「年1000件」審査したと主張する難民審査参与員、ふたつの「立法事実」に浮かぶ疑問
入管法政府案の「土台」となる「立法事実」が揺らぎ続けている。そのうちのひとつが、特定の難民審査参与員の発言だ。
難民審査参与員は、法務大臣に指名され、入管の難民認定審査(一次審査)で不認定とされ、不服を申し立てた外国人の審査(二次審査)を担っている。今年5月16日現在、入管庁のサイトには111名が掲載されており、通常は3人1組の班となり、審査を行う。
この制度は2005年5月から始まったものだが、この年から今に至るまで参与員を務める、柳瀬房子氏の「審査件数」が、改めて問題視されている。
柳瀬氏の主張する審査数は、ふたつの時間軸に分けて考える必要がある。
【1】2021年4月~2023年4月の2年間で2000件の審査
【2】2005年5月~2021年4月の16年間で2000人の対面審査(+相当量の書面審査…?)
「年間1000件」の審査は「おかしなこと」ではないのか
まず【1】の数字から見ていきたい。2021年4月、衆院法務委員会の参考人質疑で、柳瀬氏はそれまでに担当した件数は「2000件以上」「2000人と対面でお話ししております」と発言している。一方、今年2023年4月13日、朝日新聞の取材には「難民認定すべきだとの意見書が出せたのは約4000件のうち6件にとどまる」と答えており、わずか2年間に審査件数が2000件増加したことをうかがわせた。
この点についてD4Pから柳瀬氏に直接問い合わせたところ、2年間で自身が担当したのが2000件に及んだことを認めた。つまり、年平均1000件だ。
2023年5月15日、全国難民弁護団連絡会議(全難連)が行ったアンケート調査についての記者会見が開かれた。アンケートの対象は日弁連推薦の難民審査参与員で、2019年度以降2023年4月までの期間が任期に含まれている人々だ。それによると、回答者の年間平均審査件数は36.3件(対面審査の実施率は65.9%)であり、柳瀬氏の1000件(対面審査の実施率不明)はその27倍以上にもなる。
これについて5月20日、柳瀬氏は毎日新聞の取材に「(年1000件は)おかしな数字ではない」と「反論」している。記事にはこうある。
出身国の情勢など、他の申請者の審査で把握済みの点もあることから「確認すべきポイントがある程度絞られる」と(柳瀬氏は)語った。
※()内は執筆者追記
一方、4月21日に衆院法務委員会で、参考人として招致された一橋大学大学院社会学研究科准教授の橋本直子氏は「どこの国から来たかというだけではなく、その個人が迫害を受けるかどうかが重要。平和的に見える国から逃れてくる人もいる」と述べ、個別具体的な背景の複雑さに言及している。
入管庁によると、2022年、この二次審査による処理数は4740人だ。もし柳瀬氏が年間1000件を担当したならば、彼女(の班)のみで、5分の1以上を処理していたことになる。2022年8月1日の時点で、参与員は118名いたにも関わらず、だ。この異様な偏りこそが「おかしなこと」ではないのか。
同記事で柳瀬氏は、1000件もの審査をこなせた理由として、書面審査も増えていることを挙げている。だが、入管法施行規則58条の3第2項1号では、一次審査の不認定処分の理由を明らかにした書面や、その処分の基礎とした書類・資料を、参与員に示すことが定められている。
これらに目を通しながら1000件の審査は可能なのか、柳瀬氏が適切な知見の元に審査をしていたのか、どのような手法をとっていたのか、検証の必要があるだろう。
ここまでが【1】だが、続いて【2】2005年5月~2021年4月の16年間で2000人の対面審査(+相当量の書面審査…?)を見ていきたい。
「すべて慎重な審査」は本当か
入管法政府案は多々人道上の問題を指摘されているが、そのひとつが「送還停止効」に「例外」を設けることだ。難民申請中は送還されない現行制度を「改定」し、審査で2度「不認定」となった申請者については、3度目の申請をしても、強制送還の対象にしようというのだ。日本の難民認定率は極めて低く、何度も申請を繰り返さなければならないのが現状であるにもかかわらず、だ。
この「難民の送還」はなぜ盛り込まれたのか。
入管庁が公表している「現行入管法の課題」(2023年2月)という資料では、難民審査参与員の柳瀬氏の発言が引用されている。
《私は既に十七年間、参与員の任にあります。その間に担当した案件は二千件以上になります。二千人の人と一対一で、一対一じゃなくて三対一ですね、そういう形で対面でお話ししております》
《入管として見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」「難民の認定率が低いというのは、分母である申請者の中に難民がほとんどいないということを、皆様、是非御理解ください。》
(――2021年4月、衆議院法務委員会参考人質疑での柳瀬氏の答弁)
つまり2005年5月から2021年4月までに「会った」2000人の中で、難民をほぼ見つけられなかった、という柳瀬氏の主張が、現在審議されている入管法政府案の「根拠」とされているのだ(なお、「十七年間」というのは計算間違いだと思われる)。
これについて齋藤健法務大臣は会見で、「すべて対面審査まで実施した、いわゆる慎重な審査を行った案件を前提として答弁されたもの」とし、あくまでも「立法事実」は、2021年4月までの対面審査のことだと強調した。
ちなみに法務省・入管庁は、特定の参与員の年間審査件数の集計・統計は「ない」とし、今のところこの件数の根拠としているのは、「柳瀬氏がそう述べた」ということのみだ。難民申請者には「証拠」の提示を厳格に求めながら、自らの論拠となる数値さえ示さない姿勢は明らかに矛盾しているだろう。
仮に、参与員制度が始まった2005年5月から2021年4月までの16年間弱で、柳瀬氏の証言通りの件数、対面審査を行ったとすると、年間130件(対面審査実施率100%)をこなすことになり、日弁連推薦参与員の年間36.3件(対面審査実施率65.9%)と、やはりかけ離れている。
果たして2021年4月までの「2000人」は、本当に「慎重な審査」を経たのだろうか。それを考える上で、「もうひとつの立法事実」に着目する必要がある。
ふたつの「立法事実」と揺らぐ数字
現在の入管法政府案は、法務大臣の私的諮問機関である第7次出入国管理政策懇談会「収容・送還に関する専門部会」(以下、専門部会)の報告書「送還忌避・長期収容の解決に向けた提言」を元にしている。
柳瀬氏はその「専門部会」の委員であり、2019年10月、「収容・送還に関する専門部会」第1回会合会議録に、こうした発言が残っている。
「1000人以上のお話を聞かせていただいた」
「それ以外に3000人近く書面審査」
「4000人以上の運命を決めた」
その翌月、2019年11月に行なわれた第2回の会議録には、こうある。
「私は約4000件の審査請求に対する裁決に関与してきました。そのうち約1500件では直接審尋を行い,あとの2500件程度は書面審査を行いました」
わずか1ヵ月の間に、同じ「4000件」の内訳についての発言がぶれている上、柳瀬氏は対面審査のみならず、相当数の書面審査までこなしてきたことがうかがえる。
そして、繰り返しになるが、柳瀬氏は2021年4月の参考人質疑で「2000人と会った」と発言している。仮に第2回の会議録の数字に立脚して考えたとしても、2019年11月から2021年4月までの1年半弱の間に、500人近くもの対面審査を行ったことになる。平日毎日1~2人の対面審査をしなければならないはずだが、全難連がアンケート調査を行った日弁連推薦の難民審査参与員の1件あたりに要する平均時間(記録検討時間、口頭審理立会時間、評議時間、意見書起案時間等を含む)は5.9時間だった。「丁寧な審査」を心がけるのであれば、柳瀬氏の「1年半で500人の対面審査」にも大いに疑問符がつく。
専門部会の議事録を追うと、柳瀬氏の「現場の生の御意見」を踏まえ、「送還回避を目的に難民認定申請に及ぶ者」への対応が検討されていったことが分かる。
専門部会の提言も、2021年4月の参考人質疑での発言も「立法事実」に関わるものだ。仮に柳瀬氏の証言した審査件数が正確でなかったとしても、「撤回」「謝罪」のみで許されるものではないだろう。逆に柳瀬氏の証言する数字が正確だったとしても、「なぜ柳瀬氏は異様に多くの件数をこなすのか」「なぜ極端な件数の偏りがあるのか」「それが丁寧な審査と言えるのか」はつぶさに検証されなければならない。
難民審査参与員は独立した組織体ではない。少なくとも言えるのは、この「偏り」を明らかにしないまま、柳瀬氏が参与員を「代表」するかのような発言を繰り返すことも、法務省・入管庁が彼女の発言を一般化して法律の「根拠」とすることも不適切だということだ。
「命を蔑ろにする構造」の解消を
人の命を脅かす事態は時代や情勢によっても変わり、シリアなどでは、反政府的な書き込みをインターネット上で行ったことで命を狙われたという話に何度も触れてきた。参与員にも常に、こうした最新の状況を丁寧に把握するための「アップデート」が欠かせないだろう。
参与員は適性検査や自身の審査の振り返りの機会などを設けられているわけではない。特定参与員が2005年から今に至るまで何ら検証も受けず、時に「年1000件」という大量の審査を割り振られている構造そのものが、命を蔑ろにしていると言わざるをえない。「ブラックボックス」の中身が明かされない限り、入管法の適切な議論は不可能だろう。
(2023.5.22 / 写真・文 安田菜津紀)
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