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「大韓民国から消えろ」―デマとマイノリティ差別に求められる法整備とは(韓国取材報告:後編)

※本記事では被害の深刻さをお伝えするために、差別文言を記載している箇所がありますのでご注意ください。

「国家が危機にあるとき、記者であろうが裁判官であろうが検察であろうが、殺してしまえ!」

ソウル・光化門に設置された巨大スピーカーからそんな「絶叫」が轟くと、通りを埋め尽くす観客席がいっせいに沸き、太極旗とともに、「米韓同盟」を象徴する星条旗がそこかしこで舞う。トランプ支持者を思わせるような真っ赤な帽子には、「Make Korea Great Again」の文字が躍る。

光化門広場で開かれた極右デモ。(安田菜津紀撮影)

この通りはデモが行われる集いの場として知られるが、4月26日に開催されたのは、牧師であるチョン・グァンフン(全光焄)氏らが率いる極右、宗教右派を中心とした集会だった。登壇者たちは代わるがわるに、尹錫悦前大統領への支持や、「敵対」する勢力の排除、ひいては冒頭のように「危害」まで呼びかけ、その度に周囲から歓声があがった。

イスラエル旗を掲げる人の姿もあり、ひとりの男性は「イスラエルと韓国は同盟、同じように苦難に満ちた数千年の歴史を経ている」と持論を述べた。

広場前でイスラエル旗も掲げる人々。(安田菜津紀撮影)

繰り広げられる過激な言動とは裏腹に、会場では「祭り」のような空気を楽しむ人々の姿があった。「愛国者ならば無料」と看板を掲げたコーヒー屋台に列ができ、チョン・グァンフン氏が勧めるコスメのブースまで並ぶ。座席は地域ごとに番号が振られ、参加者たちは集会が終わるとガイドに先導され、それぞれが乗り合わせてきたバスへと戻っていく。

ざっと席数を調べた限り、この日の参加者は1万人前後だったとみられる。尹氏の弾劾訴追案が可決された前後には、約10万人の集会が開かれていたことを考えれば、規模は縮小しており、特に罷免決定が憲法裁判所で言い渡された後には、一時期ほどの盛り上がりはないようだ。

ただ、今なおこの集会に参加する人々の主張は「強固」だ。年代や性別、様々な人に話を聞いて回ったが、みなが共通して訴えていたのは、「票が(中国の介入などで)盗まれている」「選挙が不正に操作されている」というものだ。会場の至る所に掲げられた「STOP THE STEAL」のスローガンは、トランプ氏が大統領選でバイデン氏に敗れた2020年に盛んに用いられた言葉に重なる。さらにみなが口を揃えるのは、「既存メディアは信じられない」という言葉だ。それぞれに「信用できるチャンネル」として挙げるのは、極右のユーチューバーたちが運営するものばかりだ。

参加者は中高年が中心であったが、話を聞かせてくれた若年の女性ふたりも、同様の主張だった。彼女たちからは、フェミニズムと精神疾患を結びつけるような発言もあり、「人間の性別は男と女だけ」と語った。

「Yoon Again(尹よ再び)」のスローガンを掲げ署名を促すブース。(安田菜津紀撮影)

深刻なのは女性差別や性的マイノリティに対するヘイトスピーチに限らない。

ハンギョレ新聞の報道などによると、このデモの直前、中国系の人々も多い広津区紫陽洞では、太極旗を掲げた若者の一団が「××(中国の蔑称)、北傀(北朝鮮傀儡)、アカども、大韓民国から早く消えろ」と歌いながら「行進」していったという。かつて東京・新大久保で、在日コリアンを標的に「お散歩」と称して繰り返されたヘイトデモを思わせる。

しかし韓国には、日本と同様、包括的に差別を禁止する法律が存在しない。

かつての正義党から出馬し、2020年~24年にかけて国会議員を務めた張惠英(チャン・ヘヨン)さんは、差別禁止法の制定を目指してきた中心人物のひとりだ。議員になる前は、発達障害を持つ妹を施設から連れ出し、共に生活する様子をドキュメンタリー映画にするなど、表現者としても活動を続けた。どのような法整備が求められ、なぜそれが進まないのか、張さんに伺った(インタビュー実施は4月26日)。




ソウル市内でインタビューに応じる張さん。(安田菜津紀撮影)



―なぜ差別を包括的に禁止する法律が必要とされているのでしょうか。

障害者、女性、移民などの「弱者」に対する差別は以前から存在していて、2006年に初めて、韓国の国内人権機関である国家人権委員会(2001年設立)が、法の必要性を勧告しています。

雇用領域での性差別、年齢による差別、または、障害者差別の禁止法など、個別的な要素についての差別禁止法は存在しますが、実社会、日常の中で十分に活かされているとは言い難い状況です。



―韓国政府は人種差別撤廃委員会の国別審査などで、包括的差別禁止法ではなく、国内法を組み合わせればいいという立場をとってきました。

東京・新大久保で行われていたようなヘイトデモが、今まさに韓国で行われているにもかかわらず、政府は現存の法を活かしたり、具体的な政策をとっていません。こうした差別が何ら制裁を受けておらず、現在の国内法で対応が可能だというのは誤りです。



―性的マイノリティの人たちの存在を「反共」に結びつけて排除しようとする動きもあります。

法整備が進まない最も核心的な理由は、包括的差別禁止法が、性的少数者に対する差別を禁止していることだと考えています。

保守的な教会がこの法に強く反対したり、政治的に利用したりしています。差別禁止法は性的マイノリティの人たちに対してだけではなく、韓国のすべての人に対する差別を禁止する法でもあるのですが、「性的マイノリティのための差別禁止法なので反対」といったロジックが用いられてしまっています。すでに国家人権委員会法が、性的マイノリティ差別を禁止している(※1)にもかかわらずです。

(※1)同法の中の「平等権を侵害する差別行為」には、「性的指向」などに対するものも含まれている


―与野党ともに、なぜ法整備に消極的なのでしょうか。

国家人権委員会が差別禁止法を作るよう勧告したものが、包括的差別禁止法の原型ですが、それが公開された後、いくつかの差別禁止に反対の声があがりました。中心的なもののひとつは、学力差別についてです。今は当時ほど注目されていませんでしたが、「大学を出ていない人には賃金を低くして当然」だとされ、それを是正する差別禁止に、企業側などから反対の声が強くあがりました。もう一つが、性的少数者差別に反対するものです。

結局政府はこうした声に屈服し、それら(家族形態または家族状況、性的指向、学歴・病歴など)を禁止の対象から抜き、法案が骨抜きにされました。除外されてしまった条項を再び入れた差別禁止法を、進歩政党は何度も発議しましたが、今まで一度も国会で議論されていません

第19代国会(2012~16年)で、「共に民主党」の力のある議員が共同発議をしましたが、教会などの強い反対で撤回をしてしまいました。それは反対する側に「成功体験」を与えてしまいました。

ソウル市内の国会議事堂。(安田菜津紀撮影)



―日本でも選挙運動を利用したヘイトが横行してきましたが、大統領選ではどのようなことを懸念していますか。

選挙に際して、社会的弱者への差別を助長して、政治的利益を得ようとする状況が激化しています。女性、特にフェミニスト、障害者、その中でも権利のために闘う障害者に対するものが深刻です。その分断を利用する政治も問題です。一部の政治家が、そうした人たちを「市民に向けて喧嘩をふっかける存在」と位置づけるような発言を、テレビやラジオで公然と行っています。

例えば移動の権利を求め、地下鉄に乗ろうと試みていた障害者団体に対し、「地下鉄を使う一般市民を人質にとっている」「非文明的」と発言した政治家がいました。その発言に影響を受けた、地下鉄を利用する一部市民による差別発言や物理的な暴力も、非常に深刻です。



―人権機関は役割を果たせているのでしょうか。

政府、公権力の差別に対し、是正するよう勧告はできますが、そこには強制力がなく、結局は無視されてしまうのが現状です。また、誰が委員長になるかによっても変わってしまいます。

現在のアン・チャンホ(安昌浩)委員長は尹政権で任命されています。市民に対して銃をつきつけた戒厳を、彼が公然と擁護(※2)したことで、人権機関としての信頼が地に落ちてしまいました。

韓国は大統領制の国家なので、様々な機関の「長」の最終的な決定権は大統領に与えられている(※3)ことが多くあります。

それでも今までであれば、野党や市民に配慮する人選をしていましたが、前政権は、全くそれを気にかけませんでした。

(※2)アン委員長は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に、尹錫悦氏の弁護団とまったく同じ論理で憲法裁判所を非難する書簡を送ったことが分かっている。

(※3)国家人権委員会法では、11人の人権委員は国会が選出する4名(常任委員2名を含む)、大統領が指名する4名、大法院長が指名する3名を大統領が任命し、委員長は委員の中から大統領が任命するとしている。


―自治体ごとでの条例制定の動きなどはありますか。

あることにはあります。学生人権条例(※4)や、差別禁止法に準ずるような条例を作る試みは何度もありましたが、成功した事例はあまり多くなく、バックラッシュを受けて、せっかく作られた条例が廃止されてしまったケースもあります。

学生人権条例は、ごく基本的な人権に関するものです。各自治体の教育庁が、生徒たちに施行をしなければならないものですが、問題は禁止対象となっている差別の中に、性的指向なども含まれていたことです。「条例に基づいて、生徒たちに同性愛について教えている」と、不当な批判が向けられたのです。

(※4)児童・生徒の人権を守ることを目的に、体罰禁止などを盛り込み、2010年に初めて導入された。


―性自認に対する差別も深刻なのでしょうか。

韓国では20代、30代の女性たちが差別禁止や気候変動に進歩的な声を上げているといわれますが、女性たちの中でも差別やヘイトが起きています。例えば「存在するのはセックスの違いでジェンダーではない」という声があったり、トランスジェンダーに対する差別があるのも現状です。

過去に女子大にトランスジェンダー女性が合格して入学するというニュースがありましたが、反対の声があがり、結局その学生は入学を諦めなければなりませんでした(※5)

(※5)トランスジェンダー女性の受験生が、2020年度新入学の淑明女子大法学部試験に合格したことがあったが、反対の声があがり、辞退した。


―包括的差別禁止法で重要なことは何でしょうか。

どのような差別が存在し禁止されるべきなのか、法律で具体的に定義するというのが一つ目です。二つ目は、このような差別を禁止する義務が、政府や地方自治団体にあることを明確にすることです。三つ目が、差別が起こったときの救済です。勧告措置だけに留まらず、是正命令を入れなければいけないでしょう。是正に従わなければ、履行強制金(過料)を課すことも必要となってきます。

これは過料であって刑事罰ではありませんが、たとえば差別をされたと訴えた人に不利益を与えた場合は、罰則の対象となります。

施設から出て自らの意志で暮らす権利を訴える障害者や支援者の集会で発言する張さん。(安田菜津紀撮影)



―表現の自由との兼ね合いをどう考えますか。

表現の自由は無限の自由ではなく、民主主義社会を平等に維持するために必要な自由であるべきです。強者、多数派の表現の自由を守るために、弱者の自由を侵害してしまえば、民主主義は成り立ちません。

尹政権が崩れ、強者が弱者の権利を侵害する政治がなくなればいいのですが、私はこのような傾向は続くと考えています。差別を是正するためにある「アファーマティブアクション」が「逆差別だ」という主張は、韓国社会でも強くなっているように思います。

弱者とされる人たちの生活や暮らしがどのようなものなのか、どのような経緯でそのような立場になったのかではなく、弱者という「地位」のようにとらえられてしまう場合があります。

それはメディアの伝え方の問題も非常に大きいでしょう。ドラマなどでも、最近描かれるのは財閥の人々やリーダー的立場の人で、弱者が出てこない。暮らしが見えなくなることで、注目や関心が寄せられなくなり、「弱者」がまるで「政治的な主張」のようにとらえられてしまうのです。

だからこそ、中身が伴わなくても「自分こそが弱者だ」という主張が出てきてしまう。人々がお互いにどのような暮らしをしているのか、十分に話し合えることが重要だと思っています。



―こうした人権問題に声をあげる女性議員にもバッシングがあるのではないでしょうか。

そもそも女性議員が少ない中で、私も議員時代、「女性を代表する」ようなプレッシャーが常にありました。男性議員が「女性に関することは女性議員に任せるべきだ」と考える傾向もあります。けれども女性に対する暴力の問題が起こったときに声をあげると、「女性だけを助けるのか」という批判も受けます。

私は様々な人権問題に取り組んでいるので、全ての問題について声を上げることはできません。しかし、少しでもメッセージを出すのが遅れてしまうと、今度は「なぜこの問題について沈黙するのか」という批判を受けることになります。男性議員にこのような批判は向けられません。


―2021年1月、所属政党の当時の代表からセクシュアルハラスメントを受けたことを告発し、加害者は除名となりました。

韓国で権力のある人が起こした性暴力を巡って、唯一加害者が自身の加害を認めたのが私のケースです。認めさせたんです。自分が議員だからできた面もあったと思いますが、こうした前例を作らなければならないと思っています。




(韓国取材報告:前編)はこちら



Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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