題への認識が抜け落ちているのではないでしょうか。

パレスチナの問題が問うているのは、まさにこの植民地主義の問題です。

ヨルダン川西岸、ジェニン難民キャンプで破壊された家の前に立つ子どもたち。(安田菜津紀撮影)



平和式典と「ピースウォッシュ」

――「イスラエルも含め、全ての国を招待すべき」という声の中には、「被爆の実相に触れてもらう」ことの意義を語るものもあります。

G7サミットが広島で開かれ、核保有国の代表が来ていながら、「広島の被爆の実相に触れてほしい」という言葉がよく用いられました。

私は広島に来て7年経ちますが、広島のことを学べば学ぶほど、原爆被害の根深さなど、知らなかったことの多さに気づかされます。

一度広島を訪れて「分かる」ものではないし、広島市の言う「被爆の実相に触れる」は本来、そんな軽いものではないはずです。

「被爆の実相」というのはもともとは、被爆者の声が届かなくなったり、歴史が伝わらなくなっていく危機感の中で、核抑止論などに対置するものとして、具体的な被害のありようを伝えていくことが大切だという確認があり、その中で強調された言葉だったはずです。

けれども核保有国の元首が短時間滞在し、そういう「ポーズ」をすることが「被爆の実相に触れる」という言葉に置き換えられてしまっている――それを広島市がむしろ実践していることが問題だと感じます。



――イスラエルはこれまでの平和式典に参加してきました。

今年の出席も、「広島の平和式典に参加しました」とイスラエルは最大限に利用しますよね。

イスラエルは近年、文化広報活動に力を入れてきましたし、よく知られているのは、東京レインボープライドへのブース出展など、「ピンクウォッシュ」(「LGBTQフレンドリー」といったアピールが、イスラエルによるパレスチナ占領や人権侵害を覆い隠す効果を持ってしまうこと)の問題ですよね。

最近では「ピースウォッシュ」という言葉を使う人が出てきましたが、こうしてジェノサイドの最中でも平和式典に参加することを日本側に受け入れられ、「普通に扱われている」ことを利用するはずです。

私たちは昨年(2023年)10月13日から、ジェノサイドに抗議し、停戦を求めて原爆ドーム前でスタンディングを続けてきましたが、こうした取組がかき消されてしまうようにも思います。

2024年7月7日に行われた「広島パレスチナ連帯デモ行進」後に原爆ドーム前に集う参加者ら。(安田菜津紀撮影)



――「被爆の実相に触れる」ことは大切なことですが、「広島から何かを学んでもらう」という姿勢だけでいいのだろうか、という問題提起は、共著『広島 爆心都市からあいだの都市へ「ジェンダー×植民地主義 交差点としてのヒロシマ」連続講座論考集』(インパクト出版会)でもしていました。

式典に限らず、紛争国や、様々な問題を抱える国の人が広島に来ると、同じような報道が繰り返されます。原爆ドームの前に立たせて、「どう感じますか?」と。

たとえば相手の出身地であるシリアの危機に関心を持つのではなく、「広島が復興した歴史に学びたい」「私たちも頑張らなきゃ」という言葉を期待する。

広島側がそういう形を作って満足する、納得する、という紋切り型の報道が驚くほど溢れてきたように思います。



「被害者」であることを強調し脅威を煽る

――今後、広島はどのように変わる必要があるのでしょうか?

市民自身が力をつけていくための取り組みをしていくべきだと思います。これまでは平和公園の整備など、行政が市民のボランティアの力を利用してきたと思います。

そうやって「動員」される活動ではなく、もっと自分たちの力で、何か小さいことでもいいからやっていく、自分の意思で学んでいく、そういう経験を市民が積んでいく必要があると思っています。

2023年11月、原爆ドーム前で行われた、犠牲者を追悼する「Tears for Palestine」。(安田菜津紀撮影)



――今後のイスラエルとのかかわりはどうでしょうか。

安倍政権で、イスラエルと日本は、セキュリティ技術を中心とした協力関係が進みました。その中でネタニヤフ氏がはっきりと、「日本とイスラエルは似ている」と言っています。広島が受けた原爆被害と、ホロコーストの被害への共感性、ということだけを言っているのではありません。イスラエルの場合はイラン、日本の場合は北朝鮮を名指しして、「ならず者国家の脅威にさらされている国」として、日本とイスラエルは似ている、というところまで踏み込んで発言しています。

いわゆる「被害者」であることを強調し、脅威を煽って孤立し、それで軍事力の拡大という方向性を作っていく――。そうした中でのイスラエル代表の式典参加は、やはり考えなければならないと思います。



Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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