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自衛隊と政治のあり方を考える―布施祐仁さんインタビュー

人の手のひらに載せられた多数の銃弾
イラクの武器市にて(佐藤慧撮影)

防衛大臣が海上幕僚長を「軍人」としてSNSに投稿し、自衛隊の階級呼称を旧日本軍式に戻す方針が決定するなど、自衛隊のこれまでのあり方を揺るがす動きが続いています。

武器輸出解禁に踏み切り、平和国家としての方針が大きく変えられる中で起こった、自衛官による中国大使館侵入や自民党大会での国歌斉唱。そこから見える自衛隊の変化とは―。
フリージャーナリストの布施祐仁さんと、市民一人ひとりにできることを考えます。

布施祐仁さん(本人提供)

武器輸出解禁の問題とは

――4月21日、日本政府は防衛装備移転三原則と運用指針を改定し、殺傷能力のある武器の輸出を解禁しました。どんな点が問題なのでしょうか。

日本が輸出した武器によって他国の人間の命が奪われる、そこが一番大きな問題だと思います。「紛争中の国には輸出をしない」というこれまであった制限も、特段の事情がある場合には輸出可能とする形となりました。

紛争中の国に武器を輸出するということは、その敵国から日本に対して武力行使を含む何らかの行動を起こされるリスクも生まれます。

輸出先については、国連憲章を守るなどの協定を結んだ国に限定するとされてはいますが、実際に守るかどうかはその国次第です。アメリカとも協定を結んでいますが、今回のイランに対する武力行使は国連憲章違反の先制攻撃です。こうした国際法違反の侵略戦争に日本の兵器が使われるリスクも今後生じることになります。

――輸出の可否は案件ごとに政府の国家安全保障会議(NSC)で決定する、つまり国会の事前承認を必要とせず、事後的に国会議員に通知することになっています。

政府は、アメリカ以外のG7諸国では政府が決定し、議会には事後通告としていると説明しています。しかし日本にとって武器輸出三原則 * は、「平和国家」という国の在り様を示す象徴的な政策でした。

* 「武器輸出三原則」 1967年に佐藤栄作首相が表明した、①共産主義国家、②国連決議で輸出が禁止された国、③国際紛争の当事国またはそのおそれがある国への武器輸出を禁じた政府方針。1976年には事実上全面的に武器輸出を禁止した。その後アメリカとのミサイル防衛システムの共同開発を例外とするなど緩和され、2014年に「防衛装備移転三原則」へと移行した。

それを大きく転換する今回の武器輸出解禁を、国会でしっかり議論せず、閣議決定だけで決めてしまったのは大きな問題だと思います。

――1976年に当時外務大臣だった宮沢喜一元首相が国会で武器輸出について問われ、「兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」と答弁したことがありました。これについて国会で問われた高市首相は、「もう時代が変わった」と応じました1

戦争を知る世代の政治家である宮沢氏の答弁の背景には、「兵器は現実の戦場で人の命を奪う」という戦争のリアリズムがあったと思います。高市首相の「時代は変わった」というのが何を意味しているかはわかりません。

兵器というのは、場合によっては人の命を守る局面もあります。たとえばウクライナにおいて、ロシアからのミサイルを迎撃している迎撃ミサイルのように、人々の命を守る場合もあるわけです。

そういう意味では、単純に兵器の輸出が悪だとは言えない面もある。でも、兵器を防御用/攻撃用と簡単に線引きできないのも事実です。使い方によって、そのどちらにもなりうるものが多いのです。

そうであるならば「我が国は兵器の輸出は行わない。それ以外の形で平和に貢献するんだ」とする国があってもいいと思うのです。武器を輸出してこなかったからこそ、そして平和国家であるからこそ、日本は国際社会で信頼を得てきました。

たとえば中東でも、英米仏などの国はイスラエルにもアラブの国にも武器を輸出する政策をとり、それで儲けてきました。日本はそういうことをしてこなかったがゆえの信頼という財産があります。

そうした信頼を活かして、軍事力以外の方法で世界の平和に貢献していくのが日本の本来あるべき姿ではないかと考えます。

整然と並べられた多数の銃弾
イラクの武器市にて(佐藤慧撮影)

旧日本軍式に戻される自衛隊の階級呼称

――4月には、小泉防衛大臣が海上幕僚長とオーストラリアの海軍幹部の写真をSNSに投稿し「軍人同士の友情」と表現しました。

これは一昔前なら即刻辞任になるようなことです。憲法9条第2項には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明記されており、自衛隊はあくまでも軍隊ではなく、自衛のための必要最小限の実力組織だというのが政府の見解です。

自衛隊員を「軍人」と表現するのはあってはならないですし、当然撤回、削除すべきですが、それもしていません。憲法99条の国務大臣の憲法尊重義務にも反していると思いますし、本当に曖昧にしてはいけない問題です。

――また、自衛隊幹部の階級の呼称について、陸海空の幕僚長は「大将」、それ以外の将は「中将」、一佐を「大佐」とするなど、軍隊に準じたものにするという方針を政府が固めたと報じられました。

昨年の高市政権発足時に、自民党と日本維新の会が結んだ連立政権合意書に盛り込まれていたものです。国際標準化、つまり諸外国の軍隊に合わせるという説明をしていますが、これは完全に誤りです。

諸外国の軍隊の階級名は、同じ言語圏であればたしかに共通するところもありますが、基本的にはまちまちです。また、たとえば一佐を大佐に変えたとしても、陸上部隊の場合、英語では同じ「Colonel」で何も変わりません。

自衛隊の特徴として、軍隊ではないことに加えてもう一つ大切な点が、旧大日本帝国の陸海軍とは完全に別組織であるという点です。

旧軍との流れを断ち切った上で新しい組織を作ったからこそ、旧軍時代の大将とか大佐という呼称は使わず、別の名前を使用してきた点に意味があるわけです。かつての呼称に戻すというのは、大日本帝国軍に戻すということでしかありません。

自衛隊のアイデンティティであった特徴を、うやむやにしようとする流れが進んでいると感じます。

呼称を変えることで、自衛隊員が誇りを持って仕事ができるようになり、自衛隊員のなり手も増えるという主張がありますが、それを言うなら自衛隊内部のパワハラ対策や待遇の改善など、もっとやるべきことはあるだろうと思います。

銃弾が入った箱が雑然と並べられている市場
イラクの武器市にて(佐藤慧撮影)

自衛官による中国大使館侵入

――今年3月末には、中国大使館に侵入したとして陸上自衛官の男性が逮捕されました。

刃物を持っていたということで、もし中国大使館の職員が殺害されていたり、怪我を負っていた場合には戦争にも発展しかねない、非常に危うい事件だったと思います。

まだ動機や背景については分かりませんが、この陸上自衛官は入隊したばかりで、防衛大学校ではなく一般の大学の出身でした。自衛隊内での教育ではなく、元々そういったものを持っていたと考えられるので、選考時の問題なども含めて検証しなければならないと思います。

――小泉防衛大臣と木原官房長官は本件に遺憾の意を示したものの、謝罪はしていません。こうした政府の姿勢に対してはどう感じますか?

「遺憾」というのは基本的に、「第三者的に残念だ」というニュアンスがある言葉だと思います。謝罪をしない理由の一つとして、法的責任を認めたことになり、賠償をすることになるからだと言われています。

ただ、たとえば先日韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領が、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権時代に韓国が北朝鮮に無人機を侵入させたことについて、「遺憾」という言葉を表明したのですが、理由も含めて自らの過ちを認めた形での言葉でした。

大使館の安全確保は受け入れ国の義務としてウィーン条約に規定されており、その義務を果たせなかった責任については認めるべきです。その上で、どういう言葉を言うかではないでしょうか。

昨年の高市首相の台湾有事をめぐる発言2もそうですが、中国に対しては頭を下げてはならないという姿勢が見受けられます。安保三文書の改定に向けて先日開催された第1回の有識者会議3では、日本を取り巻く安全保障環境として、中国は敵だと言わんばかりの資料が公開されました。

こうした政府の姿勢や社会の空気は、日中戦争前の「暴支膺懲(ぼうしようちょう)4」を彷彿とさせるもので、この陸上自衛官の行動を促したのではないかと懸念しています。

自民党大会で国歌斉唱した自衛官

――5月12日に開かれた自民党大会で、自衛隊員が「陸上自衛隊が誇るソプラノ歌手」と紹介されて登壇し、制服を着て国歌を歌うという場面がありました。率直にどう感じましたか。

「ここまで来たか」と思いました。私がこれまで自衛官の方に取材してきた中で感じてきたものとは全く異なる行動です。自衛隊の中では政治に関わるというのはやってはならないことで、特定の政党の党大会に自衛官として登壇するというのはありえないと思いました。

小泉防衛大臣が「自分のところまでは報告が上がってない」と発言しましたが、本当だろうかと思いました。「歌姫」と呼ばれる音楽隊の自衛官にイベント会社を通して依頼が来たとしても、その判断は自衛官個人ではできないことですし、政治案件になるので、その上司でも判断できず、普通に考えれば大臣、副大臣、政務官といった政務の判断となるものです。

――自衛隊法61条1項では、「隊員は、政党または政治的目的のために(中略)政治的行為をしてはならない」と定められています。特定の政党の大会で制服を着用して国歌を歌うということは、これに抵触しないのでしょうか。

有事に対応するというのが自衛隊の主目的ですから、招集がかかればすぐ駆けつけなければならないという意味で、勤務時間外でも制服を着ることは確かにあります。ただ、今回音楽隊の方が着ていた制服は通常の制服ではなく、歌唱用の特別な制服ですから、常時着用義務のために着用していたという弁明はあたりません。

また、国歌を歌っただけだから政治的行為ではないという説明ですが、問題はそこではなく、もし他の歌だったとしても、自民党という特定の政党の大会に登壇したということ自体が、その政党を応援していると捉えられかねない行為であり問題なのです。そういうことはやらないという自衛隊の基本的なスタンスが緩くなっているのだとすれば、非常に危ないと思います。

自衛官の政治的行為の禁止について、自衛官としてだけでなく、私人としても政治活動をしてはならないとした自衛隊法施行令の規定については、実は私は反対です。自衛官には私人として選挙で投票することは許されていますが、特定の政党や候補者を応援したり、街頭演説に参加するなどの行為は禁止されています。

しかし、自衛官も一人の市民であり、市民の権利や人権に関する意識は重要です。私人としての政治的行為まで禁止することで、自衛官の権利意識が弱まり、パワハラなどの問題にもつながっているのではないかと考えています。

なぜ自衛隊の中立性が重要なのか

――自民党という政党にとっても、こうした自衛隊を利用するような行為について問題意識はなかったのでしょうか?

私は自衛隊側だけでなく、自民党側の責任が非常に重いと思ってます。

第二次安倍政権時代の2017年に、当時の統合幕僚長が会見で「自衛隊の根拠が憲法に明記されるならありがたい」という発言をしました。現職の自衛隊のトップが、憲法改正が望ましいという趣旨の発言をしたわけで、憲法99条の公務員の憲法尊重義務にも反することで大変驚きました。

しかしもっと驚いたのは、当時の政府や自民党がそれを問題視しなかったことです。そういうこれまでの姿勢が今回のようなことにつながっていると思っています。

――そもそも自衛隊という組織は、なぜ政治的な中立性を保つということが非常に大事なのでしょうか。

自衛隊ももちろんですが、民主国家において国家公務員はすべて「全体の奉仕者」なんですね。たとえば中国であれば、中国人民解放軍は中国共産党の組織であり、中国共産党のために動きます。しかし、民主国家においては国家公務員は国民全体のために働き、特定の政党やグループを代表してはいけないわけです。

くわえて自衛隊は実力組織ですので、たとえば警察が対応できない際に、治安維持のため場合によっては武器を使う「治安出動」も任務の一つになっています。特定の政党のために出動すれば、その政党に反対するような国民に銃を向けることになりかねない。当然国民の中には様々な思想信条や政党支持がありますから、中立性というのは非常に重要だということです。

――2017年の東京都議会議員選挙期間中、当時の稲田朋美防衛相が自民党候補の応援演説で「防衛省、自衛隊としてもお願いしたい」と発言し、自衛隊の政治利用であると批判されました。こうした反省をなぜ活かせていないのでしょうか。

「誤解を与えたとすれば」という仮定を置いて「遺憾の意」を示すなど、本当の意味での反省をしていないのだと思います。2017年の都議選では、当時の安倍首相が街頭演説で抗議する人たちのことを指して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言しました。

首相であっても選挙では自民党の代表として戦っていますから、野党批判などは当然ありますが、あくまでも政府批判をする人も含めて、国民全体を代表しなければならない立場ですよね。

2018年には自衛隊幹部が当時安保法制に反対していた小西洋之参議院議員に路上で会い、「お前は国民の敵だ」といった発言をして懲戒処分されています。

自民党が掲げる政策に反対する人間は非国民だとするような考えが先鋭化しているとすれば非常に恐ろしいですし、自衛隊の中でそういう考えが広がっているなら非常に危険だと思います。

――市民一人ひとりはこの問題にどう向き合う必要があるのでしょうか?

シビリアンコントロールには、実は政府、国会によるものだけでなく、私たち市民によるものを含めた3つがあります。武器輸出について、国会を通さず政府だけで決めるのは問題だと言いましたが、国会のコントロールが十分効かない場合には、最後の砦となるのは主権者である市民です。

この3つがあってこそ、シビリアンコントロールは成り立つものなので、政府や国会に任せるだけではなくて、市民一人ひとりがシビリアンコントロールの担い手として、問題に関心を持ち、発言や行動をすることが重要です。

今は単純に「敵か味方か」「国益か国益に反するものか」と二分するような言論状況があり、メディアもそれを煽っている面があります。そういう流れに対して、「それは違う」ということを市民社会の中からも色々な場所で声を上げていくことが重要だと思います。

※本記事は2026年4月29日に配信したRadio Dialogue「自衛隊と政治」を元に、その後の状況も踏まえて編集したものです。

(2026.6.10 / 聞き手 安田菜津紀、 編集 伏見和子)

  1. 毎日新聞「高市首相、武器輸出「もう時代が変わった」 宮沢喜一氏の答弁問われ」2026年3月17日掲載(https://mainichi.jp/articles/20260317/k00/00m/010/101000c↩︎
  2. 毎日新聞「高市首相、中国戦艦で武力行使なら「存立危機事態」 具体例に言及」2025年11月7日(https://mainichi.jp/articles/20251107/k00/00m/010/166000c↩︎
  3. 「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」内閣官房ホームページ(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/boueiryoku_kaigi/sogoteki_kokuryoku.html↩︎
  4. 日中戦争の時代に日本の陸軍省などが使用したスローガンで、「横暴な(当時の呼称としての)支那(中国)を懲らしめる」という意味。 ↩︎

【プロフィール】
布施祐仁(ふせ ゆうじん)

1976年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。主な取材・執筆テーマは、安全保障(外交・軍事)、戦争に関する日本の近現代史。2017年に防衛大臣、防衛事務次官、陸上幕僚長が引責辞任する結果となった「南スーダンPKO日報隠蔽事件」では、隠蔽が発覚するきっかけとなる開示請求を行った。事件の経緯を記した『日報隠蔽』(三浦英之氏との共著、集英社)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。この他にも、『ルポ イチエフ』(岩波書店)で平和協同ジャーナリスト基金賞大賞とJCJ賞、『自衛隊海外派遣』(集英社)と『日米同盟・最後のリスク』(創元社)でジャーナリズムXアワード奨励賞を受賞。

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