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取材レポート

2021.8.11

「真実を知るためなら、何でも行う」―ウィシュマさんについての「最終報告書」は何が問題か

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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2021.8.11

取材レポート #人権 #収容問題 #安田菜津紀

今年3月6日、名古屋出入国在留管理局(以下、名古屋入管)の収容施設でスリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなってから5カ月が経った。ようやく公表された「最終報告書」は、収容体制の根本には切り込まず、表面的な対応の問題に終始するもので、入管側が選んだ「第三者」を入れるのみに留まった内部調査の限界が露呈した。名古屋入管で責任ある立場の幹部職員に下されたのも、軽微な「処分」のみだった。また、収容中のウィシュマさんの居室を映したビデオの開示方針も、遺族や代理人の求めていた形とはかけ離れるものだった。
 

生前のウィシュマさん。

疑問だらけの最終報告書

ウィシュマさんは英語教師を目指し、2017年6月に来日したものの、その後、学校に通えなくなり在留資格を失ってしまった。昨年8月に名古屋入管の施設に収容されたが、帰国できなかった背景には、同居していたパートナーからのDVと、その男性から収容施設に届いた手紙に、「帰国したら罰を与える」など身の危険を感じるような脅しがあったとみられている。
 

ウィシュマさんのノートにも、DV被害や、帰国することに怯えている様子が記されている。

ご遺族は5月頭に来日していたが、「真実が分からないままではスリランカで待つ母に何も報告ができない」と日本に留まり、最終報告書を待っていた。当初、松本裕入管次長が「7月中」としていた最終報告書の公表時期について、8月2日に開かれた野党議員による入管庁へのヒアリングでは、明確な時期を示されず、判然としない回答が続いた。ウィシュマさんのご遺族である、妹で次女のワヨミさんは、「ロボットのように書類に書いてあることを繰り返すだけなら、この場の意味がありません。人間として話をしてほしい」と声を震わせた。
 

8月2日の野党ヒアリングで、入管庁の担当者に疑問を投げかけるワヨミさん(中央)。

上川陽子法務大臣は翌3日の記者会見で、報告書の公表が遅れていることに謝罪はないのかと記者から問われ、「私からいつまでという期限を切ったことはない」「謝罪というのは、どのような意味をもってなのか」といった回答に終始した。
 

8月3日の記者会見で記者からの問いに答える上川大臣。

8月10日朝、入管関係者が遺族に「最終報告書」を手渡したが、ウィシュマさんが亡くなったことについても、最終報告に時間を要したことにも、やはり謝罪の言葉はなかった。死因は「病死と考えられる」としているが、「複数の要因が影響した可能性があり、具体的な経過の特定は困難」と曖昧にされており、収容との因果関係にも踏み込んでいない。「5ヵ月経っても分からないなんて、母に何と伝えたらいいんでしょう」と、ウィシュマさんの妹であり、三女のポールニマさんは怒りを込めて語る。
 

担当者から最終報告書を受け取ったワヨミさんとポールニマさん。

「最終報告書」と「中間報告書」を照らし合わせていくと、「中間報告書」ではいくつもの重要な点が抜け落ちていたことが浮き彫りになる。亡くなる数日前から、ウィシュマさんは、「点滴だけお願い」など、度々点滴を自ら求めていたと「最終報告書」には記されているが、この点は「中間報告書」には記載されていなかった。むしろ「中間報告」には、2月4日の庁内医師、2月5日の中京病院での診療で、ウィシュマさんからの点滴の求めはなかった、と記載しているため、この「中間報告書」だけを読むと、本人から点滴の求めは一切なかったかのように読めてしまう。

さらに、「最終報告書」で新たに明らかになったのが、2月15日に尿検査が実施されていたことだ。検査の数値は、ウィシュマさんが「飢餓状態」にあったこと、電解質異常や腎機能障害など、代謝障害が引き起こされていることを示唆するものだったが、更なる検査が適切に実施されることはなかった。その約20日後の3月4日に受診した外部病院、掖済会病院では、内科ではなく精神科を受診している。

在宅医療専門の医師、木村知さんは、「(名古屋入管の非常勤医である)医師が、精神科医への診療情報提供書に尿検査の結果について一切言及していないのは不可解。そもそもこの検査結果で、採血すら行われなかったことは医師として常識的に考えられない」と指摘する。
 

代理人の指宿昭一弁護士から、最終報告書の説明を受ける、ウィシュマさんの妹のワヨミさん(左)とポールニマさん。

亡くなる前日の3月5日には、すでにバイタルチェックで血圧や脈拍も測定できない状態となり、職員の問いかけにも反応するのが困難になっていたことが分かる。死亡当日の朝、ウィシュマさんは前日に続き血圧や脈拍も測定できず、ゆすっても反応を示さないなど、危機的な状況に陥っていた。その後「あー」「うー」など声を発する場面もあったが、午後0時56分の時点で、反応を示さなくなっており、午後2時7分、ようやく脈拍がないことが確認される。この時点でも、即救急車を呼んではいないようだ。心臓マッサージを施すなどし、緊急搬送されたのは午後2時31分。反応が示さないことが把握されてから、搬送まで1時間半もの時間を要している。
 

日常化している人権侵害

また、「最終報告書」には、人権侵害に当たる振る舞いが日常化していたことをうかがわせる記載が複数ある。2月26日午前5時15分頃、ベッドから落下したウィシュマさんを、2名の職員がベッドに戻そうとするも、持ち上げられず、勤務者が増える8時頃まで床の上に寝かせていた。

さらに、亡くなる5日前の3月1日、ウィシュマさんがカフェオレを飲もうとしたところ、うまく飲み込めずに鼻から噴出してしまう様子に、「鼻から牛乳や」と職員が発言していたり、亡くなった当日でさえ、反応を殆ど示さないウィシュマさんに対して。「ねえ、薬きまってる?」などと発言していたと記されている。こうした不適切な発言について、一人の看守勤務者は「職員の気持ちを軽くすると共に、(ウィシュマさん)本人にもフレンドリーに接したいなどの思いから軽口をたたいた」と供述しているというが、こうした言葉は発言者の意図の問題ではない。
 

ウィシュマさんが書き残したノート。「ほんとうにいまたべたいです」と記されている。

さらに疑問が残るのが、ウィシュマさんが当時の交際相手、B氏から受けていたとされるDVへの対応だ。名古屋入管では、ウィシュマさんがDV被害者であるかもしれないとの情報には接していたが、それに応じた措置は取らなかった。すでにウィシュマさんは反論する術がないが、B氏の「自分は追い出していない」等の供述をそのまま記載している箇所が複数見受けられる。

B氏について「切迫した危害を示す状況はない」と判断した理由として、B氏からウィシュマさんに宛てて送られた手紙2通のうち、「手紙①には脅しともとれる内容が書かれていたが、その後送られてきた手紙②には、今はもう怒ってない旨書かれていたこと」などがあげられている。しかしDVには多くの場合、暴力を振るう「爆発期」と、その後一転して優しくする「ハネムーン期」があることが知られている。

妹のワヨミさんたちの証言によると、2020年末にはスリランカ在住のウィシュマさんの母親に、B氏が高額な金銭を要求してきたことが2度あったという。ところが最終報告書では、調査チームに対してB氏が「(ウィシュマさんを)助けてほしいと家族に伝えた」と主張したとし、食い違いがある。

こうしたDVによる暴力を、「難民認定の理由となる迫害のおそれとは異なり」としているが、例えば米国では2014年、グアテマラ出身の女性が、夫から深刻なDV被害を受けていたこと、グアテマラの警察に度々相談していたにも関わらず十分に対応されず、出身国にその女性を保護する体制がないことなどを理由に、難民として保護されている。少なくとも、DV被害者が適切に保護できる環境がスリランカにあるかどうか、入管側が問い合わせたり調べたりした形跡は一切ない。
 

ウィシュマさんの遺品として返ってきたシャツ。

最終報告書は今後の改善策のひとつとして、「本庁における情報提供窓口及び観察指導部署の設置」を挙げているが、こうした改革の前にまず必要なのは、現行の体制が機能していないことを正面から認めることではないだろうか。ウィシュマさんは入国者収容所等視察委員会宛の手紙を、1月29日に作成し、30日に提案箱に投函している。視察委員会とは、収容施設への視察や被収容者との面接などを通し、透明性の確保や運営の改善を図るために設置されたもののはずだ。

手紙には、嘔吐物に血が混じっていたことや、男性職員から「迷惑な人だ」と言われたこと、病院に連れて行ってもらえないなどが訴えられていた。ところが、その手紙が開封されたのは、ウィシュマさんが亡くなった2日後、3月8日のことだった。投函されてから一カ月以上もの月日が経っていた。
 

“拷問”を正当化するマインド

ウィシュマさんが亡くなるに至った背景として、最終報告書には「週2回、各2時間の非常勤内科医しか確保されていなかった」「休日に医療従事者が不在で、外部の医療従事者とのアクセスもなかった」など、名古屋入管の医療体制の“制約”の問題だとする指摘が度々出てくる。ただこれは、名古屋入管固有の問題でも、たまたま職員の対応が悪かっただけでもない。難民支援協会が2018年5月に公表している「東日本入国管理センターとの質疑応答」によると、当センターとの意見交換の中で提示された「概数」として、(医師の診療を求める申出書)提出後、診察まで3日以上を要している件数が2,341件を超えており、平均14.4日、最長では54日の待機期間となっており、こうした「医療を受けさせない」問題も常態化していることがうかがえる。

また、ウィシュマさんが職員に食べ物を口に運んでもらってようやく数口食べることができる状態であったにも関わらず、日誌に「摂食した」などと記されていることなどについて、「看守勤務者は介護等の分野について専門家ではなく、その経験にも乏しい」「対応能力を強化すべきであった」としているが、そもそも対応に専門性が求められるほどの状況で収容を続けていたこと自体が不適切だろう。
 

雨の中、法務省前で行われたスタンディングで。

これはもはや、「医療の制約」「対応能力」あるいは、意識改革などと言った小手先の問題ではない。収容や解放の判断に司法の介在がなく、収容期間の上限もない現状が、昨年、国連人権理事会の「恣意的拘禁作業部会」から「国際法違反」と指摘されている。実際、入管の収容施設では2007年以降、17人が亡くなり、うち5人は自殺とされている。

最終報告書に記載されている中でも、入管のいびつな収容のあり方を端的に表しているのが、ウィシュマさんの仮放免を不許可にした理由だ。「一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国を説得する必要あり」などという記載があるが、10日の記者会見で代理人の指宿昭一弁護士は、「長期収容による身体的、精神的苦痛を与えて、意思を変えさせることを“何が悪いのか”と開き直っていますが、これは拷問です。拷問していることを入管は認めている」と強く語った。髙橋済弁護士も、「閉じ込めて音を上げさせて帰らせる、というマインドから抜け出さない限りは、日本社会は“先進国”と肩を並べるような状況にはたどり着けないでしょう」と指摘する。

こうした現状に向かい合うことをせず、最後まで表面的な不備の指摘だけに留まった今回の報告書は、根本的な問題には切り込みたくない入管の姿勢が如実に表れているように思う。それは責任者の処分のあり方にも見受けられる。入管庁は、名古屋入管局長と当時の次長には訓告、処遇部門の幹部2人を厳重注意の処分とするとした。いずれも法律上の処罰ではない。
 

8月10日の記者会見に臨むポールニマさん(手前)とワヨミさん。

真実を知るためなら、何でも行う

今後注視していきたいのはビデオ開示についてだ。ウィシュマさんの居室の監視カメラ映像が2週間分残されているとされているが、現在のところ、それを約2時間に編集したものを“遺族のみ”に開示すると通達されている。遺族は代理人弁護士も一緒にビデオを観ることを希望しているが、「人道上の配慮による開示であるため」という理由で、それは認められないとのことだ。

ウィシュマさんの死から5ヶ月、ご遺族の来日から3ヶ月以上経て公表された最終報告書は、なんら説明責任を果たさないうわべだけのものに終始した。「真実を知るためなら、たとえ国を相手取る裁判となろうとも、なんでも行う」と、会見の終わりにワヨミさんが切実な思いを語った。

実はこの日の会見には、赤木雅子さんの姿もあった。財務省近畿財務局の上席国有財産管理官だった夫の俊夫さんは、「森友学園」への国有地売却を巡る公文書の改ざんを強いられ、2018年3月、自ら命を絶った。その後の財務省の内部調査では、真相が曖昧なままとなり、雅子さんは「真実が知りたい」と裁判を続けてきた。俊夫さんが改ざんについて整理した「赤木ファイル」は、今年6月、ようやく雅子さんに開示されたばかりだ。「赤木ファイルはたくさんの声が集まって開示されたと思います。ウィシュマさんのビデオも、メディアや多くの人の力が必要」と、以前語って下さったことがある。
 

2021年2月、大阪市内で記者会見に臨んだ際の赤木雅子さん。

実は俊夫さんが亡くなったのは3月7日、ウィシュマさんが亡くなった3月6日と一日違いだ。「本来であればそれから春になって桜が咲いていく、一番いい季節のはずが、辛い時期になってしまったことを考えていました」と、ウィシュマさんのご遺族を慮った。「妹さんたちが語っていた、真実を知るためには、裁判でも何でもしたいという気持ちは、私も同じでした。今後の動きも、全力で応援したいです」。

国や政府という大きな構造が、いつしかその組織体の保身を最優先するようになり、個人の命が切り捨てられていく――こうした構図はウィシュマさん、赤木俊夫さんの事件に限らず、今の社会が抱える深刻な病としてこの国に蔓延ってはいないだろうか。煌びやかな祭典や為政者の上滑りする言葉の影で、孤独を抱えた誰かが密室でひっそりと殺されていく社会は、果たして本当に私たち一人ひとりが幸せに生きられる社会なのだろうか。

 

(2021.8.11 / 写真・文 安田菜津紀)

 
 


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【事件の経緯・問題点】
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いつから入管は、人が生きてよいかどうかを決める組織になったのか ーウィシュマさん死亡事件の解明求める署名活動はじまる[2021.7.12/安田菜津紀]

【報告書について】
ウィシュマさんを診療した医師は遺族に何を語ったのか ―「最終報告」に盛り込むべき3つの重要点[2021.7.5/安田菜津紀]
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「“他人が生きていてよいかを、入管は自由に決められる”というお墨付き」―入管法が変えられると、何が起きてしまうのか[2021.5.7/安田菜津紀]
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2021.8.11

取材レポート #人権 #収容問題 #安田菜津紀