LGBT 理解増進法案に欠くもの ―マイノリティは「普通」じゃない? / D4Pメディア発信者集中講座2023課題作品 NoE Raptor
date2023.10.5
categoryD4Pメディア発信者集中講座2023
LGBT 理解増進法案に欠くもの
―マイノリティは「普通」じゃない?―
2023年9月9日
Noe Raptor
このレインボーフラッグのイラストを見て、あなたは最初に何を思い浮かべるだろうか。いまやテレビやネット上、そして街の中でも見かけることが少しずつ多くなってきた、鮮やかでカラフルな6色の旗。LGBTQ+*1のシンボルとして、当事者をはじめとした多くの人々から注目を集めている。
ところが近頃、このフラッグをめぐって一つの悲しい事件が起こった。米カリフォルニア州で今年(2023年)の8月18日に起きた、ALLY(LGBTQ+の人々やコミュニティを支援し、連帯する人々)が殺害された事件*2である。セレクトショップを経営する女性が、店の外に掲げていたレインボーフラッグを容疑者に強引に引き下ろされて口論になり、その後銃で撃たれて亡くなったという。私自身、これまでALLYが巻き込まれるケースを聞いたことがないということもあって、この事件は非常にショッキングだった。
LGBTQ+に関するヘイトクライムはこれに留まらない。今年6月、香港でレズビアンのカップルが殺害されたり*3、日本でもトランスジェンダーの弁護士が殺害予告を送りつけられる*4という事件が起こっている。
日本国内では11人に1人いると言われている LGBTQ+*5。しかし、調査の中でも「言えない」「言いたくない」という人がいる可能性は十分にあり、実際はこの結果よりもっと多いのではないだろうか。
そして、今年6月13日には「LGBT理解増進法案」が衆議院本会議にて可決された*6。その留意事項には、「全ての国民が安心して生活することができる」ように謳われている。
だが「LGBT(Q+)」の人々のために作られた法案のはずが、「全ての国民」と対象をぼかされ、当事者の存在が見えにくくなった。この文言が入れられた理由の一つとして、トランス女性になりすました性犯罪者が、女性用のトイレや公衆浴場に侵入するかもしれないという事態が懸念されたことがある。しかし、このような性犯罪者とトランスジェンダーを一緒くたにする言説を理由に取り上げること自体、彼女たちへの差別を認めているも同然である。これまでも散々多数派への配慮を強いられてきた少数派の当事者が、この一文によって、さらに居場所を失うような思いをしなくてはならなくなる。
今回のD4Pメディア発信者集中講座2023では、「メディアには中立ではなく、公正さが必要である」と学んだ。LGBT理解増進法案にも、これがまさしく当てはまるのではないかと私は思う。
「メディア」とは、発信者から受け手に対してのメッセージを伝達する「透明な箱」のようなものだと考えられがちだが、実際はそうではないという。メール、電話、LINE、対面での会話……メッセージ一つを伝えるにしても、私たちはさまざまな伝達手段を持っているが、その手段によって、つまり「どのように伝えるか」によって、メッセージの内容や意味、受け取り方に変化が生じる。であれば、施行されることで人々にメッセージが伝えられ、それが社会に大きく影響を与える以上、LGBT理解増進法案も「メディア」の一つであり、そこには公正さが求められるのではないだろうか。
可決されたLGBT理解増進法案では、「LGBT(Q+)の理解」を掲げておきながら、「全ての国民」、つまりLGBT(Q+)の人々を差別する人への配慮も大切だとしている。法案では、LGBT(Q+)当事者とそうでない人々との「中立」の立場がとられているつもりかもしれない。だがそれは、セクシャルマイノリティが社会的に弱い立場に置かれている現状を無視し、当事者たちの身に起こる差別やヘイトクライムをも無視することにつながっている。
差別をしたり、ヘイトクライムを起こす人にも肩入れする「中立」の立場をとることは、差別に加担していることと同じではないだろうか。まして、国を動かす存在とも言える議員の立法が差別に加担するということは、決してあってはならないことだと、私は強く思う。
最後に、「普通」という言葉と、そこに潜む暴力性について記したい。私もLGBTQ+の一人で、ノンバイナリーだと自認している。私が友人にカミングアウトした際、理解の言葉がかけられる一方で、「私は普通だけど」と何気なく言われた記憶がある。
普段誰もが何気なく使う言葉だが、「普通」とは一体何なのだろう。誰がその「普通」を決めたのだろうか。マイノリティであることは、「普通」から外れてしまった、ということなのだろうか。友人の言葉を聞いてふとそう思ったことを今でも覚えており、考え続けている。
他人が持つマイノリティ性を、「普通」という言葉で対置するのは、実はとても暴力的なのではないかと感じる。「普通」を定めてしまうことで、その「普通」からはみ出した人を特別視・異端視し、あろうことか抑圧・排除しようとする社会は、誰の命も守れないと私は思う。メディアにとって中立ではなく公正さが大切なように、「普通」という基準を決めるのではなく、既にこの社会で多様に暮らしているマイノリティのことを知り、向き合うことこそマジョリティに求められることではないだろうか。
差別や抑圧のない社会で、マイノリティもマジョリティも、この社会に生きる一人の人間として公正に暮らしていける未来を望むとともに、その未来を目指して、私自身これからアクションを起こしていきたい。
*1 他に「LGBTs」や「LGBTQIA+」などの表記の仕⽅があるが、ここでは
「LGBTQ+」に統⼀する。
*2 LGBTQ+のレインボー・フラッグ掲げた店主を射殺、⽶カリフォルニア州.
BBC. 2023年8⽉21⽇. BBC NEWS JAPAN.
https://www.bbc.com/japanese/66567200 (参照2023年9⽉9⽇)
*3 殺された⼥性2⼈は同性愛カップル. ⾹港ポスト. 2023年6⽉3⽇. ⾹港ポ
スト. https://hkmn.jp/殺された⼥性2⼈は同性愛カップル/ (参照2023年9⽉
9⽇)
*4 トランスジェンダーの弁護⼠に殺害予告 「ヘイトだ」と捜査求める. 朝⽇
新聞. 2023年6⽉5⽇. 朝⽇新聞デジタル.
https://www.asahi.com/articles/ASR654SXNR65PTIL003.html (参照2023年9
⽉9⽇)
*5 11⼈に1⼈がLGBT 層 LGBT を取り巻く最新事情. 電通. 2019年3⽉28
⽇. 電通報. https://dentsu-ho.com/articles/6542#:~:text=8.9%25という数字
は、約,を実施しています%E3%80%82 (参照2023年9⽉9⽇)
*6 「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国⺠の理解
の増進に関する法律」. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/rikaizoshin/law/pdf/jobun.pdf (2023年9⽉9⽇参照)
LGBT 理解増進法案に欠くもの ―マイノリティは「普通」じゃない?―
文章では、LGBTQ+の人々の身に今現在起こっていることや、私という一人の当事者として考えていることを率直に伝えたいと思った。イラストは、自身が絵を描くことが好きということもあり、文章に合わせてイメージしていることが、受け手に伝わりやすいと考えた。
▶︎表現形式:イラストと文章
▶︎想定される受け手:自分自身はセクシャルマイノリティ(LGBTQ+)に当てはまらないと考えている人
▶︎制作:NoE Raptor
-
- こちらは、D4Pメディア発信者集中講座2023の参加者課題作品です。全国各地から参加した若者世代(18~25歳)に講座の締めくくりとして、自身の気になるテーマについて、それを他者に伝える作品を提出していただきました。