「5月23日に花が旅立ち、 まもなく5年です。 私たち家族や周りの人たちの苦しみは続いています。 続いているどころか、増しているんです」
2022年12月、木村響子さんがフジテレビと制作会社を提訴してから、2年あまりが経った。プロレスラーだった娘の木村花さん(当時22歳)は、シェアハウスで共同生活を送るフジテレビの番組『テラスハウス』に出演し、SNSで大量の誹謗中傷にさらされた末、2020年5月23日に亡くなった。響子さんは、人権を無視した番組制作、配信、放送だったのではないかと、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起したが、フジテレビ側の不誠実な対応が続いているという。2025年1月29日、響子さんは弁護団と共に会見を開いた。
「フジテレビ、制作会社ともに、“なかったこと”にしようとしていると、この5年ずっと感じています」
3月31日 Netflixで、誤って花さんのコスチュームを乾燥機にかけてしまった男性に対し、花さんが憤るシーンが先行配信。SNS上での誹謗中傷が相次ぎ、花さんがリストカット(スタッフはリストカットを把握)。 4月28日 フジテレビの動画配信サービスFODで同シーン配信。 5月14日 YouTubeで未公開動画が公開され、さらなる誹謗中傷が起こる。 5月19日 フジテレビが地上波でも同シーンを放送。 5月23日 花さんが自死。 (*日付はいずれも2020年)
強い従属関係に置く「同意書兼誓約書」
「あの人たち(制作側)は出演者を人間だと思っていない」
「ビンタしろとスタッフからあおられた」
未公開動画がYouTube上で公開された翌日の5月15日、それまで番組について尋ねてもほとんど語ることがなかった花さんが、響子さんにそう漏らしていたという。
フジテレビ側は2020年7月31日に「社内調査」の検証報告を公表した。そこでは、制作サイドから出演者への「指示、強要」を否定しているが、内輪調査でどこまで不都合があぶり出せるのかは疑問が残る(その後の放送倫理・番組向上機構/BPOの調査では、「実際には一定の演出が不可避である」とされた)。それに加え、現場で作用するのは、果たして言葉での明確な指示だけだろうか。
花さんがテラスハウス出演にあたって結んでいた「同意書兼誓約書」は、出演者のプライバシーを侵害し、《演出・編集を含む撮影方針など全ての指示・決定に従うこと》《制作に関連する一切を口外しないこと》を求める内容だった。《違反した場合は賠償金を支払わなければならない》ことも記載されており、出演者を強い従属関係に置くものとなっていた。
響子さんが申し立てを行ったBPOの放送人権委員会は、2021年3月、この「同意書兼誓約書」について、「自由な意思決定の余地が事実上奪われているとはいえない」とした。それらを含めたBPOの決定は、響子さんにとって、到底受け入れがたい見解だった。
フジテレビ側も裁判の過程でなお、「同意書兼誓約書」についても何ら問題ないとの立場だ。
拒絶された証拠提示命令
提訴に先立ち、弁護団は2021年8月、改ざんや隠蔽などを防ぐために行う「証拠保全」の手続きを裁判所に申し立て、広範な保全が認められたものの、フジテレビ、制作会社ともに一切の証拠を示さなかった。その後12月には、フジテレビ、制作会社に対し、証拠物提示命令が出されている。フジテレビに対しては、事前予告動画や放映済みの番組録画記録、視聴者からの反響など、制作会社に対しては、未編集動画や編集台本などの提示が命じられたが、両社ともこれも拒否した。
2022年3月にようやくごく一部の証拠のみ(ADと花さんとのLINEのやりとり等)を開示したものの、証拠提示命令が出されてから3年以上が経過した今にいたるまで、「提出義務がない」「(求められている台本などの証拠が)存在しない」「報道の自由が侵害される」等の主張が繰り返され、核心部分に係る証拠は何ひとつ開示されていない。こうしてフジテレビ側は一貫して、真相究明に非協力的である上に、責任を完全に否定している。
後退したフジテレビの態度
伊藤弁護士によると、フジテレビ側はソーシャルメディアの誹謗中傷について、《社会問題でありフジテレビには責任がない》《(ネット上の中傷について)見なければよかった》という主張を展開し、番組による誹謗中傷が原因で花さんが亡くなったこと自体を否定している。
「見なければよかった」は被害者に頻繁に向けられてしまう言葉だが、響子さんは改めて強調する。
「デマの被害は、私にも経験があります。本当に怖くて、“怖いから”見てしまうんですよね。自分に対してのデマが広がるかもしれない、家族が殺害予告されるかもしれない、というときに、皆さんだったら見ないでいられますか?」
フジテレビ側は2020年の社内検証の中で、「SNS対策や出演者の心のケアに取り組む」とし、BPOの決定を受け、「SNS時代に適した番組づくりなどにおいて、不十分なところがあった」との見解も示していたが、今ではそこからさえ後退していることになる。
「そもそも真摯に、二度とこうしたことが起こらないように行動してもらえていたら、BPOに訴える必要も、裁判を起こす必要もなかったんです」と、響子さんは振り返る。
テラスハウスと花さんについて、第三者委員会を設置せず内部調査で済ませた理由として、フジテレビは、「積極的な証言を促すためにはむしろ、番組制作の事情に通じた社内の責任者らを中心とした内部調査が望ましい」と説明していた。
しかし人権侵害を指摘する週刊誌報道を受け、フジテレビが1月27日に行った会見では、「第三者委員会を設置する」とし、その理由を「社内調査のような当事者によるヒアリングのみでは身内による甘い評価に陥る可能性があり、客観事実を把握することには限界があると判断。この形が最も信頼性と透明性を確保できる」と説明している。それがなぜ、花さんの調査ではできず、「二重基準」となっているのだろうか。
助長し煽ったメディアの責任
「今フジテレビで起きている問題は、起こるべくして起きていると私は感じています。株主やスポンサーから行動を起こされたら第三者委員会を立ち上げる、記者会見をするというのは、大企業として、責任ある放送局として恥ずかしい姿ではないのかなと思います」
「花と一緒に戦おうという気持ちでつけている」と、遺品のペンダントや花さんの顔写真の入ったTシャツを示し、響子さんはこう続けた。
「二度と起こらないための活動を続けるには、一番強い自分で臨まなければできない。そのために(プロレスラー)現役時代のアフロヘアの髪型をしています。でも、その容姿に対しても誹謗中傷されます。容姿を平気でいじるような番組を流してきた、放送局の責任も私は重大だと思っています」
これは決して誹謗中傷「だけ」の問題ではない。ときにそれを助長し、むしろ煽ることさえしてきたメディアが、自らを顧みた上で「変わる」ことができるかが問われている。
Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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