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エッセイ

2022.10.26

差別書き込み提訴から間もなく一年 改正プロ責法と、今後の必要な法整備とは

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

2022.10.26

エッセイ #ルーツ #ヘイトクライム #安田菜津紀

※本記事では訴訟の内容をお伝えするために、差別文言を記載している箇所がありますのでご注意ください。

2021年12月8日、ネット上に差別書き込みをしたとして、西日本在住の2人を相手取った裁判に踏み切りました。提訴の発端となったのは、私の家族について綴った記事に対しての、Twitter上の投稿でした。

これまでの父や祖父母の「ルーツを巡る旅」を、私は記事にまとめ、2020年12月、Dialogue for Peopleのサイトに『もうひとつの「遺書」、外国人登録原票』と題して掲載しました。

私が中学生の時に父が亡くなったこと、その後、戸籍を見て、初めて父が在日コリアン2世だと知ったこと、朝鮮半島にルーツのある人々の経てきた過酷な歴史や、今なお残る差別の根深さを目の当たりにしたこと――父のルーツをたどる旅で見えてきたことを綴りました。

記事の反響は大きく、温かな声も数多くかけられた一方、SNS上では「嫌なら国に帰れ」といった排斥の言葉も増産されていきました。亡くなってもなお、父たちが暴力的な言葉を吐きかけられなければならないことに、怒りや悲しみが心の中で入りまじり、そしてまた、ざわざわとした得体のしれない恐怖がわき上がりました。
 

「嫌なら見なければいい」ではなく

以前から繰り返し発信してきたことですが、ヘイトスピーチは、単に「心の傷つき」という問題に留まりません。これまで取材した人たちの中にも、「駅前でヘイト街宣をやっているから、今日は出かけられない」と、外出を控えるようになった女性がいました。凄まじいネット上の差別書込を受け、「子どもにも矛先が向けられたらどうしよう」と、一緒に出かけても「他人のふり」をして歩かなければならなくなったお母さんがいました。

「表現の自由」は「差別の自由」ではありません。すでに“矛先を向けられた側の自由”が、その言葉の暴力によって奪われていることをまず、念頭に置かなければならないでしょう。
 

2020年9月、川崎駅前のヘイト街宣前にカウンターとして集まった人々

時折ネット上の被害について、「嫌なら見なければいい」という声を耳にすることがありますが、今やネットは生活に欠かせない一部となっています。「見なければいい」というのは、被害を受けた側が日常の一部をえぐられ続けることを意味しています。仮にそうした自助努力で対処しようとしたところで、攻撃する側が恣意的にターゲットを変えていくだけでしょう。

私のことを慮ったうえで、「安田さんは差別と“闘う”人ではなく、もっと穏やかに発信する人だったのに」という声をかけて下さった方もいました。ただ、仮に私が「見て見ぬふり」をしたとしても、それは問題の先送りにしかなりません。

そして、私が今この地平に立てているのは、それまで多くの人々が、声をあげても、あげても顧みられなかった理不尽と“闘った”からです。指紋押捺を拒否し有罪判決を受けながらも信念を曲げなかった人、法廷での二次加害に耐えながらもヘイトクライムに抗った人――底が抜けそうな社会の中でも、見過ごされがちだった問題が一歩ずつで前に進んできたのは、そうした人たちの存在があったからでした。こうして積み上げてきたものの上に、私が今立っていることを、忘れたくありません。
 

匿名の相手を特定するためにかさむ負担

私が訴訟の対象としたのは、私や父の出自をもって「チョン共」「密入国」「犯罪」などの言葉を羅列していた2つのアカウントでした。相手は元々「匿名のアカウント」だったため、まずはその「誰か」を特定するためだけに、発信者情報開示を求める裁判を複数回、起こさなければなりませんでした。それだけでも相当な金銭的、労力的な負担が原告にのしかかります。中には、相手を特定するだけでも1年近くの月日を要したものもあります。こうしたハードルも、被害者が泣き寝入りし、ネット上の加害が野放しとなる一因でしょう。
 

実際の書き込みの一部

実はこの提訴した2件以外にも、複数の開示請求を試みていました。「ガス室に送る」などといった脅迫を含んだ深刻な書き込みほど、見るだけでも心身が強張り、すぐに反応することが難しいものでした。そうこうしている間にも、通信会社のログ保存期間があっさり過ぎ去ってしまいます。上記のような書き込みも、期間の問題や、技術的な問題で発信者を特定できませんでした。

こうして発信者を特定できなかったとしても、プロセスそのものに費用はかさんでいきます。これまで開示請求や裁判にかかった費用はゆうに100万円を超えます(携わって下さっている弁護士さんたちが様々考慮下さっても、です)。Twitterの場合は、当時まだ日本に法人登記をしていなかったこともあり、資料の英訳まで求められ、翻訳費用が追加でかかることもありました。

また、プラットフォームやプロバイダ側がユーザーの情報開示を拒む際、「これは差別ではない」「これは深刻な書き込みではない」と加害者側に立って主張をしてくるケースもあり、二次加害、三次加害をその過程で受けることにもなります。
 

改正プロバイダ責任制限法と今後の課題

こうした中で2022年10月から、改正プロバイダ責任制限法が施行されました。この法律は2001年に制定されたもので、当時は「2ちゃんねる」などの掲示板で、名誉を棄損する匿名の書き込みが問題視されていました。

改正前の法律に則った手続きの場合、書き込んだ相手の特定のため、

(1)SNSなどの運営会社等からIPアドレスの開示を受けるために仮処分を裁判所に申し立てる
(2)IPアドレスから判明した通信会社に対して、契約者の氏名・住所などの情報開示を求める訴訟を起こす

という二段階の手続きが多くの場合必要でした。私が提訴に踏み切る前の手続きも同様のものです。

改正法ではこれが一元化され、時間が短縮されるほか、加害者が特定されやすくなることが期待されています。被害者側の負担が今よりは軽減はされる一方、それでも救済としては十分ではありません。10月13・14日に行われた自由権規約の日本審査でも委員から指摘がありましたが、政府から独立した人権機関をはじめ、より負担なく、より安心して声を届けられる受け皿が不可欠でしょう。
 

SNS運営会社としての責任は

また、プラットフォーム側の責任も、この問題を考える上で欠かせません。9月にはTwitter社がようやく日本で法人登記したことが報じられ、訴訟や深刻な書き込みへの対応がどう変わっていくのかが注目されます。また、以前から誹謗中傷や差別書き込みの「温床」となっていた「Yahoo!ニュース コメント」(以下、ヤフコメ)の投稿には、11月中旬から携帯電話番号の設定が必須化されることが発表されました。

Yahoo!JAPANの対応は一歩前進ともとれるのかもしれませんが、あまりに遅すぎ、そして不十分と言わざるをえません。2021年8月、ウトロ地区を放火した当時22歳の男性は、犯行に及んだ動機として「ヤフコメ民をヒートアップさせたかった」とBuzzFeedNewsの取材に答えています。ヤフコメの放置はリスクであることを私自身もこれまで再三指摘をしてきましたが、そのコメント欄にわく得体の知れない書き込みをまともに受け、デマを信じた人間が、実際に火を放ち、建物7棟が焼かれたのです。
 

2021年11月、ウトロの放火跡地で

人が亡くならなかっただけいい――という話ではありません。放火された倉庫には、ウトロの人々がここで生きてきた証ともいえる看板などが保管されていました。そして、住人の方々のみならず、同様のルーツを持つ人々に恐怖を与え、沈黙や委縮を引き起こしてしまうことに、ヘイトクライム被害の重大さがあります。

こうしたネットの暴力が身体的暴力を生みだす構造は、日本国内のみに留まりません。米国・ニューヨーク州バファローでは5月、黒人10人が銃で殺害されるという凄惨な事件が起きました。犯行に及んだ男性は、ネット上で「黒人が不当に白人を殺している」等、根拠のない書き込みを目にしたことを動機として語っています。この男性が閲覧していたのが、「ひろゆき」こと西村博之氏が所有する掲示板「4Chan」でした。ニューヨーク州当局は10月18日、事件についての報告書を公表し、4Chanのようなプラットフォームが、ヘイトスピーチ、思想の過激化の温床となり続けているとして、法改正を要請しています。

言論の場を提供する側は、「場を作っているだけ」と背を向けるのではなく、その場の安全を守る責任もあるはずです。言葉の暴力がこうしたプラットフォーム内で先鋭化し、溢れ出し、現実世界での危害にまで及んでしまっている現状が、各所ですでに突きつけられています。
 

裁判の今後と、今なお続くヘイトクライム

私が提訴した裁判は、最低でも来年2023年の春ごろまでは続く見込みです。相手の書き込みが不法行為だと認められたとしても、判決に「差別」の文言が入り、ヘイトの深刻さが反映されるかは、未知数です。この社会にはいまだに、包括的に差別を禁止する法律が存在しないからです。「差別について言及した判例を地道に積み重ねればいい」という声を耳にすることもありますが、それを待つ間にも、度重なる被害が救済の手から抜け落ちてしまいます。

これは、私だけの問題ではありません。

10月18日、朝鮮学校の関係者、支援者や「外国人人権法連絡会」メンバーが、法務省人権擁護局の担当者と面談し、在日コリアンに対するヘイトクライムを止める具体的行動を求めました。その後の会見では、10月4日のJアラート発出後から8日正午までの間に、朝鮮学校や生徒に対する暴行、暴言、脅迫などが、少なくとも全国で11件発生していたことが報告されました。
 

面談後、記者会見に臨む関係者。朝鮮学校が受けた被害について語る、東京朝鮮中高級学校教員のチョンチャンギル氏

10月4日夕方、埼京線で50代前後とみられる男性が、都内の朝鮮学校に通う中級部の生徒に「お前朝鮮学校の生徒だろう」と声をかけ、「答えろよ!」と足を踏みつけた上、ミサイルに言及しながら生徒を威嚇したといいます。同じ車内にいたはずの大人たちが、その生徒を助けることはありませんでした。

外国人人権法連絡会の調べによると、ネット上にはJアラートに関連させて「在日朝鮮人を盾にしろ」等、在日コリアンに対するヘイトスピーチや具体的な危害を扇動するもの、「朝鮮学校を強制封鎖しろ」など、学校に矛先を向けられるものが多数確認されたといいます。ミサイルなどの問題に関して、朝鮮学校の関係者や生徒、子どもたちを攻撃したところで、何の解決にもないことは明らかであるにも関わらず、同様の加害はこれまでも延々と繰り返されてきました。

法務省人権擁護局との面談で関係者がまず求めたのは、すぐにでもできる、差別を食い止めるための発信でしたが、今後、さらなる法整備を進めていくことが不可欠でしょう。

私が今起こしているこの裁判も、わずかであっても、社会の仕組みを前へ進める一助になればと思っています。進捗についてはまた、ご報告します。
 

2021年12月、提訴に伴う記者会見で

(2022.10 / 写真・文 安田菜津紀)

 
 

【オンラインイベント参加者募集】 人権と平和の現在地~2022年の事業/取材活動から~ ~D4P Report vol.4 年末活動報告会

12月に開催する年末活動報告会では、取材を続けてきたヘイトの問題や本記事にて触れられている安田菜津紀の裁判の進捗などもお話します。オンラインでの開催で、申込者には1ヶ月限定でアーカイブも公開されます。みなさまふるってご参加ください。

日時:2022年12月18日(日) 14:00~15:30
開催場所: YouTube限定配信(要申込)
参加費: 一般:1,000円、学生:無料(視聴における通信費用はご負担ください)

 

▼お申し込み・詳細はこちらから

 


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2022.10.26

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