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のたうちまわる男性を7時間放置、日誌には「異常なし」―入管でのカメルーン人男性死亡事件、国に賠償命令

「I’m dying!」(死にそうだ!)

「みず、みず!」

そう叫びながらのたうちまわるAさんの映像(※)を最初に目にした衝撃は忘れられない。これがまぎれもなく、国が管理する施設で起きたということにも――。

2014年3月、茨城県牛久市にある「東日本入国管理センター」の収容施設で、難民申請中だったカメルーン人男性Aさんが体調不良を訴えるも、7時間あまり放置され亡くなる事件が起きた。床の上で転げまわるほどの苦痛を訴えていたにも関わらず、入管職員は対処するどころか、監視カメラでその様子を観察し、動静日誌に「異常なし」と書き込んでいた。

この事件についての入管側の報告書では、亡くなる前夜に男性が「I’m dying!」と叫び続けていたことに一言も触れられていない。

(※)Aさんの映像:男性が苦しむ様子が映されています。

医師の診療を受けられない

Aさんは2013年10月、成田空港に到着後、空港の入管施設に収容され、翌月、牛久の東日本入国管理センターに移収された。この月のうちに、糖尿病等の持病があることが判明している。

翌年2014年2月末時点で、Aさんは深刻な胸痛や息苦しさを訴えていた。3月27日、重篤な様子を見かねた被収容者たちが、Aさんに診療を受けさせるよう、自室に戻らず、懲罰を受けることも覚悟でホールでの座り込みを決行した。

この日、診療にあたった医師は、血液検査の結果によっては「外部の病院への紹介が必要」だと職員に伝えていたが、翌日には出ていた結果を、職員は検査業者から取り寄せなかった。検査結果は、血糖などが基準値を超えていたという。27日を最後に医師の診療が受けられないまま、壮絶な苦しみを経て、Aさんの死亡が確認されたのは3月30日のことだった。

2017年9月、Aさんの遺族は国及び当時のセンター所長に対し、1000万円の賠償請求訴訟を提起した。遺族代理人の児玉晃一弁護士は、裁判所の手続きである「証拠保全」のため、提起前に法務省入国管理局(当時)を裁判官とともに訪れた。「証拠保全」は、改ざんや隠匿を防ぐための手続きだ。Aさんがいた居室などの監視カメラ映像を出すか出さないか、長時間の押し問答の末、その場で映像の一部を見ることになった。それが、「I’m dying」とAさんが絶叫する場面だったという。

茨城県牛久市にある東日本入国管理センター。(安田菜津紀撮影)

入管死亡事件で国が責任を認めた初の判決

当初入管側は、映像のうち必要な箇所だけを静止画で裁判所に提出すると主張していた。その後、訴訟となり、原告側が文書提出命令の申し立てをしたところ、入管側はAさんが亡くなる朝までの35時間分の映像を任意で提出してきた。監視カメラは全部で3つ、部屋の中に2ヵ所、廊下に1ヵ所だ。

ところが裁判の過程で入管側は、職員が廊下で監視したり、部屋に入って水を渡したりと、さも適切に対応していたかのように見える部分だけを恣意的に切り取り編集した45分を「証拠」として提出してきたという。

2022年9月、水戸地裁は、遅くとも男性が死亡する前夜の段階で、入管に救急搬送を要請する注意義務があったにも関わらず、それを怠ったとして、国に165万円の支払いを命じたが、死亡したこと自体との因果関係は認められなかった。その後、遺族、国側ともに控訴していたが、2024年5月、東京高裁は双方の控訴を棄却し、一審の判決が維持された。

統計をとりはじめた2007年以降だけでも、入管収容施設内で18人が亡くなっているが、刑事責任を問われた者はいない。入管死亡事件で国の責任を認めたのは、Aさんの裁判の水戸地裁が初めて、高裁で認められたのもこの控訴審が初となる。

裁判の過程で、国側はあくまでも適切な措置をとっていたと繰り返し、監視カメラの音声を切っていたため、モニターでは男性の異変に気付かなかったと主張していた。児玉弁護士はこう語る。

「彼(Aさん)は自分の意思でこの施設に行ったのではなく、強制的に収容されました。家族や友人はそばにいない上、とても外に助けが呼べる状態ではなく、救えるのは入管職員だけでした。つまり、大きな声を出して入管職員を呼ぶしか生きられる方法がなかったんです。それを、声が聞こえなかった、だから国に責任はないというのは、通らないのではないでしょうか」

高裁判決後、会見に臨む弁護団。左から2番目が児玉弁護士、3番目が生田弁護士。(安田菜津紀撮影)

精神的苦痛はあらゆる人間において共通

国がとるべき措置をとらなかったことと、Aさんが亡くなったことの因果関係が認められなかったことについて、同じく代理人を務める生田康介弁護士はこう指摘する。

「こうした医療関係の裁判の場合、カルテの記載などをもとに判断をするのが通常だと思います。ところが本件の場合は、ビデオに映っていた期間、あるいはその前後、ほとんど検査や医療措置をしておらず、カルテが残っていません。それが医療として正しかったのか分かりようがありません。つまり、入管の対応がずさんであればあるほど、こちらの立証が難しくなります」

児玉弁護士もこう続ける。

「この事件はビデオがあったからここまで認められましたが、逆に入管が今後、ビデオを残さなくなることを懸念しています。ブラックボックスの中の立証責任をこちらばかりに押し付ける、その構造自体が間違っているのではないでしょうか。原則として管理者である国に責任があり、責任がないというのであれば、国がむしろそれを証明しなければならない、という方が本来フェアでしょう」

165万円という賠償額について、原告側は「カメルーンの経済状況等を考慮することは、不当な差別であり、違法である。精神的苦痛はあらゆる人間において共通であり、日本国籍を有する者と外国籍の者との間に差異があってはならない」と主張してきた。

判決は「被害者が外国人である場合に、当該外国の経済事情や、被害者の本邦での生活歴という事情をしんしゃくして慰謝料の額を算定することが許されないものではなく、また、そのことが、不当な差別に当たるものでもない」とし、ここにも「外国人だから」が持ち出される課題が浮き彫りになった。

2021年3月、スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で死亡する事件が起き、遺族による裁判は現在も続いている。ウィシュマさんが最後に過ごした居室の監視カメラ映像が295時間分(約2週間分)残されているとされるが、国が裁判所に提出してきた映像は、そのうちの約3時間分にとどまっている。

そもそも国側は当初から、ウィシュマさんのビデオ開示を頑なに拒んできた。入管側が掲げてきた「保安上の理由」「(ウィシュマさんの)名誉・尊厳」という不開示理由について、児玉弁護士はこう語る。

「名誉や尊厳の観点から判断できるのはご遺族だけで、入管や法務省ではないはずです。ご遺族は施設のドアの詳しい形状などを見たいと主張しているわけではありません。保安上の観点から懸念される箇所だけマスキングすればいいだけの話だと思います」

亡くなったカメルーン人男性Aさんのビデオ映像にも、開示されているウィシュマさんのビデオにも、映っているのは、ほぼ床やベッドのみだ。これでどうやって逃走や脱監などにつながるのかと、児玉弁護士も疑問を呈す。

ウィシュマ・サンダマリさんの遺影。(安田菜津紀撮影)

入管のブラックボックスの透明化を

ウィシュマさんが亡くなった後、入管は「医療体制の改善」を打ち出してきた。2023年4月、齋藤健法務大臣(当時)は衆院法務委員会でこう述べている。

「入管庁では(ウィシュマさんの)調査報告書で示された改善策を中心に業務改革に取り組んできたところ、常勤医師の確保等、医療体制の強化など、改革の効果が着実に表れてきていると思います」

この月に入管庁が公表した「改善策の取組状況」という資料には、大阪入管の欄に「常勤医一名」と記されていた。ところが後にこの医師は、酒酔い診療が発覚し、この時点で診療実態がなかったことが発覚した。齋藤法務大臣は、当該医師について、2月下旬には報告を受けていたという。

この「医療体制の改善」そのものがいかに杜撰かが浮き彫りになってきたが、問題の本質は、そもそもの「ブラックボックス状態」にある。同じ事件を繰り返さないためには、恣意的に収容・解放の判断を入管が行い、無期限収容も可能である現体制を、根本から転換し、透明化を図る必要があるはずだ。

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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(2024.5.20 / 安田菜津紀 )

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