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命を奪いかねない差別投稿、ヘイトスピーチ解消法の抜本的改正を

※本記事には差別文言が記載されています。閲覧にはご注意ください。
2016年5月に成立した「ヘイトスピーチ解消法」(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が施行されてから、今年で10年が経過した。この間、かつて新大久保や川崎などの路上で行われたあからさまなヘイトデモや集会は、法的な根拠や各地の自治体条例の整備によって、一定の減少を見せた。
しかし、そうしたヘイトはより拡散力の強いインターネット空間で増殖し続け、無数の匿名集団によるリンチとなり、刃を向けられた人々の命を奪いかねない事態となっている。
本来、日本は「人種差別撤廃条約」の締約国であり、同条約第2条1項により、あらゆる人種差別を「禁止し、終了させる」法的義務を負っている。
しかし、現行のヘイトスピーチ解消法は明確な「差別禁止規定」も「救済規定」も「罰則」も持たない理念法にとどまる。そのため凄惨な集中リンチに遭った被害者が、「自力で」莫大な費用と時間をかけ、さらなる二次加害の恐怖に晒されながら、1件ずつ裁判を起こさなければならないという、明らかな法制度の欠陥を抱えている。
命と尊厳が脅かされ、明確な法的規制が叫ばれているヘイトスピーチの禁止規定や罰則の法制化が遅々として進まない一方で、明確な立法事実も保護法益の議論も不十分な「国旗損壊罪」は、衆院内閣委員会であっさりと可決・通過している。
生身の人間への暴力は放置され、国家の象徴への忌避は迅速に厳罰化へと動く。この矛盾は、この国の政治が「誰の命を守ろうとしているのか」を物語っているのではないだろうか。
犬笛を吹いた張本人を逃がさない
2026年6月26日、衆議院第一議員会館の一室で、とある記者会見が行われた。
「アカウント削除による逃亡を許さず、刑事告訴および民事の開示手続きによって必ず身元を特定し、厳正な処罰を求めます 」
そう語るのは師岡康子弁護士だ。今年6月4日、崔江以子(ちぇ かんいぢゃ)さんに対して、X(旧Twitter)上の匿名アカウント【かるかん】が、崔さんの顔写真や氏名を明示して誹謗中傷する投稿を行ったのだ。それが「犬笛効果」(※)となり、無数の差別コメントがその投稿に連なった。たった2日間で8万7千回以上閲覧され、1,400件以上のリポストと、100件以上の返信がなされた。
(※)犬笛効果
人間には聞こえないが犬には聞こえる高周波の「犬笛」になぞらえ、「一見、普通の言葉や無害な表現に見えるが、特定の差別意識や排外主義的イデオロギーを共有する集団にだけは、明確な差別・攻撃の合図として伝わる」ように意図された差別的表現。加害者は直接的な暴言を避け、写真や実名、特定の属性を「客観的な事実共有」を装ってネット上に晒す。これが排外主義的なフォロワーへの「総攻撃の合図(犬笛)」となり、無数の匿名アカウントによる集団リンチ(複合差別や非人間化)を誘発させる。
「自らは安全な場所に身を置き、周囲にリンチをさせる。これが犬笛型の極めて悪質な点であり、現行法制度の非常に巧妙かつ卑劣な“抜け穴”になっています」と、師岡弁護士はその投稿の悪質さを示す。
「これらは世界中に発信されたものであり、公然の集団リンチというべきものです。加えて、これは一般的な誹謗中傷ではありません。この投稿をしている人たちは、崔さんが在日コリアンであり女性であるという、その属性だけを理由に攻撃しています。崔さんに対して『ナメクジ』『ダニ』『ゴキブリ』など、人間以外の虫などに例えるものもあり、著しく侮辱するヘイトスピーチにほかなりません 」
師岡弁護士をはじめとする弁護団は、こうした無数のヘイトスピーチに対して、東京地裁への削除仮処分(30件)および発信者情報開示請求、川崎臨港警察署への侮辱罪告訴(6件)に踏み切った。
上述の「犬笛型」の投稿は、現行の日本の刑法で名誉毀損や侮辱罪として認定させるのは極めて困難だという。そのため【かるかん】に対しては、他人の差別投稿への返信で自ら投稿した『なめくじより厄介だ』という明確な侮辱表現を対象に、侮辱罪で告訴している。「犬笛を吹いた張本人を逃がさない」ための法的な選択だ。
師岡弁護士は、匿名に隠れ、崔さんに対し、人間の尊厳を踏みにじり、心を突き刺す卑劣極まりない投稿した人たちに対し、直ちに投稿を削除し、謝罪の意思があるなら弁護団に連絡するよう求めた。
ヘイトスピーチ解消法の抜本的改正を
師岡弁護士は続ける。
「ヘイトスピーチ解消法が施行されて10年が経ちました。この法律があったおかげで、いくつかの画期的な判例が積み重ねられ、地方自治体での条例制定が進むなど、一定の意義はありました。しかし、根本的な欠陥として、同法には『差別禁止規定』や『制裁規定』がありません。犬笛型の差別煽動行為も含めて対策する包括的な人種差別撤廃法が必要です」
「さらに、被害者を救済する『救済機関』もないため、今回のように被害者が1件ずつ莫大な負担を負って自力で裁判を起こすしかありません。無数の集中リンチに対し、個人がすべて裁判で対応することは事実上不可能です」
前述のように、日本は人種差別撤廃条約の締約国であり、人種差別を「禁止し、終了させる」法的義務を負っている。被害者が自力で裁判を闘うしかないという現状は、国の不作為であり、現行法制度の明らかな欠陥だ。
「私たちは、ヘイトスピーチ解消法を抜本的に改正し、明確な『差別禁止規定』の創設、悪質な差別扇動への罰則、そして政府から独立した第三者機関である『国内人権救済機関』の設置を強く訴えます」
X社のずさんな対応と法律の不備
これほどのあからさまな人権侵害に対し、グローバルIT企業であるX社の対応はずさんなものだった。
弁護団は「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」に基づく権利侵害報告フォームから、法的な違法性を詳細に記述して削除申請を行った。しかし数日後に届いたのは、《Xのルール違反は認められない》という、自動システムによる定型文の回答のみだった。内容証明郵便による削除要請も無視され、ヘイト投稿はネット空間に放置され続けた。
現行の「情プラ法」は、何がヘイトスピーチに該当するかの判断基準を各プラットフォームの内部ルールに丸投げしており、国が差別を止める義務を果たしていない。
さらに、プロバイダの多くは発信者情報の保存期間(ログ)が3ヵ月から半年程度と極めて短く、保存する法的義務がない。被害者が傷つき、悩み、弁護士に相談する頃にはログが消え、発信者が匿名性の背後に隠れて逃げおおせてしまうという問題がある。
弁護団は、X社のような大手のプロバイダに対し「1年程度の発信者情報の保存を義務付ける」よう「情プラ法」を改正することは、被害者救済のために必要不可欠と訴える。
匿名アカウントの【かるかん】は、弁護団の警告後にアカウントを削除して逃亡したが、弁護団は証拠を保全しており、「消せば逃げられる」わけではないことを徹底的に追及し、責任を問う構えだ。

X社からの返信メールのプリントアウト。(佐藤慧撮影)
日本社会の排斥の構造
崔さんは、川崎市ふれあい館の館長として、長年多文化共生と地域の子どもたちの支援を続けてきた。2016年の参議院法務委員会では、参考人としてネットヘイトの被害を証言した。その切実な訴えは当時の与野党議員を動かし、法改正や、その後の川崎市における罰則付き人権条例の成立へと繋がった。長年の人権活動が評価され、2020年には東京弁護士会人権賞を受賞。2022年には当時の法務大臣と面談し、ヘイトクライム対策を直接要請してきた。
ヘイトスピーチ解消法成立の大きな原動力となった崔さんは、名前と顔、職場を知られたことにより、それ以降、10年以上にわたり差別攻撃の標的とされ続けている。これまでにも、「脅迫電話」「脅迫状」「ゴキブリの死骸の送付」「職場への爆破予告」「インターネット上での集中攻撃」などに晒されてきた。
匿名に隠れた集団が、いつなんどき、「憂さ晴らし」として攻撃してくるかわからない。それがいつまで続くのか、もしかしたら一生続くのではないかという不安は、崔さんに深刻な恐怖を与えている。
「投稿記事目録をざっと見ていただくと、これらはすべて差別であり、人格権侵害・侮辱であるという内容で削除命令を申し立てているわけですが 、この中で圧倒的に多い類型は、やはり『出ていけ』『国に帰れ』『国外追放』『強制送還』といった、社会からの《排除型》の表現です」と、弁護団の神原元弁護士は語る。
「実は、崔さんが原告となって起こした民事裁判において、2023年10月12日に、横浜地裁川崎支部で画期的な勝訴判決を得ています。ネット上で4年間にわたり『国へ帰れ』などと執拗に投稿した人物に対し、裁判所は人格権侵害を認め、『国へ帰れ』との1件だけで100万円の慰謝料を命じました。このように『国に帰れ』と社会から排除しようとする言動は、ヘイトスピーチの典型です。日本社会では残念ながら、昔から在日コリアンに対して、このような物言いが繰り返されてきました」
「1980年代の『指紋押捺拒否運動』の際にも、脅迫状が在日の方々に大量に送りつけられました。その脅迫状をまとめた資料がありますが、その内容の約6割が『日本の法律が守れないなら祖国に帰れ』というものです。つまり、ヘイトスピーチ解消法ができても、そうした排斥の構造はいまだに変わっていないということです」
こうした《排除型》に加えて、ターゲットを人間以外の虫や生物に例えて記号化する《侮辱型》や、属性が女性であるからこそ執拗に向けられる、《女性差別・外見侮辱》も多々みられた。おぞましい文言だが、被害の深刻さを伝えるために、告訴予定の投稿6件を下記に掲載する。
下記をクリックすると投稿が表示されます。 ※閲覧には注意ください。
告訴予定の投稿6件
「コイツは反日ナメクジBBAです 」
「塩かけても駆除できないので ナメクジより厄介です」
「反日の在日にはウンザリ。日本社会に寄生するダニ。」
「顔が奇形。性格も精神疾患だと思う。画像だけで、おどろおどろしい負の念が、沸いてる。」
「差別が口癖チョーセンジン。いい加減、いつまで寄生するつもりなのか?」
「また朝鮮人のゴキブリか さっさと北朝鮮に強制送還しろ」
被害者に戦いを強いる理不尽とマジョリティの責任
崔さんは現在も、外出時に「防刃ベスト」の着用を余儀なくされている。凄惨な爆破予告や刃物による脅迫を実際に受けてきた崔さんにとって、その恐怖は社会が突きつけてきた深刻な命の危険である。
師岡弁護士は、崔さんをはじめとするマイノリティに対する差別投稿をそのまま放置せず、プロバイダに削除要請したり、X上で直接批判するなど、マジョリティが声をあげ、社会が差別を許さないことを示してほしい、法制度改正も「マジョリティが行動すること」が不可欠だと訴える。
歴史的・構造的に差別を内在化させ、制度化してきたこの日本社会において、声を上げることのできるマジョリティの責任は重い。マジョリティの持つ加害性を自覚し、差別を見過ごさないために現状と向き合い、行動し続けていかなければ、誰しもが加害者になる構造がある。法改正という制度のアップデートに加えて、人権という概念そのものの理解と実践が強く求められている。
最後に、弁護団に託された崔さんの侮辱罪での告訴に関する陳述書全文を下記に記載する。
下記をクリックすると全文が表示されます。
陳述書 2026年6月16日
2026年6月5日(金)、午後4時頃、勤務先である川崎市ふれあい館において、利用児童から「YouTubeに出ているでしょ。見たよ。」と声をかけられました。子どもたちが差別的な情報や誹謗中傷に接していないか不安を感じ、確認のため、自分のスマートフォンでYouTubeで自分の名前と「ふれあい館」を検索しました。その後、最近確認していなかったX(旧Twitter)についても気になり、自分の名前を検索したところ、本件各投稿を発見しました。
私は1995年から31年間、川崎市ふれあい館において人権、多文化共生及び子ども支援に関わる活動に従事してきました。その中で、民族的出自や国籍の違いによって差別や偏見に苦しむ人々とも数多く出会ってきました。
しかし今回、自らが顔写真、名前及び民族的出自をさらされた上で、「帰れ」「強制送還しろ」など、日本社会からの排除を求める差別的投稿や、人格や容姿を侮辱する投稿の対象となり、大きな精神的苦痛を受けました。特に、子どもたちがこのような差別的な情報や誹謗中傷に接している可能性があることにも強い不安を感じました。
私はこれまで、SNS上での誹謗中傷や脅迫など、さまざまな攻撃を受けてきました。しかし、本件では、10年前の報道写真を用いて、私が現在特別な発信を行っていないにもかかわらず、突然大量の差別的・侮辱的投稿が向けられました。その内容と拡散の規模は極めて深刻であり、強い絶望感を抱きました。掲載されていた写真は10年前の報道に使用されたものであり、私は現在、Xその他のSNSにおいて特別な発信活動を行っていたわけではありません。そのような中で、突然このような攻撃の対象とされたことに大きな衝撃を受けました。
また、あまりにも内容がひどく、絶望的な気持ちになりました。こんな攻撃を受けていることを誰にも知られたくない、心配をかけたくないという気持ちが強く、日頃から支えてくださっている弁護士や親しい友人にも、すぐに相談することができませんでした。
私は館長としての責任と仕事へのやりがいを持って勤務しており、これまでSNS上での誹謗中傷や脅迫文の送付など、どれほどつらいことがあっても休まず勤務を続けてきました。しかし、今回は精神的な衝撃が非常に大きく、2026年6月8日(月)は勤務を休まざるを得ませんでした。 また、このような投稿が放置されることは、私個人の問題にとどまりません。民族的出自を理由として人を差別し、侮辱し、排除を求める行為が許容される社会を、私は子どもたちに見せたくありません。
私は長年、ふれあい館において子どもたちと関わり、人権や多文化共生の大切さを伝えてきました。しかし、本件のような投稿は、人の尊厳を傷つけるだけでなく、「違いがある人を排除してもよい」という誤ったメッセージを社会に広げるものです。こうした投稿は、同じような立場にある人々を萎縮させ、差別や偏見を助長するものであり、被害を受けているのは私一人ではありません。
私は、投稿者らに対する個人的な報復を求めるものではありません。しかし、自らの行為に責任をとること、そして同様の差別・侮辱行為が繰り返されない社会を実現するためにも、適切な捜査と法に基づく厳正な対応を求めます。
Writerこの記事を書いたのは
Writer

フォトジャーナリスト / ライター佐藤慧Kei Sato
1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第2回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。
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