無関心を関心に—境界線を越えた平和な世界を目指すNPOメディア

Articles記事

ウィシュマさんを診療した医師は遺族に何を語ったのか ―「最終報告」に盛り込むべき3つの重要点

3月6日、名古屋出入国在留管理局(以下、名古屋入管)の収容施設で、スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなり、4ヵ月が経つ。ウィシュマさんは英語教師を夢見て2017年6月に来日したものの、学校に通えなくなり在留資格を失ってしまった。昨年8月に名古屋入管の施設に収容されたが、帰国できなかった背景には、同居していたパートナーからのDVと、「帰国したら罰を与える」「殺す」などといった脅しがあったことを、ウィシュマさん自身がノートに書き記し、面会を重ねていた支援者にも相談していた。
 

5月17日、ウィシュマさんの遺骨が永代供養された愛知県愛西市の明通寺で

また、面会を重ねていた支援団体「START」メンバーからは、ウィシュマさんが「帰国できない」意思を示してから、入管職員の高圧的言動、態度が酷くなったとの指摘もなされている。2月になると、「歩けないのに『リハビリだから歩け』と職員に言われている」「トイレに行こうとして倒れてしまっても、助けてくれなかった」「ベッドから落ちてしまい、そのまま床で寝て寒かった」といった、虐待ともいえる内情をウィシュマさんは訴えていたという。

真相解明を求め日本に滞在しているウィシュマさんの妹、ワヨミさん(次女)とポールニマさん(三女)は7月2日、捜査を進めている名古屋地検と、ウィシュマさんが亡くなる2日前に診療した医師が勤める病院を訪れた。
 

名古屋地検へと向かうワヨミさん(右)とポールニマさん

名古屋地検では担当検事と面会し、「姉の遺体と対面した時のことが忘れられません。変わり果てて、まるで別人のようでした。今でも思い出し、眠れなくなることがあります」と心境を語り、捜査が迅速に進むことを期待していることを伝えた。

入管側はウィシュマさんが映っているとされる、収容施設の居室の監視カメラ映像を遺族にも公開していない。担当検事からは、その映像を見たかどうかも含め、捜査の具体的な進捗を伝えることは現段階ではできないと伝えられたという。ただ、「自分たちの悲しみは伝わったと思います」とワヨミさんは感触を語った。
 

名古屋地検にて

また、名古屋市内の掖済会病院では、亡くなる2日前にウィシュマさんの診療を担当した精神科のA医師と面会。ここではA医師から、入管庁が4月に公表した「中間報告」には記載されていない重要な証言が遺族に伝えられている。具体的には下記の3つの点だ。
 

「中間報告」に記載されていない3つの重要点

1.なぜ「詐病」の記述があったのか

A医師から入管への「診療情報提供書」には、「支援者から『病気になれば仮釈放(仮放免)してもらえる』と言われ、詐病の可能性もある」などと記されていた。支援団体「START」メンバーは「そうしたことは一切言っていない」とし、《入管は、支援者が被収容者と面会をする際は必ず立ち合いの職員を同席させ、支援者と被収容者とのやり取りを記録しています。支援者が女性(ウィシュマさん)に対して「病気になれば、仮釈放(仮放免)してもらえる」と言ったことを主張するのであれば、誰が、いつ、どのような表現で言ったのか、証拠を出すべき》との公式見解を公表している。

この「支援者から『病気になれば仮釈放(仮放免)してもらえる』と言われ」の部分に関しA医師は、同行してきた入管職員から口頭で伝えられたと語ったという。また、もしもこうした「情報」が入管から与えられていなかった場合、詐病の可能性を疑ったかという点について、「疑わなかった」とも語った。
 

A医師から入管への「診療情報提供書」

2.「体は大丈夫だ」「内科検査を受けて問題なかった」

A医師から見てウィシュマさんはぐったりしている様子であったものの、同行していた入管職員に「外部のB病院で内科検査を受けて問題なかった」「体は大丈夫だ」と伝えらえられていたという。けれどもB病院での診療は2月5日、A医師の診療の1カ月も前のことだ。この点について、代理人の指宿昭一弁護士は、「(B病院では)胃カメラをやったくらいで、内科のあらゆる疾病が否定されるほどの調査はやっていないんです。前提がおかしい」と強調する。

B病院の診療記録(2月5日付)には、「(薬を)内服できないのであれば、点滴、入院」と記されていたことが分かっている。また、B病院での検査から3日後の2月8日、「START」の面会記録には、名古屋入管の処遇部門とのやりとりについて、《(B病院医師から)点滴を打つことについても話があったが、「長い時間がかかる」ということで、入管側は「入院と同じ状態になるので」、点滴をうたずに女性を入管に連れ帰った(処遇部門の職員から聴き取った話)》と記されている。こうした記録を照らし合わせても、1ヵ月前の時点でウィシュマさんの体調が非常に悪化していたことがうかがえる。
 

3.「仮放免」を進言した際の入管職員の反応は

それでもA医師は「診療情報提供書」の中で「仮釈放(※筆者注 仮放免)してあげれば、良くなることが期待できる。患者のためを思えば、それが一番良い」と記している。「仮放免」は在留資格がないなどの事情を抱える外国人を、入管施設に収容するのではなく、その外での生活を認めたものだが、A医師は口頭でもこの点を伝えていたという。それに対し入管職員から「持ち帰ります」とはっきり言われたのだという。それでも、仮放免の判断はなされず、ウィシュマさんは2日後に亡くなった。「組織(入管)の責任としてはっきり言える点だ」と指宿弁護士は語る。
 

検察での面会後、記者からの質問に答える指宿昭一弁護士

明らかになった虚偽やごまかし

入管職員の「虚偽情報」が医師にバイアスを与え、命を救える機会を逸したのではないか——以上の3点はいずれも、「中間報告」に記載されていない点だ。「今日の証言で、中間報告書の虚偽やごまかしが、さらに明らかになったと思っています。入管に不都合なことを意図的に隠しているのでは」と指宿弁護士は語る。

A医師との面会を終えたポールニマさんは「これで入管側の責任がはっきりしたと思っています」と憤りを語り、ワヨミさんも「入管職員が間違ったことを言ったために、姉を助けられなかった。その日のうちに仮放免や入院ができていれば、姉は助かったかもしれません」と悔しさをにじませた。
 

掖済会病院でA医師との面談を終えたワヨミさん(左)とポールニマさん

肝心の「最終報告」だが、入管庁はこれまで、最終報告書は7月中に提出すると説明してきた。ところが、6月14日に鈴木宗男参議院議員が提出した「質問主意書」には、「取りまとめの時期について、現時点で確定的にお答えするのは困難」との回答がなされており、先行きは不透明だ。ワヨミさん、ポールニマさんは「このままでは母に何も報告できない」と、日本に留まり、真相解明を待ち続けきた。結果の公表を無為に引き延ばしているのだとすれば、あまりに不誠実な対応だ。

「開示には皆さんの声が必要です。あの入管法の改悪を止めた市民の声で、真相解明を」と指宿弁護士は強く語る。最終報告が引き延ばされているのであれば、そこに入れ込まなければならない重要な点を、こうして徹底的にあぶり出していく必要があるはずだ。
 

(2021.7.5 / 写真・文 安田菜津紀)

 

※記事の一部を修正しました。(2021.7.6)
 


あわせて読みたい

Dialogue for Peopleではウィシュマさんの名古屋入管での死亡事件、そして入管行政のあり方や問題点について記事や動画、ラジオで発信してきました。問題を明らかにし、変えていくためには市民の関心と声を継続的に届けていくことが必要です。この件に関する取材や発信は今後も行ってまいります。関連コンテンツを時系列で並べておりますので、ぜひご覧ください。

【事件の経緯・問題点】
「殺すために待っている」「今帰ることできません」 ―スリランカ人女性、ウィシュマさんはなぜ帰国できず、入管施設で亡くなったのか[2021.4.19/安田菜津紀]
「この国の崩れ方がここまできてしまったのか」―入管はなぜウィシュマさんのビデオ映像を開示しないのか[2021.5.18/安田菜津紀]
Radio Dialogue ゲスト:千種朋恵さん・鎌田和俊さん「ウィシュマさん死亡事件の真相究明と再発防止を求めて」(7/7)
いつから入管は、人が生きてよいかどうかを決める組織になったのか ーウィシュマさん死亡事件の解明求める署名活動はじまる[2021.7.12/安田菜津紀]

【報告書について】
ウィシュマさんを診療した医師は遺族に何を語ったのか ―「最終報告」に盛り込むべき3つの重要点[2021.7.5/安田菜津紀]
Radio Dialogue ゲスト:中島京子さん「ウィシュマさんの報告書とビデオ開示から考える収容問題」(8/18)

【入管行政の問題点・入管法改定など】
入管法は今、どう変えられようとしているのか? 大橋毅弁護士に聞く、問題のポイントとあるべき姿[2021.3.22/安田菜津紀]
「“他人が生きていてよいかを、入管は自由に決められる”というお墨付き」―入管法が変えられると、何が起きてしまうのか[2021.5.7/安田菜津紀]
在留資格の有無を「生きられない理由」にしないために ―無保険による高額医療費、支援団体が訴え[2021.6.7/安田菜津紀]
「仲間ではない人は死んでいい、がまかり通ってはいけない」―入管法は今、どう変えられようとしているのか[2021.4.12/安田菜津紀]

 

この他、収容問題に関わる記事一覧はこちら

 

 

Dialogue for Peopleの取材や情報発信などの活動は、皆さまからのご寄付によって成り立っています。取材先の方々の「声」を伝えることを通じ、よりよい未来に向けて、共に歩むメディアを目指して。ご支援・ご協力をよろしくお願いします。

 
 

この記事をシェアする