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「飢餓状態」の数値を見過ごしたこと、救急車を呼ばなかったこと、それは「やむを得ない」ことなのか ―ウィシュマ・サンダマリさん遺族に、国は何を主張したのか

「なぜ点滴も必要ないと判断したのか、今も私には理解できません」

2022年7月20日午後、二度目の裁判期日後の会見にて、ウィシュマ・サンダマリさんの妹で次女のワヨミさんは、毅然とした声でそう語った。

会見に臨んだワヨミさん(右)と、三女のポールニマさん

2017年6月、ウィシュマさんは「日本の子どもたちに英語を教えたい」と、英語教師を夢見てスリランカから来日したものの、その後、学校に通えなくなり在留資格を失ってしまった。2020年8月に名古屋入管の施設に収容されたが、同居していたパートナーからのDVと、その男性から収容施設に届いた手紙に、《帰国したら罰を与える》など身の危険を感じるような脅しがあったことで、帰国ができないと訴えていた。

英語のスピーチコンテストで表彰される、10代の頃のウィシュマさん。2021年10月、スリランカの実家で撮影

収容中に体調を崩し、最後は自力で起き上がれないほど衰弱していたものの、入院や点滴などの措置は受けられなかった。

入管収容施設では、2007年以降だけでも17人が亡くなっているが、関係者が刑事責任を問われたことはない。

関係者に下された「不起訴」の判断

「不起訴ってどういうことなんでしょうか? 姉を死に追いやっておいて、入管の対応に何の問題もなかったと、検察も本気で思っているのでしょうか?」

次女のワヨミさんからそんなメッセージが届いたのは、私が取材で海外に滞在していた2022年6月17日のことだった。文字だけのやりとりでも、行き場のない、震えるような怒りがひしひしと伝わってきた。

2021年6月、名古屋市内の大学教員が、保護責任者遺棄致死傷容疑で名古屋入管の関係者らを告発し、11月には遺族側が、入管側に「死んでも構わないという未必の故意があった」(※)として、当時の局長や亡くなった日の看守責任者らを殺人容疑で告訴していた。そして2022年6月17日、全員に「不起訴」の判断が下されたのだ。

※未必の故意(みひつのこい):犯罪事実に対する確定的な認識・認容はない(積極的な意図はない)ものの、その蓋然性を認識・認容している(そうした事実が発生するかもしれないと思いながら実行する)状態を指す法律用語。

2021年5月、法要が行われた、静岡県内のスリランカ寺院で

理不尽な判断であるが、この結果自体に私は驚かなかった。ウィシュマさんの死の真相を解明する最も重要な手がかりは、最後に過ごしていた居室の監視カメラ映像だ。残されているビデオ映像は2月22日~3月6日までの計295時間とされているが、名古屋入管がこの映像を含めた資料を名古屋地検に提出したのは2021年9月、つまり亡くなってから約半年も経ってからだという。こうしたことからも、名古屋地検側の姿勢には何ら積極性が感じられなかったのだ。

名古屋地検が出した不起訴の理由は「嫌疑なし」だった。つまりこの社会では、明らかに死に向かっている人間に対して、入管内部で「監禁」状態に置き、必要であるはずの措置をことごとく怠ってきたことが、「何ら問題ない」ということなのだろうか。

名古屋地検

「DV被害者を収容し続けても違法ではない」のか

それとは別途、遺族は国家賠償請求訴訟を起こしており、名古屋地方裁判所で二度目の期日を迎えた。ワヨミさんは「姉の死の真相解明を1日遅らせることは、私たち遺族を、1日余計に苦しめることです」と訴えたが、国側は争う姿勢を崩していない。

入管庁が2021年8月10日に公表した『最終報告書』によると、ウィシュマさんは「B氏と同居していたとき、殴られたり蹴られたりしていた」「B氏から無理やり中絶させられた」と訴えていた。この「中絶の強要」が事実だとすれば、加害者側が刑法にも抵触しえる重大な事態だが、この点について正面から検証された形跡は、報告書にはない。

遺品のノートに残されていた、DV被害を訴える記述

DV防止法の改正を受け、2008年7月に、法務省入国管理局長名(当時)で通知された「DV事案に係る措置要領」(2018年に一部更新)は、DV被害者を認知した場合の対応や、関係機関の連絡などが細かく整理されているが、そもそも措置要領の存在や内容が周知されていなかったという。

ウィシュマさんを収容から解放しなかった理由として、国側は「DV被害が不法残留(原文ママ)に影響していたことは認めがたい」としているが、仮にそこに因果関係がなかったとしても、被害を訴える側をケアにつなげない理由にはならないだろう。「(措置要領は)DV被害者であることのみを理由として仮放免しなければならないとしているのではない」「DV被害者の収容を継続していたとしても直ちに違法となるものではない」という国側の主張は、DV被害の深刻さを受け止めていないようにも思える。

検証不十分な「飢餓状態」を示す尿検査の値

実は昨年の『最終報告書』の公表で初めて明らかになったのが、2021年2月15日に尿検査が実施されていたことだ。検査の数値は、ウィシュマさんが「飢餓状態」にあったことを示唆するほど深刻なものだった。ところがなぜか、この尿検査の結果は、2021年4月に公表された『中間報告書』には反映されていなかった。

『最終報告書』に記載された、尿検査の結果

入管側は「(その記述がないのは)診療録をPDF化する際、その1枚だけ抜け落ちた」と、にわかには信じがたい説明をしてきたが、決定的ともいえる重大な検査結果が、都合よくすり抜け、そのミスが気づかれもしないまま、中間報告が公にされることなどあるのだろうか。

実はこの尿検査そのものの数値について、入管側は評価を避けてきている。ウィシュマさんは、尿検査翌日の2月16日に庁内整形外科医の、18日に庁内内科等医の診療を受け、いずれの医師も精神科の受診を指示、あるいは勧めている。それらをもって、国側は「ウィシュマ氏が収容に耐えがたい傷病者であったとはいえない」と主張している。

ところが『最終報告書』によると、2月18日に受診した庁内内科等医は調査チームの聴取に対し、「尿検査結果を把握したかどうかの記憶は定かではない」と答えているのだ。つまり、尿検査の値が適切に医師に共有されたかどうかということすら曖昧なままであり、「問題ない」と言い張る国側の主張根拠が乏しいのだ。原告側も「正面から答えていない」などとして、求釈明の申し立てを行った。

なぜ速やかに救急車を呼ばなかったのか

3月6日、死亡当日の朝、ウィシュマさんは血圧や脈拍も測定できず、同日午後0時56分に職員が「居室外」から声をかけても、反応を示さなくなっていた。午後2時7分、ようやく脈拍がないことが確認されるも、緊急搬送されたのは午後2時31分になってのことだった。意識がほぼないウィシュマさんを前に、救急車を呼ばなかったことについて、国側は「ウィシュマ氏が服用していた薬の影響であると(看守勤務者が)認識したとしても、やむを得ない」と主張している。

ウィシュマさんの遺品のノートに綴られていた言葉「ほんとうにいま たべたいです」

しかし、そもそも亡くなる前日、3月5日のバイタルチェック時点ですでに、ウィシュマさんは血圧や脈拍も測定できない状態となっており、職員の問いかけにすら反応するのが困難となっていた。「医者がいなかったから」「施設内の医療の制約があったから」「薬の影響だと思っていた」等の説明は、この時点で救急車を呼べなかった理由にはならないはずだ。問題の根本は、収容のあり方そのものではないだろうか。

入管のいびつな収容のあり方を端的に表しているのが、『最終報告書』に記載されている、ウィシュマさんの仮放免を不許可にした理由だ。《一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国を説得する必要あり》という記載があるように、苦痛を伴う環境下での収容を、日本に留まることを諦めさせるための「手段」として用いていたことが堂々と書かれている。当たり前のことだが、収容は「拷問の道具」として、入管が恣意的に使うべきものではない。

これに対して国側は、「速やかな送還に向けて退去強制に応じるよう指導することは入管法に基づくもの」と、妥当であることを主張しているが、遺族代理人を務める指宿昭一弁護士は「勝手な解釈だと思います。入管法にそんなことは書いてないし、収容は強制送還のための一時的な滞在場所を確保するものにすぎないはずなのに、拷問を許容するような読み方をするのは許しがたいことだと思います」と憤る。

ウィシュマさんの実家で。亡くなった父とウィシュマさんが撮った写真も数多く残されている。2021年10月撮影

国側はビデオ開示に応じるか

今回の期日で注目されたのは、ウィシュマさんの居室の監視カメラ映像開示について、国側が応じるかどうかだった。国側は「相当枚数の静止画及び当該部分全ての音声を反訳した書面が本案に上程されている」「ビデオ映像に基づき、調査報告書(最終報告書)別添に詳細が記載されている」として、全てのビデオの提出の必要性は認められないとしている。

この点は第一回の期日で、遺族代理人の児玉晃一弁護士が、《映画のパンフレットを読んだだけでは、映画を見たことにはならないのです》《静止画を見たり、声の文字おこしを読んだだけでは、真実を曇りなく照らす鏡にはなれません》と強く訴えかけている。

会見に臨む児玉晃一弁護士

一方で国側は、すでに証拠保全手続きを通して遺族や代理人らが視聴した約5時間分の映像については、特にどこが必要かを特定すれば、「証拠として提出することを検討する考えがある」としていた。

合計295時間という映像のほかの部分に関しては、「証明すべき事実といかに関連するかについて具体的に明らかにしていない」とし、開示の必要性がないとしている。

川口直也弁護士は、「どこの部分が必要かは、見ないでどうやって指摘するのでしょうか。ビデオは最終報告書を作るために外部の“有識者”、つまり“一般人”にも提供されています。なぜ原告側に同じもの(DVDなど)を一組提供できないのでしょうか」と語った。

国が盾にする「相互保障主義」

さらに国側が原告の「主張自体失当」と主張する根拠として掲げてきているのが、「相互保障主義」だ。

児玉弁護士はこう語る。「つまり具体的な中身に配慮することもなく、門前払い、ということです。被害者が外国籍の人の場合、日本国籍の人がその国の公務員によって被害を受けたとき、賠償する制度がその国にあるのであれば、日本でも考える、ということです。そういう規定があることを原告側に証明することを求めてきています。情けない主張です。スリランカ国籍の方が国賠訴訟できることは、過去の最高裁判決でも認められています。それを国側が知らないはずがないのに、なぜ蒸し返すのか」。

会見でも掲げられたウィシュマさんの遺影

文書改ざん、誤った医療措置、次々と明らかになる杜撰な体制

実は名古屋入管では、被収容者への誤った措置と文書改ざんが明るみになったばかりだ。2020年10月、入管警備官が被収容者に対し、鎮痛薬を決められた間隔より短く投与し、発覚を免れるため投与記録を廃棄した上、部下に虚偽書類を作成させていたことがわかったのだ。ウィシュマさんが亡くなった後の2021年8月、別の警備官も睡眠薬投与とカテーテル挿入順序を間違えた上、投与の事実がないかのように記録を改ざんしていた。名古屋地検は7月15日、2人を不起訴(起訴猶予)処分とし、同日、名古屋入管は、停職1ヵ月の懲戒処分を発表した。

誤った医療措置を隠蔽するための改ざんでこの程度の処分というのは、軽すぎると言わざるをえない。そして、考えてしまう。ウィシュマさんが亡くなった後、当時の名古屋入管局長は停職どころか訓告(口頭又は文書で注意)を受けたのみであり、先述の通り、関係者も全員不起訴(嫌疑なし)となった。なぜこうも、命は軽く扱われてしまうのだろうか。

二度目の期日前、ワヨミさんは「姉が好きだった食べ物、好きだった服、その“小さなこと”すべてが命」と語っていた。国が「大きな声」をさらに轟かせることに徹しようとするときほど、その“小さなこと”を大切に発信し続けたい。次の期日は2022年9月14日の予定だ。

ウィシュマさんが通っていたスリランカの寺院境内の咲いていた花。2021年10月撮影

(2022.7.20 / 写真・文 安田菜津紀)


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Dialogue for Peopleではウィシュマ・サンダマリさんの名古屋入管での死亡事件、そして入管行政のあり方や問題点について記事や動画などで発信してきました。問題を明らかにし、変えていくためには市民の関心と声を継続的に届けていくことが必要です。この件に関する取材や発信は今後も行ってまいります。関連コンテンツを時系列で並べておりますので、ぜひご覧ください。

【事件の経緯・問題点】
「殺すために待っている」「今帰ることできません」 ―スリランカ人女性、ウィシュマさんはなぜ帰国できず、入管施設で亡くなったのか[2021.4.19/安田菜津紀]
「この国の崩れ方がここまできてしまったのか」―入管はなぜウィシュマさんのビデオ映像を開示しないのか[2021.5.18/安田菜津紀]
いつから入管は、人が生きてよいかどうかを決める組織になったのか ーウィシュマさん死亡事件の解明求める署名活動はじまる[2021.7.12/安田菜津紀]

【報告書について】
ウィシュマさんを診療した医師は遺族に何を語ったのか ―「最終報告」に盛り込むべき3つの重要点[2021.7.5/安田菜津紀]
「真実を知るためなら、何でも行う」―ウィシュマさんについての「最終報告書」は何が問題か[2021.8.11 /安田菜津紀]

【入管行政の問題点・入管法改定など】
「“他人が生きていてよいかを、入管は自由に決められる”というお墨付き」―入管法が変えられると、何が起きてしまうのか[2021.5.7/安田菜津紀]
在留資格の有無を「生きられない理由」にしないために ―無保険による高額医療費、支援団体が訴え[2021.6.7/安田菜津紀]
入管はなぜ、「排除」に力を注ぐのか 入管発表資料へのQ&A[2021.12.21 /安田菜津紀]

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