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102年前も現代も、差別は人を殺す―関東大震災から続く虐殺の土壌

横網町公園の朝鮮人追悼碑に捧げられた花。(安田菜津紀撮影/2024年9月1日)

2025年9月1日、関東大震災から102年を迎える今年も、東京都墨田区横網町公園で「朝鮮人犠牲者追悼式典」が執り行われ、酷暑の中多くの人々が祈りに訪れた。虐殺は果たして「過去のこと」なのだろうか。ルーツや属性のみで数多の命を奪った構造は、今も世界に、そしてこの日本社会にも残り続けてはいないだろうか――。



抹殺しても構わない

ガザでの虐殺が始まってから1ヵ月近くが経とうとしていた時、イスラエルの閣僚のひとりが、ガザに核爆弾を落とすことも「選択肢のひとつ」と言い放った。イスラエルは核拡散防止条約(NPT)に非加盟だが、事実上の核保有国として知られ、閣僚の発言はその保有を公然と認めるようなものだった。

こうした言葉が飛び出すのは、「核兵器で抹殺しても構わない」と、ガザの人々を人間扱いしていないからにほかならない。国防大臣がパレスチナ人を「人間動物」と形容したのも、極右勢力が「アラブに死を」と叫びながら大手を振ってエルサレム旧市街を闊歩できるのも、根底にあるのは「パレスチナ人は人間ではない」という差別意識だ。

イスラエルの国家安全保障研究所は8月、ユダヤ系市民の7割以上がガザにおける人道状況について「苦痛でない」と回答したとする世論調査結果を公表した。

ヨルダン川西岸では、イスラエル当局による土地の収奪、入植者――つまりは不法占領者――や兵士らによる住民たちの襲撃が相次いでいる。

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区、ヘブロン県ダハリーヤで、入植者に破壊された遊牧民たちの住居。(安田菜津紀撮影)



切り捨てられる命

西岸の隅々に張り巡らされた検問は、生活の土台を崩壊させる。その日、学校に行けるのか、仕事へと向かえるのか――。恣意的に通行の可否が決められる日々に、人々は疲弊してきた。ある友人の家族は、兵士の「気分」で呼び止められ、理由なくそこで射殺された。

こうして経済が立ち行かない状況に追いやられた西岸では、イスラエル製品が流入し、また20万ともいわれる労働者たちがイスラエル側へと「出稼ぎ」に行くことを余儀なくされてきた。そのイスラエルもまた、パレスチナ人を「安価な労働力」として利用してきた。しかしガザでの虐殺が始まると、「出稼ぎ労働者」たちは、途端にイスラエル側から締め出されることになる。依存の構造を作り上げておきながら、いざとなれば簡単に切り捨てるのだ。

「パレスチナ人は必要ない」と言いながら、実際には誰が働くのか。ニール・バルカット経済産業大臣は、パレスチナ人の代わりに16万人のインド人労働者を連れてくるのだとしていたが、2024年末までに新たにインドから入国した労働者は約1万6千人と報じられている。

昨年、ハイファでインタビューした労働組合「MAAN」運営責任者、アサフ・アディブさんは言う。

「こうした労働者がイスラエルで暮らすということに、拒否感を示す人々がいます。テルアビブでは過去20年間、エリトリアやスーダンから逃れてきた数万人の難民との間で、多くの問題を抱えてきました。“肌の黒い人”を受け入れることができない人々がいるからです」

東エルサレムと他の西岸地区を隔てる分離壁。(安田菜津紀撮影)



構造的な「虐殺の土壌」

放置された差別は、矛先を変え、膨れ上がりながら連鎖する。

特定の集団を「いくらでも殺していい」かのような虐殺と民族浄化は、ある日突然起きるのではない。誰の命が「ファースト」で、誰が「セカンド」、あるいはその「欄外」なのか……社会に埋め込まれた「命の序列」を土台として、巨大な暴力は起きる。

日本社会はどうか。

かつての大日本帝国の振る舞いは、パレスチナ人を徹底的に差別し、土地と生活をむしりとっていくイスラエル軍の暴挙とあまりに似かよっている。喜び勇んで併合既成事実化の「駒」となる入植者たちや、彼らに武器さえ供給するイスラエル政府の仕打ちは、満州に在郷軍人ら武装「移民」を送り、抵抗する現地民を「匪賊」扱いした日帝の姿そのものではないか。

植民地支配下の朝鮮でも、圧政に抵抗する人々は力で鎮圧された。支配側の暴力性に触れることなく、当時の新聞の見出しには、「暴徒」「不逞鮮人」といった言葉が躍り、朝鮮の人々に対する敵意と恐怖をあおった。こうして虐殺の「下地」は固められていった。

「朝鮮人が井戸に毒を入れている」「暴動を起こしている」――。関東大震災発災直後から、恐怖を駆り立てる無根拠な「噂」が広がり、各地で「自警団」が結成された。警察をはじめ公権力までもがデマを扇動し、幾多もの虐殺が起きた。内閣府中央防災会議のまとめた報告書では、殺害された朝鮮人、中国人、あるいはそう見なされた日本人の犠牲者の人数を、推計で千~数千人としている。

追悼碑に花を手向ける人。(安田菜津紀撮影/2024年9月1日)

時折この虐殺は、非常時に人々が陥る「群集心理の弊害」と評されることがあるが、偶発的に起きた出来事として片づけられるものだろうか。中央防災会議の報告書も、事件の背景に「無理解と民族的な差別意識もあったと考えられる」と指摘し、「過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく」と記している。

「善良な人間」が混乱の中で「衝動的に」動いてしまったというよりも、植民地支配という権力勾配のもと、朝鮮半島出身者を蔑む「土壌」がすでに、日本社会に出来上がっていたのではないだろうか。そしてその「土壌」は、現代にも引き継がれてしまっている。



問われる「虐殺を止める力」

毎年9月、墨田区の横網町公園にある朝鮮人犠牲者追悼碑の前で、日朝協会東京都連合会などでつくる実行委員会が追悼式典を行ってきた。

その目と鼻の先では、“日本を愛する女性の会”を自称する、「そよ風」と名乗るグループが集会を開いてきた。2019年の彼女たちの集会では、出席者から「犯人は不逞朝鮮人」などといった発言があり、東京都が2020年8月、人権条例に基づきヘイトスピーチと認定している。それでも彼女たちの集会は、何事もなかったかのように許可されていた。2023年に参加者が発した「朝鮮帰れ」「お前らはゴミ」といった発言も、翌年ヘイトスピーチとして認定された。

「そよ風」の集会(安田菜津紀撮影/2020年9月1日)

一度私を含めた記者たちで、「そよ風」側の集会から帰ろうとする男性に話を聞いたことがあった。「不逞朝鮮人」発言をした張本人だ。足早に歩きながら「当時、朝鮮人たちが放火して回っていたようなことが新聞でも報道されているでしょう」と言い放つ。神奈川新聞の石橋学記者がすかさず「それは誤報だったと分かっている」と指摘しても、「そんな昔のことを聞かれても」とはぐらかす。堂々巡りは結局、駅にたどり着くまで続き、どこにも着地しなかった。

2025年9月1日、「そよ風」は公園に現れなかった。彼女たちのブログには、「開催できなくなりました」という短い説明があるのみだった。

それでも朝鮮人追悼碑の前はぐるりと「壁」で囲い込まれていた。ここ数年、「そよ風」参加者らが、朝鮮人追悼碑そばの永田秀次郎句碑を「見学」したいとして、傍らまでやってきていた。

横網町公園の朝鮮人追悼碑。(佐藤慧撮影/2025年9月1日)

小池百合子都知事は今年も、式典に追悼文を送らなかった。これまで「そよ風」が堂々と集会を開いてきたのは、公人たちの「お墨付き」と無関係ではないだろう。

日本社会は、侵略や植民地支配の歴史を正面から省みてこなかった。毎年8月15日に設定されている「全戦没者追悼式」で、石破茂首相が「反省」という言葉を「復活」させただけでニュースになるのが実情だ。しかしそれは、何に対する、誰に対しての反省なのか。主語も対象もぼやかされたままだった。

隣国や外国ルーツの人々を見下すヘイトスピーチが飛び交い、「日本人ファースト」というスローガンが喝采を浴びている現代社会は、ある種、必然的に作り上げられてしまったものだ。

パレスチナを取材中、「日本は中立ではない」「加担している」という言葉を幾度も受けた。今防衛省は、イスラエル製の軍事用ドローンの購入を進めようとしている。9月4日に開催予定の、経産省、内閣官房国家サイバー統括室が後援する「サイバーテック東京2025」では、登壇者のうち多くがイスラエル政府や軍の関係者、あるいは軍需企業の幹部らだ。「パレスチナ人は人間扱いしなくていい」というメッセージを、日本はむしろ積極的に発信してしまっている。

改めて今、問われているのではないか。過去の加害に背を向け、誰かの命を「二の次」扱いするような社会が、現代における虐殺を止める力があるだろうか、と。

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区、ラマッラーの中心地に描かれた壁画。(安田菜津紀撮影)

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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