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【エッセイ】月300冊の読み聞かせの時間が私にくれたもの

今でも時折、母と語る幼い頃の思い出があります。

私の母は絵本の読み聞かせにこだわる人でした。人を無為に傷つける人間とならないよう、内面を豊かにするには絵本が必要だと考えていたようです。その冊数はなんと月に300冊!1日に10冊近くもの絵本を読んでくれていたのです。この話をすると多くの人は「そんなにたくさん…!」と驚きます。

母の絵本かばんに、いくつもの図書館のカードが束になってぶら下がっていたのを今でも覚えています。ある図書館で絵本を読みつくしてしまうと、また次へ、また次へと巡っていくのです。自転車で行ける範囲の図書館を一巡した頃、最初に通っていた図書館に新しい絵本が入っているのでまた探しに行く、ということの繰り返しでした。

ある時、母がいつになく真剣な面持ちで、1冊の絵本を手に取りました。いまだ読み継がれている、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」です。自ら誰を愛することもなく、ただ生き死にを繰り返していた1匹の猫が、最愛の相手を見つける物語です。けれども2匹はやがて、別れのときを迎えます。それは死によってもたらされる、決して抗うことのできない離別でした。

私は珍しく、母に食ってかかってしまいました。「なんでこんな悲しい絵本借りてきたの?」と泣いて怒ったのです。私は出来る限り、その悲しみを心の中から遠ざけようとしていました。それにも関わらず、母は何度も繰り返し、この本を借りては読み聞かせようとしたのです。

今だからこそ、母が私に何と向き合ってほしかったかが分かります。誰かと会えなくなる悲しみの深さは、愛の深さであること。死と向き合うからこそ、生が輝くこと。この絵本と向き合えたからこそ、私はその後の父や兄の死を少しずつでも、受け入れることができたのでしょう。

月に300冊の読み聞かせの中には他にも、私にとって宝物となっている絵本との出会いが溢れています。とりわけ深く刻まれた物語は、時を経るごとに、むしろ心の中で輝きを増しているように思います。絵本は大人と子どもが感性を分かち合う、大切な架け橋の役割を果たしてくれているのだと実感します。

だからこそ私は伝える仕事に就き、子どもたちに伝えられる本を作りたいと思ったのでしょう。もっと正確に言うと、子どもと大人が「一緒に考えてみよう」と、言葉を、感性を響かせ合える本。私と母が「100万回生きた猫」から、生と死を見つめたように。

(2019.4.25/写真・文 安田菜津紀)

安田菜津紀の写真絵本
■ 『それでも、海へ 陸前高田に生きる』
■ 『しあわせの牛乳』(※写真を担当)

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