「この国の崩れ方がここまできてしまったのか」―入管はなぜウィシュマさんのビデオ映像を開示しないのか
「姉はすっかり変わってしまった姿で、まだ若いはずなのに、年取った人のようでした。指などを見たら、すごくやせていて…」。3月6日に名古屋出入国在留管理局(以下、名古屋入管)で亡くなったウィシュマさんの妹、三女のポールニマさんは、5月17日の記者会見で、ウィシュマさんのご遺体と対面した時の様子を、声を詰まらせながら語った。
ウィシュマさんは英語講師を夢見て来日後、学校に通えなくなり、昨年8月に施設に収容された。帰国できなかった背景には、同居していたパートナーからのDVと、「帰国したら殺す」という脅しがあったことが、ウィシュマさん自身が書き記したものや、支援者への証言から明らかになっている。けれども帰国できない意思を示した後から、入管職員からの高圧的な言動や嫌がらせが増え、精神的に追い詰められていったことを、支援者に明かしていたという。亡くなる直前は歩けなくなるほど衰弱していたにも関わらず、点滴などの措置は、最後まで受けられなかった。
4月9日に公表された「中間報告」については、隠蔽、改ざんと思われる点が次々と報じられてきた。亡くなる2日前に診断した精神科の医師が、入管の収容から解放することを進言していたにも関わらず、入管側はこれを中間報告に反映していなかった。また、亡くなる1カ月前に診察をした外部病院の別の医師は、診療記録に「(薬を)内服できないのであれば点滴、入院」と記している。ところが中間報告では、「点滴や入院の指示がなされたこともなかった」という、真逆の記載になっている。
5月1日に来日したウィシュマさんの妹、ワヨミさんとポールニマさんは、コロナ禍による2週間の自主隔離期間を経て、5月16日にご遺体と対面した。葬儀には、ニュースでウィシュマさんのことを知ったという一般の参列者も訪れていた他、ウィシュマさんと同じように収容を経験した人々が駆けつけ、花を手向けた。葬儀の案内を受けているはずの上川法務大臣、名古屋入管の局長や関係者、与党議員の姿はなく、弔電も届いていなかった。
次女のワヨミさんは、「父が亡くなってからは、姉が家族の支えでした。姉が大好きだった国で、なぜ姉は亡くなったのでしょうか」と、ポールニマさんに支えられながら語った。
この日の夕刻、岐阜県海津市内にあるスリランカ寺院での法要「プージャ」を終え、ご遺族は愛知県愛西市にある明通寺に向かった。スリランカ仏教では、遺族が骨を拾い、墓に収める習慣が一般的ではないのだという。ウィシュマさんの遺骨は、スリランカとの縁が深い明通寺にて、永代供養されることとなった。
翌5月17日朝、ワヨミさんとポールニマさんは、代理人弁護士や国会議員らとともに名古屋入管を訪れた。
待機すること2時間、局長らとの面談を終え、ご遺族と共に外に出てきた代理人の指宿昭一弁護士によると、収容されていた部屋に、弁護士の同行は認められなかったという。責任を問われる立場である入管側が、被害者側の代理人を排除するのは、あまりにも不遜な対応ではないだろうか。
同行を認めない根拠として、入管側は当初「保安上の理由」を掲げ、しばらくやりとりが続いた後に「コロナ対策のため」という理由を加えている。過去、弁護士や国会議員による視察は多数重ねられている。なぜ今回に限り「保安上の理由」が提示されたのかは判然としない。「コロナ対策」という理由についても、「少人数に分かれて入れないのか」など、代案を提案しても受け入れられなかった。
加えて内部へ同行する通訳も、「入管側が依頼した通訳でなければならない」という方針は最後まで変わらなかった。
また、この日訪れた野党議員の視察拒否にも、ウィシュマさんが映っているビデオ映像の開示拒否にも、やはり「保安上の理由」が掲げられ、それ以上の詳細な説明はなされていない。ビデオ映像の開示については、2014年に牛久の入管施設で亡くなったカメルーン人男性が、床でもがき苦しむ動画が開示された例があり、ネット上でも閲覧可能な状態になっている。
▶この面談の音声記録を、代理人弁護士の許可を得たうえで下記に公開しています。
居室だけが映っているはずのビデオの公開ができない理由に「保安上の理由」を掲げながらも、遺族を施設内に案内する(居室以外の周辺環境も目撃できる)ことは受け入れるというのは矛盾しているのではないか――指宿弁護士がその点を突いても、「特別にお認めした」「致し方なく」という返答で、不誠実な対応が続いているのが分かる。
上川法務大臣は5月14日の会見で、出入国在留管理庁に対し、「遺族の意向を尊重して対応するよう指示した」としていたものの、真逆の状況が続いていることになる。
名古屋入管局長の佐野豪俊氏は、「現在調査されている身である」として、遺族からの質問に対する明確な回答を避けている。この点について指宿弁護士は「事実はひとつですから、本省(法務省)に答えたのと同じことを遺族に言えばいい。本省が事実をねじまげる準備をしているから自分たちは言えないと言っているようなもの」と指摘する。
視察を終えたワヨミさん、ポールニマさんは、「あまりに狭く、ダンボールの机とベッドが置かれているだけ。こんなところにいたら、心を病んでしまう」と内部の様子を語った。また、「ここがウィシュマさんがいた部屋です」と職員に案内され、改めて「ここが本当に姉のいた部屋なのですか?カメラはあるんですか?どれくらいの期間いたのですか?」と尋ねても、回答を得られなかったという。「ここが本当に姉のいた部屋なのですか?」という問いにまで答えないのは、不可解ではないだろうか。最初から遺族の質問には答えない、という前提で案内をしていたのではないかと思わざるを得ない。
妹さんたちは、当初22日までだった日本での滞在を延長する意向だという。ワヨミさんはこう語る。「私たちはまだ、日本で何も答えてもらってないんです。入管の皆さんは逃げていると思います。ちゃんと答えてもらえなければ、母に何か質問されても答えられません」。ウィシュマさんが亡くなってから、母は心身の調子を崩してしまい、仕事もできずに家に留まっているという。
こうした中、5月18日、政府・与党は衆議院で審議入りしていた入管法改定案を、事実上取り下げる方針を固めた。法案の詳細、問題点は『入管法は今、どう変えられようとしているのか?大橋毅弁護士に聞く、問題のポイントとあるべき姿』の記事にまとめているが、入管の権限、裁量をさらに拡大する内容となっていた。ただ、この法案が廃案になっても、現時点でも入管収容施設内では人権侵害が続き、国連から「国際法違反」と指摘されている体制は続いている。ウィシュマさんとの面会も重ねていた支援団体「START」によると、今なお名古屋入管には、食事を殆どとることができず、このままでは命に関わることが懸念されている収容者がいるという。
指宿弁護士と同じく、遺族側の代理人を務める駒井知会弁護士はこう語る。「ビデオ開示などを拒否すること、議員の視察を拒むことは、失礼、無礼という話ではなく、“この国の崩れ方がここまできてしまったのか”ということの表れだと思います。これは日本社会に暮らす全ての人にとっても、危機ではないでしょうか」。
入管という公的機関の闇は、局所的な腐敗や機能不全ではなく、この日本の社会制度全体で、何かが欠如していることを物語っているのではないだろうか。
(2021.5.18/ 写真・文 安田菜津紀)
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Dialogue for Peopleではウィシュマさんの名古屋入管での死亡事件、そして入管行政のあり方や問題点について記事や動画、ラジオで発信してきました。問題を明らかにし、変えていくためには市民の関心と声を継続的に届けていくことが必要です。この件に関する取材や発信は今後も行ってまいります。関連コンテンツを時系列で並べておりますので、ぜひご覧ください。
【事件の経緯・問題点】
■「殺すために待っている」「今帰ることできません」 ―スリランカ人女性、ウィシュマさんはなぜ帰国できず、入管施設で亡くなったのか[2021.4.19/安田菜津紀]
■「この国の崩れ方がここまできてしまったのか」―入管はなぜウィシュマさんのビデオ映像を開示しないのか[2021.5.18/安田菜津紀]
■Radio Dialogue ゲスト:千種朋恵さん・鎌田和俊さん「ウィシュマさん死亡事件の真相究明と再発防止を求めて」(7/7)
■いつから入管は、人が生きてよいかどうかを決める組織になったのか ーウィシュマさん死亡事件の解明求める署名活動はじまる[2021.7.12/安田菜津紀]【報告書について】
■ウィシュマさんを診療した医師は遺族に何を語ったのか ―「最終報告」に盛り込むべき3つの重要点[2021.7.5/安田菜津紀]
■Radio Dialogue ゲスト:中島京子さん「ウィシュマさんの報告書とビデオ開示から考える収容問題」(8/18)【入管行政の問題点・入管法改定など】
■入管法は今、どう変えられようとしているのか? 大橋毅弁護士に聞く、問題のポイントとあるべき姿[2021.3.22/安田菜津紀]
■「仲間ではない人は死んでいい、がまかり通ってはいけない」―入管法は今、どう変えられようとしているのか[2021.4.12/安田菜津紀]
■「“他人が生きていてよいかを、入管は自由に決められる”というお墨付き」―入管法が変えられると、何が起きてしまうのか[2021.5.7/安田菜津紀]
■在留資格の有無を「生きられない理由」にしないために ―無保険による高額医療費、支援団体が訴え[2021.6.7/安田菜津紀]この他、収容問題に関わる記事一覧はこちら
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