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「殺すために待っている」「今帰ることできません」 ―スリランカ人女性、ウィシュマさんはなぜ帰国できず、入管施設で亡くなったのか

今年3月6日、スリランカ出身のラトナヤケ・リヤナゲ・ウィシュマ・サンダマリさん(RATHNAYAKE LIYANAGE WISHMA SANDAMALI)が、名古屋出入国在留管理局(以下、名古屋入管)の収容施設で亡くなった。英語講師を夢見て来日後、学校に通えなくなり、昨年8月に施設に収容された。亡くなる直前には歩けないほど衰弱し、嘔吐してしまうため面会中もバケツを持っていたと支援団体などが指摘している。それでも、点滴などの措置は最後まで受けられなかった。

名古屋入管で亡くなったウィシュマさん(左):遺族提供

3月26日、参議院議員会館で「難民問題に関する議員懇談会(難民懇)」が開かれ、議員による入管庁側へのヒアリングが行われた。入管庁は、ウィシュマさんが死亡したことについての調査が既に進行中であるにも関わらず、第三者に加わってもらうことを「検討する」としていた。その後、4月9日に公表された「中間報告」では、死亡から一カ月経ってもなお死因は特定されていなかった。「第三者が調査に加わっており」と記されているものの、その「第三者」が何者なのか、名前などは一切公表されていない。

番号と共に入管側から戻ってきた、ウィシュマさんの遺品のシャツ。

遺族側の代理人を務める指宿昭一弁護士は、「人を収容し、死なせてしまったのなら、どう考えてもこれは名古屋入管の責任なんです」と語る。「入管が任命した人は“第三者”ではありません。入管は調査されるべき対象であって、調査する側ではありません。泥棒に泥棒を捕まえさせるとよくいいますが、まさにそういったことが起きているのでは」と問う。

中間報告には様々な矛盾や不明瞭な点が含まれている。ウィシュマさんが点滴を求めていたことは、ウィシュマさん自身の「仮放免許可申請理由書」にも記されており、面談を重ねてきた支援団体「START」も、ウィシュマさんが亡くなる前から度々SNSなどを通して状況を発信している。けれども入管側は飽くまでも、点滴の求めはなかったと主張し続けている。両者の主張が食い違うのであれば、最低でもそのこと自体を中間報告に記載するべきではないだろうか。

4月14日の「難民懇」では、誰にどのような聴き取りをしたのか、その記録はあるのかと問われても、入管庁側は「行政文書しては残っていない」と答えるのみに留まった。そもそも名古屋入管は、死因が特定される前から、中日新聞(3月10日掲載)の取材に対し「適切に対応していた」とコメントしている。最初から「結論ありき」の調査になっていないだろうか。

ウィシュマさんの遺品。収容中に折っていたとみられる折り紙や紙のケース

4月16日に開催された「難民懇」では、スリランカにいる遺族である母親のスリヤラタさん、次女のワヨミさん、三女のポールニマさんと冒頭からオンラインでつないだ。スリヤタラさんは、「こんなに発展した国で、なぜこんなにも究明が遅れているのでしょうか」と訴え、ウィシュマさんが入管施設に収容され、体調を崩していったことについて、入管側からの親族への連絡は一切なかったとした。

14日に行われた「難民懇」に続き、入管庁は事前に通達された質問事項に対し、口頭での返答を繰り返し、公文書に残るような形での回答をしていない。後から文書化するのかを問われても、「作成するとは申し上げておりません」という、通り一辺倒の答えを繰り返し、遺族に対して誠実に答えるには程遠い態度が続いた。

会見に臨む母のスリヤラタさん(中央)と二人の妹

その後の会見で、スリヤラタさんは、「安全な国だからと日本を選びました。今は誰かが日本に行きたいといっても、勧められません」と、日本そのものへのイメージが揺らいでいることを語った。「スリランカのメディアも関心を寄せていますし、親せきにも何があったのかを聞かれますが、日本側から十分な説明がないままでは答えられません」と、娘を亡くした上に、間に挟まれている苦しみを訴えた。「私の娘は動物ではありません。動物でも病気になれば薬をもらえるでしょう」。

中間報告では、ウィシュマさんが支援団体と面会を重ねる中で、スリランカへの帰国希望を撤回したと記されている。実情はどうだったのか。ウィシュマさんが亡くなる直前まで面会を重ねていた、支援団体「START」顧問の松井保憲さんによると、ウィシュマさんは同居していた男性からのDV被害から逃れようと試み、入管まで向かう交通費もなかったため、まず近くの交番に出頭したのだという。

「その後、入管に収容され、退去強制命令が出た当初は、確かに、相手の男性から逃れたいということもあり、スリランカに帰るつもりだったようです。ところがその後、男性側から脅迫めいた手紙が届き、すぐに帰れない事態になってしまったんです」。

そんな折に面会に訪れた松井さんたちに、ウィシュマさんは「帰れない事情がある」と自ら話したのだという。

指宿昭一弁護士(右)とともに外国人特派員協会での記者会見に臨む松井保憲さん

ウィシュマさんの遺品のノートには、「私に手紙を来た。スリランカで私が殺すために待っていること書いて持ったから私心配です。今帰ることができません」(原文ママ)など、帰れば殺すと脅されていたこと、それが理由で帰国ができないことが複数記されている。

ウィシュマさんが遺したノート

男女共同参画局によると、DV被害者の保護を図ることを目的とする法律、DV防止法は「国籍や在留資格を問わず、日本にいるすべての外国人にも適用される」ものとしており、在留資格を失った状態であるウィシュマさんも、当然、保護の対象となるはずだ。

心身ともに深く傷ついた状態の被害者から自由を奪い、収容を続けること自体が不適切な対応だったのではないだろうか。指宿弁護士と共に代理人を務める駒井知会弁護士は、「警察にDV被害を訴えに行ったのであれば、その報告は入管にも伝わっているはずです。自分で出頭してDV被害を訴えている人を、なぜ、収容する必要があったのか」と指摘する。

米国では2014年、グアテマラ出身の女性が、夫から深刻なDV被害を受けていたこと、グアテマラの警察に度々相談していたにも関わらず十分に対応されず、出身国にその女性を保護する体制がないことなどを理由に、難民として保護されている。

ウィシュマさんが使っていた辞書には、付箋がいくつも貼られ、多くの書き込みもあり、熱心に勉強していたことがうかがえる

入管による今回の中間報告には、DV被害者が適切に保護できる環境がスリランカにあるかどうか、問い合わせたり調べたりした形跡は一切ない。4月14日の懇談会においても、入管庁はこうしたDV被害ついて「把握はしている」としたものの、警察に出頭したことや帰国できない理由の中に、DVについての記載はない。仮放免許可申請理由として、同居男性からの暴力をウィシュマさん自身が挙げたことのみを記載するに留まっている。

DV被害から逃れようとしていた一人の女性に、入管の無期限収容というさらなる暴力がふりかかり命が奪われてしまったこと自体、まず正面から検証されるべきだろう。入管法政府案ではこうした入管側の権限がさらに強まる仕組みになっていることが指摘されているが、同じことが繰り返されないためには少なくとも、その手続きに司法の判断が介在するなど、国際基準に沿った根本的な改革がなされるべきではないだろうか。

ウィシュマさんが使っていた辞書の中で、「君は生きがいを感じていますか」という例文にマーカーがひかれていた

(2021.4.19 /安田菜津紀)



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Dialogue for Peopleではウィシュマさんの名古屋入管での死亡事件、そして入管行政のあり方や問題点について記事や動画、ラジオで発信してきました。問題を明らかにし、変えていくためには市民の関心と声を継続的に届けていくことが必要です。この件に関する取材や発信は今後も行ってまいります。関連コンテンツを時系列で並べておりますので、ぜひご覧ください。

【事件の経緯・問題点】
「殺すために待っている」「今帰ることできません」 ―スリランカ人女性、ウィシュマさんはなぜ帰国できず、入管施設で亡くなったのか[2021.4.19/安田菜津紀]
「この国の崩れ方がここまできてしまったのか」―入管はなぜウィシュマさんのビデオ映像を開示しないのか[2021.5.18/安田菜津紀]
Radio Dialogue ゲスト:千種朋恵さん・鎌田和俊さん「ウィシュマさん死亡事件の真相究明と再発防止を求めて」(7/7)
いつから入管は、人が生きてよいかどうかを決める組織になったのか ーウィシュマさん死亡事件の解明求める署名活動はじまる[2021.7.12/安田菜津紀]

【報告書について】
ウィシュマさんを診療した医師は遺族に何を語ったのか ―「最終報告」に盛り込むべき3つの重要点[2021.7.5/安田菜津紀]
Radio Dialogue ゲスト:中島京子さん「ウィシュマさんの報告書とビデオ開示から考える収容問題」(8/18)

【入管行政の問題点・入管法改定など】
入管法は今、どう変えられようとしているのか? 大橋毅弁護士に聞く、問題のポイントとあるべき姿[2021.3.22/安田菜津紀]
「仲間ではない人は死んでいい、がまかり通ってはいけない」―入管法は今、どう変えられようとしているのか[2021.4.12/安田菜津紀]
「“他人が生きていてよいかを、入管は自由に決められる”というお墨付き」―入管法が変えられると、何が起きてしまうのか[2021.5.7/安田菜津紀]
在留資格の有無を「生きられない理由」にしないために ―無保険による高額医療費、支援団体が訴え[2021.6.7/安田菜津紀]

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