無関心を関心に—境界線を越えた平和な世界を目指すNPOメディア

Series連載

Featured Article

ガザ ふたりの女性、それぞれの歩み―すべてを一変させた軍事侵攻と、その後の創造、ケア、そして営み

イスラエルによる国際法違反の占領や虐殺は続いています。1948年5月14日のイスラエル建国以前から、多くのパレスチナ人が故郷を追われてきました。ガザ地区出身のD4P現地取材パートナー、モハンメド・H・サレムさんによる寄稿記事です。

モハンメド・H・サレム(Mohammed H Salem)

パレスチナ・ガザ地区出身の写真家。様々な写真エージェンシーと協働するほか、プラットフォーム「Untold Palestine」の共同創設者の一人でもある。その作品は、国内外の多くの雑誌やメディアで発表されている。また、フリーランスとして「アルジャジーラ・イングリッシュ」とも提携している。

パレスチナの歴史を通じて、女性たちは侵略への抵抗と社会の構築の双方において、不可欠な役割を果たしてきました。彼女たちの貢献は、教育、農業、地域社会の支え合いから、政治的な組織化や抵抗運動まで、多岐にわたります。

政治的な混沌が深まる1929年には、200人以上のパレスチナ人女性が、エルサレムでのパレスチナ・アラブ女性会議に集い、組織的な女性運動の確立に寄与しました。1936年から1939年の抵抗運動(アラブ大反乱)の際には、女性たちはデモに参加し、負傷者や拘束者を支え、物資を運び、イギリスの統治下でコミュニティを維持する助けとなりました。またある女性たちは、教師、看護師、オーガナイザー、そして支援の担い手として働き、激動と強制移住の時代において、知識や家族の営み、社会的な絆を守り抜いてきたのです。

この歴史は、表立った活動の記録にとどまりません。それは、困難な状況にあっても、女性たちが日々の暮らしを維持し、新たな機会を生み出し、互いを支え合うために重ねてきた、労働の歴史でもあるのです。パレスチナの女性たちの経験を、ひとつの役割や、たったひとつの物語の枠に押し込めることはできません。彼女たちの歩みは、取り巻く政治的な現実だけでなく、一人ひとりの思い、責任、そして選択によって形作られているのです。

ファラー・アル=アジュラさんとイスラム・マジド・アル=アヤディさんの物語も、この大きな歴史の系譜に連なるものですが、それぞれに異なる道を歩んできました。

2023年の軍事侵攻前、ガザの自宅でハンドメイドアートの制作に取り組むファラーさん。(モハンメドさん撮影/2021年)

侵攻前、ファラーさんはガザで手作りアクセサリーの事業を育み、自らの創造的な試みを、ひとつのプロジェクトへと昇華させていました。一方、心理カウンセリングを学び卒業したイスラムさんは、人々を支える仕事に就くための準備を進めていました。しかし軍事攻撃は、ふたりの暮らしを、それぞれ違った形で断ち切りました。ファラーさんの仕事は、事業の成長を支えていた基盤そのものが崩壊したことで、大きな打撃を受けました。イスラムさんは重傷を負い、のちにパレスチナの子どもたちや、女性たちへ心理的支援を届ける立場へと歩んでいくことになります。

ふたりの経験は決して同じではありませんし、どちらの物語も、すべてのパレスチナ人女性を代弁するものではありません。しかし、このふたりの物語をあわせることで、軍事侵攻というイメージの向こう側に確かに存在した「それぞれの人生」を、より身近に思い描くことができます。そして、その後に起きた出来事によって、彼女たちの仕事、それぞれの思い、自己理解がどのように形作られていったのかを、伝えてくれます。

子どもや女性たちを支援する活動の再開に向けて、カイロで書類の準備をするイスラムさん。(モハンメドさん撮影/2026年)



ファラー・アル=アジュラさん──自らの手で、たしかな何かを紡ぎ出す

ファラーさんの物語は、ささやかな興味から始まりました。それは、ありふれたものに新しい命を吹き込む方法を見つけることでした。

ガザの自宅で、彼女は古い品物に色を塗り、色彩がその姿をどのように変えるのかを試していました。やがて、母親の古いアクセサリーをいくつか手に取り、LEDワイヤーを使ってデザインし直そうと試みます。その試行錯誤のなかから、彼女はある新しいアイデアにたどり着きました。それは、「ワイヤーそのものからアクセサリーを作る」という発想でした。

人々がどう反応するかわからないまま、彼女はいくつかの作品を作ることから始めました。家族や友人からの励ましや、Instagramに投稿した作品への反響が、創作を続ける自信を彼女に与えてくれました。彼女はワイヤーアクセサリーの最初のコレクションを展開し、自分が楽しんで作っているものが、いつか事業になるかもしれないと、少しずつ想像するようになっていきます。

その決断には、現実的な課題も伴っていました。ファラーさんは大学の学業を修めることを望んでおり、事業を立ち上げるには時間、労力、そして忍耐が必要であることも分かっていました。それでも彼女は、このアイデアに懸けてみることにしたのです。このプロジェクトが収入をもたらし、より自立した自分になるための助けになってくれることを願って。

こうして、「Joy Pieces(ジョイ・ピーシーズ)」の歩みが始まったのです。

ハンドメイドアートブランド「Joy Pieces」を立ち上げたファラー・アル=アジュラさん。(モハンメドさん撮影/2021年)



試行錯誤から事業へ

Joy Piecesは、手作りアクセサリーを販売するだけの場所にとどまらないものになっていきました。それは、ファラーさん自身のデザインと、歩みのなかで身につけたスキルを通じて育て上げたプロジェクトでした。彼女は生産管理、顧客とのやり取り、作品のプロモーション、そして小規模な事業を営む上で、の実務的な要求に向き合う方法を学んでいきました。

彼女の経歴書にあるように、ファラーさんは2020年2月から2023年9月まで、Joy Piecesを運営しました。その期間に生み出したデザインは400種類を超え、3万点以上の作品を販売し、ガザ地区の内外にいる顧客へと届けました。また、パレスチナの手工芸品展覧会にも参加しています。

手仕事への情熱は、自身の事業の枠にとどまりませんでした。2023年2月、彼女は「アル=アマル児童施設」の子どもたちを対象に、リサイクル素材を使ったアクセサリー作りの指導を行いました。その時間は、子どもたちが実際に手を動かしながら素材に触れ、自分自身のアイデアを形にする機会となりました。

当時の写真には、デザインの細部に集中し、道具を整え、ワイヤーと向き合うファラーさんの姿が写っています。ほかの写真には、彼女の絵画作品や、Joy Piecesが生まれる前の試行錯誤の様子が記録されています。それらの光景は、彼女が自らの手でたしかな何かを紡ぎ出し、その未来に思いを馳せていた、人生のある一章を刻み込んでいます。

ひとつひとつの完成したアクセサリーの背後には、最終的な製品からは必ずしも見えない試行錯誤がありました。素材をテストし、デザインを修正し、注文を整理し、どうすれば顧客に届くかを学ぶこと。ファラーさんは単にものを作っていたわけではありません。彼女は、アイデアを生計の手段へと変えていくための経験を重ねていたのです。

そしてイスラエルによる軍事侵攻が、彼女が自ら築いてきた環境を一変させました。

ガザの自宅でハンドメイドアクセサリーの制作に取り組むファラーさん。(モハンメドさん撮影/2021年)



働くための環境が失われたとき

爆弾の降り注ぐ日々は、ファラーさんの事業を支えていた日常と機会を破壊しました。小規模なクリエイティブ事業には、アイデアやもの作りの能力以上のものが必要です。材料、働く場所、顧客へのアクセス、移動の自由、そして人が先を見据えて計画を立てられる程度の安定が不可欠なのです。

軍事侵攻下では、こうした当たり前の条件を維持することが困難になりました。問われているのはもはや、単に次のコレクションをどう展開するかではなく、劇的に変わってしまった状況のなかで、いかにして自分のスキルを役立て続けるかということでした。

ファラーさんがJoy Piecesで得た経験は、他の分野でも応用可能な実践的知識を彼女にもたらしていました。彼女はパレスチナの専門人材を、リモートワークの機会と結びつける取り組み、「Gaza Talents」に関わるようになりました。その焦点はアクセサリー事業とは異なりますが、人々がすでに持っているスキルと、それを活かすために必要な機会へ向ける関心という点では、共通していました。

リモートワークは、虐殺の危険や制限を取り除くことも、失われた安定を取り戻すこともできません。しかし、従来の機会が限られている状況下で、一部のパレスチナ人が自分の能力をガザの外の仕事と結びつけるための、ひとつの可能性を提供しました。

ファラーさんがガザで展開していた「Joy Pieces」のハンドメイドアクセサリー作品。(モハンメドさん撮影/2021年)

ファラーさんにとってこれは、自分自身のクリエイティブな事業に集中することから、パレスチナ人が専門的な機会を見つけるのを支援する、より広範な取り組みへ関わることへの移行を意味しました。それは、学び、試行錯誤し、変化に適応し続ける――そうした彼女の仕事の歩みにおいて、新たな一章でした。

現在、ファラーさんは結婚し、ガザ北部に住んでいます。彼女の今の状況は、初期の作品を記録した写真の中のそれとは異なっています。Joy Piecesの未来は不確かなままであり、ガザの人々が置かれている状況を「創造性や決意だけで乗り越えられる」とほのめかすことは、誤解を招くでしょう。

そこに存るのは、ファラーさんがすでに築き上げていたものです。彼女が生み出したデザイン、展開した事業、彼女が繋がった顧客たち、そして獲得したスキル。これらは、武力攻撃や虐殺に関する物語における些細な細部などではありません。それらは侵攻の前に確かに存在していた人生の一部であり、彼女が彼女であり続けるための「その人らしさ」の一部なのです。

ファラーさんの物語は、単に事業を失い、またやり直すという話ではありません。それは、アイデアを生計の手段へと育て上げ、そのスキルを子どもたちと分かち合い、その後、周囲の世界が変わってしまったときに、自分の経験を活かす別の方法を探し求めた、ひとりの若い女性の軌跡です。その物語は、今も未来に向かって続いています。

ガザで自身のブランド「Joy Pieces」のために制作した、手作りのワイヤーアクセサリーを手にするファラーさん。(モハンメドさん撮影/2021年)

ファラーさんの「Joy Pieces(ジョイ・ピーシーズ)」はこちらのインスタグラムアカウントから。


イスラム・マジド・アル=アヤディさん──負傷から傾聴へ

2023年10月に侵攻が激化する以前は、イスラム・マジド・アル=アヤディさんは、自分の人生をどう進めたいかという明確な方向性を持っていました。ガザ地区中部のヌセイラット出身の彼女は、アル=アクサ大学で心理カウンセリングを専攻し卒業しました。心理学への関心は子どもの頃から芽生え、次第に専門職として歩んでいきたいという思いへと育っていきました。

彼女は働き、研修に足を運び、ボランティア活動に励み、海辺で友人たちと穏やかな時間を過ごしていました。それらは、未来への計画に満ちた日常の、ごく当たり前のひとコマでした。イスラムさんは人々に寄り添い、一人ひとりが直面している思いを一緒に紐解いていきたいと願っていました。その関心が、のちに彼女自身の身に降りかかる「負傷、恐怖、そして回復」という経験とどれほど深く結びつくことになるか、当時の彼女には知る由もありませんでした。

ガザ出身のパレスチナ人心理カウンセラー、イスラム・マジド・アル=アヤディさん。カイロで撮影。(モハンメドさん撮影/2026年)



すべてが変わった夜

2023年11月22日の午前2時頃、ガザへの攻撃によって、イスラムさんの人生は一変しました。

負傷する前の最後の鮮明な記憶は、家族と一緒に座っていたことです。その後、彼女は自分の部屋へ向かいました。爆撃が激しさを増すなか、彼女は枕を抱きしめ、すべてを神に委ねました。その後の記憶は、断片的にしか残っていません。病院へ運ばれたこと、父親が車から彼女を引き出そうとしていたこと、そして混雑した廊下で、麻痺の危険があるため動かないよう医師から警告されたこと──それらが、かすかな記憶として蘇ります。

彼女は首や脊椎の骨折に加え、肩や肋骨にも大きな負傷を負っていました。脊髄が損傷している可能性もあったため、その容体はとりわけ深刻でした。かつては当たり前だった「身体を動かすこと」さえも、できなくなる可能性がありました。

家族もまた負傷していました。自分の身体に何が起きたのかを十分に受け止めるよりも先に、イスラムさんは家族が生きているのかどうかを知りたいと願いました。彼女のことをよく知る医師が、彼女自身の容体の深刻さを告げる前に、まずは家族の無事を伝えて安心させてくれたそうです。

その後の数週間で、彼女の容体は悪化していきました。背骨が曲がり始め、今回の負傷によって一生麻痺が残るかもしれないという現実を突きつけられるなか、彼女の恐怖は日増しに募っていきました。ガザの外で治療を受ける道が開かれかけたものの、そのための移送は遅れました。そして最終的に、さらなる治療と手術を受けるため、彼女はエジプトへと移送されたのです。

エジプトへの移送によって必要な医療を受けられるようになったものの、それだけでかつての日常が戻ってきたわけではありませんでした。負傷による身体的な痛みや先の見えない不安に加え、故郷を離れた孤独や、ガザに残る人々の身に降りかかる終わりなき危険が、ただでさえ過酷だった経験にさらなる重みを加えていました。

この時期、信仰は大切な支えとなりました。イスラムさんは、起きたことをどうか受け入れられますようにと、神に祈りを捧げ続けました。しかし、信仰があれば恐怖が消え去るわけでも、常に穏やかでいられるわけでもありません。治療を待ちながら、自身の未来がどうなってしまうのかと思い悩むなかで、深い絶望に囚われる瞬間もありました。

彼女の歩みは、負傷から回復へとまっすぐに向かう単純な道のりではありませんでした。そこにあったのは、終わりなき待ち時間と不確実さ、そして、前触れもなく一変してしまった人生にどうにか適応しようとする、困難な試行錯誤の日々でした。

エジプト・カイロの自宅アパートにて、母と肩を並べるイスラムさん。(モハンメドさん撮影/2026年)



傾聴することを学ぶ

まだ入院中だった頃、イスラムさんは避難を強いられた家族の子どもたちを支援し始めました。そのなかで、彼女の心に深く残り続けたひとつの出会いがありました。

ある子どもが、笑いや冗談を交えながら、自らが経験した恐ろしい出来事について語りました。イスラムさんは、その子どもの「笑み」がすべての真相を語っているわけではないことに気づきました。子どもの瞳や身体の動きは、言葉として直接表現されていない感情を物語っていたのです。イスラムさんは、子どもが必要としているのは、急いで正したり、問い詰めたり、あるいは安易に安心させようとしたりすることなく、ただその声に耳を傾けてくれる存在なのだと理解しました。

その出会いは、イスラムさんに大切なことを気づかせました。それは、誰もが自分のペースで、自分の言葉で語ることができる「余白」をつくることの大切さです。支援は、ときにアドバイスから始まるのではなく、その人が言葉にできずにいる思いにまでそっと耳を傾けることから始まります。

エジプトのカイロにて、子どもたちへの心理社会的ケアの現場で生徒を支えるイスラムさん。(モハンメドさん撮影/2026年)

その後、治療や手術を終えたあとも、イスラムさんは抑うつや不安に苛まれ、睡眠や食事もままならない状態に悩まされました。彼女は、自分自身もまた、「こう感じるべきだ」と決めつけることなく、ただ自分の思いに静かに耳を傾けてくれる誰かを必要としているのだと、気づいたのです。

慰めのつもりで掛けられた言葉が、ときとして逆効果になることがあります。たとえば、「エジプトにいられてよかったね」と言われることは、故郷を追われた痛みや、家や思い出の喪失、そしてガザに残る人々を案じる恐怖を消し去るものではありません。ある人の境遇を尺度にして、別の人の苦しみを測ったり、軽視したりすることはできないのです。

この経験は、イスラムさんが考える心理的支援のあり方における、重要な核となりました。人は必ずしも、他者との比較や、型通りの安易な慰めを求めているわけではありません。彼女たちに必要なのは、その経験がどうあるべきかをあらかじめ決めつけることなく、起きたことをただ真摯に受け止めてくれる存在なのです。

エジプトのカイロで、同じくパレスチナから逃れてきた女性に寄り添い、心のケアを行うイスラムさん。(モハンメドさん撮影/2026年)



自身の経験を否定せず、他者に寄り添う

現在、イスラムさんはエジプトにおいて、ガザからやってきた子どもたちを含め、パレスチナ人の子どもや女性たちに心理的支援を届けています。これまで積んできた専門的な学びが確かな土台となりながら、彼女自身がくぐり抜けてきた経験によって、人々が胸の内の苦しみを表現するさまざまなかたちに、より細やかに気づくことができるようになったといいます。

彼女は、自分が出会うすべての人の経験が、自分と同じだとは決して思い込みません。子どもたちの中には、彼女が直接目撃することのなかった現実を経験してきた子もいます。イスラムさん自身は軍事侵攻の初期に負傷し、その後の大部分を病院で過ごしましたが、子どもたちは爆撃や避難生活、そしてどんな子どもも決して見るべきではない光景のなかを生き延びてきたのです。相手の言葉に耳を傾けるということは、自分自身の経験の限界を知ることでもある──彼女はそう学び取ってきたのです。

その仕事は、彼女が侵攻前に学んでいた専門分野に連なるものでしたが、そこに至るまでの道のりは、彼女が想像していたものとはまったく異なる過酷なものでした。彼女は今、軍事侵攻が自身の人生にもたらした変化を抱えながら生き続け、それでもなお、他者を支え続けています。

彼女は、姉妹のように大切に思ってきた友人たちを含め、愛する人々を失いました。また、見慣れた我が家や、そこに息づく思い出の数々をも奪われました。書くこと、花を愛でること、そして小さな喜びをもたらしてくれる日々の営みは、彼女にとって自分自身をいたわる大切な手段となっています。周囲の人々もまた痛みを抱えていることを忘れずに、彼女は、自分自身の感情に向き合うための「余白」を心の中に作ろうと努めているのです。

イスラムさんは、どんなに困難な状況にあっても、子どもたちが希望を持ち続け、可能性に目を向けられるよう励まし続けています。彼女は、痛みの中から希望を紡ぎ出す方法を見出すことについて語ってきました。しかし彼女にとって、それは痛みが消え去ることや、失われたものがすべて元通りになることを意味するのではありません。それは、苦しみだけがその人に表現を許された唯一のものであったり、他者に見せる人生の唯一の側面であったりする必要はない、ということなのです。

彼女が子どもや女性たちに向き合う姿は、彼女自身の経験と切り離されたものではありませんが、かといって、その経験だけに定義づけられているわけでもありません。彼女は専門的な訓練を受けたカウンセラーであり、爆撃によって負傷し、故郷を遠く離れた場所で治療を受けた女性であり、そして、他者を支えながら、先の見えない不確実さとともに生きる意味を、今も模索し続けているひとりの人間なのです。

エジプト・カイロにて、ガザ出身の子どもたちへの心のケアを行うセッションで、生徒たちと輪を囲むイスラムさん。(モハンメドさん撮影/2026年)



軍事侵攻という文脈だけでは語り尽くせない人生

ファラーさんとイスラムさんは、それぞれ異なる道を歩んできました。ひとりはクリエイティブなビジネスを築き上げ、手作りのデザインを収入源に変える術を学びました。もうひとりは心理カウンセリングを学び、大きな負傷を負ったのち、苦難や避難生活に直面する子どもや女性たちを支え続けています。

彼女たちの物語は、人生を突如断ち切られたという共通点で結ばれていますが、だからといって、ひとつの型にはまった物語に、無理やり当てはめられるべきではありません。イスラムさんの経験が、「負傷と回復の物語」にとどまらないのと同様に、ファラーさんの経験もまた、単なる「軍事侵攻下での起業の物語」ではありません。その一人ひとりの歩みには、仕事、人間関係、胸に抱く願い、困難な選択、そしていまもなお先が見通せない未来のすべてが含まれているのです。

パレスチナ女性の歴史は、これまで多くの場合、侵略への抵抗や地域社会での活動、そして激動の時代の中で、家族の暮らしを守り抜くための尽力を通して語られてきました。それらの貢献はもちろん大切なものです。しかしそれと同時に、女性たちをジェンダー規範や社会的な偏見によって割り当てられた「役割」 だけに当てはめて見るのではなく、その役割を超えた豊かな人生を生きるひとりの個人として見つめることも、同じくらい重要なことなのです。

ファラーさんの手がけるデザインと、イスラムさんの心理支援の仕事は、それぞれ違った状況のもとで形作られた、異なるかたちの営みです。どちらの活動も、軍事侵攻が奪い去ったものを取り戻すことはできません。またその苦難が、他者を励ますための「前向きな教訓」になるなどと期待すべきではないのです。

彼女たちの物語がもたらすのは、大仰な教訓などではなく、もっと静かで、そしてより確かなものです。それは、侵攻以前にあった暮らしを見つめ、その後に起きた変化を受け止め、そして自ら選んだわけではない過酷な状況のなかで、一人ひとりの女性がどのように選び、歩み続けてきたかを知る機会なのです。

パレスチナの女性たちの姿を記録することは、彼女たちが耐え忍んできた現実を見つめるだけにとどまりません。それは同時に、彼女たちが何を生み出し、何を学び、誰に寄り添い、何を失い、そして何が今もなお解決されないまま残されているのかに目を向けることでもあります。彼女たちの人生はパレスチナの歴史の一部であると同時に、他でもない彼女たち自身のものです。そしてそれは、その豊かな複雑さを損なうことなく、一人ひとりの物語として真摯に見つめられるべきものなのです。

※訳者注 本記事では筆者が用いていた「War」という英単語に、「戦争」ではなく「軍事侵攻」という訳語を用いています。日本語の「戦争」という言葉は、お互いに宣戦布告をして国家同士が戦うといった「双方向の対等な衝突」をイメージさせます。一方、英語の 「War」 はそのような法的な手続きに関係なく、圧倒的な力による一方的な軍事侵攻や武力行使に対しても日常的・報道的に広く使われます。イスラエルによるパレスチナへの国際法違反の占領、軍事侵攻、虐殺の現状に対して、日本語の「戦争」という言葉では適切ではないと考え、筆者にも承諾を得たうえで、「軍事侵攻」等という訳語を充てました。

(文 モハンメド・H・サレム/翻訳・編集 佐藤慧)

Writerこの記事を書いたのは
Writer
写真家モハンメド・H・サレムMohammed H Salem

パレスチナ・ガザ地区出身の写真家。様々な写真エージェンシーと協働するほか、プラットフォーム「Untold Palestine」の共同創設者の一人でもある。その作品は、国内外の多くの雑誌やメディアで発表されている。また、フリーランスとして「アルジャジーラ・イングリッシュ」とも提携している。

このライターが書いた記事一覧へ

あわせて読みたい・聴きたい

メールマガジンに登録しませんか?

新着コンテンツやイベント情報、メルマガ限定の取材ルポなどをお届けしています。

公式LINEを登録しませんか?

LINEでも、新着コンテンツやイベント情報をまとめて発信しています。

友だち追加

この記事をシェアする