「共に生きる社会へ——ヘイトスピーチを止めるために、一人ひとりにできること」 D4Pメディア発信者集中講座課題作品 H.U
date2021.11.9
categoryD4Pメディア発信者集中講座2021
2021年夏、「多様性と調和」を謳った東京オリンピック・パラリンピックが開かれた。東京オリンピックの開会式では大坂なおみ選手が聖火リレーの最終走者を務めるなど、日本が多文化共生社会へと変わりつつある事がアピールされた。
しかし、名古屋出入国在留管理局の施設でスリランカ国籍のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなった問題や、在日コリアンへのヘイトスピーチ問題などが示すように、日本には、外国人や外国にルーツのある人々を排除する動きが根強くある。そのような動きを自分事として捉え、抗議活動に参加する人々もいる一方で、多くの人は「差別はいけない」と心の中では思っていても、具体的なアクションを起こしていないのではないだろうか。
今回、ヘイトスピーチを止めるために一人ひとりができる事などついて、川崎市ふれあい館(以下、ふれあい館)職員の遠原輝さんにzoom上でお話を伺った。
——遠原さんは在日コリアンへのヘイトスピーチの現場に赴き抗議するなど、ヘイトスピーチを自分事として捉えていらっしゃいます。遠原さんご自身は在日コリアンではありませんが、どうしてそう思えるのですか?
僕、実はふれあい館の近くで生まれ育っているんです。保育園や小学校の頃に在日コリアンの同級生がいて、そういう子たちとふつうに暮らしていたので、桜本にヘイトデモが来ると知った時は純粋な怒りしかなかったです。
——在日コリアンや外国にルーツのある人々が多く住む桜本で育ったからこその遠原さん、という感じがします。逆に、在日コリアンを身近に感じていない人々は、ヘイトスピーチを自分事として捉えにくい気がするのですが、どうでしょう?
学生時代を共に過ごした友人は、僕がふれあい館の職員になったと知った後に、「実は私のお母さん、韓国人なの」と教えてくれました。コリアンルーツであると言った時に周りにどう言われるのか、思われるのかをその人は恐れていたのです。また、その人は母親に「あんたは私の二倍も三倍も頑張らないとこの社会では生きていけないのよ」ということを激しく教育されていました。コリアンルーツである自分自身を否定していたから、なかなか打ち明ける事ができなかったとその人は言っていました。
社会に出ると、通称名を差別や偏見から逃れるために使わざるを得ない人もいます。また、生まれた時から日本国籍を取得しているコリアンルーツの人であっても、それを打ち明けることができない社会だったりするのです。
——周りにコリアンルーツの人がいないように見える環境でも、もしかしたらコリアンルーツで悩んでいるがために打ち明けられない人もいるかもしれないのですね……。
桜本の小学校・中学校に本名で通っている子でも、高校・大学で外に出ると通称名を使う子もおり、桜本を出ると本名で生きていくことができない社会が今なお続いて存在します。それは、不当な差別や偏見によって本名を名乗ることができない社会の弱さや不寛容さだったりするので、「在日コリアンだから」「外国人の家系だから」という差別や批判をされる謂れは全くない。差別やヘイトスピーチは個人ではなく社会の問題です。
——なるほど。ヘイトスピーチは、社会の問題、すなわち社会を構成する自分たち一人ひとりの問題なのですね。では、ヘイトスピーチをする人とどうやったら分かり合えると思いますか?
差別をする側とされる側の構造上、確信的に差別を行っている人とは分かり合うのは難しいと考えていますが、市民社会に伝えたい言葉はあります。ヘイトスピーチや差別の問題で言えば、社会が傍観者になっているように感じています。
傍観者となっている人たちに、日本社会で起きている差別を自分事として捉えて、「差別反対」と言ってほしいです。差別に反対も賛成もしていない傍観者がもっとちゃんと「差別はダメだ」と言わないと、差別は無くならない。差別に反対する人たちのこれまでの活動には頭が下がるし、学びも多いけれども、差別に反対する人たち以上に何も言わない人たちがとても多い社会だから、その何も言わない人たちが変わらないといけないと思います。
例えば、アメリカのバイデン大統領は、アジア人へのヘイトクライムが起きた事を受けて、「沈黙は加担することだ」(”Our silence is complicity.”)と言っています。傍観者をどうにかする事が今後の行政の役割だと思います。例えば、ふれあい館は社会教育施設として、年に十回ぐらい講師を招いて人権に関する講演会をやっています。この様に、傍観者に差別を自分事として捉えてもらうため、何が教育の中でできるのか考え、実践していく事は大事です。また、メディアには、「差別に反対している人とヘイトスピーチをする人が争っている」という中立を装った表現をいち早くやめ、公正な報道をすることを望んでいます。
今、ヘイトスピーチをしている人たちはたぶんやめられないので、いかにヘイトスピーチが社会的に許されない事かを傍観者に理解してもらうかが、今の社会がもっとより良くなるために必要です。
——いま傍観している人に、具体的には何をしてほしいですか?
直接ヘイト街宣の現場に赴いて、差別に反対する抗議活動に参加しなくても、僕はいいと思っています。「差別はダメな事なんだ」という教育・周知・啓発・発信など、直接抗議すること以外にもできることはたくさんあります。一言だけでも誰かに言えば、それは社会全体に伝わっていくと思います。逆に、沈黙したままでは社会が壊れてしまいます。
どこかでヘイト街宣があっても、当事者でない傍観者の人たちは痛くも痒くもないから全く興味がないんだろうけど、差別を容認したり無視したりすると、どんどん社会が壊れて取り返しがつかなくなってしまう。それが一番怖いです。それをナチスドイツなどで歴史は経験してきています。差別の危険性を啓発していかないといけないし教育していかないといけないし、差別の恐ろしさを知っている人たちは意識していかないといけない。
〈補足〉
Dialogue for People 佐藤慧「ヘイトクライムに抗う ―憎悪のピラミッドを積み重ねないために―」を読むと、ヘイトスピーチがジェノサイドなど ⼤きな暴⼒を引き起こし得る危険性をはらんでいる事が分かる。
https://d4p.world/news/7867/
国会議員などの社会的影響力のある人には「差別はダメだ」という力強い声を届けてほしいです。もちろん、もうすでにそう言っている人もいます。また、芸能人も出すメッセージは強いです。去年、ふれあい館が在日コリアンを抹殺するという内容の年賀状を受け取った時に、水原希子さんがSNSでそれに反対する声を発信してくれた時、僕はすごく嬉しかったです。
社会的影響力のある人がしっかりと「差別はダメなんだ」と言う事も、ヘイトスピーチの抑止につながると思います。
〈補足〉
「謹賀新年 在日韓国朝鮮⼈をこの世から抹殺しよう。⽣き残りがいたら残酷に殺して⾏こう」と書かれた年賀状が届いた。⽔原さんは国や市に早急な対策を求めて「外国人人権法連絡会」が呼びかけた署名をSNSでシェアし、署名を呼びかけた。
BuzzFeed News⽇本版 籏智広太「『在⽇コリアンのヘイト』にインスタで触れた⽔原希⼦さん。その訴え」(2021年8⽉11⽇閲覧)を要約
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/more-love-less-hate
——爆破予告が届いた後、ふれあい館に来る人たちはどのような様子でしたか?
ふれあい館は公的な会館なため、普段は誰でも自由に出入りできるのですが、爆破予告があってからは門のところに警備員が一人、三ヶ月くらい配置されるようになりました。警備員がいると子どもたちも萎縮するし、報道の後、子どもたちは来なくなりました。でも、地域の町内会長さんは毎日パトロールしてくれた上に、メディアの取材には「ふれあい館は地域の宝だ」と言ってくれたので、とても心強かったです。
〈補足〉
「在日韓国朝鮮人をこの世から抹殺しよう」「残酷に殺して行こう」などと書かれた年賀状が届いていたのは年末年始の休館が開けた4日。市によると、4~16日の来館者は計1681人で、昨年同時期の2189人に比べて23・8%減った。この間の祝休日数など昨年と今年で開館状況に変化はないことから、異例の減少は脅迫はがきの影響が大きいと思われる。
神奈川新聞「時代の正体 差別のないまちへ 脅迫はがきの影響か 川崎市ふれあい館で利⽤者が減少」(2021年8⽉11⽇閲覧)から引⽤
https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-245998.html
〈筆者注〉なお、脅迫状を送った人物は威力業務妨害の疑いで逮捕・起訴されており、2020年12月3日横浜地方裁判所川崎支部は懲役1年の実刑判決を言い渡した。その後、被告人側は控訴せず、刑が確定した。
インタビュー後半、遠原さんはヘイトデモの様子やそれに抗議する市民の様子を語ってくださった。
2015年の8月にハルモニたち(韓国・朝鮮語でおばあさん。ふれあい館のハルモニは、在日コリアン一世・二世の方が多い)が戦争反対デモを桜本の商店街でやりました。そのデモをきっかけに、「ここは日本だ。外国人は出ていけ!」と主張するデモ隊が11月に桜本へ押し寄せました。デモ隊は二、三十人いましたが、それ以上に警官の数が多く、まるでデモ隊を守っているかのようだった事にショックを受けました。市民四百人くらいが「いつまでも共にこの街で」というプラカードを持って集まりました。雨の中、市民は京急川崎大師駅までヘイトデモに並走して行きました。
2016年1月に、川崎市民ネットワークの結成集会でハルモニたちが前に立ってリレートークをしました。そうすると、同じ年の1月31日に「日本浄化デモ第二弾」が桜本を狙ってやって来ました。ハルモニたちは自分たちで作った「どうしてさべつするの」というプラカードなどを掲げて集まりました。このヘイトデモへの抗議活動では、警官が歩道を封鎖し、抗議する市民の通路を塞ぐ場面がよくありました……。桜本が近くなった場所で、ヘイトデモに抗議する市民たちが道路に寝そべり、デモ隊の桜本への侵入を防ぎました。デモ隊は仕方なくJR川崎駅にUターンをして戻っていきました。
「ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)」成立後すぐに行われた2016年6月のデモは、ふれあい館の近くでは行われませんでした。なぜなら、2016年1月のデモで、街宣の主催者が「じわじわ真綿で首を締めてやる」という脅迫めいた言葉を発し、それを裁判所に提出した結果、仮処分命令が言い渡され、ふれあい館周辺半径500メートル以内ではヘイトデモを行ってはならなくなったからです。
結局、川崎市中原区でヘイトデモが計画されました。しかし、市民が千人くらい集まって道路に座り込むことでデモコースを塞いだため、デモは行われませんでした。
次に、遠原さんはたくさんの写真を見せてくださった。写っていたのはハルモニたちが川崎市議会議員に宛てた手紙で、そこには「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が採択されることへの喜びがつづられていた。
また、ハルモニたちは条例が議会で議決される前に、条例の全会一致採択を望むカードも書いており、これを2019年11月8日に提出した。遠原さんは、ハルモニたちの思いとご自身の思いを語ってくださった。
ハルモニたちは、「どうして孫やひ孫の代まで差別されなければならないのか?」という思いが強く、だから行政へのお願いや署名提出に一緒に行ったりしていました。「悔しいけど差別をされて生きて来た」「どうしても差別を何代も続けて欲しくない」街宣や事件がある度に、ハルモニたちはそう口々に言っています。
ハルモニや差別に反対する色々な人が僕に語ってくれた言葉があって、僕の今の言葉はあります。僕は、ハルモニの作品・作文、語ってくれた戦争体験や差別体験を当事者がいなくなっても語り継いでいかないと、その人の生きた証がなくなってしまうと思っています。こんな社会だから、在日コリアンがいなかったことにされることも、数百年後なり得ます。だからしっかりと、次の世代に言葉を、つないでいきたい。あなたにもこれから出会う人に、言葉をつないでほしい。
——大切なバトンを受け取った気がします……!ありがとうございました!
インタビューを終えて
筆者は、ヘイトスピーチが行われる様子を見る度に強い怒りや悲しみを抱きはするものの、差別への抗議活動に参加した事は今まで一度もなかった。しかし、私のような傍観者がいるからこそ、ヘイトスピーチはなくならないのだと痛感した。
ヘイトデモの現場に行き抗議すること以外にも、SNSでの発信や署名活動への参加を通して差別反対の声をあげることは可能である。例えば、SNS上で「#ヘイトパトロール」と一緒に「〇〇駅にレイシストはいません」と発信することで、ヘイトスピーチの抑止を行うことができる。
たとえ差別反対をめいっぱい叫んでも、一人だけでは声が小さすぎてかき消されるかもしれない。しかし、その一人ひとりの小さな声が集まれば、大きなうねりを起こすことができる。
多様なバックグラウンドのある人たちが共に生きる社会をつくるために、一緒にできることからはじめていこう。
ブックガイド
「不安や偏見は誰しも心の中に持ちうるものなので、小さな不安や偏見の種を、学習などを通して自分の中で解消していくのが第一歩」だと、遠原さんは力説されていた。そんな遠原さんイチ推しの本が、キム・ジヘ(尹怡景訳)『差別はたいてい悪意のない人がする』大月書店 (2021年)だ。性差別、障害者差別、LGBTQ+差別などの様々な事象を扱っており、差別についての入門の一冊として良いのだという。声をあげるとともに、学習も深めていきたい。
(聞き⼿: H.U)
「共に⽣きる社会へ——ヘイトスピーチを⽌めるために、⼀⼈ひとりにできること」
遠原さんのお話を伺う中で、一人ひとりにヘイトスピーチを自分事として捉え、自分に何ができるかを深く思考する事を促したいと強く思いました。そのため、読み手が自分の速度に合わせて情報を受け取ることのできる、文章という表現を選びました。また、ハルモニたちの思いが溢れる写真も載せました。少しでも多くの方に、その思いが伝わりますように。
▶︎形式:文章・写真
▶︎対象(想定される受け手):ヘイトスピーチをよくない事だとは感じているものの、それに反対する具体的なアクションを起こしていない人々
- こちらは、D4Pメディア発信者集中講座2021の参加者課題作品です。全国各地から参加した若者世代(18~25歳)に講座の締めくくりとして、自身の気になるテーマについて、それを他者に伝える作品を提出していただきました。