無関心を関心に—境界線を越えた平和な世界を目指すNPOメディア

Articles記事

New

「長引かせるほど、原告が死に絶える」―最高裁違法判決後も続く生活保護減額を巡る訴訟

口頭弁論後の集会で発言する桑波田敦さんと弁護団。(安田菜津紀撮影)

2025年6月27日、最高裁判所から出てくる「いのちのとりで裁判」原告たちと弁護団の表情はみな、晴れやかだった。

「司法は生きていた」——そう書かれた判決垂れ幕が掲げられると、支援者から拍手と歓声が上がった。長い長い訴訟の道のりを経て、ようやくたどりついた「正義」だ。

安倍政権下の2013~15年にかけて、生活扶助基準が平均6.5%、世帯によっては10%という、過去最大の引き下げが行われた。その違法性を問う「いのちのとりで裁判」は、29都道府県で、千人を超える原告によって提起されていった。10年を超える裁判の末、最高裁は大阪・愛知訴訟について生活扶助基準改定の違法性を認め、保護費減額処分の取り消しを命じた。

国が生活保護基準引き下げの根拠だと主張してきたのは、①「デフレ調整」と②「ゆがみ調整」だった。それぞれの詳細についてはこの記事に記している。



「追加給付」額を値切る国

「物価偽装」と指摘されるほどの恣意性があった①「デフレ調整」については、厚生労働大臣の判断の過程及び手続に過誤、欠落があったとして、最高裁で違法とされた。

一方、②「ゆがみ調整」については、《所得下位10%層の消費実態と生活扶助基準を比較し、その間にある「ゆがみ」を「是正」した》というのが国の言い分だが、最高裁は「裁量権の逸脱・濫用とまでは言えない」とした。こうして個別の論点での判断は分かれたものの、判決は減額処分「全体」の取消しを命じていた。

「やっと自分たちの声が届いた」——当日はそんな喜びの声が原告たちからも溢れていた。不正義が正される、と誰もが思っていただろう。

ところが国は、この判決の意味と正面から向き合おうとはしなかった。

最高裁で違法とされた手法とは別の指標を引っ張り出し、「補償」を一部に留めた。違法な引き下げ実施前の基準との差額を全額遡及して支払うのではなく、「新たな減額」改定によって「追加給付」額を値切ったのだ。その上、保護廃止世帯への「追加給付」にも様々な「壁」が立ちはだかっている。



切り詰めざるをえない生活

その上、最高裁判決を経てなお、国側は各地で続く裁判で、争う姿勢を崩さなかった。

このうち北海道、埼玉、京都、広島、福岡の5訴訟を巡っては、国側の上告が不受理となり、原告勝訴の判決が確定している。ただし亡くなった原告についての上告は維持されている。なかでも北海道は、原告であった世帯主が亡くなった後、訴訟を引き継いだ世帯員原告についての判断が留保されたままだ。訴訟承継が認められた札幌地裁、高裁の判断が維持されるかが焦点となっている。

一方、高裁で原告が敗訴となった4訴訟(秋田・兵庫・佐賀・熊本)については、9月29日、口頭弁論が最高裁第三小法廷で開かれた。このうち佐賀・熊本の2訴訟について傍聴した。

本来であればこの日、佐賀の原告として渋谷三千秋さんも参加予定だったが、自力では外出できないほど体調が思わしくなく、代読となった。渋谷さんは保護費が減額されたことで徐々に栄養が偏るようになり、自宅で倒れた。この2、3年でこうした入院治療を3回繰り返している。

生活保護受給中に一定期間以上入院する場合、通常の生活扶助費は「入院患者日用品費」へ切り替えられ、減額される。そのため渋谷さんは携帯電話料金を払えず止められそうになってしまった。そのため退院後、携帯の未納料金を払うために、「さらに生活を切り詰める」という悪循環が続いた。現在の渋谷さんは、170センチの身長で体重は42キロしかない。

「交際費も出せないので、自然と友人との関係が切れてしまいました。切りたくて切ったのではありません。こんな寂しい老後は、“文化的”といえるのでしょうか」

日本国憲法第25条1項
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。


国の仕事は貧困をなくすこと

昨年6月判決で違法性が認められなかった②ゆがみ調整では、生活保護基準部会の検証を経た改定率を、無断で「2分の1」にする処理まで加えられていたことが、後に発覚する。これにより、増額幅が減らされたり、本来増額されるはずが、減額に転じられてしまったりした世帯もあった。

代理人の甲木美知子弁護士は「財政負担を軽くしようとする『動機の不正』は明らか」と指摘し、「最高裁が行政庁の判断過程の違法性にもっと深く踏み込み、行政庁の横暴を阻止するという真の価値を発揮することを切に望む」と訴えかけた。

続く熊本訴訟の口頭弁論では、原告二人が参加した。浅井勝也さんは現在84歳。40年間居酒屋を経営してきたが、頚椎を痛め、店をたたむことを余儀なくされた。

「昨年の夏、私はエアコンの使用を我慢して2度も熱中症で救急搬送され、命の危機にさらされました。スーパーでは1円でも安い食品を探し、味や品質ではなく、“半額シール”が食品を選ぶ基準になっています。栄養など考えている場合ではありません。趣味などはとうに諦めました」

「私たち生活保護利用者は、特別な人間ではありません。裁判官のみなさんと同じように一生懸命生きてきました。それでも様々な事情があり、生活保護に命を助けられたのです。その生活保護が、命を奪うような過酷な状況を生んでいるということに目を向けていただき、国の不当な扱いを断罪する判決をお願いします」

車椅子から裁判官に声を届けた桑波田敦さんは、現在70歳。親の支配、リストラ、自殺未遂、身体障害とうつ病など、様々な困難を強いられ生きてきたという。現在は週に3回、作業所に通う。

「国の仕事は、貧困をなくすことではないですか。生活保護費以下で生活している人もいます。国がすべきことは『生活保護費をどう減らすか』ではなく、公平な社会のためどのように所得を分けるかではないですか」

口頭弁論後の集会で発言する浅井さんと弁護団。(安田菜津紀撮影)



次世代のためにも社会の是正を

髙木百合香弁護士は、実際に理不尽な措置を受けてきた人々のみならず、次世代への責任とも向き合う必要性を強調する。

「国民の側から見ると、国から何をされても耐え忍ばなければいけない社会です。もし是正されなければ、そうやって形作られたいびつな社会を生きていくのは、選挙権もない子どもたちです」

昨年6月判決を経てなお、被害回復が公正に行われていないことにも疑問を呈した。

「原告であった者を含め、すでに死亡した保護利用者には、追加給付をしないというのです。これはつまり、問題を長引かせれば長引かせるほど、原告が死に絶え、国が追加給付する額を減らすことになる手法です。国は何度原告たちを苦しめれば気が済むのでしょうか。こうした手法こそ後世に残してはいけません」

髙木弁護士が語るように、全国で声をあげた原告1022名のうち、すでに279名、4分の1以上が死亡している。熊本でも、提訴時に49名だった原告のうち、16名が亡くなっている。

阿部広美弁護士はこう訴えかけた。

「栄養状態の悪化やエアコンを利用できないことからの体調不良、楽しみが奪われたことから来る精神的不調など、多くの苦難を原告たちにもたらした本件改定が、失われた多くの命と無関係であったなどと誰が言えるのでしょうか」

「国がしたことの一部でも追認することは、命をも奪う人権侵害に加担することに他なりません。生活保護利用者が、再び長期間闘わなければならないような判決では、さらに多くの命が失われます」

掲げられている旗には「生活保護はいのちのとりで 土台沈めばみんなが沈む」と書かれている。(安田菜津紀撮影)

最後に国側代理人がごく短く主張を述べたが、改めて愕然とするものだった。その内容は、昨年6月の最高裁判決(原告勝訴)に沿ったものを出してほしい、という要望だった。つまり「こちらは敗訴でいいので、昨年の判決以上の内容に踏み込まないでほしい」ということになる。「敗訴でいい」ならなぜここまで争い、長引かせるのか。

「いのちのとりで裁判」を巡っては過去、司法の杜撰な態度も問われてきた。2021年5月の福岡地裁判決、同年9月の京都地裁判決、同年11月の金沢地裁判決、これら3つの判決文すべてにおいて、NHK受信料の「信」の字が「診」という誤字になっていた。つまり、判決文が「コピペ」されていたのだ。

今回口頭弁論が開かれた4訴訟の判決は10月23日に言い渡される。単に昨年の最高裁判決の「コピペ」ではない、踏み込んだ判断が望まれる。

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

このライターが書いた記事一覧へ


あわせて読みたい・聞きたい


D4Pメールマガジン登録者募集中!

新着コンテンツやイベント情報、メルマガ限定の取材ルポなどをお届けしています。

公式LINEを登録しませんか?

LINEでも、新着コンテンツやイベント情報をまとめて発信しています。

友だち追加

この記事をシェアする