2026年4月現在――名ばかりの「停戦」の裏で、市民やジャーナリストがイスラエル軍により命を奪われています。ガザ地区出身のD4P現地取材パートナー、モハンメド・H・サレムさんによる寄稿記事です。写真に写る日常は、軍事侵攻により破壊されました。
モハンメド・H・サレム(Mohammed H Salem)
パレスチナ・ガザ地区出身の写真家。様々な写真エージェンシーと協働するほか、プラットフォーム「Untold Palestine」の共同創設者の一人でもある。その作品は、国内外の多くの雑誌やメディアで発表されている。また、フリーランスとして「アルジャジーラ・イングリッシュ」とも提携している。
私はただ写真を撮るためにガザの海へ行くのではありません。理解するために行くのです。
子どもの頃から、海は単なる「場所」としてではなく、もっと大きなものとして私たちの生活の中に存在してきました。それは単に夕方に訪れる広大な青い空間ではなく、ひとつの「感情」なのです。
そこは「壁」の存在しない唯一の息抜きの場所であり、たとえ一瞬であっても、世界は自分を取り巻くすべてよりも広大なのだと、立ち止まって感じられる場所なのです。
しかし時が経つにつれ、私はこの広大さが、一種の幻影であると理解し始めました。海は目の前に存在します。確かにそこに在るのです――。しかしそこへ到達することは、決して叶わないことだったのです。
矛盾する美しさと不条理

(モハンメドさん撮影/2021年)
私の写真の一枚に、海辺にひっそりと佇むモスクがあります。その光景は自然で、果てしなく広がる空と水が描かれており、美しくさえ見えます。しかし、この瞬間を捉えたとき、私は美しさだけを考えていたのではありません。
そこにある矛盾についても考えていたのです。どれほど多くの人がここに立ち、同じ水平線を眺め、私と同じように感じたことでしょう。そして、そのうちの何人が、この水平線がこれほど近いにもかかわらず、実は遠い存在であることを知っていたのでしょうか。
岸辺の葛藤

(モハンメドさん撮影/2021年)
早朝、かすかな光の中、街がまだ完全には目覚めていない頃、漁師たちが一晩の漁を終えてガザの港に戻ってきます。写真に写る舟は、男たちの疲労だけでなく、彼らの収穫物も運んでいます。制限された水域(※)で獲られた魚を入れた箱には、希望も詰まっているのです。
人々が港に集まり、ある者は待ち、ある者は見守り、またある者は海が与えてくれたものを買おうと交渉します。ここでの売買は単なる商売以上のものです。それは毎日繰り返される儀式の一部であり、海からの帰還が、活気ある生活の場へと変わる瞬間であり、潮の香りと人々の呼ぶ声、そして今日の糧を運ぶ手振りとが、交差する場となるのです。
この瞬間、海は他のどんな時よりも近くに見えます。遠く離れた水平線ではなく、まるで日常を共にするパートナーのように。海は与えられる限りのものを与え、そして誰もを、不安と希望の間に繋ぎ止めているのです。
(※)制限された水域
1994年のオスロ合意では20海里(約37キロ)の漁業水域が定められていたが、実際には2023年10月の軍事侵攻以前から、イスラエルによって沖合わずか6海里(約11キロ)に制限されていた。しかし現実には、許可された水域内であるその半分の距離(3海里)へ舟を出しただけで、イスラエル海軍から銃撃や放水を受けたり、舟や網を没収されたりする危険と常に隣り合わせだった。
広大さの前で佇む小さな存在

(モハンメドさん撮影/2019年)
私は海の中にいる3人の人物の写真を撮りました。巨大な水の広がりの真ん中で、彼らは小さな点のように見えます。
私がこの写真を気に入っているのは、それが複雑な感情を凝縮しているからです。
それは、広大さを前にした時の「小ささ」です。私たちはこれほど海の近くに暮らしながら、時々、世界のどこよりも海から遠く離れていると感じるのです。
日常の瞬間
夕方の浜辺がどのような様子だったか、よく覚えています。家族、子どもたち、笑い声、そして美味しい食事の香り。生活は楽ではありませんでしたが、そこには平穏な日常の瞬間がありました。私たちは政治や国境を考えるためではなく、ただ生きるために海へ行ったのです。

(モハンメドさん撮影/2020年)
この写真では、夕日がゆっくりと海に沈む中、水平線に一艘の小さな舟が現れます。これは、私が最も安らぎを感じた瞬間のひとつでした。しかし、この安らぎさえも一時的なものでしかありません。ガザの夕日は美しく、そしておそらく悲しいものでもあります。なぜなら翌日もまた、同じ苦難が続くことを知っているからです。

(モハンメドさん撮影/2021年)
別の写真では、男性と女性が小さなテーブルを前に浜辺に座っています。非常にシンプルな光景ですが、私にとっては深い意味を持っています。
ガザでは、人々はただ行楽のために海へ行くのではありません。彼らは束の間の平和を求めて、周囲で起きているすべてのことを、少しの間だけでも忘れられる場所を求めて、海へ行くのです。
水平線に響く声

(モハンメドさん撮影/2020年)
海の前に座っている人々。その頭上の空は雲で覆われています。まるで水平線に語りかけているか、あるいは、その声に耳を傾けているかのようです。
私は、ガザの海は決して沈黙の場所ではないと、いつも感じていました。たとえ何も聞こえない時でも、そこは音で満ちているのです。

(モハンメドさん撮影/2021年)
記憶に焼き付いている光景のひとつは、浜辺で馬を見たことです。この写真では、男性が水の中で馬に乗っています。力強さと静寂が混ざり合うその光景は、どこか神話的でもあります。これは日常の一部でしたが、今日ではまるで別の時代の出来事のように感じられます。
ガザにおいて、浜辺は単に釣りをしたり座ったりするためだけの場所ではありません。それはあらゆる形態の「生」のための空間なのです。
苦い現実

(モハンメドさん撮影/2023年)
しかし、別の写真では、浜辺はまったく違って見えます。散乱した物、目に見える疲弊、そして重苦しい沈黙。これは人々が見たがるイメージではありませんが、真実の一部なのです。ガザでは、美しさと悲しみが隣り合わせに生きています。

(モハンメドさん撮影/2023年)
最後の写真では、澄み渡った空の下、広大な海を前にひとりの人物が写っています。
光景はシンプルですが、私にとっては、これがすべてを捉えています。人間がここに座り、海がそこにある。その間には、単なる地理的なものだけではない、感情的な距離が横たわっているのです。
集合的記憶
今日、これらの写真を見返すと、私は単に海を記録していたのではないという感覚を覚えます。私は、私たちと海との「関係」を記録していたのです。
ガザの海は単なる場所ではありません。
それは集合的な記憶であり、希望と野心の空間であり、同時に私たちの限界を思い知らされる場所でもあるのです。
海は、私たちが毎日目にしながら、決して完全には所有することのできないものです。
だからこそ、人々は海へ行き続けるのかもしれません。それを変えられるからではなく、それが、海の向こうに世界があるということを思い出させてくれる、唯一のものだからです。
写真家として、私は答えを提示しようとしたことは一度もありません。私がしようとしたのは、ただ誠実な問いを投げかけることだけでした。
「海のそばに暮らしながら、それを自由に享受できないとはどういうことなのか?」
この記事は、単に海についてのものではありません。日々その前に立ち、人生と記憶と失望を抱えながら、水平線を見つめる人々についてのものです。
その水平線は、とても近くに見えるのに、私たちにとっては、あまりにも遠いままなのです。
(文 モハンメド・H・サレム/翻訳・編集 佐藤慧)
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