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オリーブの木から食卓へ―ガザの日常、記憶、そして労働の季節(後編)

ガザで家族が食事を囲む傍ら、収穫期にオリーブの枝を運ぶ少女。 (モハンメドさん撮影/2022年)

イスラエルによる国際法違反の占領や虐殺は続いています。1948年5月14日のイスラエル建国以前から、多くのパレスチナ人が故郷を追われてきました。ガザ地区出身のD4P現地取材パートナー、モハンメド・H・サレムさんによる寄稿記事です。前編はこちら

モハンメド・H・サレム(Mohammed H Salem)

パレスチナ・ガザ地区出身の写真家。様々な写真エージェンシーと協働するほか、プラットフォーム「Untold Palestine」の共同創設者の一人でもある。その作品は、国内外の多くの雑誌やメディアで発表されている。また、フリーランスとして「アルジャジーラ・イングリッシュ」とも提携している。

人々の手から搾油機へ

収穫が終わると、旅の道筋は変化します。果実は畑を離れ、新たな段階──搾油へと入ります。

機械が登場する近代的な搾油の前には、石と人の力による搾油の長い歴史がありました。

伝統的な搾油所では、実は破砕され、すり潰され、多くの時間と労力を要する素朴な方法によって搾られていました。搾油所は、村や町の農業的・社会的な営みの一部であり、農民たちは収穫物を持ってきては、油を手にして帰っていきました。

パレスチナにおいて、オリーブの栽培と油の生産は決して新しいものではありません。近年の歴史研究は、パレスチナにおけるオリーブ栽培と搾油の歴史を約550年にわたって辿っており、16世紀のオスマン帝国の記録にも、オリーブの木や搾油所、油を生産する村々の数が記録されています。

この悠久の歴史が、果実の物語にさらなる重みを与えています。今日、搾油所で行われていることは物語の始まりではありません。幾世代もの人々が、形を変えながらこの同じ道を歩んできたのです。

ガザの搾油所で、採れたてのオリーブが入った麻袋を扱う作業員たち。(モハンメドさん撮影/2022年)

ふたつの時代が交差する

伝統的な搾油所では、時間がよりゆっくりと流れているように感じられます。数千キロものオリーブを数分で運ぶ長いベルトコンベアはなく、何十台もの機械によって工程が細分化されているわけでもありません。そこにあるのは、石、果実、そして人の力──労働の響きです。しかしそのゆったりとした時間の背後には、世代を超えて蓄積された知恵が流れてます。いかに実を砕き、圧搾し、油を分離させるかという知識や技術です。

近代的な設備を持つ搾油所の隣に古い搾油所が存在することは、機材の違い以上のものを物語っています。それは、ふたつの時代が交差していることを表しているのです。人が油を抽出するあらゆる工程に寄り添っていた時代と、機械が作業の大部分を担う時代とが。

驚くべきは、果実そのものは何ら変わっていないということです。数世代前、あるいは何十年も前に石臼に入っていたオリーブは、今日機械に投入されているオリーブと同じものです。変わったのは、速度と量、そして工程の管理方法です。しかし、そのプロセスの根底にある知識が消え去ったわけではありません。それは人から人へ、搾油所から搾油所へ、そして世代から世代へと受け継がれてきたのです。

伝統的な搾油所で、オリーブから油が搾られる様子。(モハンメドさん撮影/2022年)

近代的な生産ライン

近代的な生産ラインの内部では、畑で目にした光景は一変します。枝や葉、地面から実を拾い集める子どもたちの姿はもうありません。木箱が空けられ、オリーブの実はコンベアの上を進んでいきます。葉やゴミが取り除かれ、洗浄されたオリーブは粉砕機に向かいます。かつて古い搾油所で手作業だったものは、統合された生産ラインとなりました。

粉砕されペースト状になったオリーブは、圧搾され、油を分離し、精製の後に瓶詰めされます。この発展は、単なる技術的な利便性の問題にとどまりません。加工の効率と油の品質を向上させることは、パレスチナのオリーブ産業が向き合い続けている課題のひとつでもあるのです。

しかし、テクノロジーが人間を消し去ったわけではありません。今も人の手が木箱を持ち上げ、人の目が機械を見守っています。労働者たちは、オリーブがたどる工程を追っています。機械は作業を迅速化させましたが、オリーブを育て、運び、搾り、売る人々から、オリーブを引き離したわけではありません。

古い搾油所では、人々が石を用いて自らの力を倍加させ、他方では機械を用いて生産力を増進させました。しかしどちらにおいても、工程は同じ果実から始まるのです。

ガザの搾油所にて、加工ラインに沿って採れたてのオリーブを導く作業員たち。(モハンメドさん撮影/2022年)
果実が油へと姿を変えていく過程で、機械の中を進むオリーブのペースト。(モハンメドさん撮影/2022年)

すべてが変わる瞬間

そしてついに、この季節は決定的な瞬間を迎えます。木に実っていた果実が、子どもの手に渡り、木箱に入り、古い搾油所を通り、そしてベルトや機械の上を進んできた末に、あらゆる工程が目指してきたその結実がついに現れます。

オリーブオイルです。

搾油所から流れ出る油の姿は、単なる製品の姿ではありません。それはひとつの旅路の結晶なのです。大地から始まりながらも、そこにとどまらなかった旅。一本の木から始まり、コミュニティの一部となり、記憶となり、そして糧となった旅です。

パレスチナのオリーブ栽培の歴史を通じて、知恵は何世紀にもわたり蓄積されてきました。今日人々がしていることは、かつての人々がしてきたことと決して無縁ではありません。道具は変わっても、人と木との関係は受け継がれてきました。

だからこそ、わずか一滴の油が、その重さ以上の重みを持って感じられるのかもしれません。それはひとつの季節のすべてを宿すと同時に、それ以前に過ぎ去った幾重もの季節の軌跡をも宿しているからです。

ガザの搾油所で、搾油の工程から流れ出る新鮮なオリーブオイル。(モハンメドさん撮影/2022年)

一本の瓶に詰められたもの

瓶に詰めらたオリーブオイルは、次に市場へと進んでいきます。ここで、この季節が持つ経済的な価値が姿を現します。農民たちがオリーブを育てるのは、単なるシンボルのためだけではありません。土地を手入れし、労働者に賃金を支払い、設備を維持し、水を供給し、搾油所を稼働させ、収穫物を運んで販売しなければなりません。

FAOは、2020年におけるオリーブ産業がヨルダン川西岸地区およびガザ地区の農業GDPの約15パーセントを占め、何千もの世帯と季節雇用を支えていたと指摘しています。

それでも、経済がすべてではありません。ある家庭では、油の一部は一年を通じた自家消費のために保管され、残りの部分が家族の生計を支えるために販売されます。だからこそ、搾油所を出る一本の瓶は、同時に、糧であり、収入であり、家庭の備蓄であり、収穫の季節が持つ文化的な記憶でもあるのです。

ガザで販売向けに陳列された、採れたてのオリーブとオリーブ製品。(モハンメドさん撮影/2020年)

そして食卓へ

最後に、オリーブオイルは最初から待ち望んでいた場所へとたどり着きます。台所、火、パン──そして食卓。そこで、オリーブオイルは再び糧となります。パンにひたして食べたり、マナキーシュ(ハーブやスパイスをのせた平焼きパン)を作ったり、オリーブオイルがその風味と調理に不可欠であるムサッハン(鶏肉とタマネギをスパイスで炒めパンにのせて焼いたパレスチナの伝統料理)などのパレスチナ料理に注がれます。

こうして円環が結ばれます。

木の上に始まった実は、子どもの手へと渡りました。子どもの手から木箱へ。木箱から搾油機へ。古い搾油所から近代的な機械へ。機械から瓶へ。瓶から市場へ。そして台所へ。最後には、食卓へと届きます。

しかし、この旅を単なる生産ライン以上のものにしているのは、あらゆる段階に人間の存在があり続けているということです。収穫を始めた家族は、シーズンの終わりにオリーブオイルを待つ家族と同じ家族です。実を集めた子どもは今、自らの労働の結実を食卓の上で目にしています。物語の最初には畑の風景にすぎなかった木が、最後には家族の食卓を彩る食事の一部となるのです。

しかし、その食事の背後には、より長い物語があります。実を拾う子どもたちが生まれる何十年も前に、祖父母の誰かがこの土地の油を口にしたかもしれません。親たちは年長者から木の手入れを学び、同じ知恵を子どもたちへと伝えたかもしれません。実だけではなく、知恵が受け継がれているのです。そして記憶が、関係性が、私たちの前に生きた先人たちの命の気配が──。

おそらくそれが、ガザにおいてオリーブを単なる「農作物」という言葉では表せない理由です。それは経済であり、食であり、家族の労働であり、農の技術であり、時代とともに移ろう産業です。それは人と土地との間に結ばれた長き関係性であり、世代と世代を越えて続く、さらに深い営みなのです。

オリーブの収穫期、自宅の伝統的なかまどで、オリーブオイルとザータル(スパイスミックス)を使ってマナキーシュを準備するパレスチナの女性。(モハンメドさん撮影/2021年)

オリーブの木は静かに立ち続けている

石の搾油所から近代的な生産ラインに至るまで、道具は変わりました。速度も変わりました。生産の規模も、油を抽出する方法も変わりました。しかし、そのすべての年月を通じて、果実そのものは変わらず同じであり続けています。

季節が巡るたび、前の世代が始めたことを引き継ぐために、新たな世代がやってきます。おそらくそれが、オリーブの木が単一の季節の命を超えた意味を宿している理由です。木は人々が去来し、家々が変わり、人々の全生涯が変貌していくのを見つめながらも、同じ実をつけ続けています。

今日、子どもがオリーブを摘もうと枝へと手を伸ばすとき、その子は物語をいちから始めているのではありません。自らの前に始まっていた物語の中に、足を踏み入れているのです。そして油が家へと戻るとき、それはその日の収穫だけを運んでくるのではありません。土地の息吹、労働の汗、そして紡がれてきた命の記憶を携えて戻ってくるのです。

シーズンの終わりに食卓へオイルが注がれるとき、その一滴は木が最初に手入れされた何十年も前に始まった旅路を凝縮しています。

オリーブの木から食卓へ──。

旅をするのは果実だけではありません。人々の命がつないできたすべての季節は、次世代へと受け渡される物語を携えながら、ともに旅をしているのです。そしてその物語の中心には、あらゆることの証人として、オリーブの木が今も静かに立ち続けています。

木から食卓への旅路の始まり、枝にたわわに実るオリーブ。 (モハンメドさん撮影/2022年)

【編集部注:2023年10月以降の軍事侵攻による被害について】
本稿で描かれているようなガザのオリーブ栽培と豊かな営みは、2023年10月以降のイスラエル軍による大規模な軍事侵攻により、甚大な被害に直面しています。国連食糧農業機関(FAO)や国連衛星画像分析ユニット(UNOSAT)などの調査によると、ガザ地区全体の農地は急速に荒廃し、果樹園やオリーブの木々、ハウスなどの農業インフラの大部分が深刻な被害を受けました。また、その後の継続的な紛争により、果樹作付地の大半が失われたことが衛星データ等の分析で示されています。

(文 モハンメド・H・サレム/翻訳・編集 佐藤慧)

Writerこの記事を書いたのは
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写真家モハンメド・H・サレムMohammed H Salem

パレスチナ・ガザ地区出身の写真家。様々な写真エージェンシーと協働するほか、プラットフォーム「Untold Palestine」の共同創設者の一人でもある。その作品は、国内外の多くの雑誌やメディアで発表されている。また、フリーランスとして「アルジャジーラ・イングリッシュ」とも提携している。

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