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この鎖を断ち切ることはできるのだろうか―三浦美和子さんとジェンダーを語る(vol.1)「私たちはつながっている」特別編
秋田市在住のフリー記者、三浦美和子さんがDialogue for Peopleで連載中のエッセイ『私たちはつながっている』。ジェンダーや、地方で女性として生きることにまつわる内容に、毎回さまざまな声が寄せられています。
こうした声を寄せてくださった方の中から数名にお声がけし、三浦さんとともに連載を読んで考えたことを語り合う会をオンラインで開きました。(聞き手、編集 Dialogue for People 伏見和子)

参加者のお名前は匿名とし、個人が特定できないよう、お話の内容を編集した上で掲載しています。

避けることばかりで、変えることができない
Dialogue for People(D4P)伏見和子(以下、伏見) みなさん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます。軽く自己紹介も終わったところで、ここからはお一人ずつお話をうかがっていけたらと思います。
ではまず一人目ということで、先ほど自己紹介で、長く単身赴任生活をしてきたとおっしゃっていたAさん、よろしいでしょうか。
参加者Aさん トップバッター、ちょっとドキドキしています。
私は今、東北のある県に住んでいます。元々東北の他県出身で、大学卒業後、専門職に就いたのですが、就職氷河期世代ということもあり、仕事の都合で関東を転々としていました。その頃に東北で暮らす夫と結婚し、それからもう20年近く、最近までずっと別居婚を続けてきました。
頼りにできる親戚が近くにいるという理由で、子育ては夫が東北ですることになりました。私は単身赴任先から週末、夜行バスで帰ってくる生活です。コロナの時はバスの利用が難しかったので、自分で車を一晩運転して帰ってきていました。
ある時子どもから真面目な顔で、「お母さん、知ってる?よそのうちって、お母さんが毎日いるんだよ」って言われたこともあります。

現在の職場はそもそも女性の専門職員が少なく、けっこう孤独な中で生きています。以前働いていた関東の職場は女性も多く、結果として街自体が暮らしやすかったなと感じます。夫や子どもがいる自宅があるのは地方で、素朴な田舎です。
連載を読んで送った感想に書いたのは、子どもの学校の参観日に「ふるさとを大事にしよう」という授業が行われた時のことです。
そこで言う「ふるさと」とは、小学校の学区のことなんですよね。だけど、子どもの親たちの中には当然、私のようにその地域出身ではない人がいるわけじゃないですか。「じゃあ私は、郷土を大事にしていないって思われちゃうのかな」と、居心地の悪さを感じました。
でも、そういう郷土愛みたいなものを、自分も逆に利用していたところもあります。普段地元にいない分、年数回の地域のイベントにはちゃんと参加して、コミュニティに認めてもらうために、率先して係を引き受けていました。郷土愛を利用するのと、モヤモヤするのを繰り返してきた感じです。
数年前から職場も自宅の近くになりました。大学生や高校生と関わることが多いのですが、女子学生に「地元で就職しなよ」と言いたいかといえば、悩みます。
「仕事を選ぶ時は、女性の先輩たちがどれくらいその会社に残っているか見てごらん」と話しています。「子どもをもっている人がいない会社なら、そういう人たちが辞めちゃう職場だっていうことだから、考えたほうがいいよ」と。
結局、避けるようなことばかり言っていて、変えるようなことはなかなかできていません。何ができるのか、考え続けています。
三浦美和子さん(以下、三浦) お話くださり、ありがとうございます。避けてばかりで変えることができないというのは、私もまさにそうで、それで地元の会社を辞めたんですね。でも私より年上の女性たちは既に多くが辞めていたので、自分が辞めたことでますます上の世代がいなくなってしまって。
辞めていく人は本当の理由を言わないから、組織はなぜ女性たちが去っていくのかわからないし、わかっても変えることができなくてそのまま続いていく。
研究職の女性が多く暮らしやすい街の例が出ていましたが、そこも最初は違ったと思うんですよね。外から来た人たちがそういう環境をつくっていったのだと思うのですが、実際には、変えるというのは本当に難しい。私も毎日モヤモヤしながら暮らしています。
よく「最初の人」って言われますけれど、いつまでもそこに背負わせているような気がするんですね。女性が少ない職場でも残り続けた人が、自分で負担をずっと背負っていて、結局組織自体は変わらない。そういう例がいっぱいあるんだろうなと思います。
Aさん 少しだけ前向きな話をすると、最近自分が関わった学生向けのイベントがあるのですが、イベントの受付係は女子、駐車場の誘導係は男子がやることになっていて、誰もそれをおかしいと思っていない状況だったんですね。その違和感を主催者の方に伝えたら、翌年から変わったんです。
無邪気に声をあげるとけっこう変わることもあるというか、何も変わらないと打ちひしがれているだけじゃなく、声をあげていくというのは大事なんだろうと思います。
三浦 そうですね。言うことでこっちが痛みを被るかもしれないけれど、でも言わないと気づかないというのは本当にありますよね。安全に言える場所であれば、言う意味は絶対あるなと思います。
東京にも「それ」はある
伏見 では二人目の方に移っていきたいと思います。Bさん、どうでしょうか?
参加者Bさん ありがとうございます。私も今日の座談会に参加することが決まってから、何をお話しようか色々考えてきたのですが、一番最初に送ったメッセージをそのまま読むほうがいいかなと思い、読ませてもらいます。
「こんにちは。泣きながら、記事を拝読いたしました。
どうしても、三浦さんに引き続き書いていただきたいテーマが一つだけあります。「東京もそうだ。」ということです。もちろん地方よりそれらは見えにくくても、東京にも「それ」はあります。
私はどうしても、私たちの代でこの「鎖(=腐り)」を壊したいのです。
私には息子だけしかいませんが、ずっと私自身が配偶者によって悩まされてきた、モラハラや経済DVをする人間にならないよう、祈るように息子を育てております。
私は東京生まれ東京育ちの、40代の主婦です。
地方出身の友達がよく「ねぇ、東京には男尊女卑はないんでしょ?」と私に尋ねます。「あるよ。地方より、薄いかもしれないけどある。私は跡継ぎを産むように何年もプレッシャーを受けたし、婚家の通り字を息子につけざるをえなかった。婚家ガチャを外した。」と答えると、皆沈黙します。
氷河期世代の女性たちには、特に語っても語りきれない思いがあると思います。そして私たちは時代の裂け目にいると思います。SNSでやっとお互いの声を聞けるようになって、自分は一人ではなかったのだ、自分のせいではなかったのだと、大げさではなくフランス革命のように、何かが変わっていく時代の潮目を感じます。
東京にも、「それ」はあります。」

伏見 Bさん、言葉にしづらい思いを言葉にしていただき、ありがとうございます。三浦さん、いかがでしょうか。
三浦 Bさん、ありがとうございます。すごく大事な問題提起をしてくださったと思います。
今回の連載を私が書かせていただいたきっかけとして、地方で暮らしているという点が大きかったと思っています。でも、Bさんからいただいたメッセージを読んだ時に、ユートピアというものはなくて、本当にどこに行っても、たとえば秋田から東京に行っても、ついて回るんだなと思いました。もし日本から逃げて国外に行ったとしても、形を変えてあることなんだろうなと。
私も出産を経験したのですが、男の子が生まれた時に相手方の家の反応がよかったということがありました。そういうものがまだまだ残っていて、でもそれは何故なのかは考えない。おそらく「家をつないでいくため」ということだと思うのですが、そうしたことは地方だけではなくて、どこにでもあることなんだなと思いました。
むしろ都会には逆にそれがないと思われがちで、都会ではBさんのような思いをしている人がマイノリティになっているのかもしれないとも考えました。
Bさん 私は息子のことは心から大事に思っているのですが、「男の子のお母さん」に自分がなったことで、自分がもがいてきた家父長制というのでしょうか、男の子を後継ぎとするシステムの一部に、自分自身もなってしまったんじゃないかという思いがあります。妊娠や出産は、決してプレッシャーの結果ではあってほしくありません。
息子を見ていると、男の子が見ている世界と、女の子が見ている世界が違うということも感じます。自分としては家事は家族全員でやろうね、といったことをしっかり言って、試行錯誤しながら子育てをしていますが、息子がどうなっていくのかはわからない。そう思いながら頑張っています。
三浦 偶然にも、Aさん、Bさんお二人とも、「断ち切りたい」「どこかで断ち切らなきゃいけない」ということをメッセージに書いていらしたんですよね。私もBさんのように家庭の中でそういう意識を持つことがあります。
でも、自分の半径5メートルでこれをやったとしても、いざ外に出たら社会の中ではまだ珍しいことで、それが原因で子どもの孤立に繋がることもあるんじゃないかとか、ふとしんどさを感じてしまうこともあります。
全体で変わっていかないといけないと思いながら、やっぱり自分の身近なところからできることはやりたいと思いつつ、そのしんどさがあることを、今お話を聞いていて思い起こしました。
安全にジェンダーを語れる場所がない
参加者Cさん 九州のある県でジェンダー平等推進団体をつくり、この2年ほど活動しています。三浦さんの連載を読んで考えたのは、私がこの活動をできているのは、この県出身ではなく、地元にしがらみがないからではないか、ということです。家族や親族も地元にはいません。
特に最近はネットに罵詈雑言があふれていて、ジェンダーに関する意見を名前を出して発信することには怖さを感じます。私の団体では私以外のメンバーは地元出身なので、彼女たちこそ勇気があるのではないかと思っています。
活動を始めてから、驚くような現実をいくつも聞きました。ジェンダーについて日常で感じるモヤモヤを語りあう会を開いたのですが、「ここに来ることでさえ勇気がいりました」「どこに出かけるかは誰にも言わないで来ました」ということをおっしゃる方がけっこういました。ジェンダーについて安全に語れる場が、地方には本当にないのだと感じました。
県は「子育てしやすい県」を謳い、結婚・妊娠・出産・子育ての包括的なサポートに力を入れています。夫も子どももいない私のような人は、ここでは歓迎していないんだろうなというのをひしひしと感じます。
県の事業として活動している婚活業者があるのですが、そこに参加した女性が「結婚したら妻が夫の家に入るのは当然だ」と業者に言われたと憤慨していました。こういうことがあるから地方から女性がいなくなっていくのだと思いましたが、その女性は「そう思っても言える場所がほぼない」と話していました。
モヤモヤを語る会は今のところ、「そういうことがありますよね」「実はみんなそう思っているんですよね」ということを確認し合うだけの場なのですが、ひとりじゃないって知ることはすごく大事だと思っています。
もともと私はNPOの活動に参加するためにこちらに来たのですが、その現場は勤務条件などに問題がありました。上の人たちは男性中心、現場を回しているのは女性ばかりという組織です。現場の問題を文章にまとめて訴えたのですが、「僕たちがずっとボランティアで頑張ってきたNPOで、君たちは給料をもらいながら人助けができているのに、残業代が云々などというのはおかしい」と言われて。結局声を上げた人たちは全員、辞めてしまったんです。
こういう問題の根底にあるものを考えた時に、男女で見ている世界が違うということを、先ほどBさんがおっしゃっていたと思いますが、私もそれは感じていて、経験することや与えられる役割、期待値などが違っていると思います。
特に地元の女性と話していると、すごくいい子でいなきゃいけないように育てられたんだろうなと思うことが多いです。すぐに「すみません」と謝ってしまうこともそうです。日本で暮らしたことがあるドイツ人の女性に日本人の女性はすぐに謝ると言われたことがあるのですが、なんでそんなに自分を犠牲にしてまで、人に尽くさなければいけないと思わされてるのかな、私たちは――。そんなことを考えています。
「すみません」をすぐ言ってしまう
三浦 私も「すみません」が口癖で、気づくとすぐ言ってしまいます。三浦まりさんが書かれていましたが、女性は自信を持ちづらい傾向があって、成功しても世間を欺いているのではないかと思ってしまう「インポスター(詐欺師)症候群」に陥ることもあるそうです。
モヤモヤを語る会のことをおっしゃっていましたが、秋田にもそういうジェンダーのことを安心して語れる居場所というのがなかなかなくて、私もほしいなと思っています。

学校やPTA、地域などの場所では、仮面を被ってマジョリティとして過ごさなきゃいけない場面があるんですよね。だから、Cさんが地方でつくったような安心して語れる居場所が必要なのですが、でもそこに行くにも人目を偲んで、「隠れキリシタン」のように隠れて礼拝に行くような状況がある。
秋田では県知事が官製婚活について議会で話す際に、人口減少が進んでいいと思っている人はいないのだから、変にあっちとこっちに分かれて論争するのはやめようといった発言をしたんですね。それはつまり、私たちがジェンダーについて語っているようなことも含まれるのかなと思ったことがあります。
また、NPOの職場での待遇についてのお話もありましたが、非正規雇用についてもそういう場面を見たことがあります。非正規雇用は女性が多いですが、正当な権利を職場で訴えた時に「物を言う女性」という感じで、「融通が効かない」とされてしまったり、そういう場面を何度も見ているので、構造が似ているなと思いました。
Cさん 組織の中で上にいる人が男性で現場で働くのは女性という構成に、あまりにも慣れてしまっているなと感じます。この間、とある男女共同参画センターに行ったら女性の偉人たちのパネルが並んでいて、女性だけが取り上げられているのを見た時に違和感を覚えたんですよね。たとえば地元の駅前には偉人の銅像がいくつも立っているのですが、ほぼ男性のものです。歴史を作ってきたのは男性であり、社会の中で上に立つべきなのは男性なのだと刷り込むようなものを見慣れすぎていて、生まれた時から見ている世界が歪んでいる場合、私たちも歪まざるを得ないというようなところがあると思います。
(後編につづく ※後編記事は近日公開予定です。)
※三浦さんの連載『私たちはつながっている』には、これまでに50通を超えるご感想やメッセージをいただきました。その中からいくつかを、ご本人にご許可をいただいた上で掲載します。座談会に参加してくださった方々、そしてメッセージを寄せてくださった多くの方々に、心より感謝いたします。


(2026.7.7 / 聞き手・編集 伏見和子、撮影 星山梨奈)
【プロフィール】
三浦美和子さん(みうら・みわこ)
1976年生まれ、秋田市在住。地方紙記者を経て2023年からフリーの記者。「voice 声」というサイトをつくり、ジェンダー、セクシュアリティ、人権について地方から発信している。
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