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2019.12.13

2019冬特集|【レポート】温かな居場所を求めて

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2019.12.13

Report #Sato

2019年冬、Dialogue for Peopleでは「誰かの暮らしに思いを馳せる」をテーマに、シリーズで情報を発信するとともに、厳しい冬の環境に生きる方々への取材など「伝える」活動を継続するための寄付を広く募集しております。一年を振り返る12月、ご自身の過ごした毎日とともに、写真や文章に登場する方々の暮らしに思いを馳せていただくことで、世界への関心が広がることを願っています。

今回お届けするのは、今年のはじめにシリア北東部を取材した際に訪れた「アインイッサ難民キャンプ」のお話です。


遠くに連なる山々は雪を頂いていた。吐く息は白く、吹き抜ける風が頬を刺す。中東と聞くと砂漠や炎天下のイメージが強いが、今年(2019年)1月のシリア北東部は、出歩くのが億劫になるほど冷え込んでいた。

逗留していたコバニの町(※1)には宿泊施設が無く、かつて学校だった建物を改装した簡易ホテルに、世界各地からやってきた数名のジャーナリストが集っていた。
かじかむ手をストーブにかざし、沸かしたてのコーヒーを少しずつ喉に流し込む。陽が沈むにつれ氷点下となるが、ほとんど機能しないエアコンしかない部屋の中では、早々にベッドに潜り込む以外に暖を取る方法はない。

しかし、こうして屋根があり、寝られる場所があるということは、どれだけ幸せなことなのだろう。

IS(武装組織、いわゆるイスラム国)の統治下に置かれていた街、ラッカから逃れてきた人々が、コバニとラッカの中間に位置する、アインイッサ難民キャンプに逃れてきていた。そこで出会ったジャミーラさんは、両親を含め、家族7人でラッカから逃れて来たという。

冷たい水で食器を洗うジャミーラさん(右)。帰るべき場所はどこにもない。

ラッカの解放をめぐる戦火に巻き込まれ、空爆により自宅を失った。取材時点(2019年1月)ですでに2年もこの小さなテントの中で暮らしているという。ときおり両親が清掃の仕事などで得る僅かな稼ぎが唯一の収入源だ。いつかラッカに戻りたいとは思うものの、そもそも住居を借りるだけの蓄えもない。

「戦争が始まる前のラッカは本当に素敵なところでした。それと比べてここはどう?人の暮らすところとは思えないでしょう?」

積雪こそまだないものの、夜になると霜が降り、傷んだテントには隙間風が吹く。雨が降れば、歩くことすら困難なほど地面がぬかるみ、トイレに行くにもひと苦労だ。

雨でぬかるんだキャンプ敷地内。車の通行も難しい。

イラクから避難してきたというご家族にも話を聞いた。

イラク西部の村に暮らしていたが、ISの侵攻により家を追われ、なんと徒歩で国境をまたぎ、2週間かけてこのキャンプまで逃れてきたという。キャンプの衛生状態は酷く、子どもたちもやお年寄りも体調を崩しがちだというが、診療所はまるで足りない。薬品も限られており、処方箋を書いてもらっても、薬は自費で購入しなければならないため、経済的に困窮している人々にとってはただの紙切れに過ぎない。電気も十分ではなく、ジェネレーターを使用し発電するためには、週に約2ドルかかる(ほとんど収入のない人々にとっては大きな出費だ)。灯油も不足しており、夜になると、親戚一同で男女にわかれ、ひとつずつのテントでぎゅうぎゅうになって寝ることで燃料を節約している。細かな雑貨を道端で売ることで生計を立てているが、日々を生きるのがやっとで、キャンプを出て生活を再建するということは、当分想像もできないという。

そんな生活の中で差し出されたチャーイ(紅茶)は、とても甘く温かく、心身に染み入るものだった。せめて早く冬が過ぎてくれたらと、そう思わずにはいられなかった。

みなで身を寄せ合い暖を取る。どんなに経済状況が厳しくとも、客にチャーイを振る舞うことを惜しまない。

しかし今年10月、そんな人々に新たな危機が襲い掛かった。

トルコ軍が、「テロリストの掃討」を目的として「平和の泉作戦」を展開、YPG、YPJといったクルド人を主体とした(実質上の)クルド人自治区の軍隊をテロリストと見做すとともに、IS戦闘員が勾留されていると言われていたアインイッサ難民キャンプも、その攻撃対象となったのだ。
IS戦闘員やその家族が、その機に乗じて暴動を起こし逃亡したという報道やSNSの発信もあるが、僕自身が確認した情報ではないので、その実情はいずれまた現地で確認してくるつもりだ(そもそもISとは何なのかということは、敵、味方という二元論ではなく、様々な角度から検討しなければならない)。

問題は、そのキャンプには、ISとは関係のない一般の人々もたしかに暮らしていたということだ。その月末に再度シリアを訪れたときには、治安状況も不透明で、アインイッサ近辺までは行くことができなかった。すでに避難民のほとんどがキャンプを後にし、ラッカや、北東部の別な街まで避難しているという話を聞いた。

その取材中に滞在していたのは、シリア北東部、デレク(※2)。トルコ国境からわずか2キロ地点の小学校が、トルコ軍の侵攻により破壊されていた。対するSDF(※3)の反撃により侵攻は食い止められたというが、いつまた衝突が起きるだろうかと、住民は緊張した日々を送っている。その街に暮らす友人のサラーがこう言っていた。

「テロリストを掃討する作戦だというのなら、なぜ一般人を殺すんだ。なぜ街中に爆弾を落とすんだ。私たちはただ平穏に暮らしていただけなんだ。私たちはトルコに向かって石のひとつも投げたことがないというのに」。

「平穏に暮らしているだけの私たちがテロリストだというのか」と、侵攻に対する怒りを顕にするサラー。

テロとの戦い。9.11以降、そんな言葉を後ろ盾に、世界各地で今に至るまで戦火が広がり続けている。なぜ人は争うのだろう。経済的、地政学的な問題、思想や価値観の衝突、そういったことももちろん大きな要因だとは思う。しかしその本質には「恐れ」があるのではないだろうか。対話の成立しない(と思ってしまっている)他者によって、自分たちが安心して暮らせる「居場所」が奪われてしまうのではないかという恐怖、それが人に武器を持たせているのではないだろうか。

どんなに寒い冬の夜でも、人生の荒波に苦悶する日々でも、帰ることのできる温かな場所さえあれば、人はそこで眠りにつき、明日への活力を養うことができる。しかし、その温かな居場所を守るために、誰かの居場所を破壊してしまっていては、きっとこの「恐れ」のループは終わらないだろう。人類はいつまでも恐れを抱きながら、寒空の下をさまようことになる。
キャンプを追われた人々は、今はどこで寝泊まりしているのだろう。僕らはそういった人々と、温かな居場所を共有することができるだろうか。

厳しさを増す冬は、まだ始まったばかりだ。

(2019.12.13/写真・文 佐藤慧)

 

※1 コバニというのはクルド語の名前であり、アラビア語ではアイン・アル=アラブと呼ばれる。その地に暮らす人々がクルド語名称を好んで使うということもあり、ここではクルド語で表す。
※2 デレクもまたクルド語名称で、アラビア語ではアル=マリキヤ。
※3 シリア民主軍。シリアの反体制軍事組織。YPGがその主体となっている。


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2019.12.13

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