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感染の危機が迫っても、「帰る場所」がない人々がいる - 隣国に避難するシリアの子どもたちは今

シリアの南側に位置する隣国ヨルダン。登録されているだけで、65万人をこえるシリア難民が、この国で避難生活を送っているとされています。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で各国が国境を閉ざす中、難民の人々の生活や人道支援にどのような影響が及んでいるのでしょうか。現地で子どもたちの支援を続ける認定NPO法人国境なき子どもたち(KnK)の松永晴子さんにお話を伺いました。

国境なき子どもたち、松永晴子さん

ニーズを把握しづらいキャンプ外の人々

―4月24日からラマダンがはじまり、例年ですと健康な人は日の出から日没まで飲食を絶ち、日没後は家族で食事を囲みながら語り合いますね。今いらっしゃるヨルダンの首都、アンマンの様子はどうですか?

ヨルダンではラマダンが始まる前から、10時~18時の間以外、外出できないことになっていました。今は少しずつ規制が緩和されてきて、ラマダン中は8時〜18時までとなってきていますが、日中であっても一部の例外を除き車移動は認められず、県境をこえることも原則禁止でした。

感染防止のため、今はモスクに人々が集まることが難しく、日没後に家族で出歩いて食事を楽しむ例年とは、やはり様子が違います。

―ヨルダンでは新型コロナウイルス感染拡大に、どのように対処してきたのでしょうか?

ヨルダンはかなり初期の段階から対処をしてきました。3月2日に最初の感染者が確認されたのですが、3月17日には陸路空路ともに国境を閉じ、3月18日から外出規制が始まりました。

4月27日(月)の時点で累計の感染者数は447人、現在の感染者数は95人、亡くなったのは7人、この日確認された新規感染は2人です。地域によっては段階的に経済活動が始まっていて、アンマン市内では、オンラインで申請した業者を保健省が視察した上で、業務再開許可を出して行く方針のようです。

もちろん全容が全て明らかになっているわけではないので、まだ安心できる段階ではないかと思います。

ヨルダン・アンマン市内の様子(松永さん撮影)

―ただ、都市部と難民キャンプでは、環境が違いますね。

難民キャンプは平常時も出入りが制限されていますが、今はそれがさらに厳しくなっています。キャンプにはプレハブが密集して建ち並んでいるので、万が一感染者が出たら蔓延を防ぐのが難しいということで、ウイルスを入れないよう、要因になるようなことは徹底的に排除するという方策をとっています。

―逃れてきているシリアの人々にはどのような影響があるのでしょうか?

たとえ正式な労働許可がある人であっても、日雇いなどの不安定で情勢に左右されがちな仕事に就いている人が多いはずです。8万人近くが生活しているザータリ難民キャンプでも、元々安定的に仕事を得られる人たちばかりではありませんでした。今はキャンプが原則封鎖されてしまったので、物理的に外へ仕事に出向けない状況になっています。

ザータリ難民キャンプ(2016年)

―大人が仕事を失うと、子どもたちにも様々な影響が出てくるのではないでしょうか。

これは日本も含めて他国も同じ傾向がありますが、家族みんなが家にいる状況がしばらく続くと、ストレスが溜まっていきます。国際機関やNGOのネットワーク内では、DVの増加が懸念されていたり、子どもが情緒不安定になっていてどうしたらいいのか分からないという親御さんの声が届いていたりします。

こうした時、都市部にばらばらに暮らしている人たちよりも、キャンプ内に暮らしている方々の方が、圧倒的に問題を洗いだしやすいんです。誰がどこにいるのかを把握しやすいことに加え、職業訓練や教育支援など、サポートの体制がすでに構築されているからです。国際機関やNGOなどのネットワークがあるところは、情報収集もしやすい。ただ、キャンプに暮らしているのはシリア難民の2割ほどで、残る8割の方々は都市(ホストコミュニティ)に分散してしまっています。

公的な機関の情報発信では、ヨルダン人向けの支援策が出されていても、シリアの人々が具体的にどんなサポートを受けられるのか、情報が乏しい状態です。

―日本でも災害後、仮設住宅に暮らしている方々に届く支援に比べると、アパートなどを借りてばらばらに避難生活を送る“みなし仮設”の人には情報が届きにくい、という問題がありますが、重なるところがありますね。

東アンマン。シリアの人々が暮らす場所は、家賃の安いアパートなども多い

安定的なインフラがあってこその教育

―子どもたちの教育の状況はどうなっているでしょうか?

子どもたちは教育省が準備した3つのTVチャンネルに配信されている授業を毎日見ています。シリアの人々が生活するキャンプ内の学校はヨルダンの公立学校にあたるので、キャンプの子どもたちも同じように授業にアクセスしています。

ただ、問題がないわけではありません。子どもたちは学期内に複数回の試験を受けるのですが、ちょうど2度目のテストがあったばかりです。子どもたちは教育省が運営しているサイトにIDを入力してログインし、そのサイト上でテストに回答していきます。通常ですと、この試験結果と授業態度で最終的な評価がつきます。すでに教育省も、遠隔授業の難しさを鑑みて、今回は通常に比べて簡単な試験内容に変更していました。

ところが、子どもたちにいい点数を取らせたいからと、親御さんも試験を手伝っているケースもあり、子どもたち自身の理解度がつかみづらくなっています。このような状況を踏まえ、教育省は、この試験を習熟度の確認のみとして、学期末の評価をどのように行うか、調整している状況です。

―オンラインの試験などは、皆アクセスできているのでしょうか?

キャンプ内で見ると、ネットにアクセスできる人の率自体は高いのですが、問題は安定的に接続できるかです。IDを入力する段階で接続が切れてしまうと、その先に進めません。キャンプ内でKnKが雇用している先生のところにも、「サイトに入れない」と夜中まで親御さんや子どもたちが相談にやってきたそうです。ネットがあるということと、安定的にアクセスできるかは別問題です。

―KnKの事業自体はどのような影響が出ていますか?

キャンプ内の学校では、先生方が教科別にワッツアップ(※チャットアプリ「WhatsApp」)グループを作って、授業についてのコミュニケーションをとっています。そこにKnKが雇用している先生も入れてもらい、子どもが必要とするようなメッセージを送っています。

でも例えば「手を洗いましょう」とか、「ストレスに気を遣いましょうという」という呼びかけはあっても、具体性のないものが多いんです。先日、児童精神科医で認定NPO法人PIECES代表理事の小澤いぶきさんが掲載していた「新型コロナウイルスに関してのこころとからだのケアvol1~家庭や子どもの居場所などでできるケア~」がとても優しい文面だったので、「子どもにどんな関わりをしたらいいの?」という親御さんの関わり方についての部分をアラビア語に翻訳して伝えました。

アラビア語に翻訳された「新型コロナウイルスに関してのこころとからだのケアvol1」の一部

一時的ではなく、継続的に活かせる活動を

―キャンプの外に暮らしている人々が、より情報や支援から取り残されがちという指摘がありましたが、都市部(ホストコミュニティ)ではどんな活動をしてきたのでしょうか?

シリア難民の子どもたちも多く暮らしているホストコミュニティでは、12校を対象に、本来ヨルダンのカリキュラムにない「特別活動」を試験的に実施していました。日本でいう学級会、学年をまたいでの縦割り班活動など、また、そのような活動の基礎となる日直や清掃活動も試験実施の内容となっています。実際に導入してみて、どれがヨルダンの学校で継続できるのかモデルを作り、教育省のガイドラインなどに落とし込んでいくのが目標です。

―それは同じ学校で学んでいるシリアの子どもたちとヨルダンの子どもたちが分断をしないように、という活動でしょうか?

そもそもシリア人、ヨルダン人と分け隔て区別するのではなく、学校にいる子どもたち皆を対象にする活動です。

ヨルダンも学力偏重なバックグラウンドがあり、学校が社会の縮図であるという発想に乏しいところがありました。授業内の「グループ活動」も、学習することで学力を高め合うという文脈の中で行われるので、協力し合うことを学ぶといった社会性の育成が必ずしも目的というわけではない活用方法も見受けられます。

将来的にはこの「特別活動」を、カリキュラムに入れてもらいたいと思っています。シリア難民支援のために、ホストコミュニティの学校にも様々な団体がプログラムを実施してきましたが、予算がなくなって撤退するなど、新たな団体が入っては抜けるということが繰り返されてきました。どんなにいいプログラムに携わった先生でも、「私はトレーニングを受けた」だけでは次に繋らないんです。少しでもカリキュラムに組み込んでもらえれば、学んだことが活かせ、継続できます。

ヨルダンでどうやって「特別活動」を活用できるのか、まだ手探りのところがあるので、まずは実施してみよう、という期間だったんです。

―外出禁止で、こうした活動も中断せざるをえない状況ですね。

皆で集まって社会性を育成するための活動が、今は物理的にできなくなっています。ただ、ワッツアップグループで、子どもたちが日直を続けてくれている学校もあります。「ラマダンのための飾りを作りましょう」という写真を投稿したりと、工夫をしているところもあります。

―2019年10月には、Dialogue for Peopleの理事(当時)でもあるSUGIZO氏を中心に結成され、難民の人々が暮らす地で演奏を続ける『ババガヌージュ』がザータリ難民キャンプを訪れました。こうした外のカルチャーに触れる機会も減ってしまっているのではないでしょうか。

『ババガヌージュ』の訪問は、情緒の育成もさることながら、“本物”に触れることに意味があったと思います。元々音楽が好きな子どもたちですが、自分たちが知らなかった表現に触れる機会は大切です。演奏を聴きながら子どもたちがはしゃいでいる様子を見て、シンプルに楽しかったのだと思いました。こうして感情を表に出すことが結果的に、ストレスの発散にもつながっていたかもしれません。

ただ今は、今後の文化的な触れ合いなどを考える余裕がそもそもない状況です。子どもたちが家にいて、勉強に追いつかせるだけでも、家族は必死です。今でさえストレスを抱えているので、時間が経つごとにそれが表面化していってしまうかもしれませんが、文化的なもので表現して解放していく、ということまで気持ちがまわらないのが現状だと思います。

2019年10月、『ババガヌージュ』がザータリ難民キャンプを訪れた ©︎KEIKO TANABE

*ババガヌージュプロジェクトについてはこちら
「BABAGANOUJ PROJECT 2019 活動報告書」

―当事者の方々が余裕がなく思い描けないところに、NGOなどが先回りして提案するのは大切かもしれませんね。

キャンプの事業では、先生たちからも、ワッツアップグループを通して簡単なエクササイズの動画や、栄養バランスについての資料などを送ったりしています。それに加えて人形作家のオレンジパフェさんが作って下さった、マリオネットのハビーブの動画を、週に2回、先生に送ってもらっています。授業の配信はあっても、それがどれほど届いているか、ちゃんと勉強できているか判然としないところがあります。エンターテイメント性があって、子どもたちも喜んで見られるものが授業への導線として必要です。その入り口として、魅力的で意味があることを習慣づけ、継続して提供していくことが大切だと思います。

先生たちがワッツアップグループに送ったハビーブの動画

不便な状況に身を置いて、はじめて実感することがある

―こうした非日常が続く状況を、松永さんご自身はどのように感じていますか?

例えば今、帰国の要請が出されたとして、私自身は日本に帰ろうと思えば帰れる、帰る場所があるんです。でも、シリアの方たちは、国境も閉ざされているし、万が一ヨルダンが大変な状況になってしまったとしても、帰るという選択肢がないんです。シリアの人々に限らず、世界中に今、自分の国に帰れない人たちがたくさんいますが、そういった人たちは平常時から社会的に弱い立場に置かれてしまっていることが多いと思います。そして非常時にますます、様々なサービスや保護からこぼれ落ちてしまいます。私が日本に帰れることになっても、非常に後ろめたい気持ちがやはりあります。

夕刻のザータリ難民キャンプ(2014年)

―こうした状況で、改めて気づいたこともあるのではないでしょうか。

シリア難民の人たちの家庭訪問に行き、どうやってヨルダンまでたどり着いたのかを伺っていくと、殆どの家族が半年から1年以上シリア国内を転々としていたことが分かります。避難先で半年から一年近くもの間、最低限の外出しかできず、電気もない家でお母さんが一生懸命、勉強を教えていたという話も聞きます。こうして私の周りには、全く出られない状況でつい最近まで暮らしていた人たちがいるんです。

話を聞いて「大変だ」と思っていたけれど、同じような体験したことはなく、ぼんやりとしか分かっていなかったのかもしれません。もちろん今、爆弾が落ちてくるような緊張状態ではありませんが、自分が物理的にずっと家にいなければならない状況になって、やっとシリアの人たちが経験してきたことの一端を分かった気がします。

100%理解することはできなくても、電気も水もない家の中での生活をどうやり過ごしていたのだろう、戦闘が繰り広げられている中でどうやって勉強を教えていたのだろう、と大変だったはずのことに具体的な想像が及ぶようになったんです。ましてや違う国に逃げてくることは、どれほど不便なことだったのだろうか、と。そうした想像を広げられる時期でもあるのかもしれません。

―この不穏な状況が生み出したのは、分断だけではない、ということですよね。こうして小さな共感を積み重ねることもできるのだと私も思います。

(聞き手:安田菜津紀/2020年4月27日)

▶︎ 認定NPO法人国境なき子どもたち(KnK)

*本インタビューに先駆けて、4月上旬に松永晴子さんからお送りいただいたヨルダンの状況に関するレポート映像はこちら


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