【取材レポート】世界の目が背くことが脅威 シリア・イラク取材報告
昨年末に安田菜津紀、佐藤慧で取材を行ってきたイラク北部クルド自治区と、シリア北東部の様子をダイジェストでお届けします。個別のレポートやインタビュー動画などは追って公開していく予定です。
イラク北東部、イラン国境近くに位置するディヤーラー県。クルド自治政府とイラク中央政府が管轄する領域の間の「緩衝地帯」で、IS(過激派勢力「イスラム国」)が再度息を吹き返してきているという。2017年秋、クルド自治区で独立投票が行われたもののイラク中央政府は結果を受け入れず、むしろクルド自治区側は自らが主張する領域を狭める結果となってしまった。両者の支配域に変化が生じ、間に出来た「空白地帯」に、ISの”スリーパーセル”(活動を潜めている支持者)が入り込み力を取り戻しているとみられている。
このディヤーラー県コラジョでは2019年11月末夜、ISによる突然の襲撃により、アサイシュ(クルド自治区の治安機関)の司令官シムコ・アリ氏を含むメンバー3人、巻き添えとなった市民3人が亡くなった。シムコ氏の妻、ゲラスさんはこう語る。「末娘のウェジャがある日、軍人になりたいと言い出したんです。理由を尋ねると、お父さんを殺した人間を自分の手で殺したいのだというんです」。
このイラクを舞台に、アメリカ、イランの両国が緊張を高める状況は、国内を混乱させ、さらにISを利するだろうという懸念の声も聴かれた。
一方シリア北東部では、昨年10月に米軍が撤退を宣言した後の、トルコによる侵攻の混乱が続いていた。トルコ側は、シリア北東部を事実上支配しているYPG(人民防衛隊)などが主体となっているクルド勢力が、自国内でテロ組織とされているPKK(クルド労働者党)と同系の組織と見做している。実際にPKKメンバーや、共鳴する若者たちが、トルコの侵攻後、シリア北東部のクルド勢力を支援するため国境を越えている。
シリア北東部ではトルコ侵攻後、20万人以上が家を追われたとされ、いまだキャンプや学校、廃墟などで7万人以上の人々が避難生活を続けている。寒さの佳境を迎えつつあるこの時期が、雨季と重なる。キャンプの通路はぬかるみ、一歩一歩進む度に泥が重りのようにまとわりつき、足をとられそうになる。
トルコが制圧した地域にほど近いテルナスリは、元々アッシリアの人々が多く暮らし、伝統ある教会が村人の拠り所だった。2015年、イースターの日曜日、IS(過激派勢力「イスラム国」)の襲来により、教会は無残に破壊された。その後、打ち捨てられた建物の小部屋に、トルコの侵攻を受け避難してきた人々が身を寄せていた。国境沿いの街、ラース・アル・アインからヤーセル・ベリさんは、ワエドくんをはじめ子どもたち6人を連れ、避難先を転々としながらこの廃墟にたどり着いたのだという。「避難する前はレンガを作る仕事などを手がけ、家を持ち、ごく普通の生活を営んでいました。こんな生活になるなんて、誰が想像できたでしょう。夜中には風が廃墟の屋根のトタンを揺らし、一晩中眠れないこともあります」。寒さの佳境を迎えつつあるこの時期が雨季と重なり、生活は困難を極めている。
突きつけられている問題はトルコとの関係性だけではない。シリア北東部、ハサカ県に位置するアル・ホルキャンプ。ここには戦闘を逃れてきた市民たちだけではなく、外国人を含むIS関係者の家族、合わせて11,000人近くが暮らし、うち約8,000人が子どもだとされている。真っ黒いニカブに身を包んだ女性たちが、子どもを連れ、キャンプ内の市場で買い物をしていた。
住人は基本的にキャンプの外に出ることは許されていない。その代わりキャンプを管轄するSDF(クルド人を主体とするシリア民主軍)は外部から業者を呼び、日用品などを売る市場を内部につくっているのだ。ここで暮らす女性たちは、IS支配下で得た資金や母国からの送金でやりくりをしているという。
人々に話を聞こうとすると、イギリス出身だという女性が畳みかけるようにこう語った。「なんでシリアに来たかって?あなたこそ何しにシリアに来たのよ?私は来たくてシリアに渡った、ただそれだけ。ここにあなたの興味を惹くものなんて何もないわ。ムスリムの状況を知りたいなら、中国にでも行きなさいよ!」。実際キャンプを歩く中で何度も、中国人であるかどうかを尋ねられた。「あなたたち中国から来たの?知ってるわよ、私たちを誘拐しに来たんでしょう!」。
外部との接触が限られているはずの彼女たちだが、避難民の人々含め全体で7万人もの人々が暮らすこのキャンプでは、管理にも限界がある。彼女たちは金網越しに外のコミュニティ内のスリーパーセルと接触し、様々な情報を得ているという。彼女たちが私たちを警戒していたのは、中国のウイグル地区における、ムスリムの収容や迫害という情報が伝わっていたためだった。彼女たちの出身国は多様で、その国籍は合わせて60ヵ国近いとみられている。シリア国内で生まれた子どもたちを含め、送還は困難を極めている。
このハサカ県には、SDFが管理する刑務所もある。ここにはアジアから欧米まで、様々な国籍のIS戦闘員だったとみられる男性たちおよそ5,000人が収容されている。
鉄扉を開けた瞬間、すえた臭いが鼻をつく。汗や薬品、腐りかけた食事やトイレ、あらゆるものが混ざった、嗅いだことのない臭いだった。学校の体育館ほどの空間に、男性たちが所せましと横になったり、体を起こして空を見つめたりしている。うつろな目の者、うまく感情の読み取れない笑みを浮かべている者、諦めきった様子で下を向いている者、彼らの間に異様な静けさが漂っていた。この部屋は体調不良を訴える人々のためのもので、別棟の雑居房は更に過密を極めていた。恐らく全員が横になることさえ困難だろう。
シリア国内では、イドリブ県でのシリア政府軍、後ろ盾のロシアによる虐殺も続いている。シリア北東部のクルド勢力は、避難してくる人々を受け入れることを表明しているが、それが実現するかどうかは不透明だ。トルコ侵攻後、クルド勢力はシリア政府側に支援を求め、さらにその後ロシアがトルコと合意を結び国境のパトロールなどにあたっている。シリア政府やロシアの影響の及ぶ今のシリア北東部が、その両者による迫害から逃れてきた人々の安心できる場所に果たしてなりえるだろうか。
こうした緊張が残る地にとって、世界の目が背いていくことが、なによりも市民たちにとっての脅威となる。彼らが何を恐れ、そして何を望むのか、何度でも発信を続けたい。
(2020.1.14/写真・文 安田菜津紀・佐藤慧)
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