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2019.12.4

2019冬特集|【レポート】春を待つ人々へ 

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2019.12.4

Report #Yasuda

2019年冬、Dialogue for Peopleでは「誰かの暮らしに思いを馳せる」をテーマに、シリーズで情報を発信するとともに、厳しい冬の環境に生きる方々への取材など「伝える」活動を継続するための寄付を広く募集しております。一年を振り返る12月、ご自身の過ごした毎日とともに、写真や文章に登場する方々の暮らしに思いを馳せていただくことで、世界への関心が広がることを願っています。

初回にお届けするのは、2016年、イラク北部のクルド人自治区で出会ったナブラスちゃんのお話です。


イラク北部、クルド人自治区。この地を初めて訪れたのは、2016年1月のことでした。クルド自治区最大の都市、アルビルから西へと走る車の窓から彼方に見える山肌は、うっすらと雪に覆われていました。この時期は雨季であり、真冬です。IS(いわゆる過激派勢力「イスラム国」)が急激にその領域を拡大した2014年からすでに2年近くが経っていましたが、家を追われ国内避難民となった人々が、2度目の厳しい季節を迎えようとしていました。

ドホーク県から眺める雪山

アルビルから3時間ほど車を走らせたドホーク県には、多くのヤズディ教徒の人々が身を寄せるキャンプが点在していました。ヤズディ教はシリアやトルコなどにも見られる少数宗教で、全体の数は60万人前後、イラクだけで数十万とされています。外部から入信できるわけではなく、独自の文化や風習が脈々とコミュニティの中で受け継がれています。イラクの中でも特にその数が多い町シンジャールは、2014年8月、ISによって制圧され、包囲された人々が一時、山の上に孤立してしまいました。ISは彼らを“邪教”として男性を殺害、女性を連れ去り奴隷化するなど、制圧後も過酷な扱いが続きました。なんとか逃げ延びた人々、解放された人々にも苦難は続きます。

ヤズディ教徒の人々が身を寄せていた避難民キャンプ

ドホーク郊外の山道を抜け、やがて緩やかな斜面に家々が広がる小さな集落にたどり着きました。雨季の道はぬかるみ、車で通り抜けることはおろか、真っすぐ歩行することすら困難なほど泥水が足にまとわりつきます。集落の片隅には、建設途中で放棄され廃墟となった家々が並び、戦乱から逃れてきたヤズディ教徒の家族が、そこで避難生活を送っていました。その一角から絶えず、悲鳴のようなうめき声が聞こえてきます。

「お腹が痛いよう! 息が苦しいよう!」

家族が身を寄せていた廃墟

未完成の家の中、石造りの壁は底冷えし、たった一つの小さなストーブの熱を容赦なく吸い取っていきます。ビニールや木枠でできた即席の窓からは、ときおり鋭く風の吹き込む音が聞こえます。小さなベッドに横たわるナブラスちゃん(14)の顔を、家族たちが不安げに何度ものぞき込んでいました。つい数日前に、「シンジャールに戻ったら学校に行きたい」とこれからを語っていたという少女ナブラスちゃん。けれどもこの時は、会話をするどころか、私を認識しているかさえ分かりませんでした。

廃墟の中で避難生活を送っていたナブラスちゃん

「ISが私たちの街にやってきたのは突然のことでした。戦うこともできず、車でひたすら北を目指しました。気づけば私の小さな車に、慌てふためく人々が30人以上も飛び乗っていました」

クルド自治政府の治安部隊であるペシュメルガに属していたというお父さんは、当時の混乱を語りながらため息をつきます。ナブラスちゃんは避難生活の前からガンを患い、化学療法を受けていました。家族は戦禍から逃れながら、病院のある街を目指したといいます。けれどもISの台頭をはじめ、戦争による混乱などで国内の経済は停滞し、そのしわ寄せが医療にも及んでいました。

「病院に行っても、薬が届いていないんです。そうなれば外の薬局に行って、自分たちで買わなければならない。仕事のない私たちがどうやって、高額のガンの薬を手に入れることができるでしょうか?」と、お父さんは途方に暮れていました。

ナブラスちゃんが亡くなったのは、その5日後でした。温かな春を迎えることは、叶いませんでした。

破壊の爪痕がなお残るシンジャールの街

半年後、再びご家族の元を訪れたとき、「故郷から持ち出せた貴重なものよ」と、お母さんが生前のナブラスちゃんの写真を見せてくれました。

ほんの小さな子どもの頃のものから、最期を迎える直前、抜け落ちる髪の毛を気にしていたナブラスちゃんのために、お父さんが生活費を削って買ったカツラをかぶった写真まで、そこに写る彼女の瞳はどれも、とても生き生きとしていました。娘と過ごした日々を思い出すとき、お母さんは自身にこう、言い聞かせるのだといいます。

「ナブラスはそれでも、幸せだったのよ。だって遺体が帰ってこない人たちも、たくさんいるんだから」

生前のナブラスちゃんの写真

避難生活を送るヤズディ教徒の人々が、口々に語る言葉があります。

「解放されても、私たちの心はまだ、彼ら(IS)に支配されたままなの。だって毎日、戻らない家族たちのことを考えて生きているのですから」

イラク国内ではいまだ150万人を超える人々が国内避難民としての生活を余儀なくされています。10月にトルコがシリア北部に侵攻したことで、1万4000人以上のシリアの人々が国境を越えてイラクへと逃れています。これから厳しい冬を迎える人々が、安心して温かな春を迎えられるよう、引き続きその声を伝えていきたいと思います。

ナブラスちゃんと共に、廃墟で避難生活を送っていた子どもたち

(2019.12.4/写真・文 安田菜津紀)


2019年秋、Dialogue for Peopleでは「ババガヌージュプロジェクト」にてイラクで音楽交流を行い、メンバーの一人でミュージシャン・作曲家のSUGIZOさんがナブラスちゃんのご家族のもとを訪ねました。「ナブラスが亡くなって以来、思い出さない日はないわ」とおっしゃるお母さん、生まれてきた自分の娘に願いを込めて”ナブラス”と同じ名前をつけたお兄さん。依然として避難生活を送るご家族は、それぞれのかたちで今もナブラスちゃんとともに生きているのでした。
ナブラスちゃんの存在が、こうしてまたこの地域とご家族を訪れ、現地の状況をお伝えする機会を与えてくれたことを考えると、「伝え続ける」ことへの思いは一層強くなります。

Dialogue for Peopleでは、難民キャンプなど冬の厳しい環境に暮らす方や、発災から時間が経過する中で被災地がどのような冬を迎えているかを取材し、継続して発信を行ってまいります。この活動は皆様のご寄付に支えられています。何卒あたたかなご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。

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2019.12.4

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