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世界の無関心の傍らで―パレスチナ・ヨルダン川西岸地区「占領」の実態

ズズズズズ……という、空気をふるわす重低音が上空にせまる。2023年12月28日、午前1時半——。パレスチナ・ヨルダン川西岸地区北部、ジェニン県中心部の街の一角に広がる難民キャンプは、そのときまさに、イスラエル軍による強襲を受けていた。

空気を震わす頭上のノイズは、夜空を漂う監視ドローン(無人機)が発するものだ。見上げても音の主は見えない。雲間からそそぐ月明りの静けさとは対照的に、数ブロック離れた路上からは散発的な銃撃音が響いていた。無人機はそうした戦闘の現場を追うように、近付いたり、離れたりを繰り返している。ドカン!——という、ひときわ空気を震わす衝撃はロケット弾だろうか。日中目にした、真っ黒に焦げた家々の姿が脳裏に浮かぶ。

この難民キャンプでは、「銃弾の痕のついていない通り」を探すことが困難なほどに、そこかしこに暴力が刻まれている。「難民キャンプ」とはいっても、数十年という避難生活の間に、テント群は密集した住宅地へと姿を変えていた。その崩れかけた壁面やシャッターには「犠牲者」の写真が貼られ、庇護する者のいない市民の一部は、今夜も武器を手に、重装備のイスラエル軍へと立ち向かっていく。

《関連動画:イスラエル兵の襲撃――パレスチナ・ジェニン難民キャンプ取材音声〔2023年12月28日未明〕》
※銃撃音、警報の音などが収録されています。ご注意ください。

繰り返される「日常の」暴力

「イスラエル兵の襲撃だ……!」

危険を伝えるサイレンが鳴り響く。ジェニン難民キャンプでは、ひしめき合うコンクリート造りの家々に、およそ1万4千人が暮らしている。住人たちは1948年のイスラエル建国に伴い土地を追われ、家を失った人々とその子孫たちだ。国連の報告書によると、西岸地区内に点在する難民キャンプの中でも、とりわけ貧困率、失業率の高い地域だという。

2023年10月7日、パレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスなどによるイスラエル領内への攻撃は、民間人を含む1200人以上という犠牲者数の衝撃とともに世界に報じられた。しかしその直後から現在まで続いているイスラエルの「報復攻撃」によるガザ地区内の死者は、2024年1月末時点で2万5千人を越えており、子どもや女性、高齢者、果ては新生児までも犠牲となる攻撃の在り方に、「自衛を越えた虐殺」「民族浄化」との非難もあがっている。

けれどそもそも、こうした惨劇は「2023年10月7日」に突如始まったものではない。世界大戦以降棚上げにされ続けてきた「人種差別」という猛毒は、イスラエル建国という形で新たな排除を生み、「21世紀のホロコースト」とも言える恐ろしい虐殺が行われている。

そして国際法を無視した暴力や略奪は、ガザ地区だけで起きているわけではない。ガザ地区とは飛び地となっている、同自治区のヨルダン川西岸地区では、イスラエル軍による「占領」が常態化し、国際法違反の入植や襲撃が続いている。すでに重要な資源や土地はイスラエル軍により強奪されており、パレスチナ自治政府が「行政」と「治安」、どちらも管轄しているのは西岸全体の約18%に過ぎない。

そのわずか約18%程度という「自治」もまた、現実とはほど遠い。ジェニン難民キャンプの位置する地域は、上記の区分け(地図参照)ではパレスチナ自治政府が「行政」「治安」、そのどちらも管轄する「A地区」と呼ばれる区域のはずだが、イスラエル軍の襲撃は日常茶飯事で、特に「10月7日」以降は、「2~3日に1度は襲撃がある」と地元住民は語る。

キャンプ内の道路はイスラエル軍によりあちこち掘り返されており、下水の溢れているところも。(佐藤慧撮影)

けたたましいサイレンが鳴り響く中、深夜のジェニン難民キャンプでは、男性たちが裏通りを駆けていく。自治政府も安全を保証してくれない状況では、自衛のために武器を手にとる若者も多い。イスラエル軍は数台の軍用車両でやってくる。上空には軍事ドローンによる援護もある。そんなイスラエル兵たちと比べると、抵抗する市民の武器はおもちゃのようなものだ。西岸の街中の壁には、銃を構える「犠牲者たち」の写真が増え続けている。それだけ多くの人間が、日常的に殺されているのだ。その日(襲撃のあった日)もまた、隣街のトルカレムで6人が殺害されたと報じられたばかりだった。

ドローンの不気味な音と銃撃音は、午前9時頃まで続いた。翌日の地元報道によると、イスラエル軍はジェニン以外でも西岸各地の都市で同時刻のレイド(強襲)を行い、銀行や両替所などから金品を強奪していったという。ジェニンの中心地にある両替所も例外ではなく、翌日訪れたところ、正面玄関は打ち砕かれ、内部も悲惨な状況となっていた。幸いジェニンではその晩死者は出なかったが、ほかの地域では死傷者も出ている。しかしこの襲撃もまた、国際報道ではほとんど報じられない「日常のこと」なのだ。

子どもたちの生活の傍らに無数の弾痕が刻まれている。(佐藤慧撮影)

オレたちは犬猫以下の最下層

「オレたちはここでは“最下層”に位置するんだ」と、西岸地区出身の男性が語る。

「イスラエル人の中でも、白人がまず優位であり、ほかの有色人種は2級市民として扱われる。そしてイスラエルの居住権を持つアラブ人はさらに下。西岸やガザに暮らすオレたちは犬猫以下の扱いでしかないんだ」

アムネスティ・インターナショナルの報告によると、2023年の1年間で西岸地区では「少なくとも81人の子どもを含む507名」が殺されている。8歳の少年、アダム・サメール・アル=グールさんもそのひとりだ。

2023年11月29日、アダムさんはジェニン中心部近くの道路で友人たちと遊んでいたところ、強襲するイスラエル軍の兵士により頭を撃たれた。兄のバハーさん(14)は血まみれの弟を必死に物陰へと運ぶが、即死だった。「イスラエル軍はアダムをテロリストと呼びますが、8歳の男の子ですよ? 彼らはそんな嘘を平気で押し通すのです」と、長男のムハンマドさん(18)は語る。

アダムさんを追悼する貼り紙と長男のムハンマドさん。(安田菜津紀撮影)

同日、サミール・アルゴールさん(50)の自宅もまた、すさまじいほどの攻撃を受けていた。早朝5時、突然の発砲音でサミールさんは目を覚ました。窓際には服がかけてあり、それを人影と見誤ったスナイパーが窓を撃ち抜いた。狙撃兵は周囲をぐるりと取り囲んでおり、銃撃から逃れるため、サミールさんは5人の子どもと妻を連れて、家の中心にある部屋で身を縮めていた。その後、四方からロケットランチャーを撃ち込まれ、壁が倒壊。激しい銃撃が、2時間ほども続き、小型のドローンが屋内に侵入してくる。備え付けられたスピーカーから「外に出ろ」と命令され、恐る恐る庭へと出たところ、そこには近隣住人2人の遺体が転がっていた。その時の様子をサミールさんは次のように語る。

「イスラエル軍は『銃を持ったテロリストが屋内にいる、家族を人間の盾にしている』と主張しましたが、もちろんそんな人間はいません。ですが兵士はテロリストがいないと確認した後も、ブルドーザーで壁や庭を滅茶苦茶にしていきました」

イスラエル軍に破壊された自宅前に佇むサミールさん。(安田菜津紀撮影)

特に心配なのは子どもたちの精神状態だという。

「子どもたちは隣人の遺体を目にしたことでショックを受けています。末の娘は誰かがドアをノックするだけでパニックになります」

瓦礫の中から学用品を探すサミールさんの娘のミーナさん。(安田菜津紀撮影)

虐殺される側の声に耳を

こうした破壊・殺人が日常茶飯事と化しているジェニンでは、その状況を伝えることも容易ではない。冒頭で取材滞在時のイスラエル軍の襲撃の様子を記したが、それはほんの一部に過ぎない。多くは伝える人もいないまま、世界の無関心の傍らで、無数の悲劇のひとつとなっていく。

2022年5月には、カタールのメディア、アルジャジーラのジャーナリスト、シーリーン・アブー・アークラさん(51)がジェニンで殺されている。彼女はパレスチナ系アメリカ人で、その日はイスラエル軍によるジェニン侵攻を取材中だった。明らかにジャーナリストとわかる恰好(「PRESS」と入ったベストを着ていた)をしていたシーリーンさんは、頭を狙撃され、その後搬送先の病院で死亡が確認された。

国連人権高等弁務官事務所の調査によると、イスラエル軍の発砲により死亡したことが確認されている。イスラエル政府は「故意ではなかった」とするが、イスラエル軍が明確な意図を持ってジャーナリストらを殺害していることは、この間のガザ侵攻でも明白となっている。「10月7日」以降、ガザ地区内で殺されたジャーナリストは100人を超え、虐殺される側の声は益々届きにくくなっている。

シーリーンさんが狙撃された現場には追悼の壁画が描かれている。(佐藤慧撮影)

「なぜ世界がこの状況を放置しているのか、私には理解できない」と、西岸地区南部の街、ヘブロン在住のジャーナリスト、ルアイ・サイードさん(26)は語る。

国際社会には何ができるだろうか。まずは「殺すな」という声を響かせ続けなければならない。「テロとの戦争」という恣意的で抽象的な大義は国際人権法を隅へと追いやり、あからさまな民族浄化を止められずにいる。

日本では先日、多くの市民の声が届き、伊藤忠商事の子会社、伊藤忠アビエーションが締結していた、イスラエルの軍事企業エルビット・システムズとの協業に関する覚書を「2月中をめどに終了する」と報じられた。一人ひとりの震わす声が重なることで、「社会の声」となることもある。そのためにも、虐殺される側の声に、痛みに、耳を傾け続けなければならない。

(2024.2.8 / 佐藤慧)


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