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占領下でも「決して封殺することのできない声がある」―映画『ヒンド・ラジャブの声』監督インタビュー

映画『ヒンド・ラジャブの声』公開に先立ち、都内でインタビューに応じるカウテール・ベン・ハニア監督。(安田菜津紀撮影)

映画『ヒンド・ラジャブの声』が9月4日、日本で公開となる。パレスチナ・ガザ地区で2024年1月、家族を殺害され、自らも車中で砲撃の恐怖にさらされながら命を奪われていった、6歳の少女の実話だ。助けを求める電話を受けた赤新月社のチームがいるのは、ガザではなく、ヨルダン川西岸地区の中心地ラマッラーだ。しかしガザと西岸の間には「イスラエル領」が立ちはだかり、自由な往来は阻まれている。

ヒンドさんや家族らが乗っていた車には、300発以上の銃弾が撃ち込まれていたとされる。救助に駆けつける寸前だったガザの救急隊員も無残に爆殺された。

この映画が問いかけるものは何か。チュニジア出身で本作監督のカウテール・ベン・ハニアさんに伺った。

システムに組み込まれた暴力

──ヨルダン川西岸・ラマッラーの赤新月社のチームはヒンドさんの家族から通報を受けた後、何重もの「お伺い」を各機関に立て、救急隊が通れるルートの確保を「請う」必要がありました。

ガザ、パレスチナについて語るとき、最初に思い浮かぶのは戦車や銃の映像かもしれません。しかし、私たちは「静かなる暴力」、すなわちイスラエルの占領体制がパレスチナ人に対して意図的に設計・課している法やシステムによる暴力について考えることは滅多にありません。

──システムに組み込まれた暴力、ですね。

その通りです。これは目に見えにくい「静かな暴力」であるため、人々は気付きません。私が『ヒンド・ラジャブの声』の制作に取りかかった当初、周囲の多くの人たちから「これは戦争についての映画なのだから、戦車や銃、流血を見せるべきだ」と言われました。しかし、私は露骨で生々しい暴力を描くことに関心のある監督ではありません。そうした直接的な暴力描写は好まず、構造的な暴力に関心があるのです。

命乞いをする幼い子どものもとに救急車を派遣することすらできない──なぜなら彼女がパレスチナ人であり、イスラエル側がこの不条理で官僚的な「調整手続き」を課しているからです。しかも、彼ら自身はそのルールすら一切尊重しません。救急車を派遣するための許可を求めるよう要求しておきながら、イスラエル軍が出す「青信号」には何の意味もないのです。映画の中にも描かれている通り、救出に向かう許可を得ていたにもかかわらず、2人の救急隊員は殺害されました。私にとってこれは、アパルトヘイト法の下で生きること、占領の隠された側面の一つなのです。

──こうした構造的暴力によって、赤新月社のスタッフたちは無力感や深い悲痛を味わわなければなりませんでした。

しかしそのような過酷な状況下で働きながらも、この少女の命を救うために全力を尽くす彼らの希望の力に、私は圧倒されました。彼らの勇気と、直面している困難の大きさに心から敬服しました。そして彼らは、この出来事に限らず、平素から非常に大きな犠牲を払いながらその使命を果たしています。赤新月社で働くスタッフと話すと、彼らはあまりにも多くの同僚を亡くしていることがわかります。ですから、私も彼らに敬意を捧げたかったのです。

劇中で描かれた赤新月社のスタッフたち。ジェニン出身の俳優、モタズ・マルヒースさん(左から2番目)の演じるオマル・アルカム氏がヒンドさんからの電話に応答する。(提供:ニューセレクト株式会社)

単に彼らがパレスチナ人だから

──赤新月社のオマル・アルカムを演じた俳優、モタズ・マルヒースさんは西岸・ジェニン出身ですね。彼は2002年のイスラエル軍によるジェニン侵攻を記憶しています。「フリーダム・シアター」(※)にも所属していましたね。

モタズは映画の中で単に演技をしていただけではありませんでした。難民キャンプ出身であるという事実、そうした過酷な幼少期を過ごしたという事実、そして幼い頃に親友の一人がすぐ側で撃たれたという経験――彼はそのすべてを胸に抱いて作品に臨みました。彼の夢は、自分のようなパレスチナ人の物語を語り継ぐことだったのです。

だからこそ、彼はヒンドさんの物語に深く身を投じました。そして、ジェニンのフリーダム・シアター出身であるということが、私が俳優に最も求めるもの──「情熱の炎」を彼にもたらしていました。それを演技へと昇華させ、人間の魂の最も深い領域へと到達することができる人です。

(※)フリーダム・シアター
パレスチナ・ヨルダン川西岸地区のジェニン難民キャンプにある劇場および文化センター。芸術や演劇を通じての若者のエンパワーメント、文化的抵抗と社会変革を目指して2006年に設立された。

──しかし彼は米国への入国が叶わず、アカデミー賞授賞式にも参加できませんでした。

不当極まりないことです。ドナルド・トランプは彼らの米国入国を禁止しました。なぜか? 単に彼らがパレスチナ人だからです。彼らが何かをしたからではありません。レイシズムそのものです。

2025年初頭、イスラエル軍はジェニン難民キャンプに対して大規模な攻撃を開始、人々は家を追われた。フリーダム・シアターも壊滅的な被害を受けた。(佐藤慧撮影/2023年12月)

今なおその犯罪の渦中にいる

──映画界では、職を失うことを恐れるなどして、パレスチナについて言及することをためらう人々が多くいるとも聞きます。

アラブ諸国ではそのような空気は見られません。シオニズムがヨーロッパの中心で生まれた歴史があるように、イスラエルは西欧文化の一部として組み込まれてきたため、これは極めて欧米的な問題なのです。

主流メディアにおいてもパレスチナ人の声を封殺し、彼らの物語を伝える場を与えず、パレスチナのための活動を抑圧する――これは西欧の大手メディアに根強く存在します。しかし、状況は変わりつつあります。私自身、この映画を通じてそれを実感しました。特に米国や、イスラエルと極めて距離の近いドイツにおいて、若い観客たちと対話したときに強く感じました。ガザで起きたことはもはや想像を絶する領域に達しており、それが人々の意識や見解を変えさせているのです。

──ご自身の映画もそうした「変化」の一端を担ったと思われますか?

そう願っています。この映画は戦争犯罪についての作品です。犯罪を語るとき、私たちは即座に「責任追究(アカウンタビリティ)」と「正義」を想起します。しかし、私たちは今なおその犯罪の渦中にいて、責任の追及も、正義も存在していません。ヒンド・ラジャブさんを殺害し、ガザの多くの子どもたちや市民を殺害した者たちは野放しのままです。

国際法のシステムは崩壊しつつあります。最大の銃を持つ者が世界を支配する――それはあまりにも悲惨な現実です。私たちはそのような世界に生きていますが、正義なき世界が私たちに平和をもたらすことは決してありません。平和を望むのであれば、正義が必要なのです。

──国連の独立調査委員会の報告書にはヒンドさんの事件も含まれ、イスラエル軍が意図的に子どもたちを標的にしていると指摘されています。

こうした報告書が出されると、彼らのロビイストたちは「嘘だ」「中傷だ」と主張し、お決まりのPR文句で反論します。一方で、ガザ内部にいるジャーナリストたちは殺害され続けており、すでに200人以上が命を奪われました。

しかし、これらすべてをもってしても、決して封殺することのできない声が存在します。ヒンドさんの声や、無数の物語のように。パレスチナの人々は、命を奪われようとしているその瞬間ですら、自らの死を記録しなければならないことを学びました。自らの死を、自らに対するジェノサイドを自らの手で記録し続ける――これは歴史上、極めて特異な事態です。

インタビューに答えるカウテール・ベン・ハニア監督。(佐藤慧撮影)

植民地主義的な「民族浄化」

──ジェノサイドは誰に対しても許されるものではありません。その中でも、とりわけ子どもたちを殺害するという暴力についてどう考えていますか。

子どもたちの殺害は、私たちの未来を殺すことに他なりません。命を奪うだけでなく、その「可能性」のすべてを根こそぎ奪い去るのです。

イスラエルが「パレスチナ人のいない土地」を欲していることは明白な事実です。特定の民族や宗教のみを特権化しているからこそ、アパルトヘイト国家なのです。

──「パレスチナ人のいない土地」にしようとする暴力は、ガザのみならず、西岸でも熾烈に続いてきました。

彼らはいくつもの手段でこれを実行しています。ひとつは、検問所や差別的な法体系、日常的な威嚇によって、パレスチナ人が生活を営むことを不可能にすること。そして最も極端な状況において行われるのがジェノサイドです。

しかし、ジェノサイドとは単に肉体を殺害することだけにとどまりません。文化を消し去ること、そして家、学校、道路といった、私たちが人間らしい通常の生活を送るための基盤のすべてを破壊することです。これこそが、植民地主義的な「民族浄化(エスニック・クレンジング)」の構造です。

イスラエル軍に破壊されたジェニン難民キャンプの道路。その後この辺一帯は徹底的に破壊された。(佐藤慧撮影/2023年12月)

私たちが「世界をどう見るか」

──このような凄惨な状況下において、映画の役割とは何でしょうか?

映画制作者は政治家ではなく、政治的決定を下す権限や指揮権はありません。しかし、私たちには「静かなる力」、すなわち文化の力があります。映画が直接世界を変えることはできなくても、私たちが「世界をどう見るか」という認識を変えることはできます。

支配的なハリウッド映画において、長い間、パレスチナ人は、単なるステレオタイプとして描かれてきました。他者はすべて類型化され、主人公は常にアメリカ人でした。そうした表現が、人々の世界の見方を形作ってきました。しかし、自分たちの物語を伝える別のナラティブが提示されたとき、人々のパレスチナ人に対する眼差しは変わるのです。

ある上映会で、シオニストらしき女性から信じられないような質問を受けたのを覚えています。彼女は私にこう尋ねました。

「なぜあなたの映画では、パレスチナ人の登場人物たちが西洋人と同じような感情を持っているように描いたのですか?」と。

──つまり、「同じ人間であるはずがない」と…愕然とします。

私も最初はあなたと同じように呆気にとられ、彼女が何を言おうとしているのか即時に理解できませんでした。「どういう意味ですか?」と聞き返すと、彼女は「まるでヨーロッパ人やアメリカ人と同じように(登場人物のパレスチナ人たちが)感じているように見えたから」と言ったのです。ですから私は「感情を持っているのは西洋人だけではありません」と答えました。

映画には、人間として私たちをつなぐ力があります。作品を観るとき、観客は文化や生い立ちの違いを超えて、その立場に身を置くことになります。その力は極めて強烈なものなのです。

──ヒンドさんの実際の通話録音が残されていたこと、それを映画に用いることにはどのような意味があるでしょうか。

この映画の構想は、インターネット上で拡散された彼女の声を私が聴いた瞬間に始まりました。ソーシャルメディアのタイムラインの濁流の中に埋もれ、消費され、忘れ去られていくこの声を掬い上げ、追悼と記憶の場に置きたいと思ったのです。暗闇の中で人々が腰を据え、耳を澄まし、この幼い少女に何が起きたのかを真正面から理解できる場所──それこそが映画館です。

私にとって、映画とは「記憶」のための場所であり、ソーシャルメディアは「忘却」の場所です。タイムラインに流れてくる情報は、すぐに忘れ去られてしまいます。だからこそ、彼女の肉声を中心に据えてすべてを構築することが私の最初の意志でした。

「なぜ声も含めてすべてを俳優で演じさせなかったのか」と問う人もいるかもしれません。私も検討はしましたが、子役を使ってヒンドさんの声を真似させることは、彼女の記憶に対する冒涜になると考えました。彼女の本物の声が現に存在しているのです。彼女の母親もその声が世界中に響き渡ることを望んでいました。

音響設計においても、通常のドキュメンタリーのように音を綺麗に整音するのではなく、録音された当時の荒々しいありのままの音質をそのまま残すことに決めたのです。

劇中では実際のヒンドさんの通話記録がそのまま使用されている。(提供:ニューセレクト株式会社)

「自分に何ができるだろうか」

──残念ながら、日本政府はガザでのジェノサイドが加速してもなお、イスラエル製軍事品の購入を続けています。

日本は米国の同盟国であり、世界最強の力を持つ米国はイスラエルと同盟を結んでいます。こうした政治的力学は、あたかも一般の市民には変えられない既成事実であるかのように提示されます。

しかし現実には、市民の力で変えることができます。私は常に、南アフリカのアパルトヘイトの歴史を思い起こします。当時、イスラエルも米国もアパルトヘイト政権を擁護していました。しかし、世界中の市民が立ち上がり、ボイコット運動を展開したことで、あの体制は崩壊へと追い込まれたのです。

日本の人々も、世界中の人々も、力を持っているということを忘れてはなりません。現行のシステムは、「自分たちには何もできない」「無力だ」と私たちに思い込ませようとします。しかし、決してそんなことはありません。

──「ヒンドさんの声」に、どのような応答が求められているのでしょうか?

私から「こう応えるべきだ」と指図することはできません。私自身、彼女の声を聴いたとき最初に考えたのは「自分に何ができるだろうか」ということでした。ヒンドさんはすでに殺害され、彼女を救うことはできません。しかし、私にできること――それは映画を作ることでした。それが私の持てる技術だったからです。

誰もが自分にできる何かを持ち、それぞれの立場で行動を起こせます。例えばBDS運動(※)のリストを確認し、ボイコットすべき企業・ブランドの製品を購入しないこと。買わない、加担しないということは、大がかりな労力の要らない最小限の行動ですが、それ自体が明確な抵抗の意思表示になります。私たちには常に選択肢があるのです。

(※)BDS運動
イスラエルに対するボイコット(Boycott)、投資撤収(Divestment)、制裁(Sanctions)。

映画『ヒンド・ラジャブの声』は9月4日、日本で公開となる。(佐藤慧撮影)

オマル役を演じた俳優・モタズ・マルヒースの出身地であるヨルダン川西岸・ジェニン難民キャンプは2025年1月のイスラエル軍による大規模侵攻と破壊後、主要出入り口の封鎖などが続き、住民の大半は帰還できず、住まいの状況確認にさえ戻れない人々も多くいる。

インタビューを実施したのは8月19日だったが、その後、ヒンドさんら家族が殺害された事件について、違法行為の疑いがあるなどとして、イスラエル軍警察が刑事捜査を開始することが報じられた。事件から2年半以上が経っている上に、イスラエル治安部隊は当初、ヒンドさんらが乗った車両の近くにいなかったとメディアに語っていた。独立調査委員会の報告書では、この説明が虚偽であると指摘していた。

イスラエル側当局が当初、虚偽の説明をし、映像証拠などが提示されることで、あるいは世界の関心を呼んだことで、方針を変える、ということは度々起きてきたことだ。そして加害者や責任者が誰も裁かれることなく、「なかったこと」にされている無数の暴力が、背後にはある。

ヒンドさんの事件は幼い少女が犠牲になったことで、辛うじて世界の注目を集めた。もちろん「注目」するだけでは不十分であること、大人の庇護を必要とする子どもを痛めつけてはならないことは言うまでもない。しかし「共感を集める物語」だけが不条理の全てではない。子どもでも大人でも、どのような命でも、虐殺されること、尊厳ある暮らしが奪われることがあってはならない。

【プロフィール】
カウテール・ベン・ハニア(かうてーる べん はにあ)

1977年、チュニジアのシディブジッド生まれ。チュニジア・チュニスとフランス・パリ(ラ・フェミとソルボンヌ大学)で映画製作を学ぶ。短編映画『Sheik’s Watermelons』(2018)や『Wooden Hand』(2013)を手がけ、複数の国際映画祭で評価を得る。長編デビュー作『The Challat of Tunis』(2014)は、カンヌ国際映画祭ACID部門のオープニング作品に選出。15カ国以上で配給され、国際的な成功を収めた。次作となる長編ドキュメンタリー『Zaineb Hates the Snow』は、チュニジアとカナダを舞台に6年の歳月をかけて撮影。2016年ロカルノ映画祭で公式上映された。2017年には『Beauty and the Dogs』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で最優秀サウンドクリエーション賞を受賞。モニカ・ベルッチを主演に迎えた『皮膚を売った男』は、ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映され、2021年アカデミー賞長編国際映画部門にノミネートを果たし、続く『Four Daughters フォー・ドーターズ』(23)では、第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、優れたドキュメンタリー作品に贈られるゴールデンアイ賞を受賞。第96回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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